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2.酒は飲むとも飲まれるな
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しおりを挟む本当、犬みたいだ、こいつは。
なんて思いながら、慌てて服をかき集めている海藤を見つめていた。
俺の問いにたっぷり3分は考え込み、結局帰ることを選択したらしい。
とりあえず一人になって冷静に考えたい、というところか。
それも当然だろう。
しかし。
……笑える。
俺は笑いたい衝動を懸命に抑え、ベッドに腰掛けながら慌てふためく海藤の様子を観察していた。
そんな俺の態度がえらく気になるらしい。ちらちらと視線を送ってきて、最後には明確に目で物言う。
『お前はチェックアウトするつもりはないのか』と。
全く。チェックアウトしたくとも。
「俺は明日の9時までチェックアウトできない」
嫌なことを思い出し、その感情のままに冷たく言い放つ。
「なんで」
何で?
何でといったな、こいつは。
その言葉に自分の心がさらに冷えていくのがわかる。
「クリーニングの出来上がりが9時だから。さすがに人様の嘔吐を受け止めたスーツを着て帰るのは、気が引けた」
たっぷりと込められた嫌味に気づくのに三秒。
本当にこの鈍さ、大型犬にありがちな天然そのものだな。
そして隠し事ができないあたりも。
俺に指摘され、ようやく事のあらましに気がつき始めたのか、すぐさまおろおろとした顔へと変わった。
「それは、俺の?」
「お前以外に誰がいる」
火が、急速に鎮火されるかのようにしゅんとしはじめた。
「ついでに言うなら、途中から降り始めた雪のせいでシングル2つはおろか、ツインをとるのは無理だった」
まっすぐに見つめる俺の視線をどう受け止めたものか考えて考えて。
そして結局こいつは真正面に腰を下ろした。
ベッドの上に乗り、しかも正座までしている。
「すまん」
「いやべつに」
吐いちゃったもんはどうしようもない。雪だって、予想外のことだ。
それ以上語る気にもなれず、俺は眉を寄せたまま窓の外を眺めていた。
雪、やまないな。
そして非常に頭が重い。
正直言って寝起きはあまり得意ではない。
「その……」
沈黙に耐えかねたのか海藤はますます小さくなりながら俺へと問いかける。
「樋口が、その、俺のせいでここに泊まる羽目になった理由はよくわかった。でも、なんで」
はっきりしないヤツだな。
仕方ないので俺のほうから口を開いてみた。
「なんであんな格好で寝ていたか、って?」
さらりと言った俺に対し、海藤はガラにもなく真っ赤になった。
さて。どういった答えをしてやろう。
海藤に記憶がないのは間違いない。ということは俺の主張が通るということだ。それこそどんな主張でも。
少しはこいつにも痛い目にあってもらわなきゃ割に合わない。
俺はこいつのために新調のスーツを台無しにし、余計な出費をして一泊することになり、その上酔っ払いの介抱までしたのだから。
そう思って、正座している海藤に近寄る。
海藤はというと身を硬くして俺の出方を待っている。
その姿はまるで叱られて項垂れている犬みたいだ。
鼻先三寸でにやりと笑い、含みを持たせた言葉を吐く。
「お前は、結構しつこい」
それで十分だった。
海藤はさらに動揺している。
「何が、だよ」
「──いろいろ。なかなか放してくれないし」
十分ためを作っての俺の発言は、さらに海藤を困惑させたらしい。
多分、海藤には抱き癖がある。俺がくるまではシーツを丸めて抱いていたくらいだから。
こいつの服を脱がせるためにシーツを引っぺがしたとき、海藤の手が所在無さげに空をきっていたのを覚えている。
それを無視してとりあえずスーツを脱がしていた俺は、不覚にもそのまま押さえ込まれて抱き枕の代用品にされた、そういうことだ。
「それは樋口に絡んでいたってことか」
「あれを絡んでいたとの範疇で収めるのもなんだが、そうともいうな」
俺としてはまさか海藤に押さえ込まれて身動き取れなかったなんて意地でも言いたくない。
その事実だけは隠して、俺はますます意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも、まあ」
俺はとんと胸元を押し返した。
のけぞる首筋を眺めて俺は満足する。
「ちょっとやりかえしたらすぐさま引いたから」
俺の言う意味が一体何を意味するのかわからないといった様子で、海藤はますます不安な表情を浮かべていた。
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