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第二話・一目惚れ

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 広い城の中を、とぼとぼとあてもなく歩く。

(頼れる人が、居ない……右も左も分からないのに、知らない顔ばかりでめっちゃ心細い)

 廊下ですれ違うメイド達、貴族達は皆、俺と目が合うと慌てて顔を背けて知らん顔をする。

 妃に目の敵にされている白雪王子との接触を極力避けたいのだろう。

(辛い……ただでさえ失恋で傷心中だってのに、こんな異世界に一人放り込まれて。あーー、泣きたくなってきた……)

転生を自覚してしばらくすると、この身体、白雪姫……ならぬ、白雪王子の記憶が少しずつ蘇ってきた。

 ここはヴォルテン王国という国の王城で、自分は王と愛人の間に生まれた息子“スノウ”――通称白雪王子だ。

 王の死後、唯一の王の子供であるスノウが王位に就くはずだったが、「愛人の子に王を継がせるなんてあり得ない」と妃が断固反対し、彼女自身が強引に国王代理の座について全ての実権を握ってしまったというのが現状らしい。

 妃は自分の美貌に過剰なほどの自信を抱いていて、だからこそ愛人の子である俺“白雪王子”が、男であるにもかかわらず妃より美しいと魔法の鏡に言わしめたのがひどく憎く、気に入らないのだ。

(……確かに、この転生後の俺の姿ってめっちゃ可愛いし美しいよな。嫉妬しちゃうのも無理はないわ)

 前世では、平凡でこれといった特徴も無い顔立ちだったこともあり、可憐な美少女の真弓と同じ土俵で戦おうなどと思えず夏樹への告白に踏み切れなかったが。

(今世の俺なら、好みの男に勇気を出してアピールできる気がする!!)

 心細さに弱気になっていた自身の頬をペチペチと叩き、気合いを入れる。

 ――前世から憧れて堪らなかった……筋骨隆々とした逞しい身体のイケメン、その恋人に俺はなる!!

 拳を握りしめ、俺が「よし!!」などと呟いていると、不意に背後から近づいてきた一人のメイドが、顔を青くしながら俺に話しかけてきた。

「あ、あの、スノウ殿下……お妃様が、お呼びでございます」


―――――


「――お前達、スノウを拘束しなさい!!」

 お妃様の部屋に入るやいなや、俺は襲いかかってきた複数人の騎士達に抑えつけられ、両手首を硬く縄で縛られてしまった。

(来たな、これが白雪姫の追放イベントか)

「スノウ、この憎たらしい小僧!! ざまあみなさい、お前はこれから狩人に殺され、北の森に捨てられるのよ!!」

「えっ、えぇっ!? そ、そんなーー!!」

 キンキン声で言い放つお妃様に、俺は大げさに驚き絶望してみせる。

(……全部知ってるよ。この後妃の雇った狩人は、白雪姫を哀れみ、殺さないまま森で解放するんだ)

 森をさまよった白雪姫はこびと達と出会い、共に暮らすこととなる。しかし、白雪姫の生存を知った妃が怒り狂い、彼女に毒林檎を食わせ仮死状態に陥らせるのだ。

(眠っている俺をキスで目覚めさせてくれる王子様……あぁ、どんな人なのか楽しみ!!)

 まだ見ぬ王子様を夢見てぽやぽやとする俺を、勝手に“絶望で放心状態に陥った”と解釈した妃は、いかにも悪役、といった甲高い笑い声を上げながら見下ろす。

「お前さえいなくなってしまえば……私が世界で一番美しい!!」

 ――さぁ、入っていらっしゃい“狩人”。この小僧を森に捨て、野犬の餌にしておしまい!!

 妃が部屋の外に向けそう声をかけた……その時だった。開かれた扉から入ってきた一人の男、彼に俺は釘付けになった。

 二十代後半といったところだろうか、服の上からでも分かる鍛えられた美しい筋肉に、凜々しく整った顔立ち。

 やや日焼けした肌やワイルドな短髪、切れ長の目元に宿る力強い眼力。

 前世で推していたボクシング選手によく似たその雄々しい理想の容姿に、筋肉フェチの俺は――すっかり、一目惚れしてしまった。

(え、あ、ヤバッ……好きかも、めっちゃ)

 ぽ~っと見惚れる俺の拘束された両手の縄を掴んで立たせると、彼は「……ついてこい」とだけ低く声をかけて歩き出す。

 その心地良い重低音の声が尾てい骨にきゅんきゅんと響き、俺は自分が一応にもこれから抹殺されて森に遺棄される予定の身であるということすら忘れ、ふわふわとした浮かれた足取りで彼の後を追うのだった。

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