君はスイートハート

篠宮華

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 頭ががんがんする。

 柔らかいベッドに沈む体はとてつもなくだるく、瞼もくっついたまま。
 胸の辺りまで掛けられたブランケットがあたたかくていい匂いがすることだけが救いだった。

 しかし、次の瞬間、そのあたたかさも香りもブランケットのせいではないことに気付き、頭が一気に覚醒する。

——なっ、なんで!?

 ばちっと目を開けると、そこにはすやすやと眠る幼馴染みの綺麗な顔。向かい合って抱き合うように眠っているというありえない状況に硬直する。

 でも、とりあえず私は昨日の飲みに行った時の服のままだし、秋斗はロングTシャツにスウェット姿で、お互い衣服をしっかり身に着けていることが確認できて少しほっとする。

 ゆっくりと体を仰向け、目だけで部屋の中をぐるりと見回す。

 棚には数冊の本と、オフィスなどで使うような大き目のファイルが並んでいる。デスクトップパソコンがある以外はこざっぱりした印象の部屋。
 ホテルではない。しかも間取り的にはうちと同じような感じ。だとすると…。

 その時、隣で眠り込んでいた秋斗がもぞもぞと身動ぎして、心臓が跳ねた。

「ん…起きた?」

 耳元で聞こえた掠れ声の色っぽさに、一瞬にして顔が熱くなる。

「あ、秋斗、これは一体…」
「んー?俺の部屋だよ」

 意外と筋肉質で長い足が絡みつき、柔らかく引き寄せられて、まるで抱き枕のように包まれる。
 肩を緩く抱き締められてお互いの顔が近付く。首元に秋斗の息が当たり、変な声が出そうになった。

「そっ、そういうことじゃなくて!なんで秋斗の家で寝てるのかっていう…」
「沙耶が泥酔したから迎えに行ったんじゃん」
「で、泥酔…?」
「酔ってる沙耶、すごい可愛かったよ。抱き合ってキスもしたのに、無理矢理襲わなかった俺の理性を世界中に褒めてほしいくらい」
「だっ…キッ…!!」

——抱き合ってキス!!
 あまりに衝撃的なその言葉に飛び起きようとしたのに、横から抱き締められていたせいで、僅かに体が跳ねただけにとどまる。

「そっ、そんなことあるわけない!だって私昨日は香苗と…」
「工藤さんから電話があって、俺が酔っ払ってる沙耶を迎えに行ったの。その後、いろいろあってマンションまで帰って来たんだけど、沙耶が俺を離してくれなかったからこうなった」
「い、いろいろって一体…」
「あんなに煽ったくせにベッドまで連れてきたら本人は一瞬で眠り込んじゃうし。これは男としてしんどいなぁと思って離れようとしても手を離してくれないし」

 声がだんだん低くなって、空気が変わるのを感じる。
 ゆっくり起き上がった秋斗は、そのまま体勢を変えて、私の手首を掴んだ。そのままぐっとベッドに押し付けられ、のしかかるように見下ろされる。
 暗転。
 それが‘押し倒されている’と認識できたのは、じたばたしてもびくともしなかったから。
 にっこりと微笑んでいるように見えるけれど目は笑っていなくて、背筋が凍る。初めて感じる怒気を含んだオーラに体が強張った。

 あっという間に秋斗の唇が自分の耳元に近付いてくる。肩に顔を埋めたまま、首筋をぞろりと舐められた。 

「ひゃっ…や、やだ」
「黙って」

 制止する声を聞いてもくれない。
 生暖かい感触に身が竦む。
 最後の望みで足をばたつかせるけれど、足の間にある秋斗の体はがっちりしていてまったく意味がなかった。
 鎖骨の窪みにふぅっと息を吹きかけられて耐え切れなくなる。

「ひゃっ…」
「ほら、こうやって可愛い声出すし。俺じゃなかったらどうすんだよ」
「あ…秋斗、ごめ……んっ」

 いつだって優しかった幼馴染みも男の人なのだと、こんな形で知ることになったことに心が痛む。
 カットソーの裾をするっと捲られて、服の中に大きな手が入りこんでくる。秋斗の掌がゆっくりと腹部を撫でた。自分以外の誰かにそんな風に触れられたことなどもちろんない。

 今まで経験したことのない感触にぎゅっと目を瞑って身を捩る。

「沙耶、目開けて」
「いや…」
「こら、ちゃんとこっち向けってば」
「だって、怖い…っ」

 何をされるのか。
 恐怖心で目が開けられない。

 すると、ぴたっと秋斗の動きが止まった。
 ため息をついたような空気を感じたと同時に手首の拘束を解かれる。

「ごめん、ちょっとやり過ぎた」

 恐る恐る目を開けると、苦笑する姿。それはさっきとは違う、いつもと変わらない優しい表情だった。
 さっきのは一体なんだったのかときょとんする私の頬をつつきながら、秋斗は言う。

「でもさ、昨日迎えに行ったのが俺じゃなかったら、多分こんなことになってたよ」

 背中に手が回り、優しく抱き起こされて、ふわっと頭を撫でられた。なんだかほっとして視界が滲む。

「沙耶は女の子なんだし、もうちょっといろいろ自覚してくれないと心配で仕方ない。お酒は俺がそばにいるときならいくらでも飲んでいいけど、そうじゃない時はセーブして」

 大きく頷いた拍子に、目尻から落ちた涙が頬を伝う。その涙を唇で吸い取るように目元に軽く口付けられた。
 触れた場所が熱い。
 でも、いつの間にか安心して受け入れることができるようになった距離。
 その近さを確かめるように秋斗の背中に手を回すと、一瞬息を飲んだような気配の後、なだめるように背中をぽんぽんと優しく叩かれた。
——この感触、なんだか覚えてる。

「…こういうこと無意識にしちゃうから心配なんだけどな」

 秋斗の唸るような声は聞かないふりをした。
 だってそれは、もう無意識じゃない。

 不安よりも大きな好意は、この人が好きだと、自覚することができる幸せにつながっていく。

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