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2.酒は飲むとも飲まれるな
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海藤が目を覚ます、ほんの数時間前。
シャワーをあびて、アルコールと吐瀉物のにおいを消して部屋へ戻ると、海藤は相変わらず前後不覚で眠りこけていた。
せっかくシャワーを浴びてさっぱりしたってのに、部屋にアルコールのにおいが残っていることに我慢がならなかった。
とはいえ張本人に水をかけるわけにもいかないので、とりあえず服を脱がせることにした。
上着を脱がせるまでは実に簡単だった。
ネクタイを緩めて、一気に襟から引き抜く。
それから一つ一つボタンを外す。
そんな作業を繰り返しているうちに、ちょっとした不条理が頭をよぎる。
普通こういう作業は男同士でやるもんじゃないだろう?
とりあえず手早く前をはだけて、腕を抜こうとしたときだった。
……ふぅん。
意外に、まぁ、いい筋肉のつき方をしている。
抱えているときも思ったが、それなりに鍛えられた身体をしている。
俺はまとわりついていたワイシャツを一気に引き抜き、椅子の背に投げた。
その反動で再び海藤の身体はベッドに埋まる。
何かを探るように腕が空を切ったが、そのままぱたりとベッドに投げ出された。
この図式はちょっと見ようによっては卑猥だな、などと遠くから冷静に見つめている自分を自覚しつつ、海藤を見下ろしていた。
ライトダウンされた部屋で、自分の両腕の下には前後不覚の上半身裸の男が一人。
これが女性ならばそのままなるようにまかせるところだが。
相手は男だ。
「ん……」
俺の視線に気がついたのか、それとも単に寝苦しかっただけなのか。
まるでこどもがうなるかのような声を上げ、わずかに寝返りを打つ海藤の姿はまぁ、可愛いものだった。
そもそも。
海藤は妙な吸引力がある。
本人は気がついていないようだが、こいつが男女問わず好かれるのはこの吸引力が大きな要因だろう。
莫迦正直なほどにまっすぐな気質と、怒る気も失せるような天然っぷり。
常日頃は本当にこいつ大丈夫かというほどに能天気だが、ふとした時に思いもよらない決断力と大胆さを見せてくる。
その絶妙なバランスが、人を惹きつけてやまない。
そのうえであの恐ろしいほどに強烈な目力を向けられては誰もかなわない。
そしてそのことに本人が全く気が付いていないってことがこれまたたちが悪い。
その目は今しっかりと伏せられている。
俺はまじまじと顔を見て、額にかかった前髪を少しだけ持ち上げた。
くすぐったいのか、その感覚に眉を寄せて、海藤は顔を背ける。
そんな反応がまた楽しくて、俺は口の端をますます吊り上げた。
黙って入れば、凄まじく精悍な顔立ち。
しかし目を覚ませば、バカ犬度全開の人懐っこさ。
俺の視線はそのまま頬を滑り落ち、首筋をなぞり、厚い胸板でとまった。
男としては結構羨ましい体型をしている。
無駄な肉がない。だからといって筋肉つきすぎというわけでもない。肩幅も結構ある。そういえばこいつ、ラグビーやってたとか言っていなかったか?
この顔立ち。この性格。この体つき。このシチュエーション。
一歩間違えればその筋じゃないヤツだってそそられるかもな。
そんなことを反芻していたときだった。
寝ているはずの海藤の目が、いきなり大きく見開かれた。
すっかり油断していた俺は一瞬のその眼力に捉えられ、すべての動作を停止させた。
それこそ時間さえも止めてしまうかのような強力な視線。
そしてその隙をとられ、ぐるりと身体を返されて、そのまま押さえ込まれた。
見下ろしていた視線は今度は見上げる形に変わっていた。
なんで。
あまりにも油断しすぎていた。
それはさながら柔道で押さえ込まれた時と同じ感覚。
柔道は授業でかじった程度だと言っていたくせに、なんだこのきれいな押さえ込みは。
段もちとしてはさすがに悔しい状況に置かれていて、俺は何とかして逃れようとした。
そしてそれがまたよくなかった。
所詮は『授業でかじった程度』の相手に、──しかも相手は完全な酔っ払い──押さえ込まれた後のきちんとした対応を取ろうと思ったのが間違いだったのだ。
俺がそのまま体を反転し、うつぶせの体制をとったところでこともあろうに海藤は背後から抱え込んできた。
そしてそのまま態勢を変えて、寝に入ったのである。
「海藤、放せ」
普段よりはるかに低い声でそう凄むものの、海藤からは反応がない。
それどころか実に規則正しい寝息が背後から聞こえ始めた。
ちょっと待て。
それじゃなにか? さっきのは寝ぼけてたっていうのか?
暫くそのまま考え込んでみたものの、俺を掴む腕も息遣いも、明らかに寝ているそれだった。
最悪だ。
抜け出せない。
しかも寝ぼけている奴に不覚を取ったっていうのか?
ひどく、屈辱的だった。
そう思えば思うほど、どうにかして一矢報いたいと思うのは当然の流れだ。
俺はそのまま海藤の腕の中で、今ここでこいつに報いる最適の方法に思いをめぐらせていた。
報いる、最高の。
それは、こいつが一番嫌がることだ。
俺はかろうじて自由の利く首を回し、ゆっくりと首筋に視線を巡らす。
すっきりとした、伸びやかなそれに俺は噛みついた。
湿らせて、唇で軽く触れ、ゆるゆると吸い付く。
はじめはうっすらと、そして徐々に赤みを帯びてくるその痕に俺は満足し、目を細めた。
さて。
俺を押さえ込んだ代償は大きいぞ、海藤。
翌日さんざ悩むがいいさ。
気づいたときのお前の顔がみものだよな。
舌と唇から放った確かな感触に俺は薄く笑い、柔らかなベッドに身を沈めた。
シャワーをあびて、アルコールと吐瀉物のにおいを消して部屋へ戻ると、海藤は相変わらず前後不覚で眠りこけていた。
せっかくシャワーを浴びてさっぱりしたってのに、部屋にアルコールのにおいが残っていることに我慢がならなかった。
とはいえ張本人に水をかけるわけにもいかないので、とりあえず服を脱がせることにした。
上着を脱がせるまでは実に簡単だった。
ネクタイを緩めて、一気に襟から引き抜く。
それから一つ一つボタンを外す。
そんな作業を繰り返しているうちに、ちょっとした不条理が頭をよぎる。
普通こういう作業は男同士でやるもんじゃないだろう?
とりあえず手早く前をはだけて、腕を抜こうとしたときだった。
……ふぅん。
意外に、まぁ、いい筋肉のつき方をしている。
抱えているときも思ったが、それなりに鍛えられた身体をしている。
俺はまとわりついていたワイシャツを一気に引き抜き、椅子の背に投げた。
その反動で再び海藤の身体はベッドに埋まる。
何かを探るように腕が空を切ったが、そのままぱたりとベッドに投げ出された。
この図式はちょっと見ようによっては卑猥だな、などと遠くから冷静に見つめている自分を自覚しつつ、海藤を見下ろしていた。
ライトダウンされた部屋で、自分の両腕の下には前後不覚の上半身裸の男が一人。
これが女性ならばそのままなるようにまかせるところだが。
相手は男だ。
「ん……」
俺の視線に気がついたのか、それとも単に寝苦しかっただけなのか。
まるでこどもがうなるかのような声を上げ、わずかに寝返りを打つ海藤の姿はまぁ、可愛いものだった。
そもそも。
海藤は妙な吸引力がある。
本人は気がついていないようだが、こいつが男女問わず好かれるのはこの吸引力が大きな要因だろう。
莫迦正直なほどにまっすぐな気質と、怒る気も失せるような天然っぷり。
常日頃は本当にこいつ大丈夫かというほどに能天気だが、ふとした時に思いもよらない決断力と大胆さを見せてくる。
その絶妙なバランスが、人を惹きつけてやまない。
そのうえであの恐ろしいほどに強烈な目力を向けられては誰もかなわない。
そしてそのことに本人が全く気が付いていないってことがこれまたたちが悪い。
その目は今しっかりと伏せられている。
俺はまじまじと顔を見て、額にかかった前髪を少しだけ持ち上げた。
くすぐったいのか、その感覚に眉を寄せて、海藤は顔を背ける。
そんな反応がまた楽しくて、俺は口の端をますます吊り上げた。
黙って入れば、凄まじく精悍な顔立ち。
しかし目を覚ませば、バカ犬度全開の人懐っこさ。
俺の視線はそのまま頬を滑り落ち、首筋をなぞり、厚い胸板でとまった。
男としては結構羨ましい体型をしている。
無駄な肉がない。だからといって筋肉つきすぎというわけでもない。肩幅も結構ある。そういえばこいつ、ラグビーやってたとか言っていなかったか?
この顔立ち。この性格。この体つき。このシチュエーション。
一歩間違えればその筋じゃないヤツだってそそられるかもな。
そんなことを反芻していたときだった。
寝ているはずの海藤の目が、いきなり大きく見開かれた。
すっかり油断していた俺は一瞬のその眼力に捉えられ、すべての動作を停止させた。
それこそ時間さえも止めてしまうかのような強力な視線。
そしてその隙をとられ、ぐるりと身体を返されて、そのまま押さえ込まれた。
見下ろしていた視線は今度は見上げる形に変わっていた。
なんで。
あまりにも油断しすぎていた。
それはさながら柔道で押さえ込まれた時と同じ感覚。
柔道は授業でかじった程度だと言っていたくせに、なんだこのきれいな押さえ込みは。
段もちとしてはさすがに悔しい状況に置かれていて、俺は何とかして逃れようとした。
そしてそれがまたよくなかった。
所詮は『授業でかじった程度』の相手に、──しかも相手は完全な酔っ払い──押さえ込まれた後のきちんとした対応を取ろうと思ったのが間違いだったのだ。
俺がそのまま体を反転し、うつぶせの体制をとったところでこともあろうに海藤は背後から抱え込んできた。
そしてそのまま態勢を変えて、寝に入ったのである。
「海藤、放せ」
普段よりはるかに低い声でそう凄むものの、海藤からは反応がない。
それどころか実に規則正しい寝息が背後から聞こえ始めた。
ちょっと待て。
それじゃなにか? さっきのは寝ぼけてたっていうのか?
暫くそのまま考え込んでみたものの、俺を掴む腕も息遣いも、明らかに寝ているそれだった。
最悪だ。
抜け出せない。
しかも寝ぼけている奴に不覚を取ったっていうのか?
ひどく、屈辱的だった。
そう思えば思うほど、どうにかして一矢報いたいと思うのは当然の流れだ。
俺はそのまま海藤の腕の中で、今ここでこいつに報いる最適の方法に思いをめぐらせていた。
報いる、最高の。
それは、こいつが一番嫌がることだ。
俺はかろうじて自由の利く首を回し、ゆっくりと首筋に視線を巡らす。
すっきりとした、伸びやかなそれに俺は噛みついた。
湿らせて、唇で軽く触れ、ゆるゆると吸い付く。
はじめはうっすらと、そして徐々に赤みを帯びてくるその痕に俺は満足し、目を細めた。
さて。
俺を押さえ込んだ代償は大きいぞ、海藤。
翌日さんざ悩むがいいさ。
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