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1.眠れる鴉を起こすのは
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『え、うっそ。ほんとに? メッツァーハウンド三体? 何それ絶対に見たいです! 魔法士は見ました? それだけのメッツァーハウンドを動かせるなら、結構な魔力もちだよね。しかも術士としてもかなりのウデマエじゃないと』
開口一番、お互いの自己紹介をするより先に興奮した口調でかぶりつくイグナーツの様子が想像通り過ぎて、周囲は全く口をはさむ気さえ起きなかった。
早急に二人と連絡を取りたいとヨシュカに請われたものの、連絡を取るまでが非常に困難だった。
討伐は何とか完了し、その足で二人ともすぐさまこちらに向かっていることはわかった。
ただ、こちらにむかうのに全力で馬を飛ばしている最中だから、一切通信が効かない可能性もある。
しかしヨシュカは通信機をクレメンスから引き受けると、何事か呟き、それからほんの数十秒後に応答がかえってきたのだった。
魔法? と思ってしまうほどにタイミングのいい応答に、驚いた顔をしていると魔法じゃないけど、すごいでしょと得意げな顔をした。
実際通信機の向こうからはウルリケの声が聞こえてきたのだ。
「こんにちは、北部の狼。いや、まずははじめましてかな。俺は大鴉の養い仔、ヨシュカ・モルガン」
そんな簡素な自己紹介に通信先のウルリケは少しの間の後、口を開いた。
『はじめましてではない。──用件は。急ぎなのだろう?』
と返されて、メッツァーハウンドの対処法についてアドバイスがほしい旨を伝えると、イグナーツの興奮した声が返ってきた、というわけである。
この中で唯一、はじめてこんなエキセントリックな魔法士を目にするであろうヨシュカへと視線を移すと、実に面白そうに聞き入っている。
「そのかなりのウデマエな魔法士に母さんも護衛騎士もやられちゃったんですけどね」
笑みを浮かべながらも強烈な皮肉で返すヨシュカに、周りも黙って事の成り行きを見つめる。
『ああごめんね。別に軽んじているわけじゃないんだよ。あまりのことに興奮しちゃってさ。でも確かに先ほどの態度はないな。本当に申し訳ない』
珍しく謝ったイグナーツに驚きながらも、あっさりとイグナーツの謝罪の言葉を引き出したヨシュカもすごいなと感心する。
「──それで、メッツァーハウンドに対抗する手立てはありますか?」
『んー。まぁ一番手っ取り早いのは、その魔法士を倒しちゃうことだね。指揮を出しているのも魔力を供給しているのもその魔法士だろうから』
「それは難しい。疲弊している一体を倒すのにもかなりの力が必要だったくらいだから」
横から口をはさむとでしょうねと結構失礼な言葉で告げてくる。
『私だったらなんとかできたと思いますが、そちらに着くのにあと1日弱ってところなんですよね……』
「メッツァーハウンドに魔力供給を完了させるまでどのくらいかかると思う?」
『魔力の量と力量によりますが、おそらく1日かかるかかからないかってところでしょうね。なので選択肢は二つです』
うきうきとそう告げるイグナーツの声に不穏なものを感じる。
だいたいこの調子で告げてくることに、ろくな提案はないのが常だ。
『一つ。相手がメッツァーハウンドの魔力を満タンにするのに時間がかかると期待して、とにかく逃げる。あ、満タン復活した段階で、マーキングを追ってすぐ駆けつけると思いますけどね』
選択肢の一つがそれってどうなんだと思いつつ、次の案を待つ。
『二つ。満タンになる前に敢えてこちらを襲わせる』
いやいやいや。どっちもどっちな提案ではないか?
「でもその提案だと、どっちにしろ俺、死んじゃうんじゃない?」
素で平然と自分の死を口にするヨシュカに対し、リュディガーは眉を寄せる。
『どちらに賭けるかってことですよ。前者は運が良ければ私が対応できますし、後者は運が良ければ勝てるかも』
「どちらも運が良ければ、でしょ」
『勝負なんてどう転ぶかわからないものですからねぇ』
そうだ。勝負はどう転ぶかわからない。
ヨシュカは少し考え込み、それから具体的な質問をしてきた。
「敢えて襲わせるとしたら、どうやってやる? こちらはどこに魔法士がいるかわからないんだけど」
『簡単です。メッツァーハウンドの行動範囲には制限がついているはずです。行動範囲が広ければ広いほど魔力を必要とする量も増えてきますからね。だとしたら、その行動制限を超えればいい。つまり』
「国境を越えようとすればいい」
ヨシュカの返答に正解でーすと陽気に返したイグナーツを諫めつつ、きっとヨシュカは待たずに仕掛けるんだろうなと皆が理解していた。
「先に仕掛けるつもりですか」
それでもミハエルは念押しするかのように確認する。
カーティスの話を聞いた時には衝撃もあったようだが、しばらくして戻ってきたミハエルははた目にはいつも通りのようだった。
こうして確認してくるのもミハエルらしいと言えるが、カーティスのこともあって、無謀な策ではないかと疑問を投げかけているとも取れた。
「待つのは性に合わなくてね。──早いところ片付けて、カーティスの話でもしようよ」
痛いところを突かれたのか、ミハエルは複雑な表情をしながらも頷いた。
『私としては出番がなくなるのは痛いところですが、いい選択だと思いますよ。基本、メッツァーハウンドを使役しているときには同時に魔法を使用することはできませんから』
「それは、防御魔法もできないってこと? 結界を事前に張るのも?」
『それができる魔法士がいたら、私以上の天才です』
ということは。
メッツァーハウンドを相手している間に襲撃をかければ何とかいけるかもしれない。
どうにもならない泥濘でもがいているような気分だったが、ほんの少しだけ活路を見つけたような気分だった。
『うーん。そんな天才だったらぜひとも一度お会いしたいところですねぇ。やっぱり私の到着を待ってくれませんかねぇ』
イグナーツは相変わらずぐだぐだと言い募っていたが、そんなイグナーツを無視してウルリケへと声をかける。
「そういうわけで、攻める。とはいえさすがにびびっちゃうので早めの到着をお願いするよ。──生きて会おう、北部の狼」
通信を切り、リュディガーたちを見つめる目は実に落ち着いていた。
「じゃあ、さっさと役割分担を決めて片付けちゃおうか」
覚悟を決めたヨシュカは決断も早ければ、指揮も早かった。
開口一番、お互いの自己紹介をするより先に興奮した口調でかぶりつくイグナーツの様子が想像通り過ぎて、周囲は全く口をはさむ気さえ起きなかった。
早急に二人と連絡を取りたいとヨシュカに請われたものの、連絡を取るまでが非常に困難だった。
討伐は何とか完了し、その足で二人ともすぐさまこちらに向かっていることはわかった。
ただ、こちらにむかうのに全力で馬を飛ばしている最中だから、一切通信が効かない可能性もある。
しかしヨシュカは通信機をクレメンスから引き受けると、何事か呟き、それからほんの数十秒後に応答がかえってきたのだった。
魔法? と思ってしまうほどにタイミングのいい応答に、驚いた顔をしていると魔法じゃないけど、すごいでしょと得意げな顔をした。
実際通信機の向こうからはウルリケの声が聞こえてきたのだ。
「こんにちは、北部の狼。いや、まずははじめましてかな。俺は大鴉の養い仔、ヨシュカ・モルガン」
そんな簡素な自己紹介に通信先のウルリケは少しの間の後、口を開いた。
『はじめましてではない。──用件は。急ぎなのだろう?』
と返されて、メッツァーハウンドの対処法についてアドバイスがほしい旨を伝えると、イグナーツの興奮した声が返ってきた、というわけである。
この中で唯一、はじめてこんなエキセントリックな魔法士を目にするであろうヨシュカへと視線を移すと、実に面白そうに聞き入っている。
「そのかなりのウデマエな魔法士に母さんも護衛騎士もやられちゃったんですけどね」
笑みを浮かべながらも強烈な皮肉で返すヨシュカに、周りも黙って事の成り行きを見つめる。
『ああごめんね。別に軽んじているわけじゃないんだよ。あまりのことに興奮しちゃってさ。でも確かに先ほどの態度はないな。本当に申し訳ない』
珍しく謝ったイグナーツに驚きながらも、あっさりとイグナーツの謝罪の言葉を引き出したヨシュカもすごいなと感心する。
「──それで、メッツァーハウンドに対抗する手立てはありますか?」
『んー。まぁ一番手っ取り早いのは、その魔法士を倒しちゃうことだね。指揮を出しているのも魔力を供給しているのもその魔法士だろうから』
「それは難しい。疲弊している一体を倒すのにもかなりの力が必要だったくらいだから」
横から口をはさむとでしょうねと結構失礼な言葉で告げてくる。
『私だったらなんとかできたと思いますが、そちらに着くのにあと1日弱ってところなんですよね……』
「メッツァーハウンドに魔力供給を完了させるまでどのくらいかかると思う?」
『魔力の量と力量によりますが、おそらく1日かかるかかからないかってところでしょうね。なので選択肢は二つです』
うきうきとそう告げるイグナーツの声に不穏なものを感じる。
だいたいこの調子で告げてくることに、ろくな提案はないのが常だ。
『一つ。相手がメッツァーハウンドの魔力を満タンにするのに時間がかかると期待して、とにかく逃げる。あ、満タン復活した段階で、マーキングを追ってすぐ駆けつけると思いますけどね』
選択肢の一つがそれってどうなんだと思いつつ、次の案を待つ。
『二つ。満タンになる前に敢えてこちらを襲わせる』
いやいやいや。どっちもどっちな提案ではないか?
「でもその提案だと、どっちにしろ俺、死んじゃうんじゃない?」
素で平然と自分の死を口にするヨシュカに対し、リュディガーは眉を寄せる。
『どちらに賭けるかってことですよ。前者は運が良ければ私が対応できますし、後者は運が良ければ勝てるかも』
「どちらも運が良ければ、でしょ」
『勝負なんてどう転ぶかわからないものですからねぇ』
そうだ。勝負はどう転ぶかわからない。
ヨシュカは少し考え込み、それから具体的な質問をしてきた。
「敢えて襲わせるとしたら、どうやってやる? こちらはどこに魔法士がいるかわからないんだけど」
『簡単です。メッツァーハウンドの行動範囲には制限がついているはずです。行動範囲が広ければ広いほど魔力を必要とする量も増えてきますからね。だとしたら、その行動制限を超えればいい。つまり』
「国境を越えようとすればいい」
ヨシュカの返答に正解でーすと陽気に返したイグナーツを諫めつつ、きっとヨシュカは待たずに仕掛けるんだろうなと皆が理解していた。
「先に仕掛けるつもりですか」
それでもミハエルは念押しするかのように確認する。
カーティスの話を聞いた時には衝撃もあったようだが、しばらくして戻ってきたミハエルははた目にはいつも通りのようだった。
こうして確認してくるのもミハエルらしいと言えるが、カーティスのこともあって、無謀な策ではないかと疑問を投げかけているとも取れた。
「待つのは性に合わなくてね。──早いところ片付けて、カーティスの話でもしようよ」
痛いところを突かれたのか、ミハエルは複雑な表情をしながらも頷いた。
『私としては出番がなくなるのは痛いところですが、いい選択だと思いますよ。基本、メッツァーハウンドを使役しているときには同時に魔法を使用することはできませんから』
「それは、防御魔法もできないってこと? 結界を事前に張るのも?」
『それができる魔法士がいたら、私以上の天才です』
ということは。
メッツァーハウンドを相手している間に襲撃をかければ何とかいけるかもしれない。
どうにもならない泥濘でもがいているような気分だったが、ほんの少しだけ活路を見つけたような気分だった。
『うーん。そんな天才だったらぜひとも一度お会いしたいところですねぇ。やっぱり私の到着を待ってくれませんかねぇ』
イグナーツは相変わらずぐだぐだと言い募っていたが、そんなイグナーツを無視してウルリケへと声をかける。
「そういうわけで、攻める。とはいえさすがにびびっちゃうので早めの到着をお願いするよ。──生きて会おう、北部の狼」
通信を切り、リュディガーたちを見つめる目は実に落ち着いていた。
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覚悟を決めたヨシュカは決断も早ければ、指揮も早かった。
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