あの人と。

Haru.

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本編

89 side.ダグラス

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 ユキがまたストレスによって熱を出した。今回は微熱だけだが、なかなか下がらない。本人は元気そうだがやはり心配だ。

 無理をさせるといきなり熱が上がるかもしれないと、リディアと話し合い陛下にユキの勉強や魔法の訓練をしばらく休ませるように願い出た。
 陛下もまたユキを大事にしているため、快く許可をもらえた。むしろ休ませる以外にどうするのだとおっしゃっていた。酷く心配していたから近いうちにユキの見舞いに来られるだろう。
 ヴォイド様もまた快く承諾して下さったのでユキの勉強はしばらく休みだ。リディアと俺による魔法の訓練もな。

 ユキはすることがなにもなくなり不満そうだが少し我慢してもらうしかないだろう。体調が戻るまでの我慢だ。

 ユキは放っておけば無理をしようとするからな。自分の体調の変化にもなかなか気付かないから俺たち周りがストップをかけないとダメなんだ。







 ユキが微熱を出した理由というもの、ユキは前に俺が休みだった日に酷く泣いた。元の世界を思ってのことだった。

 今までもピアノを弾くことは多かったが、この前のようにはなったことはなかった。それなのに、この前はいくつか曲を弾いていくにつれ顔が悲しげに歪んでいき、ついには演奏の手も止まり堪え切れないといった様子で泣き出した。

 ユキには泣いて欲しくはないが、故郷を思って泣くことは悪いことじゃない。涙を無理に堪えれば次第に泣きたくとも泣けなくなる。

 だから、今だけは思う存分泣かせようと、ただ寄り添うことを決めた。


 ……だが、それと同時にドス黒い感情が渦巻いた。

 ユキを元の世界に帰したくない。たとえ産みの親にもユキを渡したくない。

 縛り付けてでも、ユキを俺のそばにとどめたい。

 たとえユキが元の世界に戻りたいと言っても、俺はユキを手放すことなどできないだろう。


 ……なんて醜い感情だろうか。だからこそ、俺はユキが夢の中で神に会ったと聞いた時はヒヤリとした。ユキをこの世界に連れてきた神ならば元の世界に戻すことだってできるのではないかと考えたからだ。

 だがユキはどうやら元の世界には戻れないらしい。神にそう言われたと、ユキは語った。そう言われた時、ホッとしたのだと語った。俺と離れたくないと、言った。

 あまつさえ、俺の醜い感情をそれだけユキを想っている証だと肯定までしてくれて……本当に、俺の恋人は天使か何かではないだろうか。いや、神子だったな。神もこんなに心の優しいユキだからこそ神子にと選んだのだろう。


 神はユキが元の世界に戻る方法はないと言ったそうだが、本当はその方法はあるのかもしれない。ありはするが、ユキを元の世界に戻すわけにはいかない、ということなのかもしれない。
 だがもしそうだとしても神にはユキを元の世界に戻す意思がないということだ。それだけで十分だ。

 ユキが元の世界に戻る可能性がないのならば、俺はユキと一生を共にできる。俺にユキ以外を愛するつもりも愛せる気もさらさらない。永遠にユキを愛し抜き、同じようにユキに愛されるよう努力しよう。



 ユキが戻れないと聞く前にはついユキを繋ぎとめておく枷が1つでも多く欲しいと結婚を申し込んでしまったが、受け入れてくれたから良しとしよう。我ながら格好のつかないプロポーズだとは思うが済んでしまったことは仕方ない。

 ユキが元の世界に戻らない保証があるならば枷などいらないのかもしれないが、もともと結婚は考えていたんだ。この機会に正式にユキにブレスレットを贈ろう。

 結婚を申し込む際のブレスレットは基本夫となる者が妻となる者を想いながら選んだものを贈る。だから俺も一度1人で街に降りて選びにいかなくては……

 せっかくユキと過ごせたはずの休みを使うのはもったいないが、ユキに贈る物を買うためと思えば悪くない。

 ブレスレットを贈った時、ユキはどんな反応をするだろうか。まさかあの時の話は冗談だったのではないかと、拒否されたりは……いや、ユキのことだからそれは……ない、よな?

 若干不安になりつつも次の休みに城外へ出れるようにと申請を団長に上げれば、なにかを察したようにニヤリと笑われたが無視をした。ああいう時の団長を相手にしたら碌なことにならないからな。






 さて、今日は夜番もない。まだ微熱が下がりきらない恋人の様子を見に行き、なんならそのまま泊めてもらおう。もう業務時間外だ。恋人として過ごしたって問題ないだろう。


 軽い服に着替え、念のためといつものように愛剣は魔法収納に入れユキの部屋へ向かえば、風呂上がりのユキが眩しい笑顔で迎えてくれた。

 ああ、やはり俺の恋人はたまらなく可愛い。

 湧き上がりそうになった情欲をまだユキは万全ではないと抑え、ユキの隣に座ればユキの方から泊まるように言ってくれた。
 太ももに手を当てながら見上げられては断る理由などない。元から泊めてもらおうと想っていたのだからなおさらだ。襲わないのか? バカか。ユキの身体が第一だ。万全じゃないユキを襲うなど誰がするか。



 ……まぁ、キスくらいなら許されるだろう。リディアも俺が来てすぐに出て行った。人前だと深いキスは嫌がるユキも今なら何も言わないだろう。

 ゆっくりと唇へ吸い付き、舌を絡ませるとそれに応えてくれるユキ。最初の頃は未経験だとわかる拙さでそれも可愛くてたまらなかったが、今では随分と上達しユキも上手く舌を絡めてくれるようになった。そうなるまで俺がしたのかと思うとたまらない心地になる。

 何度キスを重ねても、ユキの唇は甘美で何度でもしたくなる。飽きなどこない。

 それに……そうだ、この顔だ。深いキスをした後ユキはたまらなく蕩けた顔になる。俺はこの顔を見るのが好きなんだ。俺しか見れない顔だからな。

 いつもならばこの顔に煽られてまた深いキスをしてしまうのだが、今のユキに無理をさせるわけにはいかない。なんとか抑え、すでに力の抜けたユキをベッドへと運ぶ。いや、今夜はしないぞ? 寝るだけだ。


 俺もユキの横へ滑り込めば恥ずかしそうにしながらも擦り寄ってくるものだから愛しくてたまらない。優しく抱き込めば安心したように力を抜いてそのまま眠るのだぞ? まさに至福の時だ。

 ふわりと香るユキの甘い匂いを感じつつ、目を閉じれば穏やかな眠りが俺を誘う。やはりユキといるとよく眠れる。
 ユキと共に寝ることが増えてからは独り寝がたまらなく寂しく感じるようになった。ユキと出会うまではずっと1人だったのにな……人はどんどん貪欲になるものだ。









 そして休みの日の朝、一人で街に下りることを告げれば少し寂しそうにしながらも文句も言わずに見送ってくれたユキ。おそらく俺の目的がわかっているからこそなにも言われなかったのだろう。

 ……待て、俺がブレスレットを買いに行くことをわかっていて止めなかったということは……あの日に結婚を受け入れてくれたのは冗談などではなかったのか……よかった……

 愛しいユキのために最高品質のものを用意するため、上級貴族御用達の店へとタウンハウスから出させた馬車を走らせるのだった。
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