あの人と。

Haru.

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After Story

side.ダグラス

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 少し前に意識を飛ばすように眠ったユキ。流石に今日は無理をさせすぎたか。まぁ、半分くらいはわざと無理をさせたんだがな。残り半分? ……止まらなかった。仕方ないだろう、ユキは煽情的すぎる。

 今日は色々とあったからな……庭で遭遇した馬鹿な貴族はとりあえず置いておいて、舞踏会でのことを聞いてユキのトラウマが少なからず刺激されただろうから、いっそ疲れさせて眠らせようと思ったんだ。

 俺が毒を盛られたことは、ユキ自身が毒を盛られた時のことよりもユキにとってトラウマになっているようで、俺が横で寝ていてもたまに飛び起きるようになってしまった。月曜など、3回は飛び起きた。流石に昨日は飛び起きなかったがな。

 飛び起きたユキは、俺の胸に耳を当てて鼓動を聞き、生きていることを確認してほっと息を吐く。俺は何も言わずにそんなユキを今度こそ安心して眠れるようにと祈りながら抱きしめる。

 抱きしめるしか、出来ない。

 何を言えばいい? 俺は生きている? 俺は大丈夫だ?ユキは、俺が生きているなど十分理解しているだろう。俺が大丈夫であるなど、わかっている。理解していても、わかっていても、飛び起きてしまうくらいにユキの心の傷は深いのだ。そんなユキに、かけられる言葉など見当たらない。時間が解決してくれるまで、ただただ寄り添い支えるしか出来ない。ユキの心に傷を負わせ、それくらいしか出来ない自分が情けない。

 仕置きなど、ただの口実だ。たしかに団長にいやらしい表情を見せたのは少々許しがたいが、今までにだってあったことだ。今更仕置きをするようなことではない。

 だが今夜は、夢も見ないくらい深く眠って欲しかった。だから仕置きを口実に、強く激しくユキを抱いた。出来ることなら俺は、飛び起きるユキなどもう見たくないんだ……

 飛び起きたユキは毎回、一瞬絶望に顔を歪める。まるで命よりも大切な物を失ったかのような、そんな表情だ。そんな表情も俺を見つけてすぐに安心したようなものに変わるが、やはり一瞬でもそんなユキを見るのは辛い。それだけ俺を求めてくれて嬉しいなどと思う余裕などないくらい、飛び起きたユキは悲痛なんだ。

「どうしたらユキを安心させてやれるんだろうな……」

 静かな浴室に俺の声が虚しく響いた。

 本当は、仕事も何もかもを放り投げてユキの側に四六時中ついていてやりたい。ずっと抱きしめ、愛を囁き、俺はここにいると心と身体に染み込ませてやりたい。

 けれど、俺が長期で休みを取ることはユキは良しとしないだろう。気を遣わせてしまったと、余計に気に病んでしまう。それは俺の望むところではない。

 両陛下もそれがわかったのだろう。ならばせめてと、俺の夜間業務を全て免除にしてくださった。ユキにもし聞かれたら、若い奴らに夜間業務を任せられるようになったからと伝えることになっている。

 今までももちろん俺の夜間業務を免除する話はあった。ユキが毒を盛られた時だ。だが、あの時は俺がいれば眠れたし、飛び起きたのは俺がいなかった時くらいで、夜番を部屋の中ですれば魘されることはあれど朝まで眠れていた。その様子を見て本人も大丈夫と言っていたしと、少し回数を少なくするくらいに留めたのだが、今回はそうも言っていられないだろう。ユキが俺と寝ていても飛び起きるなど相当のことだ。これがもし、1人にした時に飛び起きたとしたら……考えたくないな。

 くそ、魘されることが少なくなってきたところだったのに俺が毒なんぞ盛られたせいで……

「はぁ……とりあえず上がるか……ユキが逆上せてしまうな」

 このまま考え込んでいては意味もなく長くなってしまう。一度リセットしたほうがいいだろう。

 ピンクに頬を染めたユキを抱き上げ、浴槽から出て脱衣室に入る。ユキの身体の水気をさっと拭ってからバスローブを着せ、とりあえずタオルを枕にして長椅子に寝かせて俺もバスローブを着込む。

「さて、ユキの香油は……これか? ……リディアはいくつか混ぜているのか? 香りが若干違う気がするが……何もしないよりはいいだろう」

 棚の中にはかなりの数の香油の瓶があった。前に見た時よりも増えていることからリディアがたびたび追加しているのであろうことがわかる。とりあえずよく使っているのであろう1番減っているものを選び、ユキのバスローブを脱がせて香油を少し手に取る。そのままユキの全身に塗りこめるように軽くマッサージをすればふわりといい香りがユキから漂うようになった。

「ふむ……こんなもの、か? あまりわからないな。今更な気もするが今度リディアに聞いておくか」

 ユキのマッサージは健康のためにしていると聞いた。ならば毎日やるべきものなのだろう。今日のような日こそマッサージは必要だろうに俺がやり方を知らなければそれも出来ないからな。しっかりとやり方を聞いておこう。

 余分な香油を拭き取ってから服を着せ、髪を乾かしてやったら俺もさっと髪を乾かして服を着込み、そのままユキを抱き上げて寝室へ。

 身じろぎひとつしないユキはきっと朝まで夢も見ることなくぐっすり眠るだろう。それでいい。辛い夢など、見る必要はない。

 ユキ、愛しい俺のユキ。俺は側にいる。ユキの側にいつまでもあり続けるから、早く俺を安心させてくれ。苦しむユキを見るのは辛い。

「悩んでいるね」

「っ、神……」

 突然現れた神。音もなく現れるから本当に恐ろしい。

「そのままで構わないよ」

 起き上がり礼を取ろうと思っていたが取り敢えず身体を起こすだけにとどめ、ベッドの横に降り立った神の動向を探る。

「ふふ、よく眠っている。だが少し無理をさせすぎではないかい?」

「……申し訳ありません。しかし、ユキが夢も見ることなく眠る為の方法が他に思いつきません」

 薬を使うことはユキも望まないだろうしな……

「責めているわけではないよ。君の言う通り、幸仁はよくダグラスを失う夢を見るようだからね……それに苦しむ幸仁を見たくない気持ちはよくわかる」

 やはりか……俺を失う夢。毒を盛られて目の前で倒れたことはユキにとってかなりのトラウマになっているのだな……

「幸仁の辛い記憶を消すことが可能だと言ったらどうする?」

 ユキの記憶を……そうしたらユキは夢で苦しむことがなくなるのか……?

「……いえ、やめておきます。ユキにとってそれが最善であるならば、神はもうすでにそれをしていたでしょう。私に聞く必要などないはずです。ユキが成長するために、今の苦しみは必要なことなのでしょう。ならば俺は見守るしかない」

 神にとって大切なのはユキだ。俺の意思など関係ないだろう。

「ふふ、正解だ。記憶を消すことは簡単だけれど、それだと幸仁の為にはならない。幸仁は今、二度とダグラスが傷付くことがないように、乗り越えようともがいている最中だ。大丈夫、幸仁は強いから乗り越えられるさ。君はいつも通り存分に幸仁を甘やかしていたら良い。それが幸仁の支えになるから」

「っ……はい、ありがとうございます」

 馬鹿だな……俺が傷付くことがないように、か……俺はユキが苦しむことが1番辛いのにな。

 ……ああ、そうか。ユキも同じ気持ちなのか。俺が傷付き苦しむことが辛いのか。そうだよな、俺を守る為にと魔法を頑張っているんだもんな……本当にユキは自慢の妻だ。

「ダグラスが正解を選べたご褒美に、明日の幸仁の授業は休みにしてあげよう。たまたまヴォイドに急ぎの仕事が入った、なんてどうだろう。君は元から休みだっただろう? 甘やかしておやり」

「ありがとうございます。今日は無理をさせましたから、うんと甘やかします」

 仕事を操作することも可能なのか……だがありがたいな。ユキが休みなら朝はゆっくり寝かせて、起きたら思う存分甘やかして1日を過ごそう。

「うん、それがいい。ではまたね」

 現れた時同様音もなく消えていった神。どれくらいこちらを見ているのだろうか……もしや四六時中? ……いや、流石にそれはないよな。いくら神といえどユキのいやらしい姿は見せたくない。そこは見られていないことを祈っておこう。

 ユキ、ゆっくりでもいいからまた元気なユキを見せてくれ。俺もユキを安心させられるようにもっと強くなろう。2人で頑張っていこうな、ユキ。
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