うわさ話は恋の種

篠宮華

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第十話 「したいとは思ってましたよ、ずっと」

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「あー…でも、うーん…なるほどねー…」
「そういう感じになりますよね」
「これで伏線回収ってことになるのかな」
「うーん、でも考察サイト見たり公式発表の情報と照らし合わせたりすると、まだ矛盾点があって…」

 ぶつぶつ話しながら、二人並んで歯を磨く。
 歯ブラシを動かすのを一旦止め、『腹戦』関連の情報をまとめた考察サイトが表示されているスマホの画面をこちらに向けて、矢野くんはいろいろ説明をしてくれる。

「これは三期につながる流れだね」
「それしかないですよね」

 大きく頷いてから、交代で口を濯いだ。
 気付けばもう夜の11時過ぎ。まだまだ外は結構な勢いで雨が降っている。もし今雨が止んでいたら帰らなきゃいけない感じになっていたのかと思うと、それはちょっと寂しかったなと感じる。それくらい居心地がよくて楽しかった。
 欠伸をしながらリビングに戻ろうとすると、矢野くんが私の手を掴む。

「あのー」
「ん?」
「さっき、美緒さんの嫌がることは絶対にしないって言ったじゃないですか。それについてはほんとに自信あるんですけど」

 珍しく歯切れの悪い言い方をするその様子をじっと見つめて先を待っていると、手がするっと離れた。

「同じベッドで寝るのは、さすがに俺もちょっといろいろキツいんで。もしこう…心の準備が間に合ってなかったら、俺はソファか床で寝ようかなって」
「えっ、そんな、それなら私がソファで…」
「いや、なんでそうなるんですか。そんなことさせませんよ」

 矢野くんは「うちのベッドそんな大きくないから」と困ったように笑った。
 ‘ちょっといろいろキツい’という言葉が、何を意味するのかはなんとなくわかっている。経験したことがないから、未知な部分への不安ももちろんある。矢野くんなりの誠意なんだろうし、大事にしてくれているということも感じる。今だけじゃなくて、告白をされてからずっと。

——でも、この人になら。

「……できれば、一緒に寝たいな」

 一瞬で、空気が熱を帯びる。
 私の呟きの後、雨音が急に大きくなったように感じるほど、部屋がしーんと静まり返った。近くに気配を感じて顔を上げると、頬に手を添えられてそっとキスをされる。唇が、おでこ、瞼、頬…と掠めるように触れる。
 くすぐったくて身を捩ると、至近距離で目が合って、吐息が溶け合うように感じる。

「こっち」

 腕を引かれて、小さな電気だけで照らされた薄暗い寝室に移動すると、ベッドに座らされる。
 啄むような小さいキスが何度も繰り返されて、だんだんと体の力が抜けていく。その間に、ぶかぶかのTシャツの裾から矢野くんの手が入ってくる。お腹をするすると撫でられてから、その手は背中に回った。ぱちんとブラジャーのホックを外されて、胸の解放感に震える。
 その瞬間を見計らって、口の中に舌が入り込んできた。舌が歯列をなぞるように動いて、その感覚に背中がぞわぞわする。

「んっ…なんか…変な感じ」
「…変?」

 正面からやわやわと胸を揉みしだかれ、声が漏れそうになるのを誤魔化したくて、私は矢野くんに話しかける。

「こんなこと、今日、すると思ってなかった。矢野くんと」
「うん、俺もまだ信じられないです」

 矢野くんは顔を見て話を聞きながらも、鎖骨から胸にかけて、私の全身をゆっくり撫でるように触れるのをやめない。大きくてちょっと骨ばった手にさすられながら、息を吐く。こちらの反応をじーっと確認するかのような視線が恥ずかしくて手で顔を隠すと、服をたくし上げられた。

「もう脱いじゃいましょこれ」

「はい、ばんざーい」と言われ、腕を上げるとそのままTシャツと下着を一緒に脱がされる。恥ずかしくなって首に手を回すと、そのままベッドに横たえられた。
 矢野くんが私の足の間で体を起こしてから、自分も着ていたTシャツを脱いだ。薄暗い部屋で、下から見上げる彼の影はなんだかすごく色気があった。
 覆いかぶさってきた矢野くんの背中に手を回すと、素肌がぴたりとくっついて温かい。そのぬくもりをしばらく味わおうと思ったのに、彼は少し体を離し、私の手をとって指先にキスをした。

「美緒さん、さっき『今日すると思ってなかった』って言ったし、俺も信じられないって言ったけど」

 そのまま身体をずらしたかと思ったら、胸の頂を口に含まれて思わず声をあげてしまう。

「ひゃぁ…っ」
「したいとは思ってましたよ、ずっと」

 舌で何度も敏感な先端を舐め上げられ、初めての快感がじわじわと押し寄せる。誰にも触らせたことがない場所、自分だってそんな風に弄ったことがない場所なのに、なぜこんなに反応するのか。ふやけてしまうのではないかと思うくらいしゃぶられて、声を押し殺すのに必死な状態がしばらく続いた。
 びくびくと身体を震わせる私を見ながら、今度は矢野くんの手がハーフパンツの中に入ってきたかと思ったら、その指はショーツのクロッチの横からそっと中心に触れる。

「やぁん…!」
「よかった、めちゃくちゃ濡れてる」
「う、うそ…」
「嘘じゃないよ、ほら」

 目の前で指を広げて糸を引く様子を見せられて、今度こそ恥ずかしさに頭を抱えた。

「わざわざ見せなくていいよぉ…」
「すいません、嬉しくって。じゃあこっちも脱いじゃいましょっか」
「えっ」

 当たり前のように言われて、私がまごついている間に、ハーフパンツとショーツもするっと取り去られる。あっという間に一糸まとわぬ姿になったことがあまりに恥ずかしくて、近くにあったブランケットを必死で手繰り寄せたのに、「暗くてほとんど見えないから隠さないで」と懇願されてはそれも叶わない。至って平静な様子なのに何だか瞳はぎらぎらしているような、いつもとちょっと違う様子にドキドキしていると、矢野くんは湿っていたそこを再びゆっくりと擦り始める。くちゅ、くちゅと音がしてきて、いよいよ声が我慢できなくなる。足の間を探られながら、耳を食まれた。

「あっ、や…んぅ…!」

 耳の奥に流し込むように「大好きです」と言われたけれど、正直それどころではなく、返事を返すことができない。
 入口を少しずつ広げながら奥に辿り着いた指が、内壁を擦る。多少の異物感はあるけれど、ゆっくりほぐされたそこは、彼の指をスムーズに受け入れている。
 すると、ある部分に触れられたとき、大きな快感が背中を走った。

「な、何、今…や、あぁっ…!」
「……あー…ここ?」
「ちょっと、まっ…て、だめ、それ…!」

 矢野くんは私の反応が変わった場所を簡単に探り当て、ぐりぐりと何度も擦り始める。
 腰が痺れるような感覚が押し寄せて、怖くなった私は、自分の中心に突き立てられていた彼の手を掴んで止めようとしたのだけど、それも彼の空いていた方の手で頭の上に押さえつけられて、いよいよ快感が逃がせなくなった。ぐちゅぐちゅとさっきよりも粘り気のある音が、自分でも聞こえる。

「やめっ、待って、ほんと、なんか、変だからぁ…っ!」
「あーもう、めちゃくちゃ可愛い。やばい」
「あっ、あ、やだ、んっ、あぁっ!」

 私がいやいやと首を振ると、なだめるように唇を重ねられた。次第に指の動きは小刻みになり、それに合わせるように声が出てしまう。執拗に刺激を送られて、お腹の奥がじわじわしてくる。体中から汗が噴き出す。

「あ、だめぇっ…、それ、こわいっ…」
「大丈夫だから」

 身体がばらばらになってしまいそうな初めての感覚で混乱する私の胸の先端を、矢野くんは再び舌で愛撫し始めた。

「も、無理、あっ、ああぁっ!!」

 一瞬何が起きたのかわからないくらいの快感が弾けて、頭から爪の先まで痺れるような感覚になる。身体が余韻でびくびくと震えた。味わったことのないそれに、これが達するということなのかもしれないと頭のすみでぼんやり考える。
 肩で息をしながらぐったりする私をぎゅーっと抱き締め、矢野くんは優しく何度も頭を撫でる。

「…続けてもいいですか?」
「うん…あ、でも…」
「ん?」
「私、その…初めてだから、うまくできるかわかんないんだけど…」

 初めてのときはすごく痛いとか、出血するとか聞いたことがあったから、一応伝えておいた方がいいと思いそう言うと、息が止まるくらい深いキスをされる。追いかけてくるように絡められた舌の動きに酔いしれていると、肩や腰をするすると大きな手が這いまわる。温かくてちょっとかさついた手の刺激が気持ちよくて、首に手を回す。
 キスの合間に、矢野くんは言った。

「…優しく、します」
「ん…お願いします」
「美緒さん、大好きです」
「うん、私も」
「あなたにとって、初めてであり、最後の男になれるように頑張るので、よろしくお願いします」

 大真面目な顔でそんな風に言われて、思わず笑ってしまう。でも、最高に幸せだと思った。サイドテーブルから避妊具を取り出して、手早く装着した矢野くんが再び覆いかぶさってくる。しかし。

—あんなの、入るの…?

 一瞬目に入った異性のそれは、到底入るとは思えないような質量に見えた。身体が強張ったのが伝わったのか気遣うように優しく頭を撫でられた。

「ゆっくりするので、痛かったら言ってください」
「歯医者さんみたいだね」

 思わず、ふふふと笑うと、矢野くんも笑った。
 両腿を大きく開かされて、硬くて熱い先端が入口にあてられたのがわかる。中心を割り開くように入り込んでくるそれの異物感に、どうしても力が入ってしまう。
 すると矢野くんは、私の前髪を掻き揚げておでこにキスをする。

「力抜いて。深呼吸してください」

 言われるがまま深呼吸をする。すると、それはさっきより深く、私の体の奥を目指してめりめりと進んでくる。内側から押し上げられるような圧迫感を感じるけれど、顔中に降ってくるキスのくすぐったさで、うまく力が抜けた。
 ぐぐぐっと腰を進められて、最奥に当たるのを感じる。

「んっ…ふ、あ…」
「大丈夫?」
「思った、よりは、へいき…」
「…もうすぐ全部入ります」

 まだ全部じゃなかったんだ…とぼんやり考えながら、じっと動かないままの矢野くんを下から見つめていると、再び下腹部がじわじわするような感覚が体に広がっていく。
 それが伝わったのか、矢野くんが腰を前後にゆるゆると動かしながら少しずつ奥へ進み始めた。私を気遣っているのか、その律動はもどかしくて、甘い痺れに自分から腰が動きそうになる。

「…痛くない?」
「ん、いたく、ない…っ」
「そっか…よかった」

 痛いどころか、もっと。
 ぴったりと密着したまま、矢野くんの腰に足を絡めると、当たる位置が変わって、新たな快感と痺れが生まれる。続けても問題ないと判断した矢野くんが、投げ出されていた手を握ってから、私を閉じ込めるように顔の横に肘をついた。

「すき、やのくん、あっ、あぁ…っ」
「…っ、俺も、好きです」
「矢野くんも、きもち、いい…っ?」
「うん、めちゃくちゃ気持ちいいです」
「よかった……あ、んんっ、あっ…」

 喘ぎ声が止まらないけれど、そんなことよりも今は一つに溶けてしまいそうな感覚がたまらなかった。もっと、くっついていたい。
 
 さっき言っていたとおり、ゆっくりと。
 乱暴ではないけど、容赦なく奥まで貫くような動きに、何が何だかわからなくなってきたところで、少し焦ったような声が耳に流し込まれる。

「…そろそろいいですか」
「うん…っ」

 少し腰の動きを速められて、声を封じ込めるように唇が重ねられる。
 外から絶え間なく聞こえ続ける雨の音に包まれて、息が出来なくなりそうなほどの深いキスに一生懸命応えながら、私はこの人のことが好きだと、心から思った。

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