花喰みアソラ

両手を広げて

６Ｐ

「……藤の花妖さん、もう姿を現してはくれないんですか？あたし、あなたに用があるんですけど。あ、そういえばサボ君に『藤の君様』って呼ばれてたわね………………やっぱり、アソラさんがいないとだめかぁ」


　どうしても気になっちゃったのよね。下ろしたシャッターのすぐわきに置いた藤の鉢が。小さいながらも美しく雅な庭園のような藤がポツンと、気付いたら手を伸ばしてた。


　他の鉢を置いている机に置けばいいのに、なぜかそのまま胸に抱いて自分の寝室の窓辺に。


　何の変化もないただの綺麗な藤の鉢。寝る前に１０分くらいジィーッと観察していたけど、葉や小さな紫色の花が夜風に吹かれて揺れるだけでウンともスンとも。


　人間に害を成す花妖にまた会いたいなんて、あたしも恐れ知らずよね。寝ている間に姿を現して、明日の朝を迎えられなくなってしまうかもしれないのに。


　しょうがないから窓を閉めてそのまま寝ようとしたら、声が聞こえた。


「呼べば来ると？最近の若者は考えが浅はかすぎる。そのうえ、花妖であるわしを寝床に連れ込むなど。気でも狂うたか？」


　藤の鉢がない。代わりにすぐ後ろ、１０センチも離れていないほどの距離にその人が立っていたわ。


　強調しすぎないくすんだ黄色の帯を締め、金色の刺繍が所々に入った薄紫色の着物がよく似合う。一応は男性なのに腰の下まである髪は純白で高く結われていて、顔を近づけるとハラリと肩からこぼれる。


　呼べば来てくれるんですね。緊張でこわばったあたしの顔を映す、アメジストのような深い紫色の瞳が綺麗。