病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

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 ヨシュカは魔導石を掲げ、高らかに告げる。

「これで二個目だよ。いいの? 貴重な魔導石を全部無駄にする気?」

 明らかな挑発にも反応はない。

「ふぅん。ご自慢の魔法が体をなさずとも気にしないということか」

 これにも、反応はない。
 ヨシュカは少しばかり考え込み、さらにもう一声上げる。

「でも、君の主人はこの結果に満足するのかな?」

 ヨシュカの手に握られた魔導石が黒い靄を濃くして蠢く。
 反応した。
 今の言葉が相手の心に障ったことを確認してさらに煽る。

「どうする、魔法士。君が成果を持ち帰らなければ主はお前を見捨てるかもしれないよ?」

 靄はますます蠢き、ヨシュカの手から腕へと絡まっていく。
 魔導石に再び魔力が供給され始まっているのだろう。靄から人の手が、腕が形成されていく。ただ、そうして形作られていく毎に魔導石に亀裂が入りつつあるのがわかる。
 その様は、魔法士の決意をそのまま形で表しているかのようだった。
 自分の命はどうでもいい。目的を遂行するだけだと。

「君の主には本当にその価値はあるの? 君が命を賭けるだけの価値が。──赤子を手に賭けるようなクソ野郎なのに」

 嘲るようなヨシュカの声。
 悪意に満ちたそれは、陽気に振舞っていたものとは全く異なるものであった。
 ヨシュカのその様に皆が注視したその時、一瞬にしてヨシュカの服が燃え上がり、灰色のローブをまとった者が現れた。

『クソ野郎はお前たちの方だ』

 男なのか女なのか、若いのか年寄りなのか。声は加工されており、体躯は子どもといってもいいほどに小柄。そしてその顔全面は美しい細工が施された仮面で覆われている。年齢も、性別さえも判別つかない。
 ヨシュカの鼻先に突如現れた魔法士は、火に包まれたヨシュカの首元をつかみ、反論する。

『あの方は救ってくれた! 皆見捨てたのに、あの方だけが手を差し伸べてくれたんだ。下劣なお前らと一緒にするな!』

 火に包まれているというのに、ヨシュカは一向に気にすることなく、締め上げる魔法士をただ見下ろしていた。
 罵倒されようと、ただ黙って見下ろしている。
 自分が燃えているというのに、なぜこんなに冷静なんだ。
 火中にいる本人でなく、リュディガーの方こそ焦っていた。

「何やってる!」

 ヨシュカを覆う炎を払おうと、リュディガーは自分のローブを脱ぎ捨ててヨシュカを包む。
 しかしそれでも、ヨシュカは表情を崩さなかった。
 魔導石を握りしめていた手を開き、ひびの入った石を目の前にかざす。
 それを凝視する魔法士の目の前で粉々に砕く。
 手の間からはらはらと魔導石のかけらがこぼれていき、それと同時、魔法士の背後にはクレメンスが現れた。
 しかし怒りに我を忘れた魔法士は周囲に全く目がいっていなかった。だからそのまま背後を取られ、押し倒される。

『放せ!』

 何とかもがいて逃れようとしているが、びくともしない。
 メッツァーハウンドを動かしている間は他の魔法は使えない、という話は本当だったらしい。
 ヨシュカの前に現れた時も結界魔法さえ貼っていなかった。
 そんな状態の、しかもこんな小柄な魔法士ごときが北部の猛者に力で敵うはずもない。

「──バカだねぇ。こんな安い挑発に乗って出てくるなんて」

 嘲るように言い捨てるヨシュカをローブで包み、その上から抱きしめて、ようやく火は収まってきた。
 もともと防火には優れているローブではあったが、完全に火を防ぎぎるものではない。
 ヨシュカからは焦げたにおいが漂っており、その生々しい感触は命の危険があったことを現していた。

「バカはお前もだ!」

 リュディガーの怒声に、ヨシュカは目を丸くして視線を投げた。

「え、俺? 俺の方なの?」

 なんで怒られてるの? といった顔をしてそう聞き返され、リュディガーはますます苛立ちを覚えた。

「自分の身体に火がついているんだぞ? 相手を追い込んでいる場合じゃないだろう。まずは消せ! 自分の命を優先しろ!」
「えー。それ、君が言うの?」

 自分だって自分の命を後回しにしたじゃないの、と耳元で囁かれ、リュディガーは返す言葉もなく押し黙る。
 そんなリュディガーを見てヨシュカはしてやったりといった顔をして再び魔法士の方へと向き直る。

「魔法を行使しているところ、確認できた?」

 ヨシュカの問いに、背後で押さえつけ、両腕を交差してしっかりと拘束しつつクレメンスは答える。

「かなり強力な魔法士ですね。詠唱なしで魔法を行使してましたから。でも指摘していたように、大きな魔法を同時に行使することはできないようです」
「魔力は強いけど、技術がそれに追いついていないってところかな」
「今はもう魔力も枯渇しているようですがね」

 クレメンスの拘束から逃れることは適わないと判断したのか、押さえつけられたまま、すさまじい眼でヨシュカを見つめている。

「そんな目で見ないでよ。それにしても、うーん。……また厄介な首輪をつけているね。これ、無理矢理外そうとしたら皮ごと外れちゃうやつでしょ」

 ヨシュカが豪奢な仮面に手を伸ばした時だった。
 突然魔法士はがたがたと震えだした。
 激しい震えが10秒ほど続き、がくんと身体が弛緩する。
 絞めすぎたのかとクレメンスは一瞬困惑した表情を浮かべたが、それが杞憂であることはすぐさまわかった。

『これはこれは。皇女にそっくりだな、少年』

 静止し、数秒後に頭をもたげて口にしたのがその言葉だった。
 声音は先ほどと変わらない。だがまとう気配は圧倒的に違っていた。

『髪は茶色──ああ、染めているのだね。本来は昔と変わらず美しいブロンドなのかな? 紫の瞳は皇太子妃のもののようだが』

 困惑するリュディガーをよそに、ヨシュカは瞬時に険しい表情を浮かべ、やおら持っていた短刀で魔法士の瞳を素早く切りつけた。
 勢いよく流れ出す血を前にヨシュカは動揺することなく変わらず見下ろしている。
 そして、切り付けられた方も、痛みを感じていないのか、笑みを浮かべたままヨシュカの方へと表を向けている。

「今、ここにいるのは赤子に手をかけるクソ野郎かな?」
『皇族らしくない、下品な口の聞きようだ』
「下品な手段を使ってくるヤツに下品といわれたくはないね」

 突然人が変わったかのような魔法士を前に、リュディガーは戸惑っている。
 その戸惑いを読み取ったのか、すぐそばにいたヨシュカが律義に説明する。

「あの魔法士の主だよ。あの仮面の持ち主でもある」

 それに対して仮面の主は軽く笑い声をあげる。

『よく知っているな。これは外で使われたことは一度もないモノだというのに』
「普通使おうと思わないでしょ、それ。ほんっと、気色悪っ。下劣な奴は下劣なものに惹かれるって本当なんだね」

 どうやらその仮面がいかなるものなのか、ヨシュカはよく知っているようだった。
 下品だ下劣だと言っているヨシュカは本当に蔑むような眼で仮面を見下ろしている。
 見えていなくても、その口調、醸し出す空気で、ヨシュカがひどく嫌っていることは伝わっているはずだ。
 しかし肝心の相手はそれを何とも思っていないようで、ますます楽しそうに笑みを浮かべる。

『──ああ、いいね。本当に君、皇子なんだね。その受け答え、皇女と全く同じだ』

 皇女の話題を出され、ヨシュカは瞬時に表情を失くす。

『ふふ。ようやく憎まれ口が止まったね』

 つまり、目の前のこの人物は皇女と話したことがあるのだ。しかも仮面をつけた状態のこの『魔法士』として。
 それが意味するところは容易に想像できて、だからこそ誰一人口をはさむことができなかった。

『皇女が生きていたから、もしかしてと思ったら、皇子まで生きているとはね』

 愉悦を含む言葉に、ヨシュカは大きく溜息をついた。
 そこには大きな苛立ちも含まれていた。

「目だけじゃなくて、口も塞がないといけないかな。すごく耳障り」

 冷たい刃物を首にあてられても一向に慌てていない仮面の主は、心底同情しているかのような顔をして告げる。

『それは無理だろうね』
「俺ができないとでも?」

 笑いながら深く深く頷く。
 なぜ、こんな風に拘束されていながら、この仮面の主は余裕でいられるのか。
 その理由はすぐにわかった。

『できないよ。だって喉を切りつけた瞬間、君たちは死んでしまうだろうから』

 その言葉と同時に、リュディガーたちは四方から銃と剣を一斉に向けられる。
 どこに隠れていたのか、さすがにこれだけの量を押しかえすことなどできない。
 リュディガーたちを取り囲んでいるのは、緑の制服に身を包んだ兵士たち。 
 それが、グリンデル砦の兵士たちであることは明白であった。
 魔法士を抑え込んでいたクレメンスも仕方なしに離れる。
 ようやく解放されたと言わんばかりに身体をさすりながら立ち上がる。

『今度は直にお目にかかれる日を待っているよ』

 形勢逆転、とはまさにこのこと。
 こうしてヨシュカと、北部の者たちは拘束されることとなった。
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