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After Story
閑話 生き残れなかった騎士の話
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「……ダグラスさんって帰ってきたっけか」
「……」
「……頼む、誰か帰ってきたと言ってくれ」
「……現実を、受け入れるしかない」
ユキ様の風邪が完治して少し経ったある日の夜、夜間の警護に当たっていた俺たちは今まさにお通夜状態だった。
* * * * * * * * * *
ダグラスさんが新入隊員の歓迎会に参加するために今日はいつもよりも多い人数で警護に当たっていた。特に誰かが訪ねてくることもユキ様が部屋から出ようとすることもなく、何も問題など起きることもなく夜番を終えられるとそこにいた誰もが思っていた。
そろそろ子供は寝る時間、と言った頃だったか。しっかりと閉じられた神子の間の扉の隙間から、ふわりと漏れ出てきたのはまさにユキ様の魔力だった。微量ではあったが、確かに漏れ出てきている。
「……ダグラスさん、帰ってきたっけか」
やめろ、わかっているんだ。わかっているが認めたくないんだ! だからそんなこと聞かないでくれ!
「……頼む、誰か帰ってきたと言ってくれ」
「……現実を、受け入れるしかない」
うわぁああああ! やめてくれ!!!
わかってるさ! ダグラスさんが帰ってきてないことなんてわかってる!!
ユキ様が夜間に魔力を溢れさせるときはつまりダグラスさんとヤっている時な訳だ。結婚して1年以上経とうが変わらず溢れ出てくる魔力には変わらないどころかむしろ増してるんじゃないかってくらいのダグラスさんへの愛だとか幸せそうな感情だとかがぎゅっと詰まっている。
ユキ様はどうやら未だその事実を知らないらしく、俺達もたとえ夜番に当たった日に魔力が漏れ出てきても何も言わないようにしているわけだ。ダグラスさんに殺されたくないしな。
だが今日はダグラスさんがいないはずの部屋から魔力が漏れ出ているわけで。いつもよりも漏れ出ている量は少なくとも相変わらずダグラスさんへの想いが詰まっているわけで。そして普段魔力操作が完璧なユキ様が制御しきれない状況って言ったら理性を飛ばしてるってわけで、理性を飛ばす状況って言ったらそういうことなんだよな……!
つまりユキ様は今寝室で1人で前だか後ろだかはたまたその両方だかはわからないが弄ってるわけだ。
ユキ様も男だ。いきなりムラッとすることももちろんあるだろう。1度その気になっちまえば発散しなければ落ち着いて寝てられない気持ちもわかる。1人でやっていたとしても別におかしいとは思わないさ。
ただな……この後ダグラスさんが帰ってくるんだわ……遅くならないうちに、と言っていたからもう直ぐだろう……
つまりかなりの高確率でこの魔力が漏れているところにダグラスさんは帰ってくる。帰ってきたダグラスさんは確実に魔力に気付くだろう。そうしたらユキ様が何をしているかなんて一瞬で察するはずだ。
……そうなれば俺たちの命はない……
「……俺腹痛くなってきたから手洗い行っていいか?」
せめてダグラスさんが帰ってくる場面に居合わせなければ、と思ったんだが、俺たちの中でも特に頭の切れる同僚が冷静に言った。
「やめとけ、逃げた方がぜってぇやばい」
……今、逃げた先に先回りして笑ってねぇ笑顔で仁王立ちしてるダグラスさんが瞬時に思い浮かんだんだが……
まるで足から地面に根っこが生えたみたいに足が動かなくなり、重い心地でため息をついたところで1人がポツリとこぼした。
「毎回思うが、理不尽だよな……」
「激しく同意するが、ダグラスさんの前でそれを言ったら終わる気がする」
「よくわかっているな」
「ひっ、~~~ッッッ!!」
今、今1番会いたくない人の声がしなかったか……?
まるで錆び付いたかのように動かない首をなんとか捻って声がした方を見ると、ダグラスさんがものすごくいい笑顔で立っていた。……これは、やばい。
「叫び声を上げなかったことは褒めてやろう。騒いだらユキが気付くかもしれないからな。だが俺は理不尽なんでな。明日お前達にどんな訓練メニューが渡されるかはわからんな。理不尽だから仕方ないだろう?」
「……はい」
にっこりいい笑顔のダグラスさんに、「あ、これ死んだわ」と思ったが、もはや俺たちはダラダラと冷や汗をかきながらも頷くことしかできなかった。
「今日ユキの魔力が漏れていたことは決して口外するな。ここにいない奴からその話が出たとすれば……わかっているな」
「「はっ!!」」
思わず敬礼した俺たちにダグラスさんは満足げに笑ってから扉の奥へと消えていった。
「っ、はぁ……明日になって欲しくねぇ……」
「それな……」
それから程なくして漏れててくるユキ様の魔力の量が比べ物にならないくらいに増えたっていうのは……まぁそういうことなんだろう。
翌日鬼のような訓練メニューに俺たちは悲鳴を上げることになったが、これ以上メニューを追加されないよう、ダグラスさんを刺激しないようにと、誰1人としてその日あったことを口に出すことはなく、結果ユキ様も俺たちにバレているを知らない様子のままだったため無事追加メニューが課されることはなかった。
……はずだった。
「いや~……死ぬかと思ったなー……」
「そうだな……」
なんとか生き残れたが、あの鬼みてぇなメニューは思い出したくないぞ……
「いやぁ、それにしても俺も可愛い嫁欲しいなぁ。帰ったらベッドで可愛く迎えてくんねぇかな」
「……俺は聞いてない。聞いてないからな」
こいつは何を言い出すんだ……! いや確かにユキ様のことは口に出してないがあのダグラスさんのことだ、今こんなことを言ったら確実に……
……やべぇ、後ろから冷気が漂ってきてる気がする……おい待てお前ら俺を置いていくな……!
巻き込まれたないとばかりに足早に去っていった同僚たちに、俺だって巻き込まれたくねぇと半泣きになりながら振り向くとそこにいたのは溢れんばかりの殺気を纏ったダグラスさん。
「楽しそうな話をしているな?」
……今度こそ死んだわ。
「……」
「……頼む、誰か帰ってきたと言ってくれ」
「……現実を、受け入れるしかない」
ユキ様の風邪が完治して少し経ったある日の夜、夜間の警護に当たっていた俺たちは今まさにお通夜状態だった。
* * * * * * * * * *
ダグラスさんが新入隊員の歓迎会に参加するために今日はいつもよりも多い人数で警護に当たっていた。特に誰かが訪ねてくることもユキ様が部屋から出ようとすることもなく、何も問題など起きることもなく夜番を終えられるとそこにいた誰もが思っていた。
そろそろ子供は寝る時間、と言った頃だったか。しっかりと閉じられた神子の間の扉の隙間から、ふわりと漏れ出てきたのはまさにユキ様の魔力だった。微量ではあったが、確かに漏れ出てきている。
「……ダグラスさん、帰ってきたっけか」
やめろ、わかっているんだ。わかっているが認めたくないんだ! だからそんなこと聞かないでくれ!
「……頼む、誰か帰ってきたと言ってくれ」
「……現実を、受け入れるしかない」
うわぁああああ! やめてくれ!!!
わかってるさ! ダグラスさんが帰ってきてないことなんてわかってる!!
ユキ様が夜間に魔力を溢れさせるときはつまりダグラスさんとヤっている時な訳だ。結婚して1年以上経とうが変わらず溢れ出てくる魔力には変わらないどころかむしろ増してるんじゃないかってくらいのダグラスさんへの愛だとか幸せそうな感情だとかがぎゅっと詰まっている。
ユキ様はどうやら未だその事実を知らないらしく、俺達もたとえ夜番に当たった日に魔力が漏れ出てきても何も言わないようにしているわけだ。ダグラスさんに殺されたくないしな。
だが今日はダグラスさんがいないはずの部屋から魔力が漏れ出ているわけで。いつもよりも漏れ出ている量は少なくとも相変わらずダグラスさんへの想いが詰まっているわけで。そして普段魔力操作が完璧なユキ様が制御しきれない状況って言ったら理性を飛ばしてるってわけで、理性を飛ばす状況って言ったらそういうことなんだよな……!
つまりユキ様は今寝室で1人で前だか後ろだかはたまたその両方だかはわからないが弄ってるわけだ。
ユキ様も男だ。いきなりムラッとすることももちろんあるだろう。1度その気になっちまえば発散しなければ落ち着いて寝てられない気持ちもわかる。1人でやっていたとしても別におかしいとは思わないさ。
ただな……この後ダグラスさんが帰ってくるんだわ……遅くならないうちに、と言っていたからもう直ぐだろう……
つまりかなりの高確率でこの魔力が漏れているところにダグラスさんは帰ってくる。帰ってきたダグラスさんは確実に魔力に気付くだろう。そうしたらユキ様が何をしているかなんて一瞬で察するはずだ。
……そうなれば俺たちの命はない……
「……俺腹痛くなってきたから手洗い行っていいか?」
せめてダグラスさんが帰ってくる場面に居合わせなければ、と思ったんだが、俺たちの中でも特に頭の切れる同僚が冷静に言った。
「やめとけ、逃げた方がぜってぇやばい」
……今、逃げた先に先回りして笑ってねぇ笑顔で仁王立ちしてるダグラスさんが瞬時に思い浮かんだんだが……
まるで足から地面に根っこが生えたみたいに足が動かなくなり、重い心地でため息をついたところで1人がポツリとこぼした。
「毎回思うが、理不尽だよな……」
「激しく同意するが、ダグラスさんの前でそれを言ったら終わる気がする」
「よくわかっているな」
「ひっ、~~~ッッッ!!」
今、今1番会いたくない人の声がしなかったか……?
まるで錆び付いたかのように動かない首をなんとか捻って声がした方を見ると、ダグラスさんがものすごくいい笑顔で立っていた。……これは、やばい。
「叫び声を上げなかったことは褒めてやろう。騒いだらユキが気付くかもしれないからな。だが俺は理不尽なんでな。明日お前達にどんな訓練メニューが渡されるかはわからんな。理不尽だから仕方ないだろう?」
「……はい」
にっこりいい笑顔のダグラスさんに、「あ、これ死んだわ」と思ったが、もはや俺たちはダラダラと冷や汗をかきながらも頷くことしかできなかった。
「今日ユキの魔力が漏れていたことは決して口外するな。ここにいない奴からその話が出たとすれば……わかっているな」
「「はっ!!」」
思わず敬礼した俺たちにダグラスさんは満足げに笑ってから扉の奥へと消えていった。
「っ、はぁ……明日になって欲しくねぇ……」
「それな……」
それから程なくして漏れててくるユキ様の魔力の量が比べ物にならないくらいに増えたっていうのは……まぁそういうことなんだろう。
翌日鬼のような訓練メニューに俺たちは悲鳴を上げることになったが、これ以上メニューを追加されないよう、ダグラスさんを刺激しないようにと、誰1人としてその日あったことを口に出すことはなく、結果ユキ様も俺たちにバレているを知らない様子のままだったため無事追加メニューが課されることはなかった。
……はずだった。
「いや~……死ぬかと思ったなー……」
「そうだな……」
なんとか生き残れたが、あの鬼みてぇなメニューは思い出したくないぞ……
「いやぁ、それにしても俺も可愛い嫁欲しいなぁ。帰ったらベッドで可愛く迎えてくんねぇかな」
「……俺は聞いてない。聞いてないからな」
こいつは何を言い出すんだ……! いや確かにユキ様のことは口に出してないがあのダグラスさんのことだ、今こんなことを言ったら確実に……
……やべぇ、後ろから冷気が漂ってきてる気がする……おい待てお前ら俺を置いていくな……!
巻き込まれたないとばかりに足早に去っていった同僚たちに、俺だって巻き込まれたくねぇと半泣きになりながら振り向くとそこにいたのは溢れんばかりの殺気を纏ったダグラスさん。
「楽しそうな話をしているな?」
……今度こそ死んだわ。
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