病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

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 十五年前に起きたフロイデン皇太子一家襲撃事件は皇国内だけでなく、隣国にまで衝撃をもたらした。
 フロイデン皇国の女帝、ドロテア女皇のもとへ家族で訪れる途中で襲撃されたという。
 その時訪問の予定は入っておらず、何かしらの火急の用件があっての訪問だったのではと推測されていた。
 もしくは、襲撃されることを事前に察知して、女皇のいる宮殿へと向かっていたのかもしれない。
 予定外の行動であったため、警備が手薄であったこと、さらに襲撃後も気づかれるのが遅れ、捜査に随分と時間を取られた。

 皇太子一家の乗った馬車が見つかったのは、襲撃があったであろう日から丸一日以上たってからのことだった。
 見つかったのは宮殿の裏に続く抜け道で、馬車は崖から落とされ、火までかけられていて、ほとんど原形をとどめていなかったという。
 皇太子妃の無残な焼死体と、全身にやけどを負い、瀕死の状態である皇太子を発見したものの、産まれたばかりの皇太子の一人息子マティウス殿下と、同乗していた皇太子の妹であるベアトリクス皇女は亡骸さえ残っていなかった。
 皇子が愛用していたブランケットが木にひっかかっていたのと、皇女が身に着けていた魔導石の指輪が馬車に取り残されていたことだけが、二人がそこにいた証明となった。

 皇国の威信にかけて賊が誰なのか徹底的に調査されたが、十五年ちかくたった今でもはっきりとした犯人はわかっていない。
 捜査の手が後手に回ったのは、襲撃事件のショックからドロテア女皇が体調を崩し、政権に力を注ぐことができなくなったからとも、いやドロテア女皇自体が皇太子一家の事件に関わっているのではないかと、様々な憶測を呼んでいた。
 それらの一連の話は中央と縁のない生活を送っているリュディガーでも知っている。

「十五年も隠れていたと?」

 なぜそんな選択をしたのか解せなかった。
 襲撃を生き残ったのならば、皇国に戻ることこそ最良の方策ではないのか。
 そんなリュディガーの疑問を間近で見ていたクレメンスが答える。

「誰が命を狙ったのか、明確にはわからなかったんだ。以前から狙われることはたびたびあったようだが、あんな大胆な方法をとってくることは初めてだったようだ。しかも、予定になかった行動をしたうえでの襲撃だ。身内を疑っても仕方がない」

 予定外の行動がばれての襲撃。だとしたら近しい者の中に裏切り者がいたと考えても当然だ。
 おそらく、皇女は孤立無援な状態だっただろう。

「でも、皇家であるシュトレイルと、北部の主であるノーデンシュヴァルトの仲は最悪だと聞きました。特に、母上と皇女は険悪だと──」
『嫌いだね。あの取り繕った笑みをみるたび、ぞっとする』

 足元に群がる魔物を踏みつぶし、薙ぎ払いながらもウルリケははっきりと嫌悪を口にする。

『ベアトリクスも私のことが嫌いだったはずだ』
「嫌いなのに、母上を頼ったのですか?」

 その心理も、リュティガーにはわからない。

「だからこそ、だ。二人の間には嘘は一切なかった。それになによりナディーネの存在が大きかった」
「ナディーネ皇妃?」
「三人は王立学園の同級だったんだ。二人の間をうまく取り持っていたのはナディーネだった。そしてそんなナディーネを二人ともとても大切にしていた」

 ナディーネ皇妃の話は周囲からよく聞かされていた。
 北部の宰相家、ヴァルハイトの娘。銀髪紫眼で細身の容姿は、ほとんどが黒髪で体格的には大きい北部の人間の中ではやたらと目立っていたらしい。
 しかしそんな容姿にもかかわらず、物おじしない気の強さを持っていたという。

「二人とも、ナディーネの息子を助けるためならば、リスクを厭うことはないだろうな」

 そこでリュディガーはようやく合点がいった。
 ああ、だからだ。
 ウルリケは皇妃の息子である皇子を見捨てられない。しかしそのために動くことはノーデンシュヴァルトを危険にさらすことになりかねない。
 だから内密に、そして最悪ノーデンシュヴァルトに危害が及ばないようにと配慮して二人で対処しようとしている。
 お前たちは関わるな。
 そう言外に伝えてきていることは十分に理解できた。
 そしてすべてを理解した瞬間、酷く腹立たしくなってきたのだ。
 通信機の向こうでは再び湧き始めている魔物を薙ぎ払い続ける母の姿が映る。

「リュディガー?」

 滅多に表情の変わらない息子ではあるが、それでもはっきりとわかるくらいに不機嫌であることをクレメンスは気が付いていた。
 苛立ちのまま、リュディガーは通信機を両手で持った。

「俺だって、父上と母上を助けるのにリスクなんて厭いませんよ」

 強めの口調に、画像の向こうから驚いたように振り返るウルリケが見えた。

「もしここに兄上やキーラがいたとしても同じことを言うと思います」
『生意気なことを言う。お前のような小童が何の力になるというのだ』
「小童の方が役に立つ時もあるかもしれません」

 珍しくリュディガーが食い下がってくる状況に、二人とも意外そうな顔をした。
 もともと自己評価が低く、それ故に自己犠牲を厭わないタイプではあったが、基本的には指示や命令に対しては従順な方で、意見をそれほど返すことはない。
 なのに今日は引こうとはしない。
 抗うリュディガー自身も、なぜ自分がここまで頑なに拒否しているのかわかっていなかった。
 何が、自分を動かしているのだろう。
 そう反芻していると、ふと思い浮かぶのは先ほどの大鴉の姿。

「──それに、鴉が」

 そこまで口にして、つと黙り込む。

「鴉?」

 伝令鳥がどうかしたのかと問われ、リュディガーはぽつりと口にする。

「その、鴉が来いといっているように感じたものですから」

 ああ莫迦なことを口にしたと思ったが、一度発言してしまっては取り消すことは適わない。
 きっと一笑に付されるだろうと思ったが、その予想は大きく外れた。

『ならば、同行するがいい』

 あっさりと了承したことに、リュディガーは勿論、クレメンスも驚いたように視線を向けた。

「それは」
『いい。いけ。──私もこちらの討伐が終わり次第、イグナーツとそちらに向かう』

 通信機の前でぼんやりしていたもののウルリケの言葉で我に返り、慌てて荷物をまとめるために部屋を後にした。
 そんなリュディガーの後ろ姿を見てクレメンスは心配そうにつぶやく。

「本当に、いいのか」
『いずれにしろ、関わる運命だったということさ。──いいんだ。私らが守ればいいのだから。だろう? クレイ』

 ウルリケの言葉に、クレメンスはしっかりと頷いた。
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