君はスイートハート

篠宮華

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‘近くに感じたい’

 それがどういう意味を持つ言葉なのか、そういう経験がなくてもさすがにわかる。
 慌てふためく私の返事を待たずに、再び重ねられた唇は熱くて、差し込まれる巧みな舌の動きに応えるだけで精一杯になる。「触っていい?」と許可を取るように言ったくせに、私が断るなんてはじめから考えてすらいないのだとわかる。
 緩くまわされた手に背中をするすると撫でられる。空いている方の手でこめかみから耳を撫でられただけで、体に震えが走った。

「ちょ、秋斗、待っ…」
「待たない。沙耶、素直じゃないから」

 にっこり、という表現がぴったりの笑顔で、秋斗は私の膝の裏に手を差し入れて、いとも簡単に抱えあげた。

「きゃっ!」
「場所、変えよっか」

 初めてされたお姫様抱っこの不安定さに驚いて、思わず首に手をまわすと、嬉しそうに笑いながら、秋斗はそのまますたすたと寝室へ向かうから、私は必死にうったえる。

「ね、ねぇ、ちょっと、待って…」
「この間 言っただろ、覚悟してって」

 口笛を吹くような気軽さで秋斗はそう言う。
 空気を入れ替えようと少し開けておいた寝室のドアも足で開けて、そのまま大切なものを扱うようにベッドに下ろされた。
 間を置かずに覆いかぶさってきた彼をおそるおそる見上げると、困ったような微笑が振ってきた。

「…誘ってる?」
「なっ、何言って…!」
「いや、沙耶の場合は無意識なんだよな。だから怖い」

 ちゅっと音を立てた軽いキスは、とても優しかった。

「急に積極的になったりするし。かと思うと、勝手に誤解して、一人で不安がって拗ねてるし。本当に厄介だよ」

 次のキスは耳に。
 ぴくっと震えた肩をなだめるように優しく撫でてから、秋斗は続ける。

「基本的に、沙耶のことしか頭にない」

 その次のキスは首筋に。
 初めて自分の心臓の音がうるさいと感じた。

「もう俺の全部は、沙耶のものだから」

 額を合わせて微笑む顔が、少し緊張しているように見えるのはきっと気のせいじゃない。

「沙耶のことも、俺に頂戴。……今日は、まだだめ?」

 覚悟して、とか、待たない、とか言うくせに、そうして私に選ぶ余地をくれる。そうして私はいつも甘やかされているのだ。
 掌を秋斗の胸にそっと掌をあてると、やっぱりそれはとても速くて、思わず笑ってしまった。

「私と同じだ」
「ん?」
「速いね、心臓の音」
「そりゃそうだよ。ベッドで好きな女の子前にして冷静でいられる男なんかいない」

 ベッド。
 そこで今自分がいる場所を改めて意識して、体が一気に熱くなった。
 でも、なぜか逃げ出そうとは思わない。目の前のこの人を押し退けようとは思えなかった。

「……私、嫌じゃない」
「ん?」
「…あげる。秋斗に」

 ふいに口をついて出た言葉の恥ずかしさに気付き悶える。手で自分の顔を覆った。
 直後、手首を掴まれ、ベッドに縫い止めるように腕を広げられた。
 
「もうだめだ、余裕保てそうにない」
「きゃっ…んっ」

 あっという間に唇が奪われ、まるで追いかけるように舌が絡めとられた。歯列をなぞられ、頭がくらくらしてくる。
 それは今までとは比べ物にならないほど執拗で、今まで濃厚だと思っていたキスは秋斗にとっては戯れのようなものだったのかもしれないと気付いた。
 ぼんやりとする頭でその口付けを受けている間に、いつの間にか着ていたブラウスの裾から中へ 秋斗の左手が入り込んで、大きくて温かい掌がするりと腹部を撫でる。
 以前、同じように触られたことがあった。その時は怖かった。でも今は違う。

「沙耶…」

 繰り返すキスの合間に時折呟かれる名前。
 自分も彼の名前を呼びたいと思うのだけど、キスだけで息が上がってしまう。私が必死になっている間にブラウスのボタンはすべて外され、スカートのジッパーも下げられていた。
 ブラの上から胸をやわやわと包むように揉まれ、甘い痺れが背筋に走る。

「あ、きと…っ」
「沙耶、ちょっと背中上げてくれる?」

 勝手がわからず言われたとおりにすると、背中にまわされた手がいとも簡単にホックを外した。急な胸の開放感に体を震わせると、隙間から大きな手が入り込んできて、直に胸を揉み上げられる。我慢できずに漏れた声を聞いて、秋斗が嬉しそうに笑ったのがわかった。
 次の瞬間、そのまま顔を寄せた秋斗が、私の胸の頂を口に含む。

「ひゃ……ぁん…っ」
「可愛い」

 頂を口に含んだまま呟かれ、腰がずくりと反応する。
 恥ずかしさに耐えられなくなってそのふわふわの頭を押し退けようとすると、また手首を掴まれて腕を広げさせられた。舐めたり転がしたりする彼の舌の動きに翻弄されて、恥ずかしい声が止まらない。
 と、秋斗は少し焦ったように体を起こし、自分が着ていたTシャツを脱いだ。はだけて酷い状態になっていた私のブラウスやスカートもさっさと取り去ってしまう。ショーツだけになった私はあまりの羞恥心からそばにあったブランケットを急いで手繰り寄せようとするけれど、それもあっさりと取り上げられて、胸への愛撫が再開された。我慢できない声を押し殺そうとぎゅっと唇を噛む。

「こら、噛むな」

 愛しい人の顔が近付いてきたかと思うと、唇をぺろりと舐められた。

「だって、恥ずかしい…」
「俺は沙耶の声、聞きたい」

 あまりにも色気たっぷりで言われて、うっかり頷いてしまってから、いや、私の気持ちは?と言い返したくなる。でもそれも深い口付けに飲み込まれた。
 胸を揉んでいた手は体中を這いまわる。快感をじりじりと引き出されるような緩急をつけた動きに、体が熱くなり、自分の体ではないような感覚が怖くなる。大体、初めてのことなのだから。そうだ、それは伝えておかないと。

「待っ…て、秋斗!」
「ん?」
「私、その…」

 行為を止めたはいいけれどなんと言えばいいのかわからず、目線をさ迷わせることしか出来ない私の言葉を、秋斗は静かに待つ。ますます恥ずかしくなって手で顔を隠して、呟くように言うことしかできなかった。

「わ、わからないこと、ばっかりなので、その、よろしくお願いします」

 返事がない。
 心配になって薄く開けた目に飛び込んできたのは、真っ赤になった彼の顔だった。

「…何で今そういう可愛いこと言うんだよ」
「か、可愛いこと?」

 ふぅ、と自分を落ち着かせるようにため息をついてから、秋斗は言った。

「優しくできるように、めちゃくちゃ努力します」

 それなのにその直後、私の体の中心にたどり着いた無骨な指先が、そこを上下に動き始めて、体がびくびくする。気付かないうちにぬかるんでいたそこは、たやすく指を飲み込んだだけでなく、新たな刺激を助けるように体から何かを溢れさせる。
 蕾を刺激されたとき、その刺激の大きさに腰が跳ね、我慢できなかった声が溢れた。

「やぁっん…!」

 秋斗はゆるゆると指を動かしながら、私のそんな反応をじいっと見つめてくる。

「沙耶、好きだよ」
「あ…んっ!だめぇ…」
「誰よりも、何よりも好き。ずっとずっと前から好きだよ」
「あき、と…やぁぁん!」

 甘い言葉に応えることもできず、出るのは喘ぎ声ばかり。
 あれこれ探るようにいろいろなところを弄っていた指の動きは、いつしか私の一番いいところを重点的に攻めるようなものに変わっていた。
 どんどん高みへのぼりつめていくような感覚が怖くなり、ぎゅっと目を瞑って秋斗の首に手をまわしたとき、今まで一番大きく腰が跳ねて、私は初めて快感の波に放り出された。



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