病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

文字の大きさ
上 下
7 / 11
1.眠れる鴉を起こすのは

しおりを挟む
『え、うっそ。ほんとに? メッツァーハウンド三体? 何それ絶対に見たいです! 魔法士は見ました? それだけのメッツァーハウンドを動かせるなら、結構な魔力もちだよね。しかも術士としてもかなりのウデマエじゃないと』

 開口一番、お互いの自己紹介をするより先に興奮した口調でかぶりつくイグナーツの様子が想像通り過ぎて、周囲は全く口をはさむ気さえ起きなかった。
 早急に二人と連絡を取りたいとヨシュカに請われたものの、連絡を取るまでが非常に困難だった。
 討伐は何とか完了し、その足で二人ともすぐさまこちらに向かっていることはわかった。
 ただ、こちらにむかうのに全力で馬を飛ばしている最中だから、一切通信が効かない可能性もある。
 しかしヨシュカは通信機をクレメンスから引き受けると、何事か呟き、それからほんの数十秒後に応答がかえってきたのだった。
 魔法? と思ってしまうほどにタイミングのいい応答に、驚いた顔をしていると魔法じゃないけど、すごいでしょと得意げな顔をした。
 実際通信機の向こうからはウルリケの声が聞こえてきたのだ。

「こんにちは、北部の狼。いや、まずははじめましてかな。俺は大鴉の養い仔、ヨシュカ・モルガン」

 そんな簡素な自己紹介に通信先のウルリケは少しの間の後、口を開いた。

『はじめましてではない。──用件は。急ぎなのだろう?』

 と返されて、メッツァーハウンドの対処法についてアドバイスがほしい旨を伝えると、イグナーツの興奮した声が返ってきた、というわけである。
 この中で唯一、はじめてこんなエキセントリックな魔法士を目にするであろうヨシュカへと視線を移すと、実に面白そうに聞き入っている。

「そのかなりのウデマエな魔法士に母さんも護衛騎士もやられちゃったんですけどね」

 笑みを浮かべながらも強烈な皮肉で返すヨシュカに、周りも黙って事の成り行きを見つめる。

『ああごめんね。別に軽んじているわけじゃないんだよ。あまりのことに興奮しちゃってさ。でも確かに先ほどの態度はないな。本当に申し訳ない』

 珍しく謝ったイグナーツに驚きながらも、あっさりとイグナーツの謝罪の言葉を引き出したヨシュカもすごいなと感心する。

「──それで、メッツァーハウンドに対抗する手立てはありますか?」
『んー。まぁ一番手っ取り早いのは、その魔法士を倒しちゃうことだね。指揮を出しているのも魔力を供給しているのもその魔法士だろうから』
「それは難しい。疲弊している一体を倒すのにもかなりの力が必要だったくらいだから」

 横から口をはさむとでしょうねと結構失礼な言葉で告げてくる。

『私だったらなんとかできたと思いますが、そちらに着くのにあと1日弱ってところなんですよね……』
「メッツァーハウンドに魔力供給を完了させるまでどのくらいかかると思う?」
『魔力の量と力量によりますが、おそらく1日かかるかかからないかってところでしょうね。なので選択肢は二つです』

 うきうきとそう告げるイグナーツの声に不穏なものを感じる。
 だいたいこの調子で告げてくることに、ろくな提案はないのが常だ。

『一つ。相手がメッツァーハウンドの魔力を満タンにするのに時間がかかると期待して、とにかく逃げる。あ、満タン復活した段階で、マーキングを追ってすぐ駆けつけると思いますけどね』

 選択肢の一つがそれってどうなんだと思いつつ、次の案を待つ。

『二つ。満タンになる前に敢えてこちらを襲わせる』

 いやいやいや。どっちもどっちな提案ではないか?

「でもその提案だと、どっちにしろ俺、死んじゃうんじゃない?」

 素で平然と自分の死を口にするヨシュカに対し、リュディガーは眉を寄せる。

『どちらに賭けるかってことですよ。前者は運が良ければ私が対応できますし、後者は運が良ければ勝てるかも』
「どちらも運が良ければ、でしょ」
『勝負なんてどう転ぶかわからないものですからねぇ』

 そうだ。勝負はどう転ぶかわからない。
 ヨシュカは少し考え込み、それから具体的な質問をしてきた。

「敢えて襲わせるとしたら、どうやってやる? こちらはどこに魔法士がいるかわからないんだけど」
『簡単です。メッツァーハウンドの行動範囲には制限がついているはずです。行動範囲が広ければ広いほど魔力を必要とする量も増えてきますからね。だとしたら、その行動制限を超えればいい。つまり』
「国境を越えようとすればいい」

 ヨシュカの返答に正解でーすと陽気に返したイグナーツを諫めつつ、きっとヨシュカは待たずに仕掛けるんだろうなと皆が理解していた。

「先に仕掛けるつもりですか」

 それでもミハエルは念押しするかのように確認する。
 カーティスの話を聞いた時には衝撃もあったようだが、しばらくして戻ってきたミハエルははた目にはいつも通りのようだった。
 こうして確認してくるのもミハエルらしいと言えるが、カーティスのこともあって、無謀な策ではないかと疑問を投げかけているとも取れた。

「待つのは性に合わなくてね。──早いところ片付けて、カーティスの話でもしようよ」

 痛いところを突かれたのか、ミハエルは複雑な表情をしながらも頷いた。

『私としては出番がなくなるのは痛いところですが、いい選択だと思いますよ。基本、メッツァーハウンドを使役しているときには同時に魔法を使用することはできませんから』
「それは、防御魔法もできないってこと? 結界を事前に張るのも?」
『それができる魔法士がいたら、私以上の天才です』

 ということは。
 メッツァーハウンドを相手している間に襲撃をかければ何とかいけるかもしれない。
 どうにもならない泥濘でもがいているような気分だったが、ほんの少しだけ活路を見つけたような気分だった。

『うーん。そんな天才だったらぜひとも一度お会いしたいところですねぇ。やっぱり私の到着を待ってくれませんかねぇ』

 イグナーツは相変わらずぐだぐだと言い募っていたが、そんなイグナーツを無視してウルリケへと声をかける。

「そういうわけで、攻める。とはいえさすがにびびっちゃうので早めの到着をお願いするよ。──生きて会おう、北部の狼」

 通信を切り、リュディガーたちを見つめる目は実に落ち着いていた。

「じゃあ、さっさと役割分担を決めて片付けちゃおうか」

 覚悟を決めたヨシュカは決断も早ければ、指揮も早かった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

迷える子羊少年と自称王様少年

ユー
BL
「その素晴らしい力オレの側にふさわしい、オレの家来になれ!」 「いや絶対嫌だから!」 的なやり取りから始まる 超能力が存在するSF(すこしふしぎ)な世界で普通になりたいと願う平凡志望の卑屈少年と 自分大好き唯我独尊王様気質の美少年との 出会いから始まるボーイミーツボーイ的な青春BL小説になってればいいなって思って書きました。 この作品は後々そういう関係になっていくのを前提として書いてはいますが、なんというかブロマンス?的な少年達の青春ものみたいなノリで読んで頂けるとありがたいです。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

俺の好きな人

𝓜a𝓨̆̈𝕦
BL
俺には大、大大、大大大大大大大大好きな人がいる 俺以外に触れらせないし 逃がさないよ?

処理中です...