あの人と。

Haru.

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本編

79 side.ダグラス

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 漸く、漸くだ。漸くユキを外に出してやれた。いや、披露目の時には一度外に出たがあの時は自由に見て回る時間などなかったからな。ただ移動の馬車の中から街を少しみることしか許されず、実際に街に降りて歩きまわらせてやれたのは今日が初めてだった。

 ……初めてデートに誘われた時は外に出してやれないことが悔しかったからな。漸く外に連れて行ってやれて俺がどれだけ嬉しかったかユキは知らないだろう。

 ユキは外に出れなくても大丈夫だと言っていたが、やはり出たい気持ちはあったのだろう。今日のユキは魔力こそきっちり制御して漏れ出てはいなかったものの、全身で楽しいと語っていた。


 俺の家族に会わせると、最初は神子としての扱いに戸惑いを見せたものの、父上達がユキとして接し始めるといつものユキに戻り、打ち解けたようだった。

 父上達はきっとユキを気に入るだろうと思っていたが、予想以上にユキを気に入ったようだった。俺を含め俺の家族は貴族らしくなく、覇権争いだとかに全くの興味を示さないからただ単純にユキが気に入ったようだ。
 まぁそもそも父上達がユキの立場を利用しようとするような人間だったのなら、最初から会わせることはなかったからそこは心配していなかったのだがな。

 父上達が性格が変わるほどユキを気に入ってくれたのは素直に嬉しい。見る影もなかったが、あの人達はあれでも貴族の間では冷徹と言われ恐れられる人間だ。リゼンブルの怒りを買えば終わりだとも言われている。

 少しの無駄も許さず、不要と判断したものは躊躇なく切り捨てる。それでいて領地を回す手腕はかなりのもので、家の領地は公爵領よりも豊かだ。だからこそ恐れられているのだが。

 そんな父上達もユキの前では形無しだった。あんなに雰囲気の柔らかな父上は久しぶりに見た。息子の俺ですら試すような目で見てくるのが普通だと言うのに今日は全くそんなそぶりもなかった。まぁ、ユキだからな。そうなるのも当然か。

 だがあれだな。流石に兄上のお兄ちゃん発言には鳥肌が立った。ユキも少し引いていた。当たり前だ。
 30を超えた大人が真面目くさった顔でお兄ちゃん呼びを要求してみろ。しかもそれが自分と同じ顔だとすれば鳥肌ものだろう。



 その後、父上の放った言葉の中の見合いという単語に反応したユキはかなり蒼褪め、見ているこっちが辛かった。ユキをそんな様子にした父上を斬りつけようかと思ったくらいだ。

 俺は見合いだとかそういうのが面倒で、どうせ騎士になるからと全て断っていたのだがそうしていた俺に感謝しなければな。受けていなくともユキはあの様子だったのだから1つでも受けていたら……考えたくはないが泣かせていたかもしれない。いや、蒼褪めさせてしまったのだから同じか……くそ、父上が見合いなど口にしなければ……

 俺にはユキだけだと伝えればなんとか顔色は戻ったがそれでもどこか元気がなく、本気で父上を呪いかけた。だが父上が俺の小さい頃の話をユキに聞かせたことでなんとかユキの調子は戻ったから今回は許すことにした。


 ユキにとって多重婚や見合いといったことは身近なことではなかったのだろう。馬車の中でも多重婚という言葉に反応しかなり不安そうな様子を見せた。この先もその辺の言葉には気を付けなければ……

 いや、そんな言葉を聞いても不安など感じないくらいに愛を伝えればいいか。ユキが嫌になる程愛を注いでいっぱいにしてやろう。





 街中では見るもの全てに興味を示し、これは何かあれは何かと聞いてくるユキは本当に可愛かった。フードとヴェールでユキの表情が見えなかったのが残念だった。

 今日はなんだって俺が買い与えるつもりだった。ユキが興味を示したものは全て買うつもりだったのだが、ユキはかなり遠慮し、買わせてくれなかった。リディアもユキが自由に使えるようにと、陛下方に申請して神子用の予算から少し出して貰っていたのだが、それすらあまり使わないようにしていた。
 自分のものは買わず、自分用にと買ったものといえば楽譜くらいだった。

 俺はあまりにもユキが物を欲しいと言わないものだから、必死にユキが欲しそうなものを探した。何か形に残る物を与えたかったのだ。

 ヴェールのお陰で視線の動きが見えないながらも、ユキがより興味を示すものはないかと気を配り、漸くガラス細工の店でユキは一本のガラスペンを欲したようだった。

 濃い黄色を基調とし、黒い石がはまったそれをじっと見つめていたから買ってやろうとした途端、ユキは値段を見てぱっとガラスペンから離れ、他のものを見ようと言った。
 ユキが見ていたガラスペンは4万ギル。確かにペンにしては少し高いかもしれないが、俺にとってはどうということもない。むしろ安いくらいだ。

 漸くユキが欲しそうな様子を見せたものだ。買う以外に手はないだろう? ユキが他の物を見ているうちにこっそりと店員に話をつけ、包装もしっかりとされたそれを魔法収納の中へ入れておいた。夜にでもユキに渡そうと思ったんだ。




 ……結局渡せなかったのは仕方ないだろう。

 目の前でグッタリと眠るユキを眺めながら思う。


 ユキが最後の店で欲した指輪がまさかそんな意味を持ったものだとは思わなかったんだ。

 実は装飾品の店に行きたいとユキが言った時、俺はブレスレットを強請られると期待したものだから指輪と言われて、少し悲しかったんだ。ユキは俺とのブレスレットは欲してくれないのかとな。しかもユキはそれを自分で払うつもりだった訳だしな……

 だがそれは杞憂だった訳だ。

 ユキにとっての左手の薬指の指輪がまさかこの世界でのブレスレットと同じ意味とは思わなかった。そしてまさかユキがそれを俺と着けることを望んだのは独占欲からだなんて誰が想像できる?

 あんなことを言われてしまえば可愛くて仕方がなくてつい止まらなくなってしまったのも仕方がないだろう? ユキが可愛すぎるのが悪い。


 ……流石にグッタリと身動き1つ取らずに深く眠るユキを見ていると申し訳なさは感じる。だがそれよりもユキからの独占欲への嬉しさの方が強いんだ。

 明日はユキはおそらく、いや確実に動けないだろう。ならば明日のヴォイド様の授業は休みになる、か……しまったな、早く俺の買ったガラスペンを使って欲しいのだが今日は木曜だから明日を逃せば来週になってしまう。
 ……仕方ない、明日の朝渡すだけ渡してユキの反応だけでも楽しもう。

 あのガラスペンを渡した時、おそらくユキは嬉しいよりも先に申し訳ないと思うのだろう。髪飾りと指輪を贈っただけで申し訳なさそうにしていたからな。
 そこらの貴族子息とは大違いだ。俺はユキ以外の者とそんな関係になったことはないが、騎士団の中ではそんな話をよく聞く。高い宝石を強請られただの服を強請られただの、な。それに比べて俺のユキは強請らなさすぎるからもっと強請られたいくらいだ。

 申し訳なさそうに顔を歪ませたユキは、それでも俺が笑った顔が見たいと言えば嬉しそうに笑うんだ。


 おそらくユキは抱き潰したことにだって怒らない。俺との行為も嫌がる様子は見せないしそれどころかむしろ……快感に従順なユキはたまらなく可愛い。そんなことを言えば顔を真っ赤にして暫く触れさせてくれなくなりそうだから言わないが。


 きっと明日のユキも色んな表情を見せてくれるだろう。

 ああ、早く起きているユキの可愛い反応が見たい。



 変わらず眠り続けるユキに、もう寝てしまおうと額に軽く口づけを落とし、ふと目に入った左手の薬指で輝く光にも1つ口づけを落としてから小さな身体を抱き込んで目を閉じた。
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