病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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 フロイデン皇国は広大な国だ。
 中央は四季の彩にあふれており、冬も、訪れはするものの、年に数回雪が降る程度で、比較的温暖な土地柄だ。
 東に向かえば海が、南と西には肥沃な土地が広がっている。
 国内は五つの領地に分けられ、それらを治める領主たちも、多少の不満はあろうが、皇帝になり替わろうというほどの不満を持つ者も、いない。
 そもそも代々皇帝となる者は、領地を治めるという点においては非常に優れていたからだ。
 唯一の懸念といえるのは、北の大地から続く冬山に棲む魔物の存在といったところだろうか。
 中央に住む者たちからすれば、北部の置かれている立場は凄惨なもののように感じるであろうが、遥か昔からそうだった北部の者たちからすれば、憐れまれるようなものではないと異を唱えるだろう。
 ノーデンシュヴァルトにとっては北の大地を護り、魔物と対峙することは当たり前の日常なのだから。

「陛下、お時間です」

 ノックと共に入ってきた侍従は、入ってくるなり目を見張り、それからあきれたような顔をした。
 そういう反応がくることはわかっていたが、そのことには気が付かないとでもいったふうに立ち上がり、少しばかり服を直し、帯剣する。

「その……陛下。帯剣するのはいかがなものかと」
「なぜ」
「慣例がございません。神殿に対し不敬千万と」

 慣例、不敬。
 あまりに型通りの物言いにおかしさが込み上げてくる。

「私が皇位を継ぐ時点で『慣例』など意味をなさないものであろう」

 口調は柔らかいものの、毒付いた言葉に侍従は口篭る。
 そもそもこの煌びやかな服も納得がいかないというのに、剣を自分の身から離すなどそちらこそ論外だ。

「ですが大神官が」
「私から剣を取り上げるというなら、大神官の錫杖をへし折るとしよう」

 私の意思が固いと気がついたのか、侍従はようやく口を閉ざした。
 そのことに満足し、控えの間の扉へと向かう。
 扉が開くと左右から陽の光が差し込み、その眩しさに目を細める。
 北部ではほとんど感じることのない眩しさに複雑な思いが去来する。
 中央は確かに過ごしやすいだろう。
 物資も娯楽も人も溢れかえっている。
 大陸きっての大国というのも頷ける。
 だが、どんなに豊かであろうとも、北の大地が恋しい。
 年の半分以上は凍てつく雪と氷に閉ざされ、このような陽の光などほとんど目にすることのない、厳しい北の大地が。
 全てを捨てて、ノーデンシュヴァルトに戻れるならばどんなことでも為すだろう。
 だが、それが許されないことはよくわかっている。

「マティウス陛下。皆が陛下のお召しを待っております」

 恐る恐るといった程ではあったが、さらに促される。

『己の責務を果たせ』

 その言葉が、声が、脳裏に巡る。

 ──ああ。わかっている。

 それが己に課せられた責務で、それを果たすと、必ず果たすと、約束した。
 だから逃げない。
 歩を進め、さらに光の刺す方へと向かう。

「扉を開けよ」

 静寂の広がる講堂の、重々しい扉が放たれるや、外から盛大な歓声が流れ込んできた。
「マティウス様!」
「皇帝陛下!万歳!」

 歓声と共に己を讃える声が響き渡る。
 さあ、面を上げて皆の期待に応えなければならない。
 国民の前で国の守り神、戦乙女シグルドリーヴァを使役し、皇帝としての地位を確固たるものとしなければならない。

 ──私はマティウス・フォン・シュトレイル=フロイデン。

 フロイデンの21代目の皇帝であり、この地に安寧と秩序をもたらす者。
 私は私の責務を果たさなければならない。
 彼の人の希望であり宿願を叶えるために。
 そのためだけに今私はこの場にいる。
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