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4.超過勤務
2<side 樋口>
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「樋口、お前来週から教育係ね」
さらりと葛原さんにそう告げられて、わずかに逡巡したが、すぐさまわかりましたと返答した。
今年度からサポセンの夜間待機ローテーションはなくなり、その分職務見直しが図られるだろうとは思っていたが、こんな早い段階で教育係を任されるとは思っていなかったのだ。
上の方針、ということもあるだろうが、そこにはほんのわずかながらも葛原さんの意思が含まれていると俺は推測していた。
部内の仕事の配分についてはある程度、主任クラスの裁量に任されている。
そして葛原さんがこの数ヶ月、俺と海藤の間に流れる微妙な雰囲気を気にかけていたことは十分ありえる。
今回の配置については、極力俺と海藤が顔をあわせないような形になっていることは間違いない。
少なくとも新人に仕事の流れを教える6ヶ月間は一緒に仕事をする機会さえも極端に減ってしまうだろう。
海藤との接触が減ると思うと、正直安堵する。だが同時に残念に思う自分がいることも事実だった。
あの一件以来、海藤とは相変わらずギクシャクしていた。
いや正確にいうならば、海藤がやたらと意識して俺の事を無視しているといったところか。
困ったことに俺のほうがいくら平然と振舞ってみても、海藤が平静を保てないのだから仕方がない。
だが思えば、海藤に平静を保てというほうが難しいのかもしれない。
困惑するあいつを見るのは結構面白かったが、それで仕事に支障をきたすことだけは避けたかった。
それゆえに、葛原さんの配慮は嬉しいものだったが、仕事のパートナーとしての海藤を失うことは非常に惜しい。
海藤と仕事をするのは能率がよく、何より楽しかった。
勘と勢いで物事を進める癖のあるヤツだったが、意外にも前準備は緻密で完璧だった。
あいつ特有の勘を発揮させるのはイレギュラーなケースが発生したときで、『多分コレのせい』と辺りをつけてはトラブルを回避する技に長けていた。
いや、正直に言えば海藤は無意識のうちに計算し、論理だてて、結果を導いているんじゃないかと俺は思っている。
ただ、頭の中で起こっている計算やら論理があまりに早くて、それらの過程をうまく説明できないだけ。
無意識に仕事のできるヤツ。一番扱いに困るタイプ。でもだからこそ、おもしろい。
そんな海藤の特異性については以前から気がついていたし、認めてもいたが、こうして新人教育なんぞをしていると改めて大したやつだったと思う。
そう。
俺は今、新人教育の真っ只中にいた。
新人教育なんてさらりと言っている通り、そんなに難しいものではない。一通りの研修は受けてきているし、これからは客先応対がいかなるものか、ということを実践で学ばせることになる。
俺の背後からついてくる新人、武藤は可もなく不可もなく、といったところだろうか。とりあえず一週間行動を共にしたが、物覚えも普通。仕事の速度も普通。
ごくごく平均的。これをどう磨き上げるかが俺に与えられた使命なわけだが。
だが、葛原さんにしてみれば、武藤はちょっと厄介なタイプとして認識されているようだった。
武藤につくにあたって葛原さんから受けた忠告を思い出す。
武藤はあの容姿にコンプレックスを持っているようだが、逆にそれを利用して世の中を渡ってきた節があると。
確かにベビーフェイスのせいか、すこぶる庇護欲がそそられるということもわかる。特に女性社員や、幾分年かさの社員には絶大な効果を上げることだろう。
武藤と共に仕事をしていると、それはよく感じる。
困ったことが発生すると、捨てられた子犬のような顔をすることがよくある。
そんな顔を見ると、つい手を差し伸べてしまう人間がいたとしても不思議はない。
『その点樋口、お前ならかわいそー、とか流されることはないだろう?』
そんなふうにいって葛原さんは快活に笑った。
まあ。確かに流されることはない。
この俺が。
感情に流されるなんてことは、あっちゃいけないし、あるはずがない。
一瞬胸に去来するものがあったが、その辺りは無視した。
とにかく。犬の扱いはそれなりに慣れている。それがすがるチワワであろうとも、暴れるゴールデンレトリバーであろうとも。
俺は気を取り直して、横で手順書を読んでいる武藤へと目を向けた。
「読み終わったか?」
正直言うと、武藤がこれからやろうとしている作業は、手順書に頼るほど難しい仕事ではない。
ただ今日は、多重障害の作業で来訪しているため、武藤の仕事をいちいちチェックしている余裕はなかった。
通常ならば通信系のプロである本橋さんかその予備軍である海藤が来るべき案件だが、あの2人は現在実地研修でこちらまで手が回らない。
年度始めなど、誰もが手を放せない。となれば、ネコの手さえも借りる羽目になるのは必須。
そしてその『ネコの手』が武藤というわけだ。
「はい、一応」
一応はないだろう、一応は。
とも思ったが、目の前の武藤は完全に顔が強張っており、余計な突っ込み入れないほうがいいと判断した。
たかがこの程度の処理でそんなに緊張しないでほしい。
今日武藤が担当する作業は俺たちの仕事の中でも基本中の基本だったし、ちょっとこっち系の技術をかじったことがある人間ならば学生でも処理ができるほどの、本当に簡単な処理だった。
実際武藤自身も何度か行ったことがある作業だ。
考えてみれば、この状況は実地研修として格好の状況だといえるかもしれない。
多重障害ということで、俺と武藤の行う作業は別々だが、同じ建屋にいるという状況は幾分安心するだろうと思えた。
「今まで何度となくやってきた処理だ。いつもの通りにやればいい。終わったら報告書を書いて、確認のサインを忘れずにな。もしわからないことがあれば、とりあえず俺のところまで走って来い」
そういい残して俺が二階のフロアに去ってからきっかり10分後。
「ひ、ひ、樋口さん!」
声を震わせ、顔面蒼白で武藤がドアを開けた。
武藤の顔は捨てられた子犬どころか、瀕死の子犬といった様相だった。
その瞬間、俺は悟った。
ああ、これはやばいことになりそうだと。
「俺、あの、俺!」
武藤の声は完全に裏返り、首を絞められている犬のような状態だった。
「落ち着け武藤」
俺は完全に手を止めて、武藤の顔を覗き込んだ。
ああ葛原さんの言っていたのはこれか、と俺は妙に納得した。
確かにすがるような目は保護したくなる色合いを含んでいるかもしれない。
しかし俺の声はいつもの通りの調子で、それゆえに武藤はかえって落ち着きを取り戻したようだった。
「何をした」
武藤は何度か息を継ぎ、それからぼそぼそと話し始めた。
「あの、俺、ディスク引っこ抜いてしまって」
「? そうしないと部品の交換ができないだろう?」
ごく当たり前のことだが。
「いえあの。俺、間違って、あの」
いや。
ちょっとまて。
まさか。
「お前、もしかしてバックログとらないで抜いたのか?」
俺の問いに武藤は答えず、ますます顔を青ざめさせて、うつむいた。
瞬間いらつく。黙り込んでうつむいて状況が変わるなら、一生そうしていろ。
だがそうじゃないだろう。
「武藤。はっきり状況を説明しろ。お前のやったことだろう? 説明してくれなきゃ対処しようがない。俺は状況を見てすべてを把握できるほど人間ができてない」
怒鳴るわけではないが、はっきりとした俺の物言いに武藤ははじかれたように言葉を発した。
「俺、思わず抜いちゃって」
やっぱり抜いたのか。
思い切り溜息を尽きたかった。これが海藤相手ならば厭味の10個ぐらいいって、その倍ほどの溜息をついてやるところだが、何せ相手は新人だ。その辺りだけは手加減した。
ここの顧客はかなりうるさい。エラーの原因を事細かに割り出して報告しなければ気がすまない。
エラー現象から考えると毎度の単純なエラーだとは思うが、そこはきちんとした証拠をもってして指し示さないと当然納得するはずがない。
面倒くさいな。
と思いつつも、俺は次の打開策を頭の中ではじき出す。
「仕方ない。マスターの方にアクセスしてエラーログをひっぱってくるしかないな。ちょっと時間はかかるがそれしか」
しかしながらそんな俺のつぶやきに今度は泣きそうな顔をして俺を見つめてきた。そしてしきりに首を振る。
さすがに余裕をかましていた俺も、血の気が引いた。
それこそ『まさか』といいたい。
「お前、マスターのほうのディスクを」
「抜いちゃいました……」
「抜いた?」
「抜きました」
「なんでまた」
「いや、あの、マスターのディスクだって気がつかなくて。それでその、途中で気がついて、俺、慌てて障害ディスクのほうを抜いたんです。そのまま交換して俺、混乱して。その」
なんだか、支離滅裂で理解に苦しむ。いや、要領を得ない武藤の物言いに、とても不吉なものを感じて、うまく頭が働かない。
ディスクを抜いたくらいなら、まだ何とかなる。が。どうやら武藤の物言いはそれだけに留まっていないことを現していた。
「武藤」
俺は極力感情を抑えて何とか声を絞り出す。
「同じことを何度も言わせるな。理論だてて俺にわかるように説明しろ」
その後、武藤から状況を聞きだすのにそれほど時間はかからなかった。これ以上もたもたすれば俺の機嫌がますます不機嫌になると思ったのか、それとも早くこの状況から逃れたかったのか。
いずれにせよ、予想していた中で一番最悪の状況となっていた。
本来障害の起きたディスクのバックログをとり、その後新しいディスクと入れ替えればそれで終わりだったものを、何を考えていたのか、うちのシステムの統括をしているマシンのディスクを引っこ抜き、そのことに途中で気がついて慌てて戻したものの、戻す際にうっかりと初期化してしまったという。
最悪だ。
何が最悪かって、俺が抱えているほうの障害は、ディスクの中身が全く見えない状況にあり、エラーの原因がわからないからだ。個々のディスクから読めないとなれば当然マスターのほうにアクセスするしかない、が。そのデータ自体が初期化されてしまったとは。
自分が非常にまずい状況に陥っていることは理解できた。
そしてそこにさらに追い討ちが一つ。
「樋口さん。なんかさっきログ集計したらほとんど真っ白なんだけど、これ、どーゆーこと?」
ひょっこり顔を出してきたここの担当が、冷笑を浮かべて俺たちを見つめていた。
さらりと葛原さんにそう告げられて、わずかに逡巡したが、すぐさまわかりましたと返答した。
今年度からサポセンの夜間待機ローテーションはなくなり、その分職務見直しが図られるだろうとは思っていたが、こんな早い段階で教育係を任されるとは思っていなかったのだ。
上の方針、ということもあるだろうが、そこにはほんのわずかながらも葛原さんの意思が含まれていると俺は推測していた。
部内の仕事の配分についてはある程度、主任クラスの裁量に任されている。
そして葛原さんがこの数ヶ月、俺と海藤の間に流れる微妙な雰囲気を気にかけていたことは十分ありえる。
今回の配置については、極力俺と海藤が顔をあわせないような形になっていることは間違いない。
少なくとも新人に仕事の流れを教える6ヶ月間は一緒に仕事をする機会さえも極端に減ってしまうだろう。
海藤との接触が減ると思うと、正直安堵する。だが同時に残念に思う自分がいることも事実だった。
あの一件以来、海藤とは相変わらずギクシャクしていた。
いや正確にいうならば、海藤がやたらと意識して俺の事を無視しているといったところか。
困ったことに俺のほうがいくら平然と振舞ってみても、海藤が平静を保てないのだから仕方がない。
だが思えば、海藤に平静を保てというほうが難しいのかもしれない。
困惑するあいつを見るのは結構面白かったが、それで仕事に支障をきたすことだけは避けたかった。
それゆえに、葛原さんの配慮は嬉しいものだったが、仕事のパートナーとしての海藤を失うことは非常に惜しい。
海藤と仕事をするのは能率がよく、何より楽しかった。
勘と勢いで物事を進める癖のあるヤツだったが、意外にも前準備は緻密で完璧だった。
あいつ特有の勘を発揮させるのはイレギュラーなケースが発生したときで、『多分コレのせい』と辺りをつけてはトラブルを回避する技に長けていた。
いや、正直に言えば海藤は無意識のうちに計算し、論理だてて、結果を導いているんじゃないかと俺は思っている。
ただ、頭の中で起こっている計算やら論理があまりに早くて、それらの過程をうまく説明できないだけ。
無意識に仕事のできるヤツ。一番扱いに困るタイプ。でもだからこそ、おもしろい。
そんな海藤の特異性については以前から気がついていたし、認めてもいたが、こうして新人教育なんぞをしていると改めて大したやつだったと思う。
そう。
俺は今、新人教育の真っ只中にいた。
新人教育なんてさらりと言っている通り、そんなに難しいものではない。一通りの研修は受けてきているし、これからは客先応対がいかなるものか、ということを実践で学ばせることになる。
俺の背後からついてくる新人、武藤は可もなく不可もなく、といったところだろうか。とりあえず一週間行動を共にしたが、物覚えも普通。仕事の速度も普通。
ごくごく平均的。これをどう磨き上げるかが俺に与えられた使命なわけだが。
だが、葛原さんにしてみれば、武藤はちょっと厄介なタイプとして認識されているようだった。
武藤につくにあたって葛原さんから受けた忠告を思い出す。
武藤はあの容姿にコンプレックスを持っているようだが、逆にそれを利用して世の中を渡ってきた節があると。
確かにベビーフェイスのせいか、すこぶる庇護欲がそそられるということもわかる。特に女性社員や、幾分年かさの社員には絶大な効果を上げることだろう。
武藤と共に仕事をしていると、それはよく感じる。
困ったことが発生すると、捨てられた子犬のような顔をすることがよくある。
そんな顔を見ると、つい手を差し伸べてしまう人間がいたとしても不思議はない。
『その点樋口、お前ならかわいそー、とか流されることはないだろう?』
そんなふうにいって葛原さんは快活に笑った。
まあ。確かに流されることはない。
この俺が。
感情に流されるなんてことは、あっちゃいけないし、あるはずがない。
一瞬胸に去来するものがあったが、その辺りは無視した。
とにかく。犬の扱いはそれなりに慣れている。それがすがるチワワであろうとも、暴れるゴールデンレトリバーであろうとも。
俺は気を取り直して、横で手順書を読んでいる武藤へと目を向けた。
「読み終わったか?」
正直言うと、武藤がこれからやろうとしている作業は、手順書に頼るほど難しい仕事ではない。
ただ今日は、多重障害の作業で来訪しているため、武藤の仕事をいちいちチェックしている余裕はなかった。
通常ならば通信系のプロである本橋さんかその予備軍である海藤が来るべき案件だが、あの2人は現在実地研修でこちらまで手が回らない。
年度始めなど、誰もが手を放せない。となれば、ネコの手さえも借りる羽目になるのは必須。
そしてその『ネコの手』が武藤というわけだ。
「はい、一応」
一応はないだろう、一応は。
とも思ったが、目の前の武藤は完全に顔が強張っており、余計な突っ込み入れないほうがいいと判断した。
たかがこの程度の処理でそんなに緊張しないでほしい。
今日武藤が担当する作業は俺たちの仕事の中でも基本中の基本だったし、ちょっとこっち系の技術をかじったことがある人間ならば学生でも処理ができるほどの、本当に簡単な処理だった。
実際武藤自身も何度か行ったことがある作業だ。
考えてみれば、この状況は実地研修として格好の状況だといえるかもしれない。
多重障害ということで、俺と武藤の行う作業は別々だが、同じ建屋にいるという状況は幾分安心するだろうと思えた。
「今まで何度となくやってきた処理だ。いつもの通りにやればいい。終わったら報告書を書いて、確認のサインを忘れずにな。もしわからないことがあれば、とりあえず俺のところまで走って来い」
そういい残して俺が二階のフロアに去ってからきっかり10分後。
「ひ、ひ、樋口さん!」
声を震わせ、顔面蒼白で武藤がドアを開けた。
武藤の顔は捨てられた子犬どころか、瀕死の子犬といった様相だった。
その瞬間、俺は悟った。
ああ、これはやばいことになりそうだと。
「俺、あの、俺!」
武藤の声は完全に裏返り、首を絞められている犬のような状態だった。
「落ち着け武藤」
俺は完全に手を止めて、武藤の顔を覗き込んだ。
ああ葛原さんの言っていたのはこれか、と俺は妙に納得した。
確かにすがるような目は保護したくなる色合いを含んでいるかもしれない。
しかし俺の声はいつもの通りの調子で、それゆえに武藤はかえって落ち着きを取り戻したようだった。
「何をした」
武藤は何度か息を継ぎ、それからぼそぼそと話し始めた。
「あの、俺、ディスク引っこ抜いてしまって」
「? そうしないと部品の交換ができないだろう?」
ごく当たり前のことだが。
「いえあの。俺、間違って、あの」
いや。
ちょっとまて。
まさか。
「お前、もしかしてバックログとらないで抜いたのか?」
俺の問いに武藤は答えず、ますます顔を青ざめさせて、うつむいた。
瞬間いらつく。黙り込んでうつむいて状況が変わるなら、一生そうしていろ。
だがそうじゃないだろう。
「武藤。はっきり状況を説明しろ。お前のやったことだろう? 説明してくれなきゃ対処しようがない。俺は状況を見てすべてを把握できるほど人間ができてない」
怒鳴るわけではないが、はっきりとした俺の物言いに武藤ははじかれたように言葉を発した。
「俺、思わず抜いちゃって」
やっぱり抜いたのか。
思い切り溜息を尽きたかった。これが海藤相手ならば厭味の10個ぐらいいって、その倍ほどの溜息をついてやるところだが、何せ相手は新人だ。その辺りだけは手加減した。
ここの顧客はかなりうるさい。エラーの原因を事細かに割り出して報告しなければ気がすまない。
エラー現象から考えると毎度の単純なエラーだとは思うが、そこはきちんとした証拠をもってして指し示さないと当然納得するはずがない。
面倒くさいな。
と思いつつも、俺は次の打開策を頭の中ではじき出す。
「仕方ない。マスターの方にアクセスしてエラーログをひっぱってくるしかないな。ちょっと時間はかかるがそれしか」
しかしながらそんな俺のつぶやきに今度は泣きそうな顔をして俺を見つめてきた。そしてしきりに首を振る。
さすがに余裕をかましていた俺も、血の気が引いた。
それこそ『まさか』といいたい。
「お前、マスターのほうのディスクを」
「抜いちゃいました……」
「抜いた?」
「抜きました」
「なんでまた」
「いや、あの、マスターのディスクだって気がつかなくて。それでその、途中で気がついて、俺、慌てて障害ディスクのほうを抜いたんです。そのまま交換して俺、混乱して。その」
なんだか、支離滅裂で理解に苦しむ。いや、要領を得ない武藤の物言いに、とても不吉なものを感じて、うまく頭が働かない。
ディスクを抜いたくらいなら、まだ何とかなる。が。どうやら武藤の物言いはそれだけに留まっていないことを現していた。
「武藤」
俺は極力感情を抑えて何とか声を絞り出す。
「同じことを何度も言わせるな。理論だてて俺にわかるように説明しろ」
その後、武藤から状況を聞きだすのにそれほど時間はかからなかった。これ以上もたもたすれば俺の機嫌がますます不機嫌になると思ったのか、それとも早くこの状況から逃れたかったのか。
いずれにせよ、予想していた中で一番最悪の状況となっていた。
本来障害の起きたディスクのバックログをとり、その後新しいディスクと入れ替えればそれで終わりだったものを、何を考えていたのか、うちのシステムの統括をしているマシンのディスクを引っこ抜き、そのことに途中で気がついて慌てて戻したものの、戻す際にうっかりと初期化してしまったという。
最悪だ。
何が最悪かって、俺が抱えているほうの障害は、ディスクの中身が全く見えない状況にあり、エラーの原因がわからないからだ。個々のディスクから読めないとなれば当然マスターのほうにアクセスするしかない、が。そのデータ自体が初期化されてしまったとは。
自分が非常にまずい状況に陥っていることは理解できた。
そしてそこにさらに追い討ちが一つ。
「樋口さん。なんかさっきログ集計したらほとんど真っ白なんだけど、これ、どーゆーこと?」
ひょっこり顔を出してきたここの担当が、冷笑を浮かべて俺たちを見つめていた。
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