あの人と。

Haru.

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本編

27 関係

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 そうしてダグが走ること数分、やっとロイの部屋の前に着いた。扉の両脇に1人ずつ騎士の人が立っている。
 ダグとダグに抱えられた僕を見て、警戒を顕にする騎士2人に、ダグが口を開いた。

「神子様が陛下にお会いしたいと」

 それを聞いた騎士2人は顔を見合わせ、片方が扉をノックし、中に入って行った。

 入って行った騎士はすぐに出てきて、僕たちに中に入るように言った。


 ダグに抱き上げられたまま中に入ると、ロイはいつも見る姿とは違い、ゆったりとした服でソファに座って寛いでいた。

「ユキ、よく来たな。さぁ、こっちに座りなさい」

 ロイはダグに抱き上げられた状態の僕に一瞬驚いた様子だったが、すぐにロイの向かいにあるソファを勧めてきた。
 ダグはそのまま僕をソファまで連れて行き、そこへゆっくり下ろすと、部屋を出て行こうとした。
 僕はそんなダグの腕を、咄嗟に掴んだ。

「……ここに、いてほしい」

 僕の言葉にダグはロイを見た。

「構わん、ユキが望んでいるんだ。そこにいるといい」

 ロイがダグが留まることを許してくれ、ダグはそのまま僕の後ろに立った。
 
「さて、ユキ、どうした? そんなに暗い顔をして……」

 心配そうなロイの顔に、僕は思わず泣いてしまった。

 僕が暗い顔をしてるだけで心配してくれるのに、僕は今からロイ達を家族として見れない、って伝えるんだ。
 なんて僕は、ズルいんだろう。

「ユ、ユキ、本当にどうしたのだ」

 ポロポロとただただ涙を流す僕に、心配したロイが向かいのソファから僕のいる方へ移り、横に座った。
 そのまま僕を落ち着かせようと背を優しく撫でてくれる。そんな優しさも、もう受け取るわけにはいかない。

 僕はやんわりとロイの手から逃れ、必死に涙を止めると、口を開いた。

「ロイ、ごめんなさい……僕、ロイ達のこと、家族として見れない。だから僕は、ロイ達に優しくされる資格ない」

「ユキ、突然どうしたのだ? ユキは私達を好きになったと、茶会では言ってくれたではないか」

「うん、僕、ロイ達のことは大好きだよ。
……でもね、やっぱり、元の世界にいる家族が大切なんだ。ロイ達は僕を、もう家族だって言ってくれるけど、僕がそれを受け入れたら、元の世界の家族との関係が壊れてしまう気がして、怖くなったんだ……
僕、家族を失いたくない。家族を忘れたくない。だから、ロイ達とは家族になれない……」

「ユキ……」

「僕ね、ここに来た日の夜に、この世界で生きていく覚悟を決めたんだ……
でもね、決めたはずなのに、僕は元の世界の家族を思い出して、ロイ達と家族になることを受け入れられなくなってしまった……ごめんなさい……ロイ、ごめんなさい」

 ロイの顔が見れなくなって俯くと、ロイに抱き寄せられ、強く強く抱き締められた。

「ロイ……?」

「ユキはそれで悩んでいたのだな……

ユキ、なぜ私達がユキのことを家族だと言うのかわかるか?」

「……僕を好きになってくれた、から?」

「ああ、それは勿論そうだがな、ユキ、私達はな、ユキに甘えて欲しいのだ。
損得勘定抜きでユキを甘やかし、支えてやりたい。
そんな関係に名前をつけるとしたら、家族だと思うたから、ユキを家族だと、言っておったのだよ。

だが、それが余計にユキを苦しませる要因なってしまったのは本当に申し訳なかった。

ユキ、私達はな、なにも家族という言葉にこだわっているわけではないよ。
この世界に突然連れてこられ、元の世界に帰ることも叶わなくなったユキが、この世界において頼れる存在になりたいだけなのだよ。
だからな、ユキ。私達を家族とは思わずとも良いのだ」

「っでも、それは家族の代わりにしてるってことで……結局は変わらないじゃないか……! 僕は、僕は家族との縁が切れることが怖い……」

「ユキの家族は、1人この世界に来てしまったユキが頼れる存在を作ることを、良しとしないか? ユキを支える人間が現れることを良しとしないか? ユキを甘やかす存在が出来ることを良しとしないか?
ユキの家族とてユキのことが大切だろうよ。
ユキのことを大切に思う家族ならば、ユキが1人でいることこそ、良しとしないのではないか?」

 続けて放たれたロイの言葉に、思わずロイの顔を見上げた。

「ユキの家族にとって、ユキが1人で苦しむことこそ許しがたいことだろうよ。だからな、きっとユキの為ならばユキが家族のように頼れる存在を作ることをも許してくれるだろう」


 たしかに、そうかもしれない。

 父さんも、母さんも、兄さん達も、身体があまり強くない僕をいつも心配し、甘やかしてくれていた。

 僕が1人悩んでいると、父さんは貴重な休みを削ってドライブに連れて行ってくれた。母さんはさりげなく僕の好物を食卓に並べてくれた。兄さん達は黙ってそばに寄って来て、頭を撫でてくれた。抱きしめてくれた。

 僕が笑えばホッとしたように、みんなも笑ってくれた。


 そんな家族との関係を心配するなんて、僕はなんてバカだったんだろう。
 たとえ僕がロイ達を好きだと思って、家族のように感じても、父さん達のことが大好きなことは変わらないじゃないか。父さん達が家族だということはなにも変わらないじゃないか。

 僕は、なんでこんなことで悩んでいたんだろう……


「僕は……ロイ達も家族のように思ってもいいの?」

「ああ、それがユキの負担になるのならば思わずとも良いが、ユキが私達をそう思っても本当の家族との縁は切れないさ。何も、変わりやしない。
人と人の間につながる目に見えない糸は、まるで樹木の枝のように自分を中心に広がっているのだ。私達との関係ができたことによって、新たな糸がユキから伸ばされただけで、元から存在する糸を消せる者はおらぬよ。たとえ本人が忘れてしまったとしても、糸の存在は変わりはしない」

「忘れたら、なかったことになるんじゃないの……?」

「変わらぬよ。関係の糸とは、自分の思いに関係なく築かれるものだからな。たとえ記憶からなくなってしまっても、そこに糸があるという事実は変わらないさ。
まぁ、それでもユキは忘れるなどの心配はせずとも良いだろう? ユキは家族のことを忘れるなどありはしないだろうしな」

「うん……忘れたくない。
でも……顔とか、声とか、いつか忘れてしまうかも」

 ずっと記憶にあるって保証はどこにもないから……

「顔や声を忘れたところでユキの家族がおったという事実は変わらぬだろう? ユキの存在がそれを保証している。
大切な存在であった、その事実だけ覚えておれば良いさ」

「そっか……」

 ロイの言葉が一つ一つ心に染み込んで、胸のあたりがじんわりと暖かくなった。また涙が溢れてきて、思わずロイに抱きつき、肩口に顔を埋めた。
 ロイのゆっくりと背を撫でてくれる手が暖かくて、僕は次から次へと涙が出てきた。

「ロイ……僕と、家族、に……なってっ、くれる……?」

 泣いているからか言葉が上手く出ない。

 僕が忘れても、本当の家族との絆が切れないなら、ロイ達と家族になりたい。もうすでに、僕にとってロイ達は大切な人達だから。

「ああ、勿論だ。ありがとうユキ、私はその言葉が聞けて、とても嬉しいよ」

「僕、もっ……あり、がとうっ……」






 父さん、母さん、兄さん達、僕はこの世界で大切な人が出来たよ。父さん達みたいに僕に甘くて、僕のことをすごく心配してくれる、とてもいい人達なんだ。
 父さんと母さんは、笑って良かったね、って言ってくれるかな。兄さん達は少し拗ねるかな? ゆきを甘やかすのは俺達だけの特権だ、って口癖だったよね。

 父さん、母さん、兄さん達、僕を育ててくれてありがとう。僕を支えてくれてありがとう。


ずっと、ずっと大好きだよ。








 僕は暖かなぬくもりに身を委ね、ゆっくりと意識を手放していった。
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