病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

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 多勢に無勢とはよく言ったもので、リュディガーたちはいとも簡単に拘束された。
 手荒に扱われるかと思いきや、意外にも紳士的で、小突かれたり追い立てられたりすることなく連行される。
 それどころか丁重にもてなされ、逆に戸惑いを覚えるほどだった。
 リュディガーらが通されたのは鉄格子はついているものの、それ以外はどこかの宿屋の一室かといった風情の部屋であった。
 それこそヨシュカを待つために取った宿よりも広い。
 ただ、全員の両手首にぴたりとした枷がはめられている。

「なんか拍子抜けだよなー。こう、なんてーの? 地下牢とかに入れられるかと思っていた。あ、ほら。フルーツなんかも置いてあるよ」

 ヨシュカはいつもの調子で笑いながらソファに座り、テーブルに置かれた果物に手を伸ばす。
 そのまま口に運ぼうとするヨシュカの手を抑えて、それを制する。

「何が入っているかわかりませんから安易に口にしないでください」
「えー。大丈夫でしょ。もともと魔法制御装置が付いてるってのに、こーんな拘束具までつけちゃって。相手だって逃げられないことを分かっているから、ここに通したんじゃないの?」

 その一言で警戒心なんてどこかに投げ捨てられて、そのままフルーツにかぶりついた。
 お、うまい、とつぶやきながらマスカットに次から次へと手を伸ばす。
 その様を見てリュディガーはますます怒りに眉を寄せていた。
 しかしその怒りを口に出すことはなく、マスカットに手を伸ばすヨシュカを黙って見つめているだけだ。
 さすがにヨシュカもばつが悪そうな顔をしてリュディガーを覗き込んだ。

「マスカット、食べたかった? 北部じゃあまり見ないフルーツだったかな……」
「マスカットはどうでもいいです」
「えーっと。──ああ。そっか。うん、ほんとごめん。まさかグリンデル伯とつながっていると思わなかったんだよ。確かにあの場で魔法士にかまわず、魔導石を壊した時点で逃げだしていればこうして捕まることは」
「そんなことで怒っているわけじゃないです」

 無理にヨシュカの言葉を奪い去り、強めに否定の言葉を上げたリュディガーをきょとんとした顔で見つめる。

「え、これも違うの? ──ええー。じゃあなんでそんなに怒ってんの?」

 本当に、なぜ怒っているのかわかっていないことに苛立ちを覚えて、ヨシュカの腕をつかんで勢いよく袖をまくり上げた。
 うっすらと赤くなっているそこを掲げてますます険しい顔をする。

「自分が燃やされて、なんであんな平気な態度を取っているんですか。私たちは貴方を護るためにここまで来たんです。そのあなたが自分をないがしろにしていいわけがないでしょう!」

 ヨシュカは目を瞬かせてリュディガーの言葉に耳を傾ける。

「ここまで来た意味が、なくなってしまうではないですか」

 ヨシュカはというと、先ほどまでの楽観的な表情は失せて、まじまじとリュディガーを、ミハエルを、そして最後にクレメンスへと視線を移す。

「でも俺を助けることでノーデンシュヴァルトが危機に陥ることは望んでいないよ。おそらく母さんもそんなことは望んでいない」

 真剣に見つめ返されて、リュディガーはそれ以上の言葉を失った。
 傍若無人だと思っていたヨシュカが、実はこんな状況に陥ったことにひどく傷つき、責任を感じていることを今更ながらに知ったからだった。
 掴んだままの手をクレメンスがやんわりとほぐし、静かに笑った。

「あなたを助けることが、ノーデンシュヴァルトを助けることにつながるんですよ」

 思っていた以上に強い力で握っていたらしい。
 ヨシュカの手首には軽く跡が残っており、握っていたリュディガーの手自体もかなり固く強張っていた。
 クレメンス──父の手によってようやく強張っていたものが解れてきた。

「シュトレイルが正しくあってこそ、ノーデンシュヴァルトはあの地で生きていけるのですから」

 クレメンスの言葉に何を思ったのだろうか。
 ヨシュカは少しばかり目を見張り、それからわずかに戸惑ったような顔をした。
 思わぬ言葉をかけられたと言わんばかりに少し目が泳ぎ、そして最後に実に幸せそうに笑ったのだ。
 その笑顔に見惚れていたその時だった。

「やあやあ、お待たせしたかね? 北部の薬商人殿」

 乱暴に開け放たれたドアから現れたのは随分と恰幅のいい1人の男だった。
 纏っているローブは遠目で見てもかなり上質のものだが、いかんせんセンスが壊滅的にひどい。
 しかし最悪なセンスに最上級の素材。そして恰幅のよさとつぶれて横に広がり、幾重にも肩に乗るかのような肉の塊。
 その特徴だけで、目の前の人物がグレンデル辺境伯、ジェームズ・ルイス・グリンデルその人であると全員が理解していた。
 グリンデル砦といえば、難攻不落の砦として有名だが、そんな屈強な砦を任されているとは思えない愚鈍な印象を与える風貌に、まずは違和感を覚える。
 一見して剣の一振りさえも無理であろうと誰もが理解するほどに、グリンデル辺境伯の動作は鈍すぎた。
 そもそも現グリンデル辺境伯は、本来その爵位を継ぐ立場ではなかった。
 彼の上には2人の優秀な兄がおり、末息子であった彼は特に期待もかけられることなく、幼少期を過ごしたという。
 当主と次男が戦争の最中に相次いで死に、家督を継いだ長男は、その重圧に耐えかねて自殺。
 そこで何の教育も、期待もされていなかった末息子に白羽の矢がたったという。
 確かにグリンデル伯は戦いの最前線に出られるような武才も、兵らを効率的に動かす策略も、そして民心を掌握できるようなカリスマ性も待ち合わせていなかったが、周囲には優秀な部下らが揃っていたこともあり、特段混乱することなく、グリンデル砦を維持している。
 そんな経緯で領主となったせいか、現グリンデル辺境伯は争い事に積極的に参加する方ではない。
 外部から刺激がなければ特段自ら動くことはない。今回の捕物とて、渋々協力していると考えていいだろう。
 実際、最後に兵たちに取り囲まれはしたが、ヨシュカを追跡してのことではないようだった。
 それよりもグリンデル辺境伯個人の特性が問題だった。
 グリンデル辺境伯には特殊な性癖に関する噂があり、そしてその性癖の条件にヨシュカは見事に合致していたからだ。
 細身の、見目麗しい美少年。
 今目の前にそんな美味しい存在がいたら、どんな行動に出るのかわからない。
 だからこそ固唾を飲んで、辺境伯の出方を待つしかなかった。
 推し黙る一行を前にして面白がっているのか、奇妙な含み笑いを漏らしながら、舐めるように一行を見まわし、ヨシュカの姿を見て巡らす視線を止めた。
 爬虫類を思わせる、何を考えているかわからない瞳で上から下まで品定めするような目で見る。
 その様を見て、リュディガーは咄嗟に2人の間に入り、冷たく見つめ返す。
 まずい。
 リュディガーの本能がひどく警鐘を鳴らしていた。

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