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3.波乱

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 ーー時は少し遡り、ノルンが寂れた教会で震えながら夜露を凌いでいた頃。

 勇者一行は無事王国に帰還し、王城にて豪華絢爛な祝賀会を開催していた。

(フッ・・・・・・選ばれし伝説の勇者にして王太子、文武両道才色兼備のアンバー様を前にして、令嬢たちも緊張しているようだな。皆俺に見惚れて声も出せないらしい)

 ニチャニチャと薄気味悪い笑みを浮かべながら、会場の女性参加者を舐めるようにじろじろ見るアンバー。

 実際は、アンバーに目をつけられたくない令嬢たちが怯えて黙り込んでいるだけなのだが・・・・・・。

「おい、リリアナ。酒を持って来い。シリカは俺の隣で扇をあおいでろ!」

 パーティメンバーの少女二人をこき使いながら、アンバーは愉快そうな笑みを浮かべていた。

 憎きノルンにベタ惚れだった二人が、今やアンバーの奴隷のように従順に従っているのが爽快で堪らないのだ。

(フン、女のくせに、ちょっと戦えるからって、俺を立てずにノルンばっかチヤホヤするからこうなるんだ)

 アンバーは元々どうしようもない腐った性根の持ち主だったが、魔王討伐の旅を経てその性格の悪さに拍車がかかってしまった。

 自分以外は全員女のパーティを作るつもりだったのが、親父に言われて男の聖職者ノルンを入れることになり。

 そしたら、そのノルンが女性メンバー二人の心を奪ってしまったのだ。

 アンバーの性格は更に歪んだ。ーーそんな激しく身勝手な憎悪を抱いたアンバーは、リリアナとシリカを徹底的にいじめ抜くと決めた。

(ひとまず今晩は、ベッドの上でお仕置きだ。リリアナとシリカの二人で交わらせて鑑賞するのもいいなぁ・・・・・・)

 アンバーが、鼻の下を伸ばしながらそんな下衆な妄想を膨らませていたーーその時だった。

「ーー殿下ッ‼︎ 国王陛下がお呼びです‼︎ 今すぐにと‼︎」

 会場に飛び込んできた家臣が、顔を真っ青にしてアンバーの元に駆け寄ってきた。

「・・・・・・チッ、なんだよ、今忙しいんだけどな」

 あからさまにため息をつき、苛立ちを態度で示すアンバー。

 いつもならそれだけで家臣達は顔を青くして頭を下げ、そそくさと逃げていくのだが・・・・・・しかし、今は様子が違った。

 切羽詰まったように慌てた家臣は、むしろアンバーに一歩詰め寄ってくると、懇願するように続けたのだ。

「陛下は大変お怒りですッ・・・・・・‼︎ とにかく今すぐ‼︎」

 その慌て様に、アンバーは既視感を覚えた。そう、それはまるで、幼き頃・・・・・・父がまだ現役で政治を取り仕切っていた時代。

 泣く子も黙る程の恐ろしい気迫と威厳で周囲を圧倒していた父に、家臣達はいつもビクビクしていた。

(親父・・・・・・病気してからは威厳のかけらもないヨボヨボのジジイになって、城の奥に引きこもってたのに)

 アンバーは怪訝な顔をしながらも大きく溜息をつくと、嫌々といった態度で広間から出て行った。



ーーーーー



 ーー国王の寝室に入ると、開口一番に王はアンバーに怒鳴り散らしてきた。

「このッ・・・・・・馬鹿息子が‼︎ ノルン殿を追放するとは正気かッ‼︎」

 病に臥せってからは蚊の鳴く様なしわがれた声でボソボソ喋っていた父親の、まるで血を吐かんばかりの激しい怒声。

 アンバーは思わずビクッと肩を震わせ、目を白黒させる。

「お、親父。何をそんなキレてるんだ? ノルン? あのガキがどうしたってんだよ」

「あのガキだと・・・・・・⁉︎ 馬鹿者、口には気をつけろ‼︎」

 二度も立て続けに“馬鹿”と言われて、プライドの高いアンバーはムッと顔を顰めた。

「親父こそ何を言っているんだ‼︎ あんな大した役にもたたない、ただ杖持って祈ってるだけのお荷物なんかに恩賞をくれてやるなんてそれこそ馬鹿馬鹿しい‼︎」

 アンバーが怒鳴り返したその科白に、国王は絶句する。青白かった病人の肌は怒りで真っ赤になり、額には筋を浮かべて。

「ーー廃嫡だ」

 次の瞬間、国王は部屋の外の家臣達にも聞こえるほど声を張り上げて、とんでもない宣言を言い放った。

「アンバー・・・・・・お前の王位継承権を剥奪する‼︎」

 ーーその夜、王城は混沌の渦に巻き込まれた。アンバーが廃嫡となり、第二王子が急遽王太子に担ぎ上げられ、城内の派閥は大混乱。

「親父ッ‼︎ 何故、何故ッ⁉︎」

 暴れるアンバーが国王直属の騎士達に取り押さえられながら喚き散らすのに、国王は声を震わせながら答えた。

「お前は我が国にとんでもない損失を与えたのだ・・・・・・お前は、ノルン=クレリクスがこの国にとってどれ程重要な存在か、ちっとも理解できなかったらしいな」

 王は静かに続ける。ノルンをパーティメンバーに入れたのは、旅を通してアンバーにノルンとの信頼関係を築いて欲しかったからだと。

 歴代最弱勇者のアンバーは、ノルンがいなければ魔王を倒すことなんて到底不可能だったのだと。

 ノルンは、国防の最大の要であり、他国に奪われた暁にはこの国が窮地に陥るのだとーー。

「あいつが、国防の要・・・・・・⁉︎ いや、その前に、俺が歴代最弱ってどういうことだよッ‼︎」

 信じ難い事実を突きつけられたアンバーは、激しく動転した。

 自分が最強だと信じて疑わずに生きてきた男にとって、それは何よりもショックな事実だった。

「・・・・・・この国には、100年に一度“聖者”が生まれる。聖者は膨大な聖なる力で国を守り、民を癒す国の宝なのだ」

 ノルンは聖者の中でも、歴代トップクラスの実力者だった。それをアンバーは、彼の実力を理解するどころか“役立たずのガキ”などと決めつけ、追放してしまった。

「女と酒ばかりにうつつを抜かしおって、お前は旅に出る前から何一つ成長していないようだな。これがお前の次期国王としての素質を見極める、最後のチャンスだったのだ」

「そんな、親父ッ・・・・・・‼︎ 待ってくれよ、考え直してくれ‼︎ そうだ、ノルンの野郎を連れ戻してくるから、それで満足だろ⁉︎」

 保身ばかりで反省の見えないアンバーを見限った国王は、騎士達に合図をしてアンバーを部屋から追い出した。

 バタン、と無慈悲な音を立てて閉まる扉の向こうから、アンバーの泣き喚く声が聞こえてくる。

「ーーノルン殿、馬鹿息子がすまない・・・・・・。すぐに迎えの兵を送る。どうか、他の国につこうなどと思わないでくれ」

 国王はいい歳した息子の情けない泣き声を聞きながら、両手を固く握りしめて祈った。
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