彼誰時のささやき

北上オト

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3.色は思案の外

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 そのことを考えるとまた無性にいらいらというか腹が立つというかなんと言うか、とにかくどうしようもない感覚が襲うのは何故なのか。

 もともとそう滅多に考え込むことはない。喜怒哀楽ははっきりしすぎるほどで、頭にきているならばそのままストレートに表現してしまうはずだ。
 ましてや相手は上司でも客でもない。同僚だ。あのホテルでの一件に怒りを感じていれば、当然俺ははっきりとぶつかるはず。

 ──なんだけど。怒りをぶつけるってのもちょっと違うような気がして、結局何もいわずに終わってしまう。

 樋口のことを考えるとすげぇ混乱してしまう。どうしたらいいのかわからない。どんな感情をぶつけていいのかわからない。

 スーツをだめにするほど介抱させたことに対する羞恥なのか、首筋につけられたキスマークに対する怒りなのか、男と一晩添い寝する結果に陥ってしまった苛立ちなのか。

 そのあたりがどうも自分でもよくわからないんだよなー。
 どれも当てはまりそうで、どれも当てはまらない。
 それでいらいらする。

「海藤海藤。お前、今めちゃくちゃ極悪な顔をしている」

 思考のループに陥りそうになったところを葛原さんがストップをかけてきて俺は我に返る。

 しまった。またやったか。

「すみません。俺ってなんだか考え込むとどうしても、こう、恐い顔になっちゃうみたいで」

 葛原さんはしょうがないなぁといった顔で俺を見つめて、それからしみじみと意外なことを言い出した。

「俺としてはお前と樋口、いいコンビになると思っているんだけどね」

 俺と樋口が?

 一体どこをどうすれば『いいコンビ』なんて発想が生まれるんだ?

 俺は明らかに不服そうな顔をしていたのだろう。葛原さんは面白そうに笑い続ける。

「お前らが思っている以上に、二人は結構息があっているってこと。現にお前と樋口が組むと仕事の能率、断然いいだろ?」

「でもそれは樋口の個人能率がトップクラスだからじゃないですか?」

 そう。樋口は知識においても作業能率においても同期の中では、いや課内でもトップクラスだ。
 頭の回転も速いから飲み込みも早い。葛原さんも課内ではかなりの実力者だけど、樋口は葛原さんに匹敵するくらいできる男だ。
 悔しいがそれは認めるところだ。

「でも俺と樋口が組んで仕事をしても、それほど能率よくないよ」

 確かに言われてみればそうかも。

 一度二人が組んで仕事をしたことがある。普段仲が悪いとか、互いによく思っていないとかそんなことはないはずだった。
 葛原さんも樋口もそれぞれの能力の高さは認めるところで、樋口自身俺なんかよりも葛原さんとのほうが結構いい雰囲気で話している。

 でも二人の仕事はそれほど能率よくは行かなかった。

 というか、俺と樋口が組んだときと比べて遅いといった程度だ。

 俺は樋口と違って葛原さんに敵うほどのずば抜けた能力があるとは当然いえない。ただ、樋口と組むと非常にやりやすいのだ。仕事柄二人組で仕事をすることは多々あるが、確かに樋口とする仕事は実にスムーズだ。

 どうやら他の人間は樋口の仕事のリズムを捉えるのが難しいらしい。

 ちなみに葛原さんは新人を扱うのがえらく上手いので、新人を誰かに組ませるときには必ず引き合いに出されている。

「この仕事ってさ、単独よりペアを組んで行なうことが多いだろ? だからお前たちの仕事っぷりは重宝なわけだ。だとしたら俺としては変なわだかまりを持って仕事に支障を来すようなことはいやなんだよね」

 変なわだかまり、かぁ。
 確かにね。変なわだかまりは持ちたくないです。確かに。うん。間違いなく。

「早く解決しろよ。お前らしくねぇ。海藤は悩むよりまず行動って感じだろ?」

 葛原さんの言葉は俺の心にすとんと落ちてきた。

 そうなんだよな。
 俺の性分じゃないのはわかっているんだ。悩んで内に籠るなんて俺にはあわない。それはわかっているんだけど自分がどうしたいのかわからないから困る。

 一体俺は何がしたい?

 それがはっきりしないことにはどうにも出来ない。
 どうにかしたいけど、どうにも出来ない。
 一体自分が何をしたいのかわからない。
 そしてまた俺は考え込んでしまうのだ。
 もうこんな状態が2週間も続いている。

 あの日からに2週間、世の中は派手にライトアップされ、男女の組み合わせが街を闊歩することが多くなる。


 クリスマスはそこまできていた。 
 
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