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15『用意周到』

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仕事を終えて部署を出ると「天宮さん」と後ろから声がした。
振り向くと、なんと、佐々原主任だ。
驚いて聞こえないフリをし、正面を向いて歩き出すと、カツカツカツと追いかけてきて、目の前に立って両手を広げ通せんぼされた。
「なんでしょうか……」
「話があるの。いま、帰り?」
「ごめんなさい。千場店長とは、なんの関係もないので勘違いしないでくださいっ」
頭を下げると「あはは」と笑われる。
「誰も、一樹の名前を出してないじゃない。え!泣いてるの?」
会社内で泣いたりしたことないのに、千場店長が奪われると思うと胸が痛くなって涙が勝手に出てきたのだ。
佐々原主任は、慌てて私の手を引いて端に寄せると、頭を撫でてあやしてきた。
「ちょっと、あなた勘違いしないでよ。私は婚約中なのよ?」
「えっ、千場店長と!」
まさかの婚約発言に倒れそうになる。
「そうじゃない。別の人よ。たしかに、過去に一度付き合ったことはあるけど。過去には戻れないでしょう?過去には嫉妬されても困るわ」
恐る恐る佐々原主任の顔を見ると、優しい顔をしている。
薬指についた指輪を見せられた。
「一樹とは親友よ。一樹はあなたのことが大好きなの。あなたも一樹を好きなら答えてあげて。あいつ、しつこいでしょう?」
「いえ、大好きです」
すぐに言ってしまい恥ずかしくなる。
「ふふ。いいと思う。お似合いよ。これからは、あなたも含めて食事に行かないとね。ふたりでランチしたりしてごめんなさいね。じゃあ、戻るわね」
佐々原主任は、満足そうにして去って行く。
私の勘違いだった……の?
いままで千場店長を避けたり、私と不釣り合いだと言ったり酷い対応をしていた。
ちゃんと謝らないと……。謝りたい。
『駅前の喫茶店で待ってるので終わったら教えてください。彩歩』
メールを入れて、返信を待つことにした。
待っても返事は届かない。
22時になった。
長い間コーヒーを飲んで粘るけど気まずくなって、外に出て行く。
気がつくともう10月だ。
夜は秋風が冷たい。でも、千場店長に会いたいから待ってよう。
それから30分、外で立って待っていた。
スマホが鳴る。
『彩歩ごめん。いま終わった。まだいるか?急いで向かうから』
突然呼び出ししたのに申し訳ない。
千場店長は、あっという間に到着して私を抱きしめてくれた。
千場店長の温もりを感じるだけで幸せだ。
「彩歩、冷たい。外で待ってたのか?」
「ちょっとだけ」
「ダメだろ。風邪ひくぞ」
すごく心配そうな眼差しだ。
そんな視線をいままで疑っていたけれど、信じようと思った。
きっと、本当に千場店長は私を大事に思ってくれているのだろう。
「とりあえず、話する前に温かいところへ行こう。……俺の家とか」
「でも、着替えとかないですし……」
「着替えならある。いつ、彩歩が来てもいいように、数着買っておいた」
さすがは千場店長だ。用意周到である。
「では、お邪魔します」
素直に家に行くことにした。
千場店長は私の手を繋いで、歩き出した。

家に着くと、千場店長はコーヒーを出してくれて、ソファーに隣合わせで座った。
さて、気持ちを伝えようと思ったら千場店長が話を始めた。
「彩歩が不安がるから、素直に言うよ。佐々原藍子とは高校時代の同級生で、まず俺が惚れたんだ。でも、藍子には年上のボーイフレンドがいてさ。諦められなくて何度もアピールしたんだ」
「そうだったんですね」
「でも、振り向いてくれなくてさ。そのうち、俺に彼女ができたんだ。そしたら、今度は藍子が俺を好きになって。そんなことの繰り返しで高校時代が終了。俺は就職して藍子は大学に行って……。その時、初めて付き合ったけど1ヶ月で別れた。それからは親友として付き合っている。幼馴染みたいなもんだな」
千場店長は、ケロッと話す。
佐々原主任からも聞いたけど、不安な気持ちはちゃんと伝えなきゃ。
千場店長は私を抱き寄せてくれた。温かい。
「まだ、不安?」
「……付き合っていたふたりが親友になるなんて、理解できません」
ギュッとスカートを掴むと、千場店長は嬉しそうにした。
「そうか。彩歩はヤキモチを焼いているんだな。俺のことが好きすぎて?」
プラス思考の千場店長に、マイナス思考の自分がかっこ悪い気がする。千場店長のこの思考は真似をしたい。
「そんなに、拗ねないで。俺だって郷田とイチャイチャされると、腹が立つんだよ。お互い様だろ」
「はい……。あの、会う時は教えてくださいね。ふたりが友人なのは理解しますが、千場店長は私の彼氏だってことを忘れないでください」
「もちろんだよ。彩歩」
私のアゴを持って上を向かせると、唇を合わせてきた。久しぶりのキスに溺れちゃいそうになる。
唇が離れたタイミングで言葉を発した。
「佐々原主任からも言われました。友達だって。それに、婚約中だって」
千場店長はじっと見つめて再びキスをしてくる。
「あの……ん、ちょっと、お話を」
キスで口を塞がれて想いを伝えることができない。
だけど、千場店長は必死でキスをしてくる。
やっと、キスが止まったか。
千場店長はいつもの勝ち気な瞳ではない。
「俺らは不釣り合いだ……とか、もう、悲しいことを言わないって約束してくれ」
私は深く頷いた。
「千場店長、大好きです。いままでごめんなさい」
「いいよ。これからは、俺を信じろよ。なにがあっても」
「はい」
「彩歩、大好き」
痛いくらい思い切り抱きしめられた。
「さて、風呂入るぞ」
急に話題が変わって、びっくりする。
「千場店長、お腹空いていませんか?」
「んー。それよりも、彩歩がいい」
「……もう」
私の頬は熱くなった。
ふたりでバスルームに行き服を脱ごうとすると、千場店長に手を捕まれてキスをされた。そのまま、ボタンを外されていく。
やっと、服を脱ぎ終えてシャワーを浴びようとするが、また行動を止められた。
「俺が洗う」
断ったけれど、しつこさには勝てず……。
結局は、頭の先から足のつま先まで丁寧に洗ってくれた。
「綺麗になったな、彩歩」
まるでペットを洗い終えた飼い主みたい。
「犬じゃないんですけど。じゃあ、私も洗ってあげましょうか?」
「じゃあ、たっぷり綺麗にしてもらおうかな」
ニヤリと笑ってそそり勃つものを強調するように見せられた。
恥ずかしくて私は顔が赤くなっているだろう。
「ほら」
「わ、わかりましたってば!」
泡を立てて丁寧に洗うと、千場店長は満足そうな顔をしてくれた。
いつの間にか立場が逆転していて、結局は千場店長が私を触りだしそのままお風呂場で何度も愛された。

少し落ち着いた頃、ベッドの上で話をする。
深夜なのにいつまでも、眠りたくない……。
千場店長といっぱい話していたい。
「同棲するか。会える時間が増えたらもっと不安が消えるかもしれなし」
私を抱きしめながら、ナイスアイデアだと言って嬉しそうにしている。
でも、結婚するまで同棲はしちゃいけないんじゃないかな。
古風な考え方かもしれないけど。
そんな考えを察したのか「嫌なら週に2、3回でもいい。おいで」と言ってくれる。
「それなら、来ます」
「彩歩がベストセラー作家になったら、週刊誌に通い愛とか書かれちゃうね」
私の頭を撫でてくれる。
そして、前髪を手で直してくれる。すごく心地よくて幸せ。
「社長から聞いたんだ。彩歩を採用した理由を」
「採用の理由?」
千場店長は優しく囁くように採用の理由を教えてくれた。社長のお姉さんがお婆ちゃんの友人だったなんて知らなかった。
「きっと、天国にいるお婆さんが、俺と彩歩を出会わせるためにパワーを送ってくれたのかもしれない」
「そうかもしれないですね」
そのまま私たちは抱き合ったまま、眠りについた。
「彩歩。もう、俺らが付き合ってるのを隠す必要はないだろ?」
「……はい」
「社長にも言うから。彩歩の結婚相手を探せって頼まれたんだけどさ」
――結婚。
その言葉に反応する自分が嫌になってしまう。
あまり求めちゃいけないし、負担をかけたくない。
「彩歩の結婚相手は俺に決まってんのにな」
くすくす笑っている。
これって、将来を約束してくれたと受け取っていいのかな。




千場店長は、堂々と交際宣言をするようになり、会社にいたら知らない人からも声をかけられるようになった。
優しく声をかけてくれる人もいるけれど、嫉妬の眼差しを受けることもある。アイドル並に人気の彼だから、覚悟はしていたけど、女性の嫉妬は怖い。
でも、大好きな千場店長を信じて付き合っていこうと思っている。
私は、少し強くなった気がした。

今日は千場店長の誕生日祝いをするためにホテルのレストランを予約した。一足先に仕事を終えた私は社員通路口で待っていた。
すると千場店長が、颯爽と歩いてくる。
オーラがあってとても素敵な私の彼氏だ。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
「さ、行こうか」
「はい」
ほほ笑み合って歩き出すとスマホが鳴った。
画面を見ると知らない番号だ。
「誰?」
「……さあ?」
「浮気してないだろうな」
「まさか」
疑われるのも嫌だったから出てみる。
「はい」
『天宮彩歩さんのお電話で間違いないでしょうか?』
「……はい」
千場店長は、思い切り耳を近づけて話を聞いてくる。
聞き覚えのない男性の声に、ムッとしている雰囲気が伝わってきた。
『わたくし、春風新人賞小説募集係の担当田村と申します』
「はあ……」
『先日ご応募いただきました作品が、佳作を受賞されました。おめでとうございます』
「えっ?」
『佳作を受賞されました』
「は?」
『ですから、佳作を』
「う、そ」
驚いてスマホを落としてしまう。
立っていられなくなってしゃがみ込む。
「彩歩、しっかりしろ!」
千場店長のスマホを渡されて話の続きを聞く。
『大丈夫ですか?』
「は、はい」
『出版もぜひと思っております。来年、1月16日には授賞式もございますので、ぜひ、出席していただければと思います。取り急ぎ本人の意思をご確認させていただこうと思いましてお電話いたしました。賞を受けていただけますか?』
「もちろんです!よろしくお願いします」
夢か現実かわからない。
電話を終えて、私は千場店長に立たせられる。
「彩歩……すげぇぞ。やったな!!」
「千場店長!!」
嬉しすぎて言葉にならず、千場店長に抱きついてしまった。
ここが会社の社員通路口だということをついつい忘れて……。

「乾杯」
千場店長のグラスとグラスをぶつける。近くのホテルで千場店長の誕生日のお祝いをしていたのだけど。
「よかったな、彩歩」
話題は授賞したことにそれてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あの、今日は千場店長の誕生日のために来たので……その話はまた」
「いいよ。俺は、自分の年齢がひとつ増えた時に、彩歩が近くにいてくれて『おめでとう』って言ってくれるのが、一番のバースデープレゼントだし」
「そんな……」
「あと、夜に彩歩をもらえたら充分」
からかわれて、顔が熱くなってしまう。
慣れなきゃいけないのに……。
「千場店長、気に入ってもらえるかわかりませんが」
黒の包装紙でラッピングされたプレゼントを差し出すと、ものすごい笑顔になって両手で受け取ってくれた。
「見てもいい?」
「はいっ」
プレゼントは名刺入れ。
大きさは小さいけど、ちょっと奮発して購入した。
「彩歩、こんな高いもの。ありがとうな。……でも、家賃払えなくなったら困るから、俺と同棲しよう。な?」
「ちゃんと貯金して買ったので大丈夫ですよ」
思わず苦笑いしてしまう。
千場店長はどうしても、同棲をしたいらしい。
一緒に暮らしたら、結婚したくなるだろうな。
まだはやすぎるかもしれないけど、やっぱり憧れてしまう。
「ごめん。そんな困った顔しないで。でも、今日は泊まれよ」
「もちろんですよ」
食事を終えて千場店長の家にお邪魔した。
使い慣れたキッチンに、洗濯機。
何度も訪れているのに、いつも新鮮で幸せな気分になれる。
グラスにお茶を注いで出してくれた。
「彩歩のお祝いも、しなきゃな」
千場店長が言ってくれる。
そして、手を伸ばして千場店長は、私を引っ張り隣に座らされる。
「いいですよ。これからがきっと大変だと思うので」
「じゃあさ、彩歩は会社を辞めて作家になるのか?」
「作家だけではそんな簡単に食べていけないですからね。当分の間は働かせてもらいたいと思っています」
「彩歩と一緒に働けない日が来るのか。寂しいな。彩歩は俺のものだって縛りつけておけるものがあればいいのに」
「恐ろしいことを言いますね」
千場店長は私の首筋に唇をつけてくる。ゾクッとしてしまい動こうとすると、ギュッと掴まれた。
「逃げるなって……」
可愛い顔でお願いされちゃうと断れない……。
誕生日だし、言うことを聞いてあげよう。寝不足決定だろうけど。


ハッピーエンド。
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