花喰みアソラ

両手を広げて

３Ｐ

「サボを売りたかっただけなのに、現実じゃ有り得ないことばっかり起こって死んじゃうかと思ったぁー。超疲れたしケガも痛いぃー。でもね、今、すっごく幸せなんだぁー。なんだか、サボをアタシよりも大きく育てられそう。庭に植えてみようかなぁー」


　それはあたしが今までに見たことがない無邪気な笑顔。肩の力が抜けて、何も気にすることもなくただ純髄な笑顔。


　きっと、必ず見られるわよ、サボ君の綺麗なお花。咲いたらあたしにも見せてね。


　ナライちゃんは「ありがとう」ともう１度頭を下げて、そして軽い足取り……じゃあないけど。少し怪我をした足を引きずって帰っていったわ。


　さて。何が起こったのかがさっぱりわかってないんだけど、とりあえず良い終わりを迎えてよかったわ。


　あたしも幸せそうな２人に顔がほころんで、怪我の痛みが気にならない。だけど、アソラさんだけは違う。


　全てを良い方向に導いてくれたその人を睨みつけていて、怖い。まるで凶器のような深い空色の瞳に映るその人が、浅く溜め息を吐いた。


　そこにいるのは、薄紫色の着物を身にまとった男の人。ううん、人間じゃない。


　藤の花妖。藤の雨の大樹から取り木した、小さな藤の木が花妖化したもの。左手から伸びていたツルが全部彼の中に戻って、アソラさんに向けられる紫色の瞳。


「久方ぶりだというのに、おぬしは全く変わっておらんようだな。わしはあの日以来“浄化”の力が強まっての、わし本体を訪れる人間達の心を癒しておる。堕ちてしもうた花妖を元に戻したのはあれが初めてじゃったが」