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あなたがアシュレイ兄さまのこんやくしゃ様ですか……?

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 閉じた目蓋の奥に白い光が広がる。
 う……まぶし……っ。

 薄っすら目を開けたらいっそう窓から差す、というより射す朝日が眩しくて、思わず唸った。

「うう~……、ま゛ぶ し゛い゛~……」

 カーテン開いたままだからかあ。
 昨夜あの後……は、えっと……い、言わないと駄目かな……えっと、その……あ、アシュレイ様と……っ、ち、ちょっとだけ……そう、ちょっとだけ! イチャイチャしまして……っ、えっ、いかがわしい事はなにも! してませんよ!? ハイ!! うああ……思い出すだけで顔が熱い………………、って、あれ……?

 私いつ寝たんだろう……?

 あれえ……? 思い出せぬ……、と首を捻った時。
 左手の枕元付近、ベッドの脇に小さな頭と小さなおててがちょこんちょこん、と二人分。癖のある赤みの強い茶髪の小山と栗色艶々サラサラ前髪ぱっつんの小山がひとつずつ並んで、おっきな緑灰色の瞳と紅茶色の瞳が一双ずつ、じーっと私の顔を見つめていた。

 エッ、 ……誰?

 十歳には届いてなさそうな男の子とそれより歳下だろう男の子の二人。
 あの赤みの強い茶髪と紅茶色の瞳……どこかで見たな?

 アレか……? 疑問の余地なくアレなんだろうなあ……。

「……」
「……」

 じーっ、という擬音が小振りな頭の上に見えるようだ。
 なんだろう……めちゃくちゃ期待の籠った目をされている気がする。キラッキラに輝いてる……。
 えーっと、えーっと……お名前は……確か、
 
「……おはようございます……初めまして、ウィルフレッド殿下にルイス殿下」

 ちょっと引き攣るけどなんとか微笑めば、途端、瞳を輝かせた二人が互いに顔を見合わせた後、私に向けてにぱーっと笑ってくれた。
 えっ、かっ……かっっっわいい……!

 あっ、待ってよく考えたらなに初対面でお名前呼んじゃってるのか私は。しまった……許しも得ていないというのに……でもなぜかとてもとても嬉しそうなんだよなあ……初対面なのに。まあいいか。あの方が父親なら大丈夫だろう。
 ていうか私、まだベッドの上だし寝てるし、なんなら夜着のままなのですが。

 苦笑いしていると、御歳確か八歳になられるウィルフレッド殿下が先に口を開いた。

「あの……、あなたがアシュレイ兄さまのこんやくしゃ様ですか……?」

 アラ、とても丁寧な口調。お父君そっくりのお顔で。
 淑女と自分で言うのはなんともアレだけど、レディの寝顔観察をする大胆さがありながらおずおずと尋ねてきたので、少々お待ちくださいね、とにこっと微笑んでから身体を起こし、ベッド脇に腰掛ける姿勢で礼をした。

「お初にお目にかかります、ウィルフレッド殿下、ルイス殿下。隣の国からやって参りました、エメ・リヴィエールと申します。どうぞエメとお呼びください」

 伏せた顔を上げると、二人が穴が開くのでは、と言いたくなるほど目を見開いて、私の左脚の失った空間を凝視していた。
 驚くよね。あるはずのものがないもんね。こういうの、初めて見たかな。
 思わず苦笑したら、ハッと我に返ったウィルフレッド殿下がアワアワと慌てふためきながら勢いよく頭を下げてきた。

「ごっ、ごめんなさい! ジロジロ見てしまって!」
「どうか頭をお上げください、殿下。謝られる事はありません、こちらこそ驚かせてしまってごめんなさい」

 こちらもぺこりと頭を下げたら「えっ、あっ、ダメです、謝るのは僕の方で……っ」とまた慌てているので、もう可愛くてどうしようかとくすくす笑ってしまった。
 私が怒るでもなく悲しむでもなく本当に笑っているので、ようやく安心してくれたのか、ふやっとした笑顔になってくれた。 ……んんっ、可愛い……っ。弟君のルイス殿下まで、釣られてエヘヘ、と笑っていてもう可愛いが大渋滞で朝から胸がほわほわになった。

 ぎゅーっと抱き締めたい衝動を両手の指をワキワキしながら堪えていると、扉口の方から

「こら、ウィル、ルー。淑女レディのベッドに無断で近づくなんてマナー違反だよ?」

 と穏やかな声がしたのでそちらへ視線をやれば、アシュレイ様が腕を組んで扉口に寄り掛かっていた。

「アシュレイ様」
「アシュレイ兄さま!」
「にーさま!」

 振り返ったウィルフレッド殿下とルイス殿下が嬉しそうに声を上げる。 ……ふふ、すごく好かれてる。アシュレイ様、優しいもんね。手作りお菓子も感激の美味しさだし。
 
「ごめんね、ノックしようとしたらウィルの声がしたものだから」
「いえ、どうぞお気になさらず……」

 澄まして言ったつもりなのに、昨夜の事が思い出されてカーッと顔が熱くなる。
 アシュレイ様が、更に蜂蜜増し増しに増量された蕩ける瞳で歩み寄って来て手を伸ばし、私の頬をするりと撫でた。

「おはよう、エメ。うん、顔色も悪くないね。 ……悪くないけど真っ赤だ……可愛い」
「……っ、おはようございます……アシュレイ様……」
「朝食は食べられそう?」
「はい。お腹空いてます」

 良かった、と微笑むと、アシュレイ様が身を屈め、すい、と顔を寄せて来て耳元で囁いた。

「……いつかエメを腕に抱いたまま朝を迎えたいな」
「……!? ……あさ……ッ!?」

 医務室らしき部屋に素っ頓狂な声が響く。ボッと顔から火を吹いたし全身が熱い!

「あ、今なに考えた……?」

 少しの蠱惑を含ませた甘い声で! 耳から息を吹き込むみたいに囁くから!

「うう……朝からアシュレイ様に弄ばれる……」

 囁かれた方の耳を両手で塞ぎ、恨めしげにアシュレイ様を見上げたら、

「だから、言い方」

 と小さく噴き出した後、軽いリップ音を立てて私の鼻の頭に素早くキスをする。
 すごい満足げな顔して。

 ああもう熱いったらない……頭から湯気が出てないかな……。

 油断も隙もないんだからなあ、と思ったところでウィルフレッド殿下とルイス殿下がいた事を思い出して、慌ててそちらを振り向けば。

 きゃー、とはしゃぎながら二人共両手で目を塞いでいたので、ホッと胸を撫で下ろし……かけたのだけど、よーく見たら。
 開いた指の間から! しっかりご覧になってらっしゃる!

「……チラッ」

 とか声に出して言わない!

 ……このお子さんたち、すっごく可愛い反面、確実にヒューバート殿下の血が流れてるな。背後に破天荒王太子様の影がチラついて仕方がない。

 まあでも、嫌われたり嫌がられたりしてはいないみたいだから、本当に良かった……。

 私がひとりあたふたしている横で、殿下たち三人はほのぼのと会話をしていた。

「ねえアシュレイ兄さま、僕たちもエメちゃんとの朝食の席にごいっしょしてもいいですか?」
「にーさま、ぼくもエメちゃんといっしょにたべたいです……!」
「うーん……良いけど、一応兄上か義姉あね上に許可を取るんだよ?」
「……はい!」
「はあい」

 待って。今なんて? エメ、って言った? エメちゃんって。

 咄嗟に片手で口を塞ぐ。危なかった。変な声出そうになった。

 かっ………………かっっっっっっわいい!! なにこれなにこれなんのご褒美かな!? 
 ええもう、ずっと呼んでくださいな。エメちゃんと。

 胸がキュンキュンする!

 思わず胸を押さえて悶えていると、苦笑しながらアシュレイ様が近寄って来て、私の膝裏に腕を差し込むや軽々と抱き上げた。

「エメは私の婚約者なのに、なかなか独り占め出来ないなあ。 ……とりあえず食事の前にお風呂に入って身支度を整えようか」

 そう言うと、アシュレイ様は私を横抱きに抱いたまま軽やかに医務室を後にしたのだった。

 
 なお、ウィルフレッド殿下とルイス殿下の二人はキャッキャとはしゃぎながら私たちの横を追い抜いて駆けて行き、置いていかれそうになったお付きの近衛騎士たちを大いに慌てさせていた。

 ……うん。確実にヒューバート殿下の御子ですなこれは。

 

 

 
 
 
 
 
 

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