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こっちへおいで、私の子猫ちゃん

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「あー、久しぶりに笑った。君、面白い子だねえ」
「……えっ」


 な ん だ と。


 途端、さあ、と血の気が引いていくのを感じた。まざまざと脳裏に家訓(仮)が蘇る。


『曰く、おもしれー女判定に気をつけろ』


 待て待てちょっと待て。

 いったい今のどこが面白かったんだ? 当たり前のことを言っただけじゃないか。
 私は一発芸も、弟と従兄弟にやったら鉄板の変顔もキメていないぞ(父様にやると泣かれる)。

 大体、おもしれー女判定の判定基準ってなんだ? なにをもって面白いとなるんだ? というかおもしれー女ってなに。おもしれー男判定は存在しないのか。

 ええ、なにこれ……。逃げたい。切実に逃げたい。どうすればいいのか。
 しかし命が……命が惜しい。なぜ初っ端から遭遇エンカウントしたのがよりにもよって学園飛び越えて国のトップにいる方なのか。逃げたくとも逃げられないじゃないか。もう泣いてもいいだろうか。

「イエイエ、そんな滅相もない。世界のどこを探しても私ほど面白みに欠けた者はいないかと。ええ、決して面白くなどありませんので。面白いと思われたのはきっと殿下の錯覚でしょう。もしくは幻覚かもしれません。どうぞ腕利きの眼科へ行くことをお勧めいたします」

 両手と首を左右にぶんぶん振って必死に否定するのに、王子はまたも噴き出してしまった。

 この人の笑いのツボの方がおかしいのではなかろうか。王子ともあろう方がこんな衆人の中でわかりやすく笑い転げて大丈夫なのか? ......って、私は何を勝手な心配をしているのだろうか。隣国の将来など私には関係のないことだというのに。ほんと、なんなんだ。

 とりあえず面白くない面白くない、と呪文のように呟きながらじりじり後退していたら、せっかく開いた距離を王子がこれまたじりじり歩み寄って詰めて来るのはなぜだ。満面の笑みがめちゃくちゃコワイ。

「んっふ……君は面白いよ。さあ、い子だからこっちへおいで、私の子猫ちゃん」

 両手を広げ、完全に捕獲者ハンターの顔である。コワイ。今の今までさわやかさの極みだった笑顔が急に胡散臭さ全開になったじゃないか。私を捕獲してどうしようというのか。
 というか、私のってなに。出会ってまだ数分しか経っていないはずなのにいつから私は王子の子猫ちゃんになったんだ。そんな事実は皆無だし、人間から猫に転職ジョブチェンジするつもりも毛頭ない。

「イエイエ、心の底から御遠慮申し上げます」
「まあそう言わずに。ほら、美味しいおやつあげるから」
「……えっ」

 おやつというワードに反応して思わずピョコッと肩が跳ねると、王子が堪らないとばかりに噴き出す。

「おやつにはつられるんだ?」
「くっ……姑息な罠を……!」
「んんっ……も、ちょっと……っ、 あははっ」

 そうやってかつて誰かから聞いた謎の異国の競技カバティのように、互いにじりじり間合いを図っていると、

「新学期早々なに笑いながら奇怪な儀式やってるの、アシュレイ」

 突然、半ば呆れたような声が頭上から降ってきたものだから、王子のまさに胡散臭い笑顔をオラつきながら睨んでいた私は、驚いて文字通り飛び上がった。

「うわっ!? ……えっ、あ……?」

 ハッとして立ち止まれば、いつのまにか私の周囲をぐるりと王子の他に四人の男女が囲んでいた。

 慌てて声のした背後に身体ごと振り返って見上げれば、見下ろしていたのは銀髪に藍晶石カイヤナイトの瞳を持つ中世的で柔和な雰囲気を持つ青年だった。

 ああ、この方も知っている。確か侯爵家で宰相閣下のご令息セシル・ハンコック様だったと思う。私の記憶違いでなければ。アシュレイ王子の側近――厳密に言えば側近ではないが、それに近い存在――として有名だから覚えている。

 その隣には皆より頭ひとつ分抜けて背の高い、どこか騎士のような佇まいの青みを帯びた黒髪に黄玉トパーズの青年が無の表情で立っており、更に頭だけ振り返れば、王子の左隣には濃い蜂蜜色の波打つ髪と蒼玉サファイアの瞳を持ち、美を体現したかのように華やかな令嬢が、そして右隣には亜麻色の髪と黄水晶シトリンの瞳の怜悧で涼やかな雰囲気の令嬢が立っていた。

 よく見ると四人共、王子と同じく左肩にペリースが掛かっている。
 ということは、彼ら全員が生徒会執行部員ということか。しかも、だ。それぞれ四者四様の美貌を持ち、一様にキラキラを振り撒いているではないか。なんだこの日の光さえ霞むほどのきらめきは。人間シャンデリアか。なんというまばゆさ。

 私は愕然とした。

 なんということだ。私はいったいいつの間に自家発光が生態のシャイニング族生息地に迷い込んだというのだろう。

 


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