あの人と。

Haru.

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本編

145 side.???

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 何かが、足りない。おそらく、大切だった何かだ。

 ある日突然感じた喪失感は、日に日に強まるばかり。俺は、いったい何を忘れているんだ。

すい、何か足りないと思わないか」

そう、俺もそう思う」

 俺の片割れ、双子の弟も何かが足りないと感じているようだ。

「なぁ、お前は何だと思う?」

「わからん。物とかではない気がするけどな」

「だよなぁ……」

 そう、何かの物ではない気がするのだ。それこそ、人、のような何かな気が────

「翠、俺等は誰かを忘れている……?」

「……そうだとして、いったい誰? 少なくとも大学にそこまで大事な奴はいないだろ」

 まぁ、たしかに、な。俺等双子は同じ大学の同じ学部に通っているが、そこまで仲のいい奴らは作っていない。常に2人で行動し、それに満足しているから他に大事な友人など作る必要性がないのだ。だからこそ、忘れてしまって喪失感を覚えるほどの人間は大学にはいない、とわかるんだが……

「なら、俺等が忘れているのは何なんだろうな」

「……母さん達は? 何か俺等みたいに思ってることがあるかも。母さん達とも共通してたらさらに絞れると思う」

「……聞いてみるか」


 俺と翠はちょうどリビングで手帳を開いていた母さんに聞いてみることにした。

「母さん、何か忘れてる気がしない?」

「あら、蒼ちゃんに翠ちゃん。突然どうしたの」

 母さんは、いつまでたっても俺等をちゃん付けで呼ぶ。一時は恥ずかしくてやめてくれと何度も頼んだが、それでもやめない母さんに、次第に俺等が麻痺して何も思わなくなった。

「……でも、そうねぇ。何か、忘れてる気がするわ。今手帳を見てたのも、何か大事な用事を忘れてるんじゃないかって探してたところなの」

 どうやら母さんも何かを忘れているように感じているみたいだ。

「それで、何かあった?」

「……うーん、なんだかわからないものはあったわ」

「何?」

「ここにね、コンクール、って書いているの。蒼ちゃんも翠ちゃんもとっくの昔にピアノなんてやめてるのにねぇ……」

 母さんが指差したページは4月のページだった。色々と遡って見ていたのだろう。そこにはたしかにコンクールと書いていた。

 俺と翠は小学校まではたしかにピアノを習っていた。発表会もコンクールもそれなりに出た。自分からやりたいと言って始めた習い事ではなかったが、普通に楽しかった。けれど、中学になって俺も翠も飽きてやめたんだ。それに、俺等なんかより────

「「俺等なんかより……?」」

 翠と被った声に、思わず顔を見合わせる。さすが俺の片割れだ。同じことを考えていたのだろう。

「どうしたの、蒼ちゃん翠ちゃん。何かわかったの?」

「いや……まだわからない。父さんにも、聞いてみよう」

「そうねぇ……3人とも何かを忘れてるって思ってことは何もないことはなさそうだものね。夜に聞いてみましょうか」


 父さんには夜に聞くことを決め、俺と翠はそれまで家の中に何か手がかりがないか探すことにした。

「なぁ、このグランドピアノ、俺等使ってた?」

「いや、俺等はあっちの電子を使ってただろう」

 一階の一番奥の部屋には、大きなグランドピアノと、電子ピアノ、それから埃の被ったヴァイオリンケースがあった。グランドピアノにも埃が被っているが、1番ひどいのは電子ピアノだな……

「なんでグランドピアノあるんだっけ」

「母さんが父さんにねだったんじゃないの」

「それなら母さんはもっとこまめに掃除するだろ」

 母さんは父さんにもらったものは大事にする。俺等からしたらなにそれ、と思うようなものでも大事に大事に宝物のようにとっておく。こまめに手入れして、長く長く保つようにする。だからもしこれが母さんが父さんにねだったものならば、こんな風に埃をかぶるようなことはないはずだ。

「それに見てみろ、この楽譜の山。俺等の弾いた覚えのない曲ばかりだ。俺らはこんな難しい曲は弾けなかったからな」

「……でも俺、この印ついてるの全部聴いたことある気がする」

「奇遇だな、俺もだ」

 鉛筆でいろんなところに印を入れている曲はどれも聴いたことがある。CDでクラシックを聴くような性分でもないのにな。だとすれば……

「「……俺等はやっぱりを忘れている」」

 またも被った声に、思わずニヤリと2人して笑った。

 これで確定だ。俺等が忘れているのは誰か……人間だ。この楽譜の山の曲を、俺等に弾いて聴かせた誰かがいるはずだ。

「他に何か手がかりがないか探そう」

「ああ」

 俺等は再び家を探し回ったが、特にめぼしいものはなかった。あったのは、なにも入っていない本棚とタンス、そしてシーツのかかっていないベッドだけが置かれた部屋。この部屋も何かある気がするけれど、私物のようなものがない以上手がかりとしては役に立たなさそうだった。


 夜になり、仕事から帰って来た父さんも交えて4人で夕食をとり、その後に母さんが入れたコーヒーを4人で飲みつつ家族会議を開いた。

「どうした、突然家族会議なんて」

「父さん、父さんは何か忘れている気はしないか」

 翠がそう切り出した瞬間、父さんは僅かに目を見開いた。

「お前達もか……この様子じゃ、母さんもか」

「ええ、そうなの……4人ともとなると、本当に何か大事なものなんでしょうね……」

「……実はな、俺は最近、夢を見るんだ。黒髪黒目の男の子の夢だ。なんだか母さんの若い頃に似ていてなぁ……どこか知らないゲームみたいな世界で楽しそうに暮らしているんだが、その男の子はどこか懐かしい気がする。この夢がなにか関係があるのかもしれんな……」

 母さん似の男の子……俺と翠はお世辞にも母さんに似ているとは言えない。父さんにそっくりだと母さんにも親戚連中にも言われるからな。俺等も父さんに似てると思ってるし。

「なぁ父さん、奥の部屋のグランドピアノはどうしたんだ? 俺等の時にはなかったはずだよな」

「グランドピアノ? ……そう言えば、買ったな……ローンを組んで……一体何のために……?」

 買った本人の父さんですら、何のために買ったのか思い出せないらしい。これは確実に俺等が忘れた誰かの為、ってことなんだろう。

「それにな、誰かが弾いていたんだろう楽譜が山のようにあった。俺等には弾けない曲ばかりだ。だけど、聴いたことのある曲ばかりだった」

「弾けないのに聴いたことのある楽譜……」

「本当なの? 蒼ちゃん、翠ちゃん」

「ああ。夕方母さんに聞いた後、家の中を調べてみたんだ。あったのはグランドピアノと楽譜に……誰も使っていない部屋だった」

「お客様のお部屋ではなくて?」

 母さんは1階に来客用の部屋を用意している。親戚が来た時や父さんの知り合いが泊まりに来た時に使う部屋だ。

「違う。2階にあったんだ。誰も使っていないようだったけど、なにも入っていないタンスと本棚、シーツのかかっていないベッドだけあった」

「……何のための部屋だ……?」

「俺等が忘れてる誰かの部屋なんじゃないかって思ってる」

「俺たちが忘れている……?」

「だってそうだろう。何のためかわからないのにあるグランドピアノ。山のような楽譜。使っていない部屋! 誰かがいたとしか思えない!! 俺等は、誰かを忘れてるんだよ……」

 グランドピアノなんて普通の家にないだろう。あったとしてせいぜいアップライトピアノが関の山のはず。グランドピアノがあるなら、本気でピアノを弾く人間がいるはずだ。弾く人間がいないのになんのためにバカみたいに高いピアノを買うっていうんだ。家具だって使わないのにあったって無駄だ。

「そうねぇ……あなたはどう思う? ゆきちゃ……あら? 今、私なんて言ったかしら?」

「母さん、今誰に話しかけて……」

 母さんが見た方を見ると、1つ席が空いていた。

 ゆきちゃ……? 母さんの傾向からすると、それはになるはずだ。

「ゆきちゃん……ゆきちゃん……? ゆき、ゆき……」

 口に出すとズキズキと頭が痛み出した。けれど、何かが掴めそうだ。何かが……!

「蒼? 大丈夫か?」







「────幸仁、俺の、弟……」
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