4 / 22
4
しおりを挟む
『任せて!あたしが取ってくる!』
『沙耶、危ないよ~、大人の人を呼んでこないと・・・』
『だいじょうぶだいじょうぶ!あたしは木登りが得意だからっ!』
気が強いおてんば娘と、ちょっと気弱で優しい男の子。
周りからは、私が秋斗をぐいぐい連れ回しているように見えていたみたいだけど、あくまでも私は秋斗のことを守っているつもりだった。おっとりしていて、頼りなくって、でも思いやりのある秋斗とは不思議と気が合ったのだ。いつもどちらからともなく一緒にいて、どんなことをしても楽しかった。
その時もそうだった。むしろいつもよりも盛り上がっていた。
いつもなら、虫を探したり鬼ごっこをしたりするのに、その日は珍しくボール遊びがしたいと言い出した秋斗と公園で遊んでいた。
私が投げ上げたボールが、木に引っかかったのだ。だからその時、本当に何の迷いもなく私はそれを取りに木にしがみついた。
右側に足をかけて、左手を上に伸ばして。
もう少しで手が届くところで、ふわっと体が後ろに傾いだ。
『きゃっ…!』
『沙耶っ!危ないっ!!』
地面に落ちたときの痛みはそこまで大きなものではなかった。
それでも、下にいる幼馴染みの苦しそうな声でやっと我に返るほど気が動転していた。
『うう…』
『あっ、秋斗!ごめ…』
急いで退くと、捲り上がったTシャツから細い腹部が見えた。そこには明らかに今の衝撃で新しく出来た大きな傷があって。
『秋斗っ、血…どうしようっ』
『い…たい…っ』
今考えてみても、大変な出来事だったと思う。自分の下敷きになった友達、しかも腹部から出血している。幼心に、その光景は鮮明に焼き付いた。
―― 私のせいで、大切な友達が怪我をした。
偶然にも通りがかった秋斗のお母さんが、泣きじゃくる私と秋斗を発見して、すぐに手当てをしてくれた。放心状態だった私は、その後のことを覚えていない。
そうして、次の日、秋斗は転校して行ったのだ。
* * *
「気にしてないわけ…ないじゃない」
絶交だと言い渡されるよりも、黙って去られたことの方がショックが大きかった。
その時のことがあってから、もちろん木には登らなくなったし、勢いだけで行動するようなことはなくなった。だから私と中学生以降に出会った人たちは皆、口を揃えて私のことを「文化系」とか「女の子らしい」というだろう。本を読むようになったのもその頃からだ。実際、読書のおもしろさに気付いてからは、趣味のひとつとして没頭していったけれど。
秋斗がいなくなった理由を私が知っていたらそんなことはなかったかもしれない、と考えてから、いや、やっぱり罪悪感でいっぱいになっていただろうと思った。自分にとって、秋斗がそれほど大きな存在だったのだと気付いたのは、皮肉にも彼がいなくなった後だった。
「ちゃんと謝りたかった」
「沙耶…」
「私のせいで、秋斗が怪我して、ちゃんとごめんって言いたかったのに、次の日、もう、いなくて、私、」
だめだ、涙が出る。
でも伝えなくては。
「ごめんなさい」
そう言った瞬間、頭に大きな手が置かれて、くしゃくしゃと掻き混ぜられた。
秋斗は、そのまま私の頭を何度も撫でる。
「はいはい、落ち着いてー。大丈夫大丈夫」
意を決した私の謝罪に対して、軽い調子で返された返事と、小さい頃にされたそのやり方に、思わず口調が強くなる。
「私、本気でずっともやもやしてたのに。秋斗が引っ越しちゃったのは、私のせいかもしれないって…!」
「そんなわけないだろ。子どものわがままで次の日に引越しなんて」
「でもそう思ってたの!」
その様子を見てくすくすと笑われたから、私は秋斗の胸を軽く叩いた。
すると彼は、照れたようにますます笑うから、私はその綺麗な顔を睨みつける。
「何がそんなにおかしいの」
「いや、嬉しいなあと思って」
「は?」
「だってほら、それだけ俺のこと忘れないでいてくれたってことだから嬉しい。俺が思ったより、沙耶は俺のことを好きでいてくれたんだなぁってわかって」
「すっ…!」
思わず顔が熱くなるのがわかる。
なんてことを言い出すのか。
いや、確かに秋斗のことは嫌いじゃない、けど。
さらに彼は誇らしげに言う。
「しかも、これは俺にとっては名誉の負傷だから。この傷があったら、沙耶のこと絶対に忘れない。もちろん、大好きな女の子のことだから、こんな傷がなくても忘れないけど」
今、さらっと何か言われたような気が…。
今日は一気にたくさんのことが起きて、わけがわからなくなっているような気がする。
何かの間違いだと納得させ、聞き流そうと背後にあったダンボールに手をかける。このまま秋斗を見ていたらますます混乱しそうだったから、背中を向けて、荷物整理に取り掛かった。
「もっ、もういいから!大丈夫ならよかった!荷物片付けちゃおうよ」
でも、そんなに簡単にこの話が終わるわけもなく。
すっと動いた気配。
時間を置かずに、背中に感じたぬくもりと、お腹に回された意外と逞しい腕、そしてそのまま腕に沿ってぎゅっと握られた手に、思考が停止した。
「春野沙耶さん、俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」
時間が止まったのか、止まっていた時計が動き出したのか。
少なくとも私は、目の前のこの人にずっと心を掴まれたままなのかもしれない。
『沙耶、危ないよ~、大人の人を呼んでこないと・・・』
『だいじょうぶだいじょうぶ!あたしは木登りが得意だからっ!』
気が強いおてんば娘と、ちょっと気弱で優しい男の子。
周りからは、私が秋斗をぐいぐい連れ回しているように見えていたみたいだけど、あくまでも私は秋斗のことを守っているつもりだった。おっとりしていて、頼りなくって、でも思いやりのある秋斗とは不思議と気が合ったのだ。いつもどちらからともなく一緒にいて、どんなことをしても楽しかった。
その時もそうだった。むしろいつもよりも盛り上がっていた。
いつもなら、虫を探したり鬼ごっこをしたりするのに、その日は珍しくボール遊びがしたいと言い出した秋斗と公園で遊んでいた。
私が投げ上げたボールが、木に引っかかったのだ。だからその時、本当に何の迷いもなく私はそれを取りに木にしがみついた。
右側に足をかけて、左手を上に伸ばして。
もう少しで手が届くところで、ふわっと体が後ろに傾いだ。
『きゃっ…!』
『沙耶っ!危ないっ!!』
地面に落ちたときの痛みはそこまで大きなものではなかった。
それでも、下にいる幼馴染みの苦しそうな声でやっと我に返るほど気が動転していた。
『うう…』
『あっ、秋斗!ごめ…』
急いで退くと、捲り上がったTシャツから細い腹部が見えた。そこには明らかに今の衝撃で新しく出来た大きな傷があって。
『秋斗っ、血…どうしようっ』
『い…たい…っ』
今考えてみても、大変な出来事だったと思う。自分の下敷きになった友達、しかも腹部から出血している。幼心に、その光景は鮮明に焼き付いた。
―― 私のせいで、大切な友達が怪我をした。
偶然にも通りがかった秋斗のお母さんが、泣きじゃくる私と秋斗を発見して、すぐに手当てをしてくれた。放心状態だった私は、その後のことを覚えていない。
そうして、次の日、秋斗は転校して行ったのだ。
* * *
「気にしてないわけ…ないじゃない」
絶交だと言い渡されるよりも、黙って去られたことの方がショックが大きかった。
その時のことがあってから、もちろん木には登らなくなったし、勢いだけで行動するようなことはなくなった。だから私と中学生以降に出会った人たちは皆、口を揃えて私のことを「文化系」とか「女の子らしい」というだろう。本を読むようになったのもその頃からだ。実際、読書のおもしろさに気付いてからは、趣味のひとつとして没頭していったけれど。
秋斗がいなくなった理由を私が知っていたらそんなことはなかったかもしれない、と考えてから、いや、やっぱり罪悪感でいっぱいになっていただろうと思った。自分にとって、秋斗がそれほど大きな存在だったのだと気付いたのは、皮肉にも彼がいなくなった後だった。
「ちゃんと謝りたかった」
「沙耶…」
「私のせいで、秋斗が怪我して、ちゃんとごめんって言いたかったのに、次の日、もう、いなくて、私、」
だめだ、涙が出る。
でも伝えなくては。
「ごめんなさい」
そう言った瞬間、頭に大きな手が置かれて、くしゃくしゃと掻き混ぜられた。
秋斗は、そのまま私の頭を何度も撫でる。
「はいはい、落ち着いてー。大丈夫大丈夫」
意を決した私の謝罪に対して、軽い調子で返された返事と、小さい頃にされたそのやり方に、思わず口調が強くなる。
「私、本気でずっともやもやしてたのに。秋斗が引っ越しちゃったのは、私のせいかもしれないって…!」
「そんなわけないだろ。子どものわがままで次の日に引越しなんて」
「でもそう思ってたの!」
その様子を見てくすくすと笑われたから、私は秋斗の胸を軽く叩いた。
すると彼は、照れたようにますます笑うから、私はその綺麗な顔を睨みつける。
「何がそんなにおかしいの」
「いや、嬉しいなあと思って」
「は?」
「だってほら、それだけ俺のこと忘れないでいてくれたってことだから嬉しい。俺が思ったより、沙耶は俺のことを好きでいてくれたんだなぁってわかって」
「すっ…!」
思わず顔が熱くなるのがわかる。
なんてことを言い出すのか。
いや、確かに秋斗のことは嫌いじゃない、けど。
さらに彼は誇らしげに言う。
「しかも、これは俺にとっては名誉の負傷だから。この傷があったら、沙耶のこと絶対に忘れない。もちろん、大好きな女の子のことだから、こんな傷がなくても忘れないけど」
今、さらっと何か言われたような気が…。
今日は一気にたくさんのことが起きて、わけがわからなくなっているような気がする。
何かの間違いだと納得させ、聞き流そうと背後にあったダンボールに手をかける。このまま秋斗を見ていたらますます混乱しそうだったから、背中を向けて、荷物整理に取り掛かった。
「もっ、もういいから!大丈夫ならよかった!荷物片付けちゃおうよ」
でも、そんなに簡単にこの話が終わるわけもなく。
すっと動いた気配。
時間を置かずに、背中に感じたぬくもりと、お腹に回された意外と逞しい腕、そしてそのまま腕に沿ってぎゅっと握られた手に、思考が停止した。
「春野沙耶さん、俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」
時間が止まったのか、止まっていた時計が動き出したのか。
少なくとも私は、目の前のこの人にずっと心を掴まれたままなのかもしれない。
12
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
ちっちゃくて可愛いものがお好きですか。そうですかそうですか。もう十分わかったので放してもらっていいですか。
南田 此仁
恋愛
ブラック企業を飛び出すように退職した日菜(ヒナ)は、家で一人祝杯を上げていた――はずなのに。
不意に落ちたペンダントトップへと手を伸ばし、気がつけばまったく見知らぬ場所にいた。
周囲を取り巻く巨大なぬいぐるみたち。
巨大化したペンダントトップ。
あれ?
もしかして私、ちっちゃくなっちゃった――!?
……なーんてね。夢でしょ、夢!
と思って過ごしていたものの、一向に目が覚める気配はなく。
空腹感も尿意もある異様にリアルな夢のなか、鬼のような形相の家主から隠れてドールハウスで暮らしてみたり、仮眠中の家主にこっそりと触れてみたり。
姿を見られたが最後、可愛いもの好きの家主からの溺愛が止まりません……!?
■一話 800~1000文字ほど
■濡れ場は後半、※マーク付き
■ご感想いただけるととっても嬉しいです( *´艸`)
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる