彼誰時のささやき

北上オト

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3.色は思案の外

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 俺の行動は本当に突飛だったんだろう。樋口は目を見張り、俺を見つめていた。

 いつもの俺だったら樋口を出し抜けた快挙に喜び勇んでいたかもしれない。

 でも俺にはそんな余裕はなかった。

 樋口の唇はふわりとしていて、思っていたのとちょっと違っていた。
 
 でもその感触に気持ちが高揚し、そのままさらに強く押し付けた。

 この行動に樋口は抵抗をするかと思ったが、不思議と樋口はするに任せていた。

 軽く開いた口からわずかに舌先が触れる。

 舌先が、熱い。

 それが合図のように、俺はそのまま樋口の唇に貪りついていた。

 噛みつくようにといったほうがいいかもしれない。

 ついばみ、吸い上げて、舌を絡ませる。

 樋口は反射的に身体を押しのけようとしたみたいだが、俺はそれ以上の力で樋口の手首を押さえ込んでいた。

 反動でデスクの上の書類が傾れ落ちる。

 紙が舞っていたものの、それを気にする余裕はなかった。
 それよりこの感覚のほうに夢中だった。

「か、いとう」

 わずかに唇が離れる合間に、きれぎれに俺の名前なんて呼ぶもんだから、俺はますます煽られてエスカレートしていく。

 ああやばい。

 とまんねぇ。

 しかし樋口は黙ってやられっぱなしではいなかった。

 あいた左手で俺の後頭部に手を当てる。
 長い、しなやかな指が俺の髪の中に突っ込まれる感覚に俺は尚もぞくぞくしていた。

 が。

 次の瞬間、樋口は思い切り俺の髪を後ろへとひっぱりだした。

「いっっっっ!!!」

 うーっ。

 痛みに俺は唇を離した。

 だが、三センチ先にはまだ樋口の唇があるという状態で、ストップ。

「ぃいってーよっ。離せよ樋口!」
「お前が右手を離して俺から離れればな」
「やだ」
「やだじゃない。これはなんだ。どういう意味だ? 新手の嫌がらせか?」

 そう詰問してくる樋口に先ほどのキスの動揺はない。

 何であんなことのあとでもこいつはこんな平然としているんだよ。少しは動揺しろよ?
 俺はこんなにいつもいつも動揺しまくりだってのに。

「嫌がらせでこんなことしない」
「じゃあなんだ」
「わかんねぇよっ」

 俺の答えに樋口は目を細める。

「わからないでこんなことを?」

 ……ええぃ、くそ!

 結局俺は引っ張られ続ける髪の痛みに耐え切れず、樋口の右手を離した。 

 それとほぼ同時に樋口の左手が後頭部から離れて、勢いそのまま後ろのデスクに俺は倒れこんだ。

「くそー。ハゲたらお前のせいだぞ!」

 的外れなことをいっているんだろうなぁという自覚はあったが、もう頭に浮かんだことをそのまま口にする。

「お前、焦点はそこじゃないだろう? そもそもこの場面で怒るべきは俺のほうだろうに」

 そんな俺を樋口は呆れたように見下ろしている。

 何でそんな冷静なんだよ。いつもいつもっ。

 それがまた腹立たしく感じる。

「お前がなかったことにするなんていうからだろ」
「……それがベストだろ」

 叫ぶ俺を前にしても樋口は動じない。

 ああそうだよ。こいつはそういうやつだよ。

 俺は立ち上がり、睨みつけた。

「一度起こったことをなかったことにするなんて、無理だってーの。つか、なかったことなんてできるわけないだろ!」

 樋口は目を伏せて少々考え込む。

 その間がとても長く感じたが、やがて樋口はゆっくりと顔を上げた。

「海藤お前、俺のことが好きなのか?」

 するりと出てきた樋口の言葉に俺は顔を赤らめた。

 なんでそんなことまで平然と口にするんだよ、この男は。

「それも、わかんねぇ」
「キスした理由もわからない。俺を嫌いなのか好きなのかもわからない。お前はわからないことだらけだな」

 うー。

 莫迦にされているのか? 軽蔑されているのか? それさえも全く読めない。

 その時点で俺はもう開き直っていた。

「悪いな。俺は考えるより前に行動がモットーなんだよっ」

 自信満々でそう答える俺に対して樋口は大きな溜息をついた。

「本当にお前って、莫迦だな」

 そういい捨てて、樋口はコーヒーを入れてくるとさっさと出て行ってしまった。

 残されたのは俺一人。

 なんか中途半端に投げ出されたような気分で、俺はただ立ち尽くしていた。

 

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