10 / 20
3.色は思案の外
3
しおりを挟む最悪。
まさかこんなところで会うとは。
お互い目が点。
だが立ち直りが早かったのは樋口のほうだった。
ついと視線をそらし、隣の美女の背に手を回してさっさと席に着いた。
俺はというとグラスを持ったまま、樋口の動きをじっと見つめていた。
相手の女性は樋口のそらし方が上手かったのか、俺のほうには気がついていない。
「何? 海藤くんの知り合いでもいた?」
先ほどまで陽気に話していたのに、突然黙り込んであらぬほうを見ていたからだろう。
俺の向かいに座る『彼女』はちょっとだけ苛立ちを含ませてそう聞いてきた。
「あ? ああ。まぁ、知り合い……」
最後のほうはほとんどフェイドアウトして言葉にならなかった。
樋口が連れていたのはえらく美人な、しかも年上、そして明らかにセレブ感満載な女性だった。
なんというか、昔酒の席で樋口の彼女はこんな感じじゃねーかと噂したままの女性が隣にいた。
何だよあいつ。自身のスペックも高けりゃ、彼女のスペックも高いのかよ。隙がねぇぞ。つか、お前に弱点はないのかおい。
「海藤くんっ。あたしの話、聞いてる!?」
目の前の春香にそういわれて、俺はようやく我に返った。
う、わ。怒ってる。
そりゃ怒りもするだろう。
今日はクリスマスから年始にかけてどう過ごすかの見極め、正直にいうならばカップルあふれる年の瀬に一人寂しく過ごすか否かが決まる重要な局面なわけだから。
「悪い。ちょっと飛んじゃってた」
春香の怒りを納めようと、俺はできる限り明るい調子で切り替えした。
もうこういうときにはとにかく笑うしかない。
笑顔のごり押しは結構効いたみたいで、相変わらず膨れながらも春香は怒りを納めた。
春香に呼び出されたのは昨日のことだった。
別れる、といわれたきり、音信不通状態が2ヶ月も続けばこれは本当に振られたんだろうなと思っていたところに、これまたタイミングよく電話がかかってきた。
それが間近に迫ったクリスマス対策だってことは俺でもわかっていた。
俺だって人並みに普通の若い男なわけで、こんな浮かれきった12月に一人で過ごすのはやはり寂しい。
ついでにいうと、何だかわからないもやもやした気持ちを払拭したかったということもある。
だからこそそのまま誘いに乗った。
相手と同じように俺にも打算的なところがあってもいいだろう? おあいこだ、おあいこ。
というわけで、金曜の夜、俺は早々に仕事を切り上げて彼女と会っていた。
久々に華やかな気持ちになればこのもやもやしたものもどこかに飛んでいくだろうと思っていたのに。
何でその根源とこんなところで会わなきゃならないんだよ。
「気になるの?」
唐突な春香の物言いに俺はちょっと動揺した。
「え? 何が?」
「だから、さっきの人」
「あー。まぁ、同僚だから」
「ふぅん」
ちょっと含みを持たせた春香の『ふぅん』はそれなりに恐ろしい。
何を含んでいるのか俺には読めないからだ。
だが春香はそれ以上樋口たちの話題を振ることはなかった。
「せっかく久々に会えたのに、どこまでいっても会社のことを忘れられないのね」
軽い嫌味と共に突っ込まれた話題に俺は苦笑いを浮かべた。
春香が別れを切り出した時、これと同じことを言われたなと思い出していた。
春香の思惑をわかっていて、それに乗ったのも自分だというのに、どうにも目の前の春香に集中できない。
耳にはちゃんと春香の声が入っているのに、中身をしっかり捉えることができない。
目はきちんと春香の姿を捉えているのに、目の端で樋口とその彼女を捕らえている。
本当は気にしたくなんかないのに、全ての神経がそちらに向いてしまう。
神経は全部樋口のほうに向いていて、平気な顔をして春香と会話をする。んな器用なこと、樋口ぐらい頭のいい男なら可能かもしれないが、俺じゃあそう長くは持たない。
けど。気になって仕方がなかったのだ。
この間の件を樋口はどうやって説明するのだろうかと考えてしまう。
目の端に映る樋口はいつも目にする樋口とは少々違った印象だった。
不機嫌そうな態度は相変わらず。
彼女相手でも会社のそれと変わらないってちょっと問題だろう?
なんて思いつつ、一方でほんのわずかだが、居心地の悪そうな、そう、この場をどう扱うべきか戸惑っているような表情を浮かべているのが気になった。
あの樋口のそんな表情に俺こそ戸惑い、そして考え込んでしまう。
もしかしてこの間の一件が原因なんじゃないか。
「やだ。冗談よ。そんな本気で怒らなくてもいいじゃない」
春香の困惑した声で俺はようやく我に返った。
えーっと。
あれ?
俺はきょとんとし、目の前でうかがう様な表情を浮かべる春香をまじまじと見つめた。
俺、かなりの形相だったってこと、か。
そういや葛原さんも言っていたっけ。そんなに俺の顔はひどいのか? 樋口のことを考えるとどうも複雑に感情が絡み合うらしくて、表情が強張るんだよな。
いかんいかん。
俺は曖昧に笑った。
「いや、怒ってない怒ってない」
ふるふると首を振り、俺は笑って見せた。
「ちょっと仕事疲れ。ごめんな。いやな思いをさせた?」
こういうときに素直に謝ってしまうのは俺の信条で、まぁ大抵の場合はこれで相手は折れてくれる。
折れてくれないのはごくわずか。それこそ樋口とか。竹内女史とか。そのあたり。
案の定、春香も仕方ないわねといった顔をして許してくれた。
何とか春香の機嫌をとる俺の目の端に、立ち上がる樋口の姿が映った。
つられて俺も条件反射のように立ち上がってしまっていた。
それでも春香に一言断りを入れるのだけは何とか忘れずにいた。
「ちょっとごめん」
懸命に浮かべた笑顔は数歩進んですぐさま強張る。
俺、何しているんだよ。
そもそも追いかけて、そして何を言うつもりだ?
そう自分を諌めつつも、樋口を追うという行動を抑制することはできなかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

エンシェントリリー
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる