病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

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「本当に、いいんですか?」

 後ろから追いかけつつ声をかけるリュディガーに、なにが? と言わんばかりの顔をしてヨシュカは振り向いた。

「だってこうでもしなきゃ魔法士出てこないじゃん。出てこなかったら出てこなかったで、そのまま国境超えちゃえばいいし」

 もうこの際、次の行商先に移る体をとって、国境越えを果たしてしまおうということになった。
 さすがに金髪紫眼は目立つということで、せめて髪ぐらいは染めようということになり、簡易的に染めたそれは茶色のごくごく普通の色だった。
 だが、正直言うとリュディガーたちは頭を抱えていた。
 髪の色を少し変えた程度では、目立たなくするといった当初の目的を全く果たせていなかったし、髪の色が平凡になったせいか、逆に紫の瞳に目がいってしまう。
 クレメンスもなかなかの美丈夫ではあるが、顔に傷痕を設け、少し様相を変えればごくごく一般的な──むしろ田舎くささの残る地方商人めいた風貌になる。
 魔法で己を偽装することのできない北部の者は得てしてこうした偽装技術に長けているが、その北部の者たちが施しても隠しきれない美貌とは。
 いったいこの国でどうやって隠れ忍んで暮らしていたのだと疑問に思ってしまうほどだ。
 魔法が効かない弊害がこんなところに出るのも正直不憫な気がしてきた。

「簡単に国境越えと言いますが、肝心のあなたを出国させる策を具体的にはお聞きしてないんですが」

  入ってくる時にリュディガーら三人は薬の行商人という体で入ってきた。その旨の証明書も持っている。
  しかし出る時に1人増えているわけだから、そこが問題になる。
 鎖国状態の国から1人連れ出すことは、至難の業だ。
 しかしヨシュカはそれに関しては何の問題もないとあっけらかんとしたままだった。

「えー。つまりはさ。この国から出ていってほしいと思うような存在になればいいわけだ」
「発言はもう少し明確にお願いします」
「んとになぁ。リュディガーはちょっと『察する』ってことを覚えた方がいいよ」
「明確に」

 再度強めに言うとはいはいと仕方なさそうに口を開いた。

「俺が重度の伝染病患者になればいい」
「……病は急にはなれません」

 しかも国が追い出したくなるほどの病気など。
 百歩譲って伝染病に罹患したとして。それが原因で命を落とすようなこととなれば、本末転倒なことになる。

「そうだねぇ。だからちゃんと今朝、シャワーを浴びた時に仕込んでおいた」

 仕込んでおいた?

 実はあまりに目立つ容姿を懸念して、顔に傷痕を施そうとした時に拒否されたのだ。
 時間かないのでクレメンスらが施しているほどの精巧な形は無理だとしても、簡易的な偽装は可能だからだ。
 だが、『顔に何か塗るのはダメ』と頑なな態度を取られた。
『俺って肌が弱くてさぁ』などと茶化した調子だったが。

「まぁ詳しい説明は──」

 国境線近く。
 この丘を越えれば国を隔てる大きな扉が目に映る。
 丘のちょうどてっぺんに来た辺りでヨシュカの足が止まった。
 砦内においても、見晴らしのいい場所なのだろう。周囲にさえぎるものはほとんどなく、砦城壁の向こう側の海も確認することができる。
 もともと快晴の日などほとんどお目にかかることはない地域で、今日も曇天がそのまま灰色の海に同化しているように見える。
 すがすがしいとは言えないその景色の中、ヨシュカはゆっくりと振り向いた。

「これが終わってからかな」

 視線の先では黒い靄が漂い、そのままゆっくりと大きな犬を模っていく。
 額には赤い魔導石。
 うなり声をあげながら、まっすぐこちらを見つめているそれは、今朝ヨシュカを襲ってきた黒の靄と同じものだった。
 二体のメッツァーハウンドが目の前に現れる。

「すごいね。イグナーツの言ったとおりだった。結界領域を超えたらちゃんと現れた」

 置かれている状況は決して好ましいものではないが、ヨシュカは楽しんでいるかのように声を弾ませた。

「──いけますか?」
「五分くらいならね。俺、北部の民みたいに体力ないから期待しないで」

 ヨシュカが言い終わるやいなや、それが合図といわんばかりにメッツァーハウンドはとびかかってきた。
 マーキングされているヨシュカに向かい、左右からとびかかってきたところをクレメンスとミハエルが一体ずつ羽交い締めする。
 二人は少し離れた位置から様子を窺い、一番いいタイミングで一体ずつメッツァーハウンドをとらえることにしていた。
 その隙にリュディガーがかばいながら走り抜ける。
 首に腕をかけられたメッツァーハウンドは一瞬にして霧散し、すり抜け、人型を取って逆に背後に回る。
 すかさず剣で切りつけるも、ダメージを喰らう前に形態を変えて反撃してくるものだから、相手をする方は厄介だ。
 それでも変化する際の速度が以前に比べると緩慢であるのは、やはり魔力の供給が完全ではなかったせいかもしれない。
 とはいえ、それでも常人離れした動きであることに変わりはない。
 おそらく北部の人間でなければ対応できないほどに。

「リュディガー! 早く見つけろ! それほど長くはもたない」
「わかっています!」

 クレメンスの怒号にこれまた怒号で返すものの、探知機はメッツァーハウンドとクレメンス達の動きまでとらえてしまってうまく把握できない。
 計画ではクレメンスとミハエルが二体のメッツァーハウンドを抑え、その間に探知機を使って魔法士を見つけ出して制圧するということになっていた。
 ただ、今回は特定の人間のデータをインプットしているわけではなく、探知範囲内で動いている物体をとらえるという形なので、些細な動きさえもとらえてしまうのだ。
 イヤーカフから伝わってくる情報は膨大で、それを処理するのもかなりの集中力がいるというのに、ヨシュカを護ることもしなければならない。
 メッツァーハウンドは反撃を続け、霧散し、すがる北部の者たちをなんとか振り払ってマーキング相手に牙を向けようと躍起になっている。
 少しずつ、距離を詰められているのも解っている。
 左後方にいたミハエルがメッツァーハウンドの額に手をかけて魔導石を割ろうとしているのが見えていたが、ふりかざしたところで腕を逆手に取られて、鈍い音とともに一瞬地面に膝をついた。
 その音に反射的に振り向く。
 多分、関節が外れた。
 そのせいで落としてしまった短刀を握りしめたのは、犬型から瞬時に人型へと変化したメッツァーハウンドだった。
 まずい。
 追いつかれる。ミハエルが倒れた。剣を取られた。ヨシュカが。俺が。刺される。──やられる。
 感情が渦巻いていたが、反射的にヨシュカを背後へ回し、短刀を抜く。
 反撃を──。
 その、リュディガーの動きをはるかに凌駕する速さでメッツァーハウンドが懐まで飛び込んでくる。
 間に合わない。
 そう覚悟を決めた時だった。
 すんでのところで背後からヨシュカに引き倒された。
 それとほぼ同時にミハエルがメッツァーハウンドに回し蹴りを喰らわせ、よろめいたところを両足を首にかけて抑え込んで倒す。その隙にヨシュカは思い切り額の魔導石に柄を叩き込む。
 砕くまではいかなかったが、わずかに入ったひびはメッツァーハウンドの動きを鈍くさせた。
 リュディガーはその一連の動きを目の当たりにし、それから間一髪で助かったということを理解した。
 地べたに張り付いた形のリュディガーを、ヨシュカは明らかな怒りの表情で見下ろしていた。

「今度俺をかばって死のうとしたら、許さない」

 何を言っているんだ、この皇子は。
 守るのが、当然だ。そしてヨシュカは守られて当然なのに。
 そんなリュディガーの思いも顔に出ていただろう。
 言い終わるなり、ヨシュカはミハエルが締め上げているメッツァーハウンドの額に手をかけ、魔導石を引きはがしにかかる。

「無茶な」

 締め上げていたミハエルは、ヨシュカの思いもよらない行動に戸惑う。
 魔導石に亀裂が入っていたせいもあるのだろう。ヨシュカの行動にメッツァーハウンドは負けた。
 猟犬は形を崩し、霧散し、あっけなく魔導石だけになった。

「魔力を供給されればすぐに形を作ります!」

 外れた手首を戻しながら途切れ途切れに伝えるミハエルに、ヨシュカは意味深な笑みを浮かべる。
 そんなことは知っている。
 そう物語っている表情に、ミハエルは何も言えなかった。
 代わりに口を開いたのはリュディガーの方だった。

「何をするつもりだ」

 にんまりと笑った顔はまるでいたずらを仕掛けるような顔をしていた。
 なんでこんな状況で、こいつはこんなに楽しそうな顔をする。
 説教の一つでもしてやりたいと思っていたリュディガーを無視して、ヨシュカはしっかりと魔導石を手に握りしめる。
 魔導石からは黒い靄が漂っている。それはまだ、魔導石が『生きている』証であった。

「俺は俺の役目を果たすよ。──リュディガーはリュディガーの役目を果たせ」 
 

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