あの人と。

Haru.

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本編

68 辟易

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「さてそろそろ開会を宣言するとしようか。ユキとダグラスに飲み物を」

 あ、開会の宣言なんてあるんだ。そしてこのタイミングなんだね。僕こういう初めてだからどんなタイミングが正解なのかわからないや。

「ユキ様、ダグラス、こちらを」

「ありがと」

 渡されたのは果実水。爽やかな口当たりで飲みやすいもので僕も夜ご飯の時とかによく飲む。

「ユキ、今のはリディアが渡したものだから構わんが、他の者から勧められた食事や飲み物は口にするなよ。何か混ぜられてる可能性もあるからな」

「僕状態異常無効だよ?」

「それとこれとは別だ。ユキの身体に毒が入ると思うだけではらわたが煮え繰り返りそうだ」

「ふふ、わかった。じゃあリディアが持ってきてくれた物しか口にしないことにする」

「ああ、そうしてくれ」

 僕も好き好んで毒を口にしたいわけじゃないからダグの言うことはちゃんと聞きます!

「酒もまだ飲んだことがないだろうから、また今度にしよう」

「わかった」

 そっか、僕この世界じゃ成人してるんだもんね、お酒も飲めるのか……なんか違和感あるなぁ。

「うむ、私もダグラスの言葉には賛成だ。

さあ! 皆にグラスは行き渡ったかな? 今日という良き日に集えたこと、真に嬉しく思う。皆も今宵は楽しんでいって欲しい。思い思いの時間を過ごしてくれ」

 ロイが会場に向けて言った言葉で舞踏会は始まったようだ。再びザワザワと会場は騒がしくなった。

「さぁユキ、私たちはもう行くとしよう。無理だけはするでないぞ」

「うん、ありがと」

 ロイ達が離れていった途端に結構な人がこっちに向かってきた。確かこういうのって身分で順番決まるから他国の王族か公爵か……ってとこかな……

 あ、1人見覚えのある人がいる。

 と思ったら1番にその人がこっちへ来た。

「お初にお目にかかります、神子様。私はドラゴスニア王太子、ローレンツ・アレイスト・ドラゴスニアと申します。以後お見知り置きを」

「初めまして。ローレンツさんとお呼びしてもよろしいでしょうか? どうぞ僕のことはユキ、と。ローレンツさんはレイと仲が良いと聞いています。是非に僕とも仲良くしてください。敬語も敬称も必要ありませんから」

 あの事件は無かったことになっているから僕とローレンツさんが既に顔を合わせているというのはおかしい。お披露目がまだだからって謁見も拒否してたらしいし。

 だから僕たちは今

「ではユキも敬語や敬称を外してくれ。レイナードと同じように接してほしい」

「わかった。またレイも交えて食事でも」

「ああ、是非に。後が支えているようだから私は失礼するとしよう」

 その後も色んな人が僕の元へきた。下心満載すぎてちょっと、いやかなり辟易した。わかってはいたけど疲れるね。ダグが横にいなかったらとっくに逃げ出してたよ。

 そして15人目くらいかな? 問題が起きた。相手はこの国の侯爵。30代後半くらいの人。

「お近づきの印にこちらを。我が領土自慢のワインです」

「申し訳ありませんが、贈り物は受け取らないとご招待の際にも申しているはずです」

「まぁまぁ良いではありませんか。おおそうだ、そちらの獣にでも差し上げたらどうです? なかなかこのようなものも口には出来ませんでしょうしなぁ」

 ……あからさまにラギアスのこと貶してるよね。

「獣? なんのことでしょう。僕の目には知性をもった人しか目に入りませんよ」

 ラギアスだって人だもん。獣じゃないよ。

「おやおや、神子様もお人が悪い。獣人の差別を反対しておきながらご自身は獣人なんかは目に入らない、と。くっははは! まぁ、気持ちは分かりますよ。私も卑しい獣など目にしたくはありませぬからなぁ!」

「騎士を。この方をすぐに城から追い出して」

 そう言えばリディアが近くの騎士に目配せをして呼んだ。何人かの騎士が向かってくるのを見て目の前の侯爵は焦ったように尚も続ける。

「何故です? 私は何も間違っておらぬでしょう? 先に獣を貶めたのは神子様ではございませんか」 

「僕がいつ彼を獣だと言いましたか。彼は僕の大切な騎士です。貴方よりよほど心も美しく、誇り高いです。僕には非のない彼を貶める貴方こそ人には見えません。さぁ、お引き取りを」

「なっ、離せ! 私は侯爵だぞ?!」

 追い出そうと腕を掴んだ騎士にそう叫ぶ侯爵。だけど身分でいったら、ねぇ?

「そうですか、僕は神子です。神子が騎士に命じます。この方を城から追い出してください」

「「神子様の御心のままに」」

 ちょっと悪ノリしながら命令したのがバレたのかおどけたように返してきた騎士さん達。よく見たら僕の護衛にも結構きてる騎士さんだね。僕の性格をよくわかっているようだ。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら騎士に引っ張られていく侯爵をダグと見送る。

「うーん、あんな人もいるんだねぇ」

「残念なことに、な……実際この会場にも口には出さないがさっきの侯爵のように獣人を嫌う人間は多くいるだろう。何かいい方法はないものか……」

 獣人の差別をなくす方法、だね。うーん、意識改革ってかなり難しいからなぁ……そうそう簡単には人の心はかわらないんだよね。

「んー、差別思考を持った人たちを悔しがらせる方法、なら1つあるんだけど……」

「なんだ?」

「僕がラギアスとダンスを踊る。でも他の人は断る」

「なるほど、たしかに自分が下に見ている獣人がユキと踊れているのに自分は断られたとなれば悔しいだろうな」

「でも逆上させちゃう可能性だってあるよね。ほら、まだ奴隷制度が残ってる国からもきてるでしょ。国に帰ってから自国の獣人に手を出さないかが心配」

 この国だって裏ではまだ奴隷にされてる獣人もいそうだし……

「ふむ、その問題があるか……下手に動かん方が良さそうだな。ま、さっきの侯爵のおかげでどうやらユキが本当に差別を嫌っていることが会場に知れたようだし今はそれだけにしておこう」

 会場を見回して見たらかすかにだけどやばいって顔をした人が多数。ふむ、ちょっといい傾向、かな?

「……そうだね。ラギアスごめんね、出来ることが何もなくて……」

「いえ、お気持ちだけで十分です」

 そう言ったラギアスは少し嬉しそうに見えて。早く獣人が肩身の狭い思いをしなくていい世界にしたいと思った。ラギアス達が堂々と笑える、そんな世の中になってほしい。


 もう一度会場に目をやると途切れていたのにまた挨拶にとこっちに向かって来る人達が見えて辟易した。
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