恋人以上、永遠の主人

那月

文字の大きさ
上 下
196 / 268
開戦再び

16P

しおりを挟む
 まさか、こんな形でミゲルの忠告の意味を実感することになろうとは……


 ミゲルとの話から一夜明けての今日。
 キリハは早くも、グロッキー状態となっていた。


 事の流れは単純。
 今朝のニュースで、キリハがディアラントの推薦により、特別に大会の本選へ出場することが国内中に知れ渡ってしまったのである。


 大会まであと二週間。
 少しずつ書類審査や予選が終わり、本選への出場者に関する情報が開示される頃だった。


 そして、開示された情報の第一弾がこれだったのである。
 各メディアでは本選への出場が決定した他の人物の紹介もされていたが、その多くはキリハの話題に押し潰されてしまっていた。


 何せ、話題の大きさが桁違いなのだ。


 確かに書類審査や予選を勝ち抜いた功績は、称えられてしかるべき。
 しかしキリハの場合は、大会三連覇中であるディアラントのお墨つき。
 なおかつ、大会への参加基準に満たないのに審査もなしの特例出場だ。


 順当に努力を重ねた人間よりも、そのようなイレギュラーを許された人間にスポットライトが当たってしまうというのは、ある意味どうしようもない世のことわりであった。


 ただでさえ《焔乱舞》の使用者ということで名を知られていたのに、実はディアラント唯一の弟子だったという追加情報は強烈だったようで。
 朝一番のニュースが流れてからというもの、宮殿本部も自分もてんてこ舞いだ。


 携帯電話は鳴りやまないので、相手には悪いが電源を切っている。
 しばらくは、宮殿の外にも出られないだろう。
 さすがに経験を積んでいるので、それくらいの判断はすぐにできた。


 ちょっとした話題提供だ。


 ディアラントは軽くそう言っていたが、ちょっとどころの話ではない。
 おかげで、大会の観戦チケットは最前列から最後列まで、抽選倍率がかなり跳ね上がっているらしい。


 そんな世間の騒ぎようをテレビで目の当たりにし、エリクの言葉の正しさをしみじみと思い知るキリハだった。


 さて、そんな感じでマスコミや世間の反応にはある程度の耐性がついていたキリハだが、ここからはさすがに想定の範囲を超えていた。


 今回ばかりは、宮殿の中にも安息の地などなかったのである。


「キリハさーん。」
「………」


「ちょっと待ってくださいよ!」
「………」


「ねえってば!」
「わっ!?」


 なかば走る勢いで廊下を進んでいたキリハだったが、進行方向を数人に立ち塞がれて、思わずその足を止めてしまう。


 しまったと思った時にはもう遅い。
 あっという間に、周囲を囲まれてしまった。


「そんなに邪険にするなって。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ。」


 今まで話したこともないのに、彼らは随分と馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。


「ちょっと、色々と教えてくれないかなー? あのディアラントのお弟子さんなんでしょ?」
「弟子しか知らない師匠の弱点みたいなものってないの?」


「……知らない。」


 本当は口を開くのも嫌なのだが、さすがにこの包囲網から抜け出すことは難しそうだ。
 仕方なく重たい口を開けると、途端に周囲からは疑わしげな視線を向けられる。


「知らないって、そんなはずはないじゃん?」
「本当に知らないって。大体、俺が分かるレベルの弱点があったら、ディア兄ちゃんだってもっと大会で苦戦してるよ。」


 嘘は言っていない。
 事実、ディアラントには弱点らしい弱点などないのだ。


 確かにある方向からの攻撃には弱かったりするが、それも一般的には弱点という部類には当てはまらないレベルのもの。
 しかも、彼自身も自分の苦手な部分は熟知しているので、そこを攻められた時の受け流し方には、それ相応に神経を注いでいる。


「ディア兄ちゃんに勝つなんて、俺だって無理だよ。もういいでしょ。」


 もう何度目のやり取りかも分からないので、さすがに言葉にとげが混じってしまう。
 無理矢理人の間を割って包囲網を抜けると、今度は後ろから肩を掴まれた。


「待てって。まだ話は終わってないんだよ。」
「もーっ!! みんな暇なの!?」


 我慢の限界が来て、キリハは彼らのことを半目で睨みつけた。


「俺、これから打ち合わせに行かなきゃいけないの! これ以上話してる暇なんてないんだって!」


 怒鳴った勢いで肩の手を振りほどくが、きびすを返した先にはまた別の人間が待ち構えている。


「分かった分かった。じゃあ、昼飯か夕飯でも一緒に食おうぜ。そこなら、ゆっくり話もできるだろ? おごるからさ。」


 このしつこさには脱帽する。
 キリハは思い切り溜め息を吐き出し、首を横に振った。


「やだ。ご飯は、ディア兄ちゃんやミゲルたちと食べるから。」
「……このガキ。」


 ふと後ろから、舌打ち混じりの言葉が聞こえてくる。
 どうやら、今度のグループには過激派がいるようだ。


 キリハがそちらを振り向くと、表情に苛立ちを浮かべる三人ほどの姿があった。


「おい、やめろって。」


 周りが小声で叱咤するが、その制止の声は彼らの耳には全く届いていないようだった。


「こっちが下手したてに出てりゃあ、いい気になりやがって。」
「下手って、これが? しつこいのはそっちじゃん。さすがに俺だって疲れるよ。」


 感情の沸点はそこまで低くはないと思うが、ここまで来ると自分だって腹が立つ。
 心の底からの本音を零すと、感情的になっていた彼らはさらに顔を赤くした。


「てめ…っ。竜使いのくせして偉そうに!」


〝竜使いのくせに〟


 久々に表立って投げつけられた言葉だった。
 それを聞いた瞬間、自分の中で最後の糸が切れる感覚がする。


「―――ふうん。やっぱり、そんなことを思いながらご機嫌取りしてたんだ。」


 声のトーンが自然と下がる。


 気持ち悪い。
 ミゲルたちからの純粋な好意とも、マスコミから向けられる好奇的な眼差しとも違う。


 下心丸見えで、偽りだらけの態度。
 自分を温かく包んでくれる視線とは違う、ねっとりと絡みついて身動きを封じてくるような視線。


 こんな風に近寄られるくらいなら、最初から毛嫌いされていた方がまだマシだ。


「いや、誤解するなよ! これはその……言葉のあやってやつで……」


 自分の行く手を阻んでいた男性が焦って言い繕うが、そんな言い訳はすでに無意味だ。




「………いいよ。そこまで言うなら、協力してあげる。」




 目を閉じて肩を落としたキリハの唇から、そんな言葉が零れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

転生令嬢シルクの奮闘記〜ローゼ・ルディ学園の非日常〜

桜ゆらぎ
ファンタジー
西の大国アルヴァティアの子爵令嬢、シルク・スノウパール。 彼女は十六歳になる年の春、熱で倒れ三日間寝込んだ末に、全てを思い出した。 前世の自分は、日本生まれ日本育ちの女子高生である。そして今世の自分は、前世で遊び倒していた乙女ゲームの序盤に登場したきり出てこない脇役キャラクターである。 そんなバカな話があるかと頬をつねるも、痛みで夢ではないことを突きつけられるだけ。大人しく現実を受け入れて、ひとまず脇役としての役目を果たそうと、シルクは原作通りに動き出す。 しかし、ヒロインが自分と同じく転生者であるというまさかの事態が判明。 “王太子と幼なじみを同時に攻略する”という野望を持つヒロインの立ち回りによって、この世界は何もかも原作から外れていく。 平和な学園生活を送るというシルクの望みは、入学初日にしてあえなく打ち砕かれることとなった…

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

処理中です...