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13『カミングアウト』
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誕生日の朝、千場店長からメールが届いた。
久しぶりのメールにテンションが上がっている私は、慌ててチェックをする。
『誕生日おめでとう。彩歩にとって素敵な一年になりますように。一樹』
千場店長って、こういう小さなことに気を使えるんだよね。
そう言うところが、好きです、とっても。
スマホを抱きしめてから、気持ちを飲み込んで出勤をした。
*
そして、温泉旅行がいよいよ明日に迫った金曜日。
いつも通り仕事に励んでいた。
郷田さんとふたりきりになり、静かな店舗にオルゴールの音楽が流れている。
午後の2時で、まったりした時間が流れていた。
「あの」
沈黙を破って話しかけてきた郷田さん。
「はい」
「仕事と関係ない話をしてもいいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
郷田さんのほうに首を向けると、眼鏡を中指でクイッと上げた。
「千場店長は天宮さんのことが、好きですよ」
「はい?」
予想外のことを言われて目が点になってしまう。
「じれったいと言うか。気持ちに答えてあげたらどうですか?」
「え……?」
「正直、天宮さんみたいな女性は僕の理想のタイプでした。……あ、いきなりの告白みたいになってしまいすみません。しかし、磁石で言えば同じ極なのですよ。僕と正反対の千場店長なら、あなたとぴったりだ。僕と天宮さんは友人関係だとうまく行くのだろうと思います」
熱く、しかし、淡々とした口調で言う郷田さん。
「千場店長は、僕と天宮さんがいい関係だと勘違いされているようなんです。天宮さんだって千場店長のこと好きなんでしょう?」
「いや、あの」
「応援してますよ」
郷田さんは私を見てニコッと笑う。
が、すぐ真顔に戻った。
眼鏡男子の笑顔は胸キュンだけど、私が好きなのはやっぱり千場店長だ。
郷田さんに背中を押された気がする。
当たって砕けろで想いを伝えよう。
佐々原主任なんかに負けたくないっ。
「いいな。僕、恋に不器用なんで、ちゃんと恋愛してみたいな」
「あの、頑張ってください」
「ありがとう」
いつか、郷田さんをモデルに小説を書いてみたいな。不器用な彼が恋愛に振り回されて、幸せになって行くストーリー。
私も千場店長にはいっぱい振り回された。
ちゃんと両想いになって幸せになりたい。
私みたいな人間も、幸せになってもいいよね。
仕事を終えて三浦さんと一緒に退社する。
明日はいよいよ温泉旅行だと思うと、楽しみになってきた。
「実はさ、昨日から付き合うことになったんだ」
「えっ」
会社ビルの自動ドアを出たあたりでいきなりのカミングアウトだ。
外の湿った空気に一瞬圧倒されたが、意識を戻す。
三浦さんは嬉しそうに、頬を染めている。
「おめでとうございます」
「ありがとう。実は彼も合コンで会ってから気にしてくれてたみたいなの。お互いに運命感じちゃって」
「いいですね。素敵です」
「でさ、お願い」
急に立ち止まって手を合わせてくる三浦さんに、私はぎょっとする。
「彼と同じ部屋に泊まりたいなぁーなんて」
男性、女性で二部屋予約を取っていたのだ。
カップルになったんだから、同じ部屋で一緒にいたいのは、当たり前だよね。
「いいですよ。私、シングル取ります」
「いや、あそこの旅館ってシングルないみたいだよ」
ということは、私は千場店長と同じ部屋で泊まるってこと!?
まぁ、何度か一緒に眠った間柄ではあるけれど、さすがにそれはまずいのではないだろうか。
「じゃあ私は……」
「ダメよ。彩歩ちゃんだって、千場店長のこと好きなんでしょう?ここは勝負を決める時だと思うよ。佐々原主任と千場店長はべつに付き合っているワケじゃないみたいだし……あ、ごめんなさい。彼に彩歩ちゃんの気持ちを言っちゃった」
「えぇ!?」
「いいじゃない。幸せになろうよ」
自分は、極端に自信のない人間であるから、一筋縄ではいかないのだ。
佐々原主任とカップルじゃないと言うのは知ることができてよかったけど……。
「それに、誕生日のお祝いもさせてほしいし」
「でも、千場店長は嫌がるんじゃ……」
「千場店長は彩歩ちゃんラブでしょ。仕事とプライベートは分ける人だから、同じ部署で上司と部下でも恋愛OKだと思うよ。それに、彩歩ちゃんと結婚しちゃえば違う部署で働けるし。けっこう、夫婦で働いている人いるよ」
そんな風に言いくるめられて、私はOKをしてしまった。
家に帰ってから小説を書きつつ、時計を見ると1時過ぎていた。
指を休めるためにパソコンから離れて紅茶を淹れる。
「明日は旅行だから、はやく寝なきゃ……」
そろそろ想いを伝えなきゃって考える。
佐々原主任が恋人ではないと知ったけど、じゃあなんであんなに仲がいいのだろう。
男女の親友関係とか、理解できないタイプの私だけど、千場店長はそういうの大丈夫そうだしなぁ。
付き合ったとしても、うまくいくかな。
*
朝になり駅前で待ち合わせをした。
千場店長の車で向かうことになっている。
今日は想いを伝えようと、緊張しながら朝の準備を済ませてきた。ワンピースのスカートが優しく揺れるほどの風が吹いているが、天気は最高にいい。
一台のシルバーの車が止まった。
運転席から降りてきたのは、千場店長だ。
青いポロシャツと七分丈のジーンズとラフな恰好なのに、イケメンすぎる。
「彩歩、おはよう」
「おはようございます」
恥ずかしくて下を向いてしまうと、頭に声が降ってくる。
「ワンピース似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
「あいつら、カップルになったんだってな。今日は俺と彩歩は同じ部屋に泊まるけど、理性を失わないようにするから」
からかうように言われて、頬が熱くなる。
千場店長のバカっ。と言うか、襲われそうになっても自分もブレーキをかけなきゃね。
そういうことは、想いを伝えてからじゃないと。
「遅いな」
「……」
「彩歩?」
「は、はい」
緊張する。
もう、ダメかもしれないっ。
会話もまともにできないのに大丈夫なのだろうか。
「ヒラヒラって袖が揺れるたびに、彩歩の綺麗な肩が見えるんだけど……。たまんねぇ」
「はあ?」
頬を膨らませて千場店長を見上げる。
「やっと、目を合わせてくれた」
無邪気な笑顔を見せてくる。
ドキドキするような発言は控えてほしい。
しばらくすると、三浦さんと大和田さんは仲良く手を繋いで登場した。
「遅くなりましたー」
三浦さんの幸せオーラを感じてこっちまで照れる。
後ろの席にふたり並んで座って、私は助手席に座る。
ハンドルを握る千場店長と言ったら、これはまた胸キュンポイントが刺激されまくり。
心臓はピーピー言って悲鳴をあげている。
後ろのふたりは次から次へと話しかけてくれて、会話が途切れることのない楽しいドライブだ。
「ごめん、彩歩。俺のポケットに飴入ってるんだ。食べさせてくれる?」
「はい」
素直に答えて千場店長の胸ポケットに手を入れるだけで、一気に体温が上がってくる。
一粒取ると「あーん」って言われるのだ。
困っている私を千場店長だけじゃなく、後ろのふたりも楽しそうに見ている。親指と人差し指で摘んでゆっくり手を伸ばすと、千場店長は私の指までパクっと食べた。
「キャ」
慌てて手を引っ込めると、千場店長はくすくすと笑っている。
甘いピーチの香りが漂ってきて私はうつむいてしまった。
信号で止まると千場店長は頭をナデナデしてくる。
仮にも、三浦さんの前なのに!
「千場店長って彩歩ちゃんのこと、可愛くて仕方がないんですね」
「うん。新入社員の時から育ててるからね~」
そういう意味で……か。
やっと旅館に到着した。
ドライブだけでも心臓がおかしくなりそうだったのに、同じ部屋に泊まるなんて耐えられるだろうか。
旅館なんてあんまり来たことがないから、キョロキョロしてしまう。
温泉の匂いがふわっと香ってくる気がした。
落ち着いた雰囲気で館内には小さな噴水がある。古さを残しつつ、現代的なオブジェがあってモダンだ。
千場店長と同じ部屋に荷物を置きに行く。
部屋に入ると畳のお部屋で広くはないけど、落ち着いた雰囲気だ。だけど、この部屋でふたりきりだなんて落ち着けない!
窓を開けると、椅子二脚とテーブルが置いてあった。
景色は森の中と言う感じで、青々した緑がダイナミックに見える。
下を覗きこむと、川も流れていた。
「んー。空気が美味しい」
千場店長はグッと手を伸ばして、空気を吸っている。
荷物を持ったままの私は固まっていた。
「とりあえず、荷物置いたら?」
慌てて端っこにバッグを置いた。
落ち着かず突っ立っていると、千場店長は座布団に座ってテーブルに用意されていた和菓子を見ている。
視線を和菓子から私に向けると、くすっと笑う。
「緊張するなって。疲れちゃうぞ」
「…………っ」
「座れば」
座布団に座った私にお茶を淹れてくれる。
「まあまあ、落ち着いて。今日は長いんだから」
「はい」
「6時から夕食だから、まずは温泉に入ってくるか?混浴もあるらしいけど、他の男に彩歩の身体を見せたくないからダメだぞ。客室に風呂がついていたらよかったんだけどな」
真顔でそんなことを言ってくるから、目を見開いてしまう。
「冗談だよ。でも、混浴には行くなよ」
命令口調は千場店長らしい。
コクリと頷いてしまう。元々、入るつもりはないけど。
食事まで時間があったから、ひとまず三浦さんと露天風呂に行く。
岩で作られた温泉で景色は自然が見える。
山に囲まれてマイナスイオンに包まれているようだ。
「うわー広い」
はしゃいでいる三浦さんの姿を見ると嬉しくなる。
温泉に入ると、身体に染みこんでくる気がした。
熱いけれどすぐに慣れていく温度だ。肌がしっとりする気がした。
「気持ちがいいですね」
「うんっ。晩ご飯も楽しみだね!」
「はいっ」
まさか会社の人と旅行するなんて入社当時は考えてなかった。
自分がだんだん変わっている気がして不思議だ。
人との付き合いが苦手だったのに、人に恵まれて私はすごく幸せだと思う。きっと、千場店長のおかげでもあるだろうなぁ。
温泉から上がって浴衣に着替えて、髪の毛をまとめた。
鏡を見るとほんのり顔が赤くなっている。
廊下に出ると三浦さんに夕食会場で待ち合わせするように言われ、時間があったので一度部屋に戻った。
「ただいま」
「お帰り」
近づいてくる千場店長は、浴衣姿だ。
うわ、鼻血出そうなくらいイケメンっ!
千場店長は上から下まで見てくる。
「……たまんない」
すっと手が伸びてきて頬に触れられた。
久しぶりの感触に全身が粟立つ。期待してしまう自分の身体が許せない。
流れでしてしまえばまた繰り返しになるのに、私は千場店長と触れ合いたいと切実に思うのだ。
でも、ちゃんと思いを伝えてからにしなければ……。
私は気持ちを押し殺して千場店長から離れる。
「もうすぐ夕食ですね。楽しみ」
「ああ、そうだな」
私たちの間にはなんとも言えない空気が流れた。
*
食事会場は個室で用意されていた。
海の幸がたっぷりなコースだ。
見たこともないような綺麗な料理に、テンションが上がってきてしまう。
「乾杯」
大和田さんが言うと、皆さんはビールを一気飲みした。
私も緊張を和らげるためにカシスオレンジを一気飲みする。ちょっとふわりとした。あまり飲み過ぎないようにしなきゃ。
「おいおい、彩歩。大丈夫か?」
「はい」
千場店長と目が合うだけで、心臓が暴れ出して困ってしまう。まだまだ夜は長いのだ。
「うわ~。美味しいっ」
三浦さんが言うと、優しい目で見つめている大和田さん。
ふたりは仲良くて羨ましい。
今夜、私は想いを伝えようと思っている。
だから緊張して、美味しいけど味が半減してしまう。
食事がひと通り終わると、ケーキが用意された。
「彩歩ちゃん、誕生日おめでとう」
「天宮さんおめでとう」
皆さんでハッピーバースデーを歌ってくれて、私は「25」の形をしたロウソクを吹き消した。パチパチと拍手をしてくれる。
「これ、私と彼から」
三浦さんはほほ笑んでプレゼントを渡してくれた。
「ありがとうございます。なんか、感激しちゃいます」
「開けてみて」
「はい」
ピンク色の可愛い包装紙を開けると、中からは会社でもプライベートでも使えそうなベビーピンクのトートバッグだった。
すごく可愛くて嬉しさが込み上げてくる。
「こんなに可愛いもの……私にはもったいないですっ」
「そんなことないよ。彩歩ちゃんに似合うと思うよ!」
三浦さんのセンスはいつも光っていて、尊敬できる部分でもある。私を思って選んでくれたことが感謝だった。
「俺からもあるんだけど。ちょっと持ちきれなかったから、部屋で渡す」
千場店長は照れた口調で言う。
「まさか『俺がプレゼントだ』なんて言わないよな?」
大和田さんがと言って笑うから私は顔が熱くなってきた。
千場店長からのプレゼント……楽しみ。
食事を終えてそれぞれ部屋に戻っていく。
「じゃあ、また明日ね」
元気よく挨拶をして手を振っていく三浦さんに、私も手を振った。
エレベーターの中には私と千場店長がふたりきり。
ドキッとして千場店長を見る。
すぐにエレベーターはお部屋のある階に到着し、ふたりで歩いていく。
ルームキーで鍵を解除し、中へ入って行った。
1段高くなったところに布団が敷かれている。それを見ると色んなことを想像してしまう自分が嫌になった。
座布団に正座していると千場店長が近づいてくる。
「彩歩……これは、俺からのプレゼント」
目の前に立って渡されたプレゼントは、両手では持ちきれないほどだ。
座ってテーブルに置く。
「ありがとうございます」
「気に入ってくれると嬉しいんだけど」
ひとつずつ包装紙を開いていくとまずは癒し系グッズが出てきた。肩こりを軽減するマッサージ機と手首を休めるためのクッション。
「小説書く時って長時間パソコンに向かうだろうから、疲れないために」
続いて分厚い本が出てきた。
「これは……?」
「これは、色んな表現法が書かれている辞典みたいな本なんだ。小説を書く時に使えるかなって」
そしてさらに、髪飾りやワンピースまで入っていた。
「こんなにたくさん、」
「彩歩が小説家になれるように応援してるからな。気に入ってくれた?」
だんだんと目に涙がたまってくる。
感情よりもなによりも、先に涙となって溢れだしてしまった。
「ど、どうした?」
あたふたしている千場店長は、私の隣に慌てて近づいてきて子供をあやすように抱きしめてくれる。
今日は抵抗しないでこのまま、ギュってしていてほしいと思った。
「あれ。抵抗しないのか……?」
不思議そうな声が頭に降ってくる。
私はコクリと頷いた。
「えぇ……。ウソだろ」
ドクドクドクと鼓動がはやくなっていくのが聞こえる。
千場店長、ドキドキしてくれてるんだ。このまま、キスしてしまいたいけど、中途半端な関係ではイケないと思い勇気を出さなきゃと考える。
あぁ、どうしよう。緊張する。
ガバっと顔を上げて千場店長から離れると、千場店長は寂しそうな顔をした。
「やっぱり、ありえないよな。彩歩は俺のこと嫌いだし」
「いいえ」
「いいえ?」
私は正座をして千場店長を見つめると、千場店長もなぜか正座をしてくれた。
「あのですね。その」
「……なに?」
「私を産んですぐに母親が亡くなりました。祖母は私を可愛がってくれましたが、いつもどこかで、孤独感に襲われていました。寂しさを紛らわせるために小説を書き始めたんです」
こんな身内の話をして千場店長は、嫌な気分じゃないだろうか。
不安になりつつも話を続ける。
「入社して、千場店長に出会いました。厳しく色々とご指導して下さり、社会人としてなんとかやってこれました。でも、千場店長は誰からも好かれるタイプの方でいつからか嫉妬していたんです」
「嫉妬?」
不思議そうな顔をしながら、頭を掻いている。
「はい。嫉妬し過ぎて……嫌いになってました。ひねくれ者なんです」
「は?」
「千場店長が急に近づいてくるようになって戸惑いました。きっと、暗い私をバカにしてるんだって。でも、いつも真っ直ぐ優しく接してくださって……。あぁ、強引なところもありましたけど。でも、人見知りの私が、こうして誕生日までお祝いしてもらって、すごく感謝しているんです。いつも仕事熱心で、優しくて、私の夢を応援してくださる素晴らしい上司に出会えて本当によかったと思いました。そして、いつからか……」
ゴクッとツバを飲む音が聞こえた。
好きという言葉は、負けを認めるようなものだと思ったけど。
もう、好きすぎてなんでも受け入れたい気分だった。
落とした視線を再び千場店長に戻し、力強く千場店長を見つめる。
「いつからか、私は千場店長を心から好きになってしまいました」
「え……っ。ま、まじか」
言ってしまった。
好きだと、本人に伝えてしまった。
恥ずかしさが込み上げてきて、涙が再びポロポロと落ちてくる。
千場店長といえば、笑顔が消えて真顔で私を見つめ続けているのだ。
この告白は失敗だったのだろうか?
失恋してもいい。
好きだと伝えたかったから。
「あの、ただ、好きなだけなので……その、忘れてくださいっ」
慌ててフォローする。
会社でこれからも会うのだ。気まずい雰囲気になるのだけは耐えられない。
「千場店長のことが好きな大勢の女性の中のひとりですから」
この雰囲気に飲み込まれてしまいそうで、怖くなった。
涙を拭きながら立ち上がった。
すると、慌てて立ち上がった千場店長は私の手首を掴んだ。
「どこ、行くんだ?」
「……頭、冷やしてきます」
「俺の話も聞いてほしいんだけど」
フラれてしまうのだろう。
答えはわかっているけれど、目をそらしてはイケない。
告白したものの責任だ。
頭ではわかっているのに、涙は溢れてしまう。
千場店長はくすっと笑って涙を親指で拭ってくれる。
「俺のこと……そんなに好きなのか?」
「好きです」
「ふーん。そう」
意地悪すぎる。
何度も『好き』って言わせるなんて。
「もういいんです。忘れてください」
「忘れるわけ、ないだろ。俺は、天宮彩歩に惚れてるんだぞ?」
いつもよりも低くてセクシーな声で言われ、全身に鳥肌が立った。
千場店長が私に惚れている?
ピタッと止まった涙。
私は千場店長を見上げた。
「夢でしょうか?」
「まさか。彩歩、酔っていて言ったことを忘れたとか、そんなオチなしだぞ」
「酔いなんて覚めちゃってます」
「そう。じゃあ、彩歩の本当の気持ちなんだな」
近づいてきて顔を思い切り寄せてくる。
あと数センチでキスできそうな距離感に、思わず目をギュッと閉じてしまう。
「やっぱり、拒否してるじゃん。ちゃんと目を開けて俺とのキスを見て」
そっと目を開けると、ものすごい笑顔で私を見ている。
こんなにも嬉しそうな表情、初めて見たかもしれない。
「キ、キスは目を閉じてするものじゃ」
「だって、目を閉じて違う人を想像されちゃ嫌だから」
うわ、ものすごい独占欲だ。
すごい束縛だと思いつつも、そんなところが好きだったりする。
私と、千場店長は変わった者同士でいいのかもしれない。
「あの、キスする前にちゃんとお礼をさせてください。本当にたくさんプレゼントをありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
「それと、お願いがあります」
「なに?」
「私を千場店長の彼女にしていただけませんかっ!」
上ずる声。
いままで経験した中で一番、心臓が激しく動いた。
そして、勇気を使ったかもしれない。
「お付き合いした経験とかもないですし、地味でつまらない女かもしれませんが、千場店長とずっと一緒にいたいのです」
ふぅとため息が聞こえた。
もしかして、付き合うのはNGだったりするの?
「幸せ過ぎて、呼吸ができない。今日、いま、この瞬間から彩歩は俺の彼女だ。絶対に幸せにするから」
両頬を捕まれてチュッとキスをされた。
いままで経験した一番幸せな、キス――。
しっかり目を開けたまま、千場店長を目に焼き付けてキスをした。
唇を割って舌が入ってくると、目を閉じてしまう。
久しぶりの口づけに体温はどんどん、上がっていく。
口内を丁寧に愛撫されてお互いの唾液が混ざり合う。
唇が離れると、千場店長は立ったまま私の首筋にキスを落としていく。くすぐったくて、気持ちよくて……。
私の腰にしっかりと手を絡ませてきて体を密着させる。
浴衣越しに千場店長の昂ぶりが感じられた。
「はぁんっ」
耳形を丁寧に舌でなぞられる。
濡れた耳は空気に触れるとすーっと冷たくなった。
「耳も感じるんだ?」
「はい……」
「素直だな」
敏感になってしまった私は潤んだ目で千場店長を見つめる。
全て、この人に身を任せたい。
もっと、もっとくっつきたいと思った。
壁に寄せられて背中を預けた。
浴衣の上から胸の膨らみを包まれる。
両手で揉みしだかれて浴衣は崩れていく。その間にキスを挟んでくる。
「あっ……んっ」
右肩が浴衣から見えてくると、千場店長は優しく肩を愛撫する。柔らかい唇で這われつつ、胸の突起を摘み上げられた。
「ふ……っん、あんっ」
触れられるたびにお腹の奥が疼きはじめる。
中心部が熱くなってとろりと溢れてきそう。
帯はつけられたまま胸を出された。
もうぷっくりと膨れ上がっている突起を千場店長は指で弾く。その度に身体はビクビク反応するのだ。
両方の胸の蕾は、同じ動きで弄られる。
乳輪を包むように5本の指で弄ばれた。
動きが止まったかと思えば、今度は千場店長の長い舌で転がされる。
「ひゃんっ……あああっ」
足をもぞもぞと動かし始める。
音を立てて舐められる。そして、千場店長の指は太腿を辿っていく。
付け根まで行くのに、中心部には触れてくれない。
下着をずらされる。
すると、とろっとした蜜が太腿を伝って行く。
それを指ですくい取った千場店長は、ニヤリとした。
「いつから、こんなエロい身体になったの?」
「千場店長のせいですっ」
「へぇー」
嬉しそうな顔をした千場店長は、私を回転させて壁に手をつかされた。
「もっと見せて」
「い、嫌です」
「彩歩の全てを知り尽くしたいんだって」
ショーツを脱がされて丸見えになってしまった秘部はすでにとろとろだ。
見られているだけなのにどんどん熱くなってくるのだから、参ってしまう。
すると、千場店長は蜜壺を舐める。
丁寧で優しすぎるから、腰が砕けそうになってしまう。
「あんっ、あんっ」
「美味しい」
「いや、ああんっ、あああっ」
千場店長の綺麗な指が蜜壺に入ってきた。奥まで入ってはゆっくり抜かれる。何度も繰り返されるたびに、ぬちゅぬちゅと水音が響く。
どんどん、速度を上げられて私は力が入ってしまった。
すると余計に感度が増していく。
立っていられなくなって、座り込んだ私を千場店長は寝かせた。
頭に座布団がついて、天井が見える。
千場店長は私の上に覆いかぶさって笑顔を向ける。
そして、眼鏡を外されてテーブルに置かれた。視界が悪くなって不安だけど、千場店長は安心するように優しく抱きしめてくれる。
「彩歩、俺のも……して」
「……はい」
千場店長を寝かせた。
そして、浴衣の帯を解いて千場店長を裸にする。相変わらずいい身体だ。だけど、こういうことに慣れていなくて、イケないことをしている気分になった。
私は頭を低くして口に含む。
千場店長の息が荒くなっていく。
好きな人との触れ合いってこんなに幸せなんだと実感した。
頭を撫でられると嬉しい。
もっと、もっと、気持ちよくしてあげたい。
「布団、行こうか?」
「……はい」
ふかふかのお布団に仰向けで横になると、千場店長は私の帯を解いた。
じっと見つめられると恥ずかしくなる。
頬に手を添えられて「愛してる」と真剣に言われた。
「私も……愛してます」
呟くとキスをしてくれた。
膝を割って千場店長がゆっくりと入ってくる。お互いに好き同士だと分かり合って初めてひとつになった。
様子を伺うように動く千場店長。
「あんっ。ああっ、ああんっ」
たくさん、たくさん、愛されて。
幸せだと思った。
大好きすぎるから、愛しの彼を独り占めしたいよ……。
誰にも、渡したくない。
私だけを見ていてほしい。
そう思うのは、ワガママなのかな。
千場店長の熱で溶けてしまいそう。
私からは蜂蜜のようにとろりとした愛液が溢れ出す。
「千場店長っ……イッちゃいますっ。もう、駄目、……はんっ。あああああんっ」
動きを緩めてくれない。
快楽の波が押し寄せてくる。
だんだんとわからなくなってきた。
ただ、ただ、涙が溢れ出す。
それはきっと、千場店長の愛が伝わっているからだろう。
頭が真っ白になる。
浴衣の帯を解かれれて、心まで裸にされた気分だった。
*
「ねぇ、千場店長」
「んー」
向かい合って横になりながら、話をしていた。
久しぶりに千場店長に抱かれたけど、優しくするように心がけてくれたみたいで愛が伝わってくる。
「本当に、私を彼女にしていいんですか?」
「当たり前」
「あの、確認ですけど……。恋人が数人いるとか、ないですよね?」
「はぁ?俺は一筋だよ。好きな子とするセックスじゃないと満足しないから、安心して。でも、束縛されるのは嬉しいかも」
「心もです。身体の関係だけが浮気じゃないですよ」
「ああ、わかってるよ」
私の髪の毛をそっと撫でると、唇にキスをしてくれる。
キスはだんだんと深くなっていく。
「もう、寝なきゃな。彩歩、疲れちゃうもんな」
「千場店長、お元気ですね」
今日はもう2回したのだ。さすがに身体が痛い。
「一樹って呼んで」
「そういうの慣れてないんです……」
「可愛いな……」
トロンとした口調で言われて優しく私に触れてくる。
優しい手の感触に、私も眠くなってきた。
「いまだったら混浴風呂人いないかな」
「どうでしょうね?」
「彩歩とお風呂に入りたいけど、他人に彩歩の綺麗な身体を見られたら嫌だしなぁ……」
千場店長は、だんだんと目を閉じていく。
気持ちよさそうな表情を見ているだけで癒される。もう、離れたくないよ。
そう思って千場店長の腕にギュッとしがみつく。
「私のこと、捨てないでください」
「なにを言ってんの。大丈夫。大好きだから。彩歩は俺の女」
いまなら、佐々原主任のことを聞ける気がした。どんな関係だったとしても、受け止められそうだから……素直になって聞いてみようと思う。
重たい女だと思うかな。
「あの……千場店長。佐々原主任との関係って、どんな関係なんですか?」
「いきなりなんだよ」
身体を起こして千場店長を見つめると、片目を開けてまた閉じた。
「好きだった人だよ」
「好きだった……人?」
心に何かが引っかかる。
過去に好きだった人と、ふたりきりで買い物するってどういうこと?
報われない恋で、仕方がなく私と付き合うことにしたの?
もっと色々聞きたかったけど、千場店長は眠そうにしている。
寝かせてあげないと、明日も運転で疲れちゃうだろうから。
「高校時代の同級生で、好きになったり、好きになられたり、長い間一緒にいたんだ。でも、過去だよ」
いまは、どうなんですか?お互いにまだ未練はないんですか?
聞きたいけど……スースーと寝息が聞こえてくる。
千場店長は眠ってしまい聞けなかった。
眠っているのを起こすのは可愛そうだ。
お布団から抜けだして、崩れてしまった浴衣を着直す。
過去にしていいの?
いまだに好きだからいつも一緒にいるんじゃないの?
振り返り千場店長の寝顔を見ていると、だんだんと不安になってきた。
頭を冷やさなきゃと思いベランダに出てぼうっとする。
葉が揺れる音が聞こえる中、私は絶望的な気分になっていた。
千場店長も大人なんだから過去に恋愛をしていたのは仕方がないことだけど。
好きになったり、好きになられたりって、もしかしたら佐々原主任はまだ千場店長を好きかもしれないじゃない?
あぁ、よくわからなくなってきた。
だんだんと太陽が昇ってきて薄暗くなってくる空を眺めていた。
結局、眠ることができないまま朝を向かえてしまった。
気持ちを変えるために、温泉に入ってこよう。
すやすや眠っている千場店長にそっとキスをする。
起こさないように、2度唇を重ねた。
朝の露天風呂は、貸切状態だった。
ひとりで朝陽を浴びつつ、ゆっくり温泉に浸かる。
千場店長はモテる人だと知っていて好きになり、そして、彼女にしてとまで頼んでしまった。
自分が一番で居続けるためには、どんな努力をすればいいのだろう。すぐに飽きられてしまうのではないかと、不安になる。
温泉から上がって部屋に戻ると、いきなり千場店長に抱きしめられた。
「彩歩!どこに行ってたんだよ!」
浴衣も髪の毛もぐちゃぐちゃなまま、怒りに満ちた顔で私を見ている。
「温泉に……」
「誘拐されたかと思ったぞ。あぁ、心配で心配でたまらなかった」
「だ、大丈夫ですよ」
「俺の彩歩」
抱きしめる力がより一層強くなる。
「彩歩を抱きしめていると、安心するよ」
「…………」
私を好きだと言ってくれる千場店長の言葉に、嘘はないと思う。
けど……どうしてこんなに不安なのだろうか。
「どうしたの?元気ないな」
「枕が変わると眠れなくて」
佐々原主任との関係が心配だとは言えずに、私は千場店長から離れて座布団に座ったが、追いかけてきて千場店長はぴったりくっついて離れない。
「大和田と三浦さんも熱い夜を過ごしたかな?」
「さあ」
キスをされた。
ニヤリといたずらっこみたいな顔をして私の脚を開いてくる。
「時間、ありませんよ……」
「んー……じゃあ、短時間で。膝立ちしてテーブルに身を預けて」
「ま、まさか……ええ?」
ついつい、流されて朝から千場店長と抱き合ってしまった。
*
「ヤバ。着信きてる!!」
スマホを見て千場店長は叫んだ。
焦って服を着る千場店長を横目で見つつ、動けないでいる私は布団に横たわっていた。朝から元気過ぎる。
「彩歩、急いで」
「動けませんっ」
「まじかよ。ごめんな……」
着替え終わった千場店長は私を起こして、着替えさせようとしてくれたけど、拒否をして自分で服を着た。
髪の毛をひとつに束ねると、千場店長は後ろから抱きしめてくる。
「一応確認しておくけど。俺たちってさ、恋人だよな?」
「…………」
恋人なのかもしれないけど、佐々原主任のことが気になる。
本当に千場店長は吹っ切れているのだろうか。
「え、なんでなにも言わないの?」
「まだ、秘密にしてください」
「なんで」
コンコンとドアのノックが鳴る。
千場店長は抱きしめる手の力を緩めて立ち上がった。
ドアを開けると、大和田さんと三浦さんが立っていた。
「何回電話すれば起きるんだよ。ったく。……もしかして、朝からハッスルだった?」
「それはお前らだろ。残念ながら俺と彩歩は別々の布団での睡眠だったよ」
とりあえず、秘密にしてくれたようで安心した。
ちゃんと心の準備をしてからにしたかったのだ。
朝食を終えて車で帰って行く。
三浦さんと大和田さんは、より一層仲が良くなっているようで、車の中でもずっと手を繋いでいた。
お互いを信じきって、愛し合っているみたいで羨ましい――。
自分のこの性格が嫌になる。
千場店長を信じて、ただ好きだと思えればそれでいいのに。
ふたりを送り届けて、車の中はふたりきりになってしまった。ラジオから流れている、まったりとした音楽が、気持ちを落ち着かせてくれる。
夕日に染まっている空を窓からぼうっと見ていた。
「疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
「ふたりきりなのに、全然、甘えてくれないなーと思ってさ」
悲しそうに言う千場店長の言葉に、切ない気持ちが押し寄せてきた。
佐々原主任は、甘え上手なのだろうか。ついつい比べてしまうのだ。
「晩ご飯一緒に食べない?」
「はい」
「どこか行く?それとも、うちに来る?どっちにしても、うちに泊まりなよ。会社近いし。着替え持ってこようか?」
恋人になった途端、一気に距離が近づいていく気がして恐怖心が湧いてきた。
仲が深まって、すぐに捨てられちゃうのではないだろうか?
そんなのイヤだ。
「やっぱり、今日は、疲れちゃったので家に戻ります」
「そっか。残念だな」
「ごめんなさい」
「じゃあ、俺も彩歩の部屋に行く」
「だめです」
「なんで?」
千場店長は、イライラが顔に浮かび上がっている。
「隠し事はなし。思ったことは口に出す。これは約束だ。いいな?」
私は千場店長と違って思ったことを言えない。
「今日はひとりにしてください。まだ、恋人とか……実感湧かなくて」
「……わかった」
空気を悪くしてしまった。帰りの車の中は最悪で会話もなかった。
久しぶりのメールにテンションが上がっている私は、慌ててチェックをする。
『誕生日おめでとう。彩歩にとって素敵な一年になりますように。一樹』
千場店長って、こういう小さなことに気を使えるんだよね。
そう言うところが、好きです、とっても。
スマホを抱きしめてから、気持ちを飲み込んで出勤をした。
*
そして、温泉旅行がいよいよ明日に迫った金曜日。
いつも通り仕事に励んでいた。
郷田さんとふたりきりになり、静かな店舗にオルゴールの音楽が流れている。
午後の2時で、まったりした時間が流れていた。
「あの」
沈黙を破って話しかけてきた郷田さん。
「はい」
「仕事と関係ない話をしてもいいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
郷田さんのほうに首を向けると、眼鏡を中指でクイッと上げた。
「千場店長は天宮さんのことが、好きですよ」
「はい?」
予想外のことを言われて目が点になってしまう。
「じれったいと言うか。気持ちに答えてあげたらどうですか?」
「え……?」
「正直、天宮さんみたいな女性は僕の理想のタイプでした。……あ、いきなりの告白みたいになってしまいすみません。しかし、磁石で言えば同じ極なのですよ。僕と正反対の千場店長なら、あなたとぴったりだ。僕と天宮さんは友人関係だとうまく行くのだろうと思います」
熱く、しかし、淡々とした口調で言う郷田さん。
「千場店長は、僕と天宮さんがいい関係だと勘違いされているようなんです。天宮さんだって千場店長のこと好きなんでしょう?」
「いや、あの」
「応援してますよ」
郷田さんは私を見てニコッと笑う。
が、すぐ真顔に戻った。
眼鏡男子の笑顔は胸キュンだけど、私が好きなのはやっぱり千場店長だ。
郷田さんに背中を押された気がする。
当たって砕けろで想いを伝えよう。
佐々原主任なんかに負けたくないっ。
「いいな。僕、恋に不器用なんで、ちゃんと恋愛してみたいな」
「あの、頑張ってください」
「ありがとう」
いつか、郷田さんをモデルに小説を書いてみたいな。不器用な彼が恋愛に振り回されて、幸せになって行くストーリー。
私も千場店長にはいっぱい振り回された。
ちゃんと両想いになって幸せになりたい。
私みたいな人間も、幸せになってもいいよね。
仕事を終えて三浦さんと一緒に退社する。
明日はいよいよ温泉旅行だと思うと、楽しみになってきた。
「実はさ、昨日から付き合うことになったんだ」
「えっ」
会社ビルの自動ドアを出たあたりでいきなりのカミングアウトだ。
外の湿った空気に一瞬圧倒されたが、意識を戻す。
三浦さんは嬉しそうに、頬を染めている。
「おめでとうございます」
「ありがとう。実は彼も合コンで会ってから気にしてくれてたみたいなの。お互いに運命感じちゃって」
「いいですね。素敵です」
「でさ、お願い」
急に立ち止まって手を合わせてくる三浦さんに、私はぎょっとする。
「彼と同じ部屋に泊まりたいなぁーなんて」
男性、女性で二部屋予約を取っていたのだ。
カップルになったんだから、同じ部屋で一緒にいたいのは、当たり前だよね。
「いいですよ。私、シングル取ります」
「いや、あそこの旅館ってシングルないみたいだよ」
ということは、私は千場店長と同じ部屋で泊まるってこと!?
まぁ、何度か一緒に眠った間柄ではあるけれど、さすがにそれはまずいのではないだろうか。
「じゃあ私は……」
「ダメよ。彩歩ちゃんだって、千場店長のこと好きなんでしょう?ここは勝負を決める時だと思うよ。佐々原主任と千場店長はべつに付き合っているワケじゃないみたいだし……あ、ごめんなさい。彼に彩歩ちゃんの気持ちを言っちゃった」
「えぇ!?」
「いいじゃない。幸せになろうよ」
自分は、極端に自信のない人間であるから、一筋縄ではいかないのだ。
佐々原主任とカップルじゃないと言うのは知ることができてよかったけど……。
「それに、誕生日のお祝いもさせてほしいし」
「でも、千場店長は嫌がるんじゃ……」
「千場店長は彩歩ちゃんラブでしょ。仕事とプライベートは分ける人だから、同じ部署で上司と部下でも恋愛OKだと思うよ。それに、彩歩ちゃんと結婚しちゃえば違う部署で働けるし。けっこう、夫婦で働いている人いるよ」
そんな風に言いくるめられて、私はOKをしてしまった。
家に帰ってから小説を書きつつ、時計を見ると1時過ぎていた。
指を休めるためにパソコンから離れて紅茶を淹れる。
「明日は旅行だから、はやく寝なきゃ……」
そろそろ想いを伝えなきゃって考える。
佐々原主任が恋人ではないと知ったけど、じゃあなんであんなに仲がいいのだろう。
男女の親友関係とか、理解できないタイプの私だけど、千場店長はそういうの大丈夫そうだしなぁ。
付き合ったとしても、うまくいくかな。
*
朝になり駅前で待ち合わせをした。
千場店長の車で向かうことになっている。
今日は想いを伝えようと、緊張しながら朝の準備を済ませてきた。ワンピースのスカートが優しく揺れるほどの風が吹いているが、天気は最高にいい。
一台のシルバーの車が止まった。
運転席から降りてきたのは、千場店長だ。
青いポロシャツと七分丈のジーンズとラフな恰好なのに、イケメンすぎる。
「彩歩、おはよう」
「おはようございます」
恥ずかしくて下を向いてしまうと、頭に声が降ってくる。
「ワンピース似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
「あいつら、カップルになったんだってな。今日は俺と彩歩は同じ部屋に泊まるけど、理性を失わないようにするから」
からかうように言われて、頬が熱くなる。
千場店長のバカっ。と言うか、襲われそうになっても自分もブレーキをかけなきゃね。
そういうことは、想いを伝えてからじゃないと。
「遅いな」
「……」
「彩歩?」
「は、はい」
緊張する。
もう、ダメかもしれないっ。
会話もまともにできないのに大丈夫なのだろうか。
「ヒラヒラって袖が揺れるたびに、彩歩の綺麗な肩が見えるんだけど……。たまんねぇ」
「はあ?」
頬を膨らませて千場店長を見上げる。
「やっと、目を合わせてくれた」
無邪気な笑顔を見せてくる。
ドキドキするような発言は控えてほしい。
しばらくすると、三浦さんと大和田さんは仲良く手を繋いで登場した。
「遅くなりましたー」
三浦さんの幸せオーラを感じてこっちまで照れる。
後ろの席にふたり並んで座って、私は助手席に座る。
ハンドルを握る千場店長と言ったら、これはまた胸キュンポイントが刺激されまくり。
心臓はピーピー言って悲鳴をあげている。
後ろのふたりは次から次へと話しかけてくれて、会話が途切れることのない楽しいドライブだ。
「ごめん、彩歩。俺のポケットに飴入ってるんだ。食べさせてくれる?」
「はい」
素直に答えて千場店長の胸ポケットに手を入れるだけで、一気に体温が上がってくる。
一粒取ると「あーん」って言われるのだ。
困っている私を千場店長だけじゃなく、後ろのふたりも楽しそうに見ている。親指と人差し指で摘んでゆっくり手を伸ばすと、千場店長は私の指までパクっと食べた。
「キャ」
慌てて手を引っ込めると、千場店長はくすくすと笑っている。
甘いピーチの香りが漂ってきて私はうつむいてしまった。
信号で止まると千場店長は頭をナデナデしてくる。
仮にも、三浦さんの前なのに!
「千場店長って彩歩ちゃんのこと、可愛くて仕方がないんですね」
「うん。新入社員の時から育ててるからね~」
そういう意味で……か。
やっと旅館に到着した。
ドライブだけでも心臓がおかしくなりそうだったのに、同じ部屋に泊まるなんて耐えられるだろうか。
旅館なんてあんまり来たことがないから、キョロキョロしてしまう。
温泉の匂いがふわっと香ってくる気がした。
落ち着いた雰囲気で館内には小さな噴水がある。古さを残しつつ、現代的なオブジェがあってモダンだ。
千場店長と同じ部屋に荷物を置きに行く。
部屋に入ると畳のお部屋で広くはないけど、落ち着いた雰囲気だ。だけど、この部屋でふたりきりだなんて落ち着けない!
窓を開けると、椅子二脚とテーブルが置いてあった。
景色は森の中と言う感じで、青々した緑がダイナミックに見える。
下を覗きこむと、川も流れていた。
「んー。空気が美味しい」
千場店長はグッと手を伸ばして、空気を吸っている。
荷物を持ったままの私は固まっていた。
「とりあえず、荷物置いたら?」
慌てて端っこにバッグを置いた。
落ち着かず突っ立っていると、千場店長は座布団に座ってテーブルに用意されていた和菓子を見ている。
視線を和菓子から私に向けると、くすっと笑う。
「緊張するなって。疲れちゃうぞ」
「…………っ」
「座れば」
座布団に座った私にお茶を淹れてくれる。
「まあまあ、落ち着いて。今日は長いんだから」
「はい」
「6時から夕食だから、まずは温泉に入ってくるか?混浴もあるらしいけど、他の男に彩歩の身体を見せたくないからダメだぞ。客室に風呂がついていたらよかったんだけどな」
真顔でそんなことを言ってくるから、目を見開いてしまう。
「冗談だよ。でも、混浴には行くなよ」
命令口調は千場店長らしい。
コクリと頷いてしまう。元々、入るつもりはないけど。
食事まで時間があったから、ひとまず三浦さんと露天風呂に行く。
岩で作られた温泉で景色は自然が見える。
山に囲まれてマイナスイオンに包まれているようだ。
「うわー広い」
はしゃいでいる三浦さんの姿を見ると嬉しくなる。
温泉に入ると、身体に染みこんでくる気がした。
熱いけれどすぐに慣れていく温度だ。肌がしっとりする気がした。
「気持ちがいいですね」
「うんっ。晩ご飯も楽しみだね!」
「はいっ」
まさか会社の人と旅行するなんて入社当時は考えてなかった。
自分がだんだん変わっている気がして不思議だ。
人との付き合いが苦手だったのに、人に恵まれて私はすごく幸せだと思う。きっと、千場店長のおかげでもあるだろうなぁ。
温泉から上がって浴衣に着替えて、髪の毛をまとめた。
鏡を見るとほんのり顔が赤くなっている。
廊下に出ると三浦さんに夕食会場で待ち合わせするように言われ、時間があったので一度部屋に戻った。
「ただいま」
「お帰り」
近づいてくる千場店長は、浴衣姿だ。
うわ、鼻血出そうなくらいイケメンっ!
千場店長は上から下まで見てくる。
「……たまんない」
すっと手が伸びてきて頬に触れられた。
久しぶりの感触に全身が粟立つ。期待してしまう自分の身体が許せない。
流れでしてしまえばまた繰り返しになるのに、私は千場店長と触れ合いたいと切実に思うのだ。
でも、ちゃんと思いを伝えてからにしなければ……。
私は気持ちを押し殺して千場店長から離れる。
「もうすぐ夕食ですね。楽しみ」
「ああ、そうだな」
私たちの間にはなんとも言えない空気が流れた。
*
食事会場は個室で用意されていた。
海の幸がたっぷりなコースだ。
見たこともないような綺麗な料理に、テンションが上がってきてしまう。
「乾杯」
大和田さんが言うと、皆さんはビールを一気飲みした。
私も緊張を和らげるためにカシスオレンジを一気飲みする。ちょっとふわりとした。あまり飲み過ぎないようにしなきゃ。
「おいおい、彩歩。大丈夫か?」
「はい」
千場店長と目が合うだけで、心臓が暴れ出して困ってしまう。まだまだ夜は長いのだ。
「うわ~。美味しいっ」
三浦さんが言うと、優しい目で見つめている大和田さん。
ふたりは仲良くて羨ましい。
今夜、私は想いを伝えようと思っている。
だから緊張して、美味しいけど味が半減してしまう。
食事がひと通り終わると、ケーキが用意された。
「彩歩ちゃん、誕生日おめでとう」
「天宮さんおめでとう」
皆さんでハッピーバースデーを歌ってくれて、私は「25」の形をしたロウソクを吹き消した。パチパチと拍手をしてくれる。
「これ、私と彼から」
三浦さんはほほ笑んでプレゼントを渡してくれた。
「ありがとうございます。なんか、感激しちゃいます」
「開けてみて」
「はい」
ピンク色の可愛い包装紙を開けると、中からは会社でもプライベートでも使えそうなベビーピンクのトートバッグだった。
すごく可愛くて嬉しさが込み上げてくる。
「こんなに可愛いもの……私にはもったいないですっ」
「そんなことないよ。彩歩ちゃんに似合うと思うよ!」
三浦さんのセンスはいつも光っていて、尊敬できる部分でもある。私を思って選んでくれたことが感謝だった。
「俺からもあるんだけど。ちょっと持ちきれなかったから、部屋で渡す」
千場店長は照れた口調で言う。
「まさか『俺がプレゼントだ』なんて言わないよな?」
大和田さんがと言って笑うから私は顔が熱くなってきた。
千場店長からのプレゼント……楽しみ。
食事を終えてそれぞれ部屋に戻っていく。
「じゃあ、また明日ね」
元気よく挨拶をして手を振っていく三浦さんに、私も手を振った。
エレベーターの中には私と千場店長がふたりきり。
ドキッとして千場店長を見る。
すぐにエレベーターはお部屋のある階に到着し、ふたりで歩いていく。
ルームキーで鍵を解除し、中へ入って行った。
1段高くなったところに布団が敷かれている。それを見ると色んなことを想像してしまう自分が嫌になった。
座布団に正座していると千場店長が近づいてくる。
「彩歩……これは、俺からのプレゼント」
目の前に立って渡されたプレゼントは、両手では持ちきれないほどだ。
座ってテーブルに置く。
「ありがとうございます」
「気に入ってくれると嬉しいんだけど」
ひとつずつ包装紙を開いていくとまずは癒し系グッズが出てきた。肩こりを軽減するマッサージ機と手首を休めるためのクッション。
「小説書く時って長時間パソコンに向かうだろうから、疲れないために」
続いて分厚い本が出てきた。
「これは……?」
「これは、色んな表現法が書かれている辞典みたいな本なんだ。小説を書く時に使えるかなって」
そしてさらに、髪飾りやワンピースまで入っていた。
「こんなにたくさん、」
「彩歩が小説家になれるように応援してるからな。気に入ってくれた?」
だんだんと目に涙がたまってくる。
感情よりもなによりも、先に涙となって溢れだしてしまった。
「ど、どうした?」
あたふたしている千場店長は、私の隣に慌てて近づいてきて子供をあやすように抱きしめてくれる。
今日は抵抗しないでこのまま、ギュってしていてほしいと思った。
「あれ。抵抗しないのか……?」
不思議そうな声が頭に降ってくる。
私はコクリと頷いた。
「えぇ……。ウソだろ」
ドクドクドクと鼓動がはやくなっていくのが聞こえる。
千場店長、ドキドキしてくれてるんだ。このまま、キスしてしまいたいけど、中途半端な関係ではイケないと思い勇気を出さなきゃと考える。
あぁ、どうしよう。緊張する。
ガバっと顔を上げて千場店長から離れると、千場店長は寂しそうな顔をした。
「やっぱり、ありえないよな。彩歩は俺のこと嫌いだし」
「いいえ」
「いいえ?」
私は正座をして千場店長を見つめると、千場店長もなぜか正座をしてくれた。
「あのですね。その」
「……なに?」
「私を産んですぐに母親が亡くなりました。祖母は私を可愛がってくれましたが、いつもどこかで、孤独感に襲われていました。寂しさを紛らわせるために小説を書き始めたんです」
こんな身内の話をして千場店長は、嫌な気分じゃないだろうか。
不安になりつつも話を続ける。
「入社して、千場店長に出会いました。厳しく色々とご指導して下さり、社会人としてなんとかやってこれました。でも、千場店長は誰からも好かれるタイプの方でいつからか嫉妬していたんです」
「嫉妬?」
不思議そうな顔をしながら、頭を掻いている。
「はい。嫉妬し過ぎて……嫌いになってました。ひねくれ者なんです」
「は?」
「千場店長が急に近づいてくるようになって戸惑いました。きっと、暗い私をバカにしてるんだって。でも、いつも真っ直ぐ優しく接してくださって……。あぁ、強引なところもありましたけど。でも、人見知りの私が、こうして誕生日までお祝いしてもらって、すごく感謝しているんです。いつも仕事熱心で、優しくて、私の夢を応援してくださる素晴らしい上司に出会えて本当によかったと思いました。そして、いつからか……」
ゴクッとツバを飲む音が聞こえた。
好きという言葉は、負けを認めるようなものだと思ったけど。
もう、好きすぎてなんでも受け入れたい気分だった。
落とした視線を再び千場店長に戻し、力強く千場店長を見つめる。
「いつからか、私は千場店長を心から好きになってしまいました」
「え……っ。ま、まじか」
言ってしまった。
好きだと、本人に伝えてしまった。
恥ずかしさが込み上げてきて、涙が再びポロポロと落ちてくる。
千場店長といえば、笑顔が消えて真顔で私を見つめ続けているのだ。
この告白は失敗だったのだろうか?
失恋してもいい。
好きだと伝えたかったから。
「あの、ただ、好きなだけなので……その、忘れてくださいっ」
慌ててフォローする。
会社でこれからも会うのだ。気まずい雰囲気になるのだけは耐えられない。
「千場店長のことが好きな大勢の女性の中のひとりですから」
この雰囲気に飲み込まれてしまいそうで、怖くなった。
涙を拭きながら立ち上がった。
すると、慌てて立ち上がった千場店長は私の手首を掴んだ。
「どこ、行くんだ?」
「……頭、冷やしてきます」
「俺の話も聞いてほしいんだけど」
フラれてしまうのだろう。
答えはわかっているけれど、目をそらしてはイケない。
告白したものの責任だ。
頭ではわかっているのに、涙は溢れてしまう。
千場店長はくすっと笑って涙を親指で拭ってくれる。
「俺のこと……そんなに好きなのか?」
「好きです」
「ふーん。そう」
意地悪すぎる。
何度も『好き』って言わせるなんて。
「もういいんです。忘れてください」
「忘れるわけ、ないだろ。俺は、天宮彩歩に惚れてるんだぞ?」
いつもよりも低くてセクシーな声で言われ、全身に鳥肌が立った。
千場店長が私に惚れている?
ピタッと止まった涙。
私は千場店長を見上げた。
「夢でしょうか?」
「まさか。彩歩、酔っていて言ったことを忘れたとか、そんなオチなしだぞ」
「酔いなんて覚めちゃってます」
「そう。じゃあ、彩歩の本当の気持ちなんだな」
近づいてきて顔を思い切り寄せてくる。
あと数センチでキスできそうな距離感に、思わず目をギュッと閉じてしまう。
「やっぱり、拒否してるじゃん。ちゃんと目を開けて俺とのキスを見て」
そっと目を開けると、ものすごい笑顔で私を見ている。
こんなにも嬉しそうな表情、初めて見たかもしれない。
「キ、キスは目を閉じてするものじゃ」
「だって、目を閉じて違う人を想像されちゃ嫌だから」
うわ、ものすごい独占欲だ。
すごい束縛だと思いつつも、そんなところが好きだったりする。
私と、千場店長は変わった者同士でいいのかもしれない。
「あの、キスする前にちゃんとお礼をさせてください。本当にたくさんプレゼントをありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
「それと、お願いがあります」
「なに?」
「私を千場店長の彼女にしていただけませんかっ!」
上ずる声。
いままで経験した中で一番、心臓が激しく動いた。
そして、勇気を使ったかもしれない。
「お付き合いした経験とかもないですし、地味でつまらない女かもしれませんが、千場店長とずっと一緒にいたいのです」
ふぅとため息が聞こえた。
もしかして、付き合うのはNGだったりするの?
「幸せ過ぎて、呼吸ができない。今日、いま、この瞬間から彩歩は俺の彼女だ。絶対に幸せにするから」
両頬を捕まれてチュッとキスをされた。
いままで経験した一番幸せな、キス――。
しっかり目を開けたまま、千場店長を目に焼き付けてキスをした。
唇を割って舌が入ってくると、目を閉じてしまう。
久しぶりの口づけに体温はどんどん、上がっていく。
口内を丁寧に愛撫されてお互いの唾液が混ざり合う。
唇が離れると、千場店長は立ったまま私の首筋にキスを落としていく。くすぐったくて、気持ちよくて……。
私の腰にしっかりと手を絡ませてきて体を密着させる。
浴衣越しに千場店長の昂ぶりが感じられた。
「はぁんっ」
耳形を丁寧に舌でなぞられる。
濡れた耳は空気に触れるとすーっと冷たくなった。
「耳も感じるんだ?」
「はい……」
「素直だな」
敏感になってしまった私は潤んだ目で千場店長を見つめる。
全て、この人に身を任せたい。
もっと、もっとくっつきたいと思った。
壁に寄せられて背中を預けた。
浴衣の上から胸の膨らみを包まれる。
両手で揉みしだかれて浴衣は崩れていく。その間にキスを挟んでくる。
「あっ……んっ」
右肩が浴衣から見えてくると、千場店長は優しく肩を愛撫する。柔らかい唇で這われつつ、胸の突起を摘み上げられた。
「ふ……っん、あんっ」
触れられるたびにお腹の奥が疼きはじめる。
中心部が熱くなってとろりと溢れてきそう。
帯はつけられたまま胸を出された。
もうぷっくりと膨れ上がっている突起を千場店長は指で弾く。その度に身体はビクビク反応するのだ。
両方の胸の蕾は、同じ動きで弄られる。
乳輪を包むように5本の指で弄ばれた。
動きが止まったかと思えば、今度は千場店長の長い舌で転がされる。
「ひゃんっ……あああっ」
足をもぞもぞと動かし始める。
音を立てて舐められる。そして、千場店長の指は太腿を辿っていく。
付け根まで行くのに、中心部には触れてくれない。
下着をずらされる。
すると、とろっとした蜜が太腿を伝って行く。
それを指ですくい取った千場店長は、ニヤリとした。
「いつから、こんなエロい身体になったの?」
「千場店長のせいですっ」
「へぇー」
嬉しそうな顔をした千場店長は、私を回転させて壁に手をつかされた。
「もっと見せて」
「い、嫌です」
「彩歩の全てを知り尽くしたいんだって」
ショーツを脱がされて丸見えになってしまった秘部はすでにとろとろだ。
見られているだけなのにどんどん熱くなってくるのだから、参ってしまう。
すると、千場店長は蜜壺を舐める。
丁寧で優しすぎるから、腰が砕けそうになってしまう。
「あんっ、あんっ」
「美味しい」
「いや、ああんっ、あああっ」
千場店長の綺麗な指が蜜壺に入ってきた。奥まで入ってはゆっくり抜かれる。何度も繰り返されるたびに、ぬちゅぬちゅと水音が響く。
どんどん、速度を上げられて私は力が入ってしまった。
すると余計に感度が増していく。
立っていられなくなって、座り込んだ私を千場店長は寝かせた。
頭に座布団がついて、天井が見える。
千場店長は私の上に覆いかぶさって笑顔を向ける。
そして、眼鏡を外されてテーブルに置かれた。視界が悪くなって不安だけど、千場店長は安心するように優しく抱きしめてくれる。
「彩歩、俺のも……して」
「……はい」
千場店長を寝かせた。
そして、浴衣の帯を解いて千場店長を裸にする。相変わらずいい身体だ。だけど、こういうことに慣れていなくて、イケないことをしている気分になった。
私は頭を低くして口に含む。
千場店長の息が荒くなっていく。
好きな人との触れ合いってこんなに幸せなんだと実感した。
頭を撫でられると嬉しい。
もっと、もっと、気持ちよくしてあげたい。
「布団、行こうか?」
「……はい」
ふかふかのお布団に仰向けで横になると、千場店長は私の帯を解いた。
じっと見つめられると恥ずかしくなる。
頬に手を添えられて「愛してる」と真剣に言われた。
「私も……愛してます」
呟くとキスをしてくれた。
膝を割って千場店長がゆっくりと入ってくる。お互いに好き同士だと分かり合って初めてひとつになった。
様子を伺うように動く千場店長。
「あんっ。ああっ、ああんっ」
たくさん、たくさん、愛されて。
幸せだと思った。
大好きすぎるから、愛しの彼を独り占めしたいよ……。
誰にも、渡したくない。
私だけを見ていてほしい。
そう思うのは、ワガママなのかな。
千場店長の熱で溶けてしまいそう。
私からは蜂蜜のようにとろりとした愛液が溢れ出す。
「千場店長っ……イッちゃいますっ。もう、駄目、……はんっ。あああああんっ」
動きを緩めてくれない。
快楽の波が押し寄せてくる。
だんだんとわからなくなってきた。
ただ、ただ、涙が溢れ出す。
それはきっと、千場店長の愛が伝わっているからだろう。
頭が真っ白になる。
浴衣の帯を解かれれて、心まで裸にされた気分だった。
*
「ねぇ、千場店長」
「んー」
向かい合って横になりながら、話をしていた。
久しぶりに千場店長に抱かれたけど、優しくするように心がけてくれたみたいで愛が伝わってくる。
「本当に、私を彼女にしていいんですか?」
「当たり前」
「あの、確認ですけど……。恋人が数人いるとか、ないですよね?」
「はぁ?俺は一筋だよ。好きな子とするセックスじゃないと満足しないから、安心して。でも、束縛されるのは嬉しいかも」
「心もです。身体の関係だけが浮気じゃないですよ」
「ああ、わかってるよ」
私の髪の毛をそっと撫でると、唇にキスをしてくれる。
キスはだんだんと深くなっていく。
「もう、寝なきゃな。彩歩、疲れちゃうもんな」
「千場店長、お元気ですね」
今日はもう2回したのだ。さすがに身体が痛い。
「一樹って呼んで」
「そういうの慣れてないんです……」
「可愛いな……」
トロンとした口調で言われて優しく私に触れてくる。
優しい手の感触に、私も眠くなってきた。
「いまだったら混浴風呂人いないかな」
「どうでしょうね?」
「彩歩とお風呂に入りたいけど、他人に彩歩の綺麗な身体を見られたら嫌だしなぁ……」
千場店長は、だんだんと目を閉じていく。
気持ちよさそうな表情を見ているだけで癒される。もう、離れたくないよ。
そう思って千場店長の腕にギュッとしがみつく。
「私のこと、捨てないでください」
「なにを言ってんの。大丈夫。大好きだから。彩歩は俺の女」
いまなら、佐々原主任のことを聞ける気がした。どんな関係だったとしても、受け止められそうだから……素直になって聞いてみようと思う。
重たい女だと思うかな。
「あの……千場店長。佐々原主任との関係って、どんな関係なんですか?」
「いきなりなんだよ」
身体を起こして千場店長を見つめると、片目を開けてまた閉じた。
「好きだった人だよ」
「好きだった……人?」
心に何かが引っかかる。
過去に好きだった人と、ふたりきりで買い物するってどういうこと?
報われない恋で、仕方がなく私と付き合うことにしたの?
もっと色々聞きたかったけど、千場店長は眠そうにしている。
寝かせてあげないと、明日も運転で疲れちゃうだろうから。
「高校時代の同級生で、好きになったり、好きになられたり、長い間一緒にいたんだ。でも、過去だよ」
いまは、どうなんですか?お互いにまだ未練はないんですか?
聞きたいけど……スースーと寝息が聞こえてくる。
千場店長は眠ってしまい聞けなかった。
眠っているのを起こすのは可愛そうだ。
お布団から抜けだして、崩れてしまった浴衣を着直す。
過去にしていいの?
いまだに好きだからいつも一緒にいるんじゃないの?
振り返り千場店長の寝顔を見ていると、だんだんと不安になってきた。
頭を冷やさなきゃと思いベランダに出てぼうっとする。
葉が揺れる音が聞こえる中、私は絶望的な気分になっていた。
千場店長も大人なんだから過去に恋愛をしていたのは仕方がないことだけど。
好きになったり、好きになられたりって、もしかしたら佐々原主任はまだ千場店長を好きかもしれないじゃない?
あぁ、よくわからなくなってきた。
だんだんと太陽が昇ってきて薄暗くなってくる空を眺めていた。
結局、眠ることができないまま朝を向かえてしまった。
気持ちを変えるために、温泉に入ってこよう。
すやすや眠っている千場店長にそっとキスをする。
起こさないように、2度唇を重ねた。
朝の露天風呂は、貸切状態だった。
ひとりで朝陽を浴びつつ、ゆっくり温泉に浸かる。
千場店長はモテる人だと知っていて好きになり、そして、彼女にしてとまで頼んでしまった。
自分が一番で居続けるためには、どんな努力をすればいいのだろう。すぐに飽きられてしまうのではないかと、不安になる。
温泉から上がって部屋に戻ると、いきなり千場店長に抱きしめられた。
「彩歩!どこに行ってたんだよ!」
浴衣も髪の毛もぐちゃぐちゃなまま、怒りに満ちた顔で私を見ている。
「温泉に……」
「誘拐されたかと思ったぞ。あぁ、心配で心配でたまらなかった」
「だ、大丈夫ですよ」
「俺の彩歩」
抱きしめる力がより一層強くなる。
「彩歩を抱きしめていると、安心するよ」
「…………」
私を好きだと言ってくれる千場店長の言葉に、嘘はないと思う。
けど……どうしてこんなに不安なのだろうか。
「どうしたの?元気ないな」
「枕が変わると眠れなくて」
佐々原主任との関係が心配だとは言えずに、私は千場店長から離れて座布団に座ったが、追いかけてきて千場店長はぴったりくっついて離れない。
「大和田と三浦さんも熱い夜を過ごしたかな?」
「さあ」
キスをされた。
ニヤリといたずらっこみたいな顔をして私の脚を開いてくる。
「時間、ありませんよ……」
「んー……じゃあ、短時間で。膝立ちしてテーブルに身を預けて」
「ま、まさか……ええ?」
ついつい、流されて朝から千場店長と抱き合ってしまった。
*
「ヤバ。着信きてる!!」
スマホを見て千場店長は叫んだ。
焦って服を着る千場店長を横目で見つつ、動けないでいる私は布団に横たわっていた。朝から元気過ぎる。
「彩歩、急いで」
「動けませんっ」
「まじかよ。ごめんな……」
着替え終わった千場店長は私を起こして、着替えさせようとしてくれたけど、拒否をして自分で服を着た。
髪の毛をひとつに束ねると、千場店長は後ろから抱きしめてくる。
「一応確認しておくけど。俺たちってさ、恋人だよな?」
「…………」
恋人なのかもしれないけど、佐々原主任のことが気になる。
本当に千場店長は吹っ切れているのだろうか。
「え、なんでなにも言わないの?」
「まだ、秘密にしてください」
「なんで」
コンコンとドアのノックが鳴る。
千場店長は抱きしめる手の力を緩めて立ち上がった。
ドアを開けると、大和田さんと三浦さんが立っていた。
「何回電話すれば起きるんだよ。ったく。……もしかして、朝からハッスルだった?」
「それはお前らだろ。残念ながら俺と彩歩は別々の布団での睡眠だったよ」
とりあえず、秘密にしてくれたようで安心した。
ちゃんと心の準備をしてからにしたかったのだ。
朝食を終えて車で帰って行く。
三浦さんと大和田さんは、より一層仲が良くなっているようで、車の中でもずっと手を繋いでいた。
お互いを信じきって、愛し合っているみたいで羨ましい――。
自分のこの性格が嫌になる。
千場店長を信じて、ただ好きだと思えればそれでいいのに。
ふたりを送り届けて、車の中はふたりきりになってしまった。ラジオから流れている、まったりとした音楽が、気持ちを落ち着かせてくれる。
夕日に染まっている空を窓からぼうっと見ていた。
「疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
「ふたりきりなのに、全然、甘えてくれないなーと思ってさ」
悲しそうに言う千場店長の言葉に、切ない気持ちが押し寄せてきた。
佐々原主任は、甘え上手なのだろうか。ついつい比べてしまうのだ。
「晩ご飯一緒に食べない?」
「はい」
「どこか行く?それとも、うちに来る?どっちにしても、うちに泊まりなよ。会社近いし。着替え持ってこようか?」
恋人になった途端、一気に距離が近づいていく気がして恐怖心が湧いてきた。
仲が深まって、すぐに捨てられちゃうのではないだろうか?
そんなのイヤだ。
「やっぱり、今日は、疲れちゃったので家に戻ります」
「そっか。残念だな」
「ごめんなさい」
「じゃあ、俺も彩歩の部屋に行く」
「だめです」
「なんで?」
千場店長は、イライラが顔に浮かび上がっている。
「隠し事はなし。思ったことは口に出す。これは約束だ。いいな?」
私は千場店長と違って思ったことを言えない。
「今日はひとりにしてください。まだ、恋人とか……実感湧かなくて」
「……わかった」
空気を悪くしてしまった。帰りの車の中は最悪で会話もなかった。
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