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11『俺。超、しつこい。:千場side』
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結局、彩歩に話しかけることができずに、暑気払いが始まってしまった。
こうなったら、飲んで感情を麻痺させるしかない。
俺の隣をキープしたのは、郷田。宣戦布告ってか?
「まあまあ、郷田、飲みなさい」
「いただきます。店長もどうぞ」
社会人としてお酌し合う。
ま、郷田だって俺の大事な部下なわけだし楽しくコミュニケーションを取ろうと思っている。
「天宮さんの新入社員時代から、ご存知なんですよね?お話を聞かせていただけませんか?」
「そうだな。努力家で覚えがはやかったよ。俺の教え方がよかったのかな。なーんて」
ピクッと眉毛を動かして、郷田は笑顔を作っている。
俺と郷田は無言になってしまう。
お互いに話したい話題は決まっているのだが、なかなか言えない。ここはストレートに聞こうか。
「気になるの?女として」
「え、いや。同類の人間のような気がしまして」
「S極とS極は似すぎてくっつけない。……のかもしれないぞ」
「はぁ……」
郷田は、がっくり肩を落としている。
ああ、俺って嫌な上司だ。
だけど、彩歩は誰にも渡したくない。
「似たもの同士は駄目ですか?」
「難しいだろうね」
郷田はこれで諦めてくれるだろうか。
結局、彩歩とは一言も話せず、120分の歓迎会は挨拶で終わりを告げた。
2次会で話しかければいいかなと思っていると。
「風邪気味なんで帰ります」
彼女らしい断り文句だ。
でも、大丈夫かなと心配になる俺。
ついて行こうかな。
一瞬、目が合った気がしたけどすぐにそらされてしまう。
やっぱり、イヤか。心の中で苦笑いをする。
「僕が送って行きましょうか?」
郷田が突然のアピールに俺は焦り出す。
あいつ、諦めてないのか。
三浦が「私も帰るから、彩歩ちゃんと一緒に行くわ」と言って頭を下げてくれた。
チラッと俺を見て、薄っすら笑ったのはなにか企んでないか?
可愛い顔して怖いぞ……おい。
ってか、三浦に俺の気持ちバレてる……?
結局、2次会に参加した。
出張帰りで疲れてしまっていたが、家に帰っても彩歩さんのことが気になって、頭が狂いそうになる。
いままではただただ強引に攻めていたけど、これじゃあダメかもしれない。
どうにか、自然な感じで近づけないかな。
って俺。超、しつこい。
ったく、どんだけ俺は彩歩を好きなんだよ。
人を好きになるツボってわからん。
ベッドに倒れこんで天井をぼんやりと見つめる。
隣に彩歩がいれば、どんなにか幸せだろう。
胸がズキズキ言う。ああ、男なのにこんな風に恋をするなんてな。
きっと、藍子が笑うだろうな。
「一樹らしくない。キモっ」って。
キモくてケッコーコケコッコーだ。
好きなもんは好きなんだから。
はぁ、あのきめ細かい白い肌が恋しい――。
いい香りがする髪の毛と、ピュアな瞳。
照れるとすぐ頬を染める仕草も、全部好きだ。俺は、天宮彩歩と言う女に完全に惚れてしまった。
次の日。
風邪気味だったらしい彩歩は、ちゃんと出勤していた。
一安心するも、話しかけると逃げられてしまいそうでなかなか話せないという始末である。
ああ、情けない。
藍子にランチを誘われて、ふたりで会社近くの喫茶店に入る。
窓際の席に座ると、彩歩が郷田と歩いているのが見えた。
水を一口飲んだグラスを、ちょっと力を入れて置いてしまう。
「なーに、イライラしてるの、一樹」
「べつに」
藍子は、俺の視線を追う。
「あれ、あの子。この前の」
藍子はくすくすって笑い出す。
「あんな地味な子を?一樹には、似合わないわよ」
「似合う。似合いまくりだ」
運ばれてきたナポリタンを食べる。
彩歩にどうやったら、近づけるかな。
手を繋ぎたい。抱きしめたい。
そんなことばかり考える毎日だ。
なんだか、元気がなくなってしまう。
あぁ、もうダメだ……。
彩歩のことが大好きすぎる。
「でも、彼女はこの前、迷惑そうだったじゃない」
「わかるか?そうなんだ。しつこく迫りすぎた」
「しつこく迫るなんて、一樹らしくないね。そんなに魅力的なんだね、あの子。お話してみたいなぁ」
「変なこと吹き込むなよ!」
「ふふ」
余裕有りげにほほ笑む。
お前はいまが最高に幸せだろうから、いいよな。
ま、でもいまは親友のような存在の藍子が幸せなら、それでいいって思う。
残りのナポリタンを食べつつスープを飲むと、大嫌いなセロリが入っていて慌てて水を飲んだ。
……あぁ、彩歩は郷田の前でなにを食べたんだろう。気になる。
ランチを終えて店舗に戻り、涼しい顔で「お疲れ」と言って入っていく。バックヤードに人はいない。
店舗を覗くと、彩歩と郷田はなにやらランチで食べた物の話題で盛り上がっていた。
目を見つめ合わせて話しているなんて、羨ましすぎる。
俺のことを見てほしい。
俺を見てくれよ、彩歩。
後ろからふたりを見ている俺の背中に声がかかる。
「おーい。大丈夫か?」
ニッコリしながら声をかけてきたのは、営業部の大和田だ。
俺の同期で営業部のリーダーをやっている。
「これ、お届け物の書類です」
「お前が珍しいな」
「まあな。……なぁ。今夜、空いてるか?」
「あ、ああ」
「飲もうぜ。語りたい気分なんですぅ」
女性社員みたいな、おちゃらけた感じで言う。
「いいぞ。ってか、なにキャラ?」
「わからん。じゃあな」
「おう」
去って行く大和田を見送り、午後からも仕事に打ち込む。
店舗の売上数字と睨み合いながら、バックヤードで仕事をしていた。
資料を作成していると、電話が鳴った。
彩歩が素早く取ってくれる。
「はい、お待ちください。千場店長、札幌店の店長からお電話です」
「ありがとう。お電話変わりました千場です」
久しぶりに彩歩に呼ばれた。
俺の目を見て、名前を呼んでくれたことに感動する。
あくまでも仕事上のことだけど。
その日は、彩歩が遅番だった。
仕事を終えた俺と彩歩は一言も交わさないまま帰る準備をしていた。
なにか話しかけたいが言葉が思い浮かばない。
更衣室から出てきた彩歩と目が合う。
「おう。お疲れ」
冷静なふりをして声をかけた俺に、彩歩は悲しそうな表情を見せた。
俺と目が合うだけでそんなに嫌なのか?
「あの、千場店長……。人を外見で判断してるみたいな、誤解を受けさせることを言ってごめんなさい」
震える声で彩歩は一気に言い終えると、目をうるうるさせてる。
まさか、謝ってくれるなんて思わなかったから、俺は言葉が出てこなかった。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫。それ以外には言うことない?」
「えっと、……はい。ありません」
しばらく考えて彩歩は頭を下げた。
ここで、好きですなんて言ってくれたら嬉しかったのに。期待はしちゃいかんな。
「帰ります」
「ああ、待って。ランチはなにを食べたんだ?」
って、このタイミングでこの質問はありえないだろーが。
でも、気になって眠れなさそうなんだもの。
「ランチ……ですか?ラーメンですが……」
「ラ、ラーメン」
「どうされたんですか?」
「俺、彩歩がラーメンを食べている姿見たことない。もしかして、髪の毛をどちらかに寄せて手で押さえながら食べたパターンか?」
「はい?」
「もしかして、眼鏡……曇った?」
「はい。なので、はずして食べました」
なんてことだ。
ということは、郷田に裸眼を見せたのか。うわぁ、妬ける。
彩歩は、きょとんとした。
「あの、失礼します」
「あ、うん……じゃあ……」
去って行く足音が、だんだんと俺から離れていくように感じて切なくなる。
ごめんなさい……か。
『千場店長を好きです』とは、言ってくれないらしい。
彩歩が書く小説みたいに、俺の恋愛はうまくいかない。
ハッピーエンドは訪れるのだろうか?
*
仕事を終えた俺は、約束していた大和田と居酒屋に来ていた。
ふたりきりで焼き鳥を食べている。
狭いカウンターで肩を寄せ合いつつ、だらだらと飲んでいた。
「お願いがあるんだよ」
手を合わせながら大和田は、俺に甘ったるい視線を送ってくる。
どうせ、女関係だろ。
自分のことでいっぱいいっぱいなのに、めんどくせぇ。
「天宮さんっているだろう。実は……」
「ダメだ」
大和田が言い終える前に焦って話を止める。
彩歩だけは、絶対に無理だ。
すると、大和田はガハハハと豪快に笑い出す。
「へー。千場、あんな地味な子がいいのか?」
その余裕ある言い方に、大和田は彩歩狙いじゃないと悟る。
俺の勘違いに照れを隠しつつ、ビールを一気飲みした。
店員を捕まえておかわりをする。
「天宮さんと仲のいい三浦ちゃん狙いだから、安心してくれ」
「あ、三浦ね」
「実は、合コンで一緒になって名刺をあげたんだ。すると、同じ会社だったオチ。だけど偶然会っても、話しかけてこないんだよ。第一印象から気になっていてさ。観察していたら天宮さんと仲がいいみたいでさ……。四人で飲みに行かないか?」
「は?」
「お願いします。それに、それぞれが狙っている女なんだから、好都合だろ。だんだんと仲良くなって温泉旅行とかしたくね?浴衣姿、見れるぞ」
彩歩の浴衣姿を想像してみる。
温泉上がりのピンクに染まった頬。
遅れ髪……。たまんない。
何度もおかずにできそうだ。
それはナイスアイデアなのだが、俺は片想いどころか、嫌われている。
それに、どういう理由で誘ったらいいのだろうか。
「頼むって。な?」
「んー……」
「とにかく、気になるんだ。あの子ともっともっと話したいし、男なのにこんなピュアな気持ちは初めてというか。おかしいだろ?」
大和田は恋の話をうきうきしながらする。なんかいいなぁと思った。
応援したいって素直に思う。
ただ、大和田の恋愛に彩歩を絡めるのは気が引ける……。
もっと彩歩は俺を嫌いになるかもしれない。
*
謝ってくれた彩歩だけど、あれからも気まずい関係は続いていた。
メールも来ないし、店でも必要最低限のことしか話さない。
そんな彩歩を飲みに誘うのは、至難の業だ。
大和田のお願いを受けてからどうやって誘おうか、考えた結果……やっぱり、仕事関係しか思いつかなかった。
バックヤードで商品在庫表をチェックしていた彩歩に近づく。
「お疲れ」
「わ」
びっくりして振り向いた。
「ごめん。驚かせたな」
「なんでしょうか?」
「営業部の人間が色々話を聞きたいようなんだ。天宮……協力してくれないかな?」
「はい。わかりました」
上司としての命令だと、聞いてくれるみたいだ。
「三浦も一緒に、夜……どうかな?」
「夜ですか?」
警戒した顔をされると、また傷ついてしまう。
そんな顔しないでほしい。
でも、上司として笑顔で対応した。
「日中だと色々と忙しいし。ああ、小説で忙しいか?」
「いいですよ。三浦さんにも伝えておきます」
心良くとはいかなかったが、こんな感じで了承してくれた。
*
四人で行った創作居酒屋は個室だった。
女性と男性が隣同士に座って、向かい合う。
とりあえず乾杯すると、さすがは、大和田だ。営業部の人間だけあってトークがピカイチで、場を和ませてくれる。
三浦も大和田をしっかり見て話を聞いているし、フォローする必要もなくて楽だった。
その分、彩歩を観察できるからいい。
しばらくすると、彩歩がトイレに立ったから俺も吸い付くように一緒に出て行く。
あ、イケない……。
こういうことをするから、嫌われるのだった。
と、思いつつも急いでトイレを済ませて彩歩を待ち伏せしてしまう。
トイレから出てきた彩歩は、俺を見つけると怪訝そうな顔をして、横を通りすぎようとする。
慌てて手を掴んだ。
「ご、ごめん」
手をそっと離すと、彩歩は俺を見つめる。
「仕事の話だって言ったじゃないですか」
「あぁ、だよね。仕事の話、ほとんどしてないよね……あはは」
やばい。怒らせてしまった。どうしよう。
「実はさ、大和田が三浦を気に入っているみたいで。接点がないから協力してあげたいんだ。三浦にはまだなにも言わないでほしい」
「そういうことだったんですね」
ポツリと呟いた。
「私だって大人です。嘘はつかないでください」
「ごめん。悪かった」
ピシャリと言われるとついつい謝ってしまう。
でも、ふたりきりで話せるだけで、幸せだと感じるのだ。
もっといっぱい話がしたい。
「ちょっとだけ空気を吸いに行かないか。もう少しふたりきりにしてやりたいし」
「わかりました」
黙って俺の後ろをついて来てくれる。
ふたりで外に出ると生ぬるい空気が吹いていた。
居酒屋のビルの前においてあったベンチに並んで腰をかける。
「彩歩……あのさ。いままで、交換条件とか言って色々してごめんな」
このタイミングはどうなのかと思ったが、ちゃんと謝って、今度は向き合いたいと思った。
いままでのことを精算してスタートに戻ることはできないのだろうか。
「いいえ、大人ですから。私も経験させてもらえて感謝しています。編集の担当さんにもリアルでいいと褒められましたし」
俺はちょっと、悲しくなる。
あのセックスに『愛』は1ミリもなかったのかなって。
「また、する?」
こんな風におどけたようにしか、聞けないなんて俺は全然成長していないな。
「俺たち相性いいと思わない?」
「……そろそろ、部屋に戻りましょうか」
彩歩は、立ち上がった。
拒否、しなかったよな?
またチャンスがあれば、俺は彩歩を抱いてもいいのだろうか?
スタスタ歩いていく彩歩の後ろについて行きながら考えていると、立ち止まって振り返る。
「もしも……千場店長に好きな女の子がいるなら大事にしてから、抱いてあげてください。千場店長は表現が激しすぎます」
「え?」
「ちゃんとデートしたり、記念日を過ごしてください。抱き合うのが中心じゃなくて、キスしたり手を繋いだり、思いやりを持って接してあげると、彼女さんは喜ぶと思いますよ」
言い切った彩歩は、顔を赤くして進行方向に向いて歩いていく。
彼女?
俺に、彼女がいると思ってるんだろうか?
部屋に入ると、大和田と三浦はアルコールも入っているからか、盛り上がっていた。
「彩歩ちゃんって、誕生日いつなの?」
「え?」
「誕生日占いやってたんだ」
三浦さんは少し前まで盛り上がっていた話題を、彩歩に振ったようだ。
「7月24日です」
「まじでー?もうすぐじゃない?お祝いしようよ!」
「ああ……ありがとうございます」
「じゃあ、その週の土日で四人で温泉に泊まってお祝いしない?」
大和田はなんという、ナイスアイデアを出す男なのだろう。
感心する。
「え、四人で……ですか?」
困惑している彩歩。
「賛成!行こうよ!」
バッグから紙を出して、シフトを確認する三浦さん。
「やった!この週の土日皆休み!」
三浦さんもどうやら大和田を気に入ったらしい。
彩歩は、勢いに押されて困った顔をしながら、渋々了承してくれた。
彩歩とお泊りできるなんて、夢のようだ。
どうしよう、幸せすぎる。誕生日プレゼントは気合いを入れて買わなきゃな。
なにがいいだろう。
こうなったら、飲んで感情を麻痺させるしかない。
俺の隣をキープしたのは、郷田。宣戦布告ってか?
「まあまあ、郷田、飲みなさい」
「いただきます。店長もどうぞ」
社会人としてお酌し合う。
ま、郷田だって俺の大事な部下なわけだし楽しくコミュニケーションを取ろうと思っている。
「天宮さんの新入社員時代から、ご存知なんですよね?お話を聞かせていただけませんか?」
「そうだな。努力家で覚えがはやかったよ。俺の教え方がよかったのかな。なーんて」
ピクッと眉毛を動かして、郷田は笑顔を作っている。
俺と郷田は無言になってしまう。
お互いに話したい話題は決まっているのだが、なかなか言えない。ここはストレートに聞こうか。
「気になるの?女として」
「え、いや。同類の人間のような気がしまして」
「S極とS極は似すぎてくっつけない。……のかもしれないぞ」
「はぁ……」
郷田は、がっくり肩を落としている。
ああ、俺って嫌な上司だ。
だけど、彩歩は誰にも渡したくない。
「似たもの同士は駄目ですか?」
「難しいだろうね」
郷田はこれで諦めてくれるだろうか。
結局、彩歩とは一言も話せず、120分の歓迎会は挨拶で終わりを告げた。
2次会で話しかければいいかなと思っていると。
「風邪気味なんで帰ります」
彼女らしい断り文句だ。
でも、大丈夫かなと心配になる俺。
ついて行こうかな。
一瞬、目が合った気がしたけどすぐにそらされてしまう。
やっぱり、イヤか。心の中で苦笑いをする。
「僕が送って行きましょうか?」
郷田が突然のアピールに俺は焦り出す。
あいつ、諦めてないのか。
三浦が「私も帰るから、彩歩ちゃんと一緒に行くわ」と言って頭を下げてくれた。
チラッと俺を見て、薄っすら笑ったのはなにか企んでないか?
可愛い顔して怖いぞ……おい。
ってか、三浦に俺の気持ちバレてる……?
結局、2次会に参加した。
出張帰りで疲れてしまっていたが、家に帰っても彩歩さんのことが気になって、頭が狂いそうになる。
いままではただただ強引に攻めていたけど、これじゃあダメかもしれない。
どうにか、自然な感じで近づけないかな。
って俺。超、しつこい。
ったく、どんだけ俺は彩歩を好きなんだよ。
人を好きになるツボってわからん。
ベッドに倒れこんで天井をぼんやりと見つめる。
隣に彩歩がいれば、どんなにか幸せだろう。
胸がズキズキ言う。ああ、男なのにこんな風に恋をするなんてな。
きっと、藍子が笑うだろうな。
「一樹らしくない。キモっ」って。
キモくてケッコーコケコッコーだ。
好きなもんは好きなんだから。
はぁ、あのきめ細かい白い肌が恋しい――。
いい香りがする髪の毛と、ピュアな瞳。
照れるとすぐ頬を染める仕草も、全部好きだ。俺は、天宮彩歩と言う女に完全に惚れてしまった。
次の日。
風邪気味だったらしい彩歩は、ちゃんと出勤していた。
一安心するも、話しかけると逃げられてしまいそうでなかなか話せないという始末である。
ああ、情けない。
藍子にランチを誘われて、ふたりで会社近くの喫茶店に入る。
窓際の席に座ると、彩歩が郷田と歩いているのが見えた。
水を一口飲んだグラスを、ちょっと力を入れて置いてしまう。
「なーに、イライラしてるの、一樹」
「べつに」
藍子は、俺の視線を追う。
「あれ、あの子。この前の」
藍子はくすくすって笑い出す。
「あんな地味な子を?一樹には、似合わないわよ」
「似合う。似合いまくりだ」
運ばれてきたナポリタンを食べる。
彩歩にどうやったら、近づけるかな。
手を繋ぎたい。抱きしめたい。
そんなことばかり考える毎日だ。
なんだか、元気がなくなってしまう。
あぁ、もうダメだ……。
彩歩のことが大好きすぎる。
「でも、彼女はこの前、迷惑そうだったじゃない」
「わかるか?そうなんだ。しつこく迫りすぎた」
「しつこく迫るなんて、一樹らしくないね。そんなに魅力的なんだね、あの子。お話してみたいなぁ」
「変なこと吹き込むなよ!」
「ふふ」
余裕有りげにほほ笑む。
お前はいまが最高に幸せだろうから、いいよな。
ま、でもいまは親友のような存在の藍子が幸せなら、それでいいって思う。
残りのナポリタンを食べつつスープを飲むと、大嫌いなセロリが入っていて慌てて水を飲んだ。
……あぁ、彩歩は郷田の前でなにを食べたんだろう。気になる。
ランチを終えて店舗に戻り、涼しい顔で「お疲れ」と言って入っていく。バックヤードに人はいない。
店舗を覗くと、彩歩と郷田はなにやらランチで食べた物の話題で盛り上がっていた。
目を見つめ合わせて話しているなんて、羨ましすぎる。
俺のことを見てほしい。
俺を見てくれよ、彩歩。
後ろからふたりを見ている俺の背中に声がかかる。
「おーい。大丈夫か?」
ニッコリしながら声をかけてきたのは、営業部の大和田だ。
俺の同期で営業部のリーダーをやっている。
「これ、お届け物の書類です」
「お前が珍しいな」
「まあな。……なぁ。今夜、空いてるか?」
「あ、ああ」
「飲もうぜ。語りたい気分なんですぅ」
女性社員みたいな、おちゃらけた感じで言う。
「いいぞ。ってか、なにキャラ?」
「わからん。じゃあな」
「おう」
去って行く大和田を見送り、午後からも仕事に打ち込む。
店舗の売上数字と睨み合いながら、バックヤードで仕事をしていた。
資料を作成していると、電話が鳴った。
彩歩が素早く取ってくれる。
「はい、お待ちください。千場店長、札幌店の店長からお電話です」
「ありがとう。お電話変わりました千場です」
久しぶりに彩歩に呼ばれた。
俺の目を見て、名前を呼んでくれたことに感動する。
あくまでも仕事上のことだけど。
その日は、彩歩が遅番だった。
仕事を終えた俺と彩歩は一言も交わさないまま帰る準備をしていた。
なにか話しかけたいが言葉が思い浮かばない。
更衣室から出てきた彩歩と目が合う。
「おう。お疲れ」
冷静なふりをして声をかけた俺に、彩歩は悲しそうな表情を見せた。
俺と目が合うだけでそんなに嫌なのか?
「あの、千場店長……。人を外見で判断してるみたいな、誤解を受けさせることを言ってごめんなさい」
震える声で彩歩は一気に言い終えると、目をうるうるさせてる。
まさか、謝ってくれるなんて思わなかったから、俺は言葉が出てこなかった。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫。それ以外には言うことない?」
「えっと、……はい。ありません」
しばらく考えて彩歩は頭を下げた。
ここで、好きですなんて言ってくれたら嬉しかったのに。期待はしちゃいかんな。
「帰ります」
「ああ、待って。ランチはなにを食べたんだ?」
って、このタイミングでこの質問はありえないだろーが。
でも、気になって眠れなさそうなんだもの。
「ランチ……ですか?ラーメンですが……」
「ラ、ラーメン」
「どうされたんですか?」
「俺、彩歩がラーメンを食べている姿見たことない。もしかして、髪の毛をどちらかに寄せて手で押さえながら食べたパターンか?」
「はい?」
「もしかして、眼鏡……曇った?」
「はい。なので、はずして食べました」
なんてことだ。
ということは、郷田に裸眼を見せたのか。うわぁ、妬ける。
彩歩は、きょとんとした。
「あの、失礼します」
「あ、うん……じゃあ……」
去って行く足音が、だんだんと俺から離れていくように感じて切なくなる。
ごめんなさい……か。
『千場店長を好きです』とは、言ってくれないらしい。
彩歩が書く小説みたいに、俺の恋愛はうまくいかない。
ハッピーエンドは訪れるのだろうか?
*
仕事を終えた俺は、約束していた大和田と居酒屋に来ていた。
ふたりきりで焼き鳥を食べている。
狭いカウンターで肩を寄せ合いつつ、だらだらと飲んでいた。
「お願いがあるんだよ」
手を合わせながら大和田は、俺に甘ったるい視線を送ってくる。
どうせ、女関係だろ。
自分のことでいっぱいいっぱいなのに、めんどくせぇ。
「天宮さんっているだろう。実は……」
「ダメだ」
大和田が言い終える前に焦って話を止める。
彩歩だけは、絶対に無理だ。
すると、大和田はガハハハと豪快に笑い出す。
「へー。千場、あんな地味な子がいいのか?」
その余裕ある言い方に、大和田は彩歩狙いじゃないと悟る。
俺の勘違いに照れを隠しつつ、ビールを一気飲みした。
店員を捕まえておかわりをする。
「天宮さんと仲のいい三浦ちゃん狙いだから、安心してくれ」
「あ、三浦ね」
「実は、合コンで一緒になって名刺をあげたんだ。すると、同じ会社だったオチ。だけど偶然会っても、話しかけてこないんだよ。第一印象から気になっていてさ。観察していたら天宮さんと仲がいいみたいでさ……。四人で飲みに行かないか?」
「は?」
「お願いします。それに、それぞれが狙っている女なんだから、好都合だろ。だんだんと仲良くなって温泉旅行とかしたくね?浴衣姿、見れるぞ」
彩歩の浴衣姿を想像してみる。
温泉上がりのピンクに染まった頬。
遅れ髪……。たまんない。
何度もおかずにできそうだ。
それはナイスアイデアなのだが、俺は片想いどころか、嫌われている。
それに、どういう理由で誘ったらいいのだろうか。
「頼むって。な?」
「んー……」
「とにかく、気になるんだ。あの子ともっともっと話したいし、男なのにこんなピュアな気持ちは初めてというか。おかしいだろ?」
大和田は恋の話をうきうきしながらする。なんかいいなぁと思った。
応援したいって素直に思う。
ただ、大和田の恋愛に彩歩を絡めるのは気が引ける……。
もっと彩歩は俺を嫌いになるかもしれない。
*
謝ってくれた彩歩だけど、あれからも気まずい関係は続いていた。
メールも来ないし、店でも必要最低限のことしか話さない。
そんな彩歩を飲みに誘うのは、至難の業だ。
大和田のお願いを受けてからどうやって誘おうか、考えた結果……やっぱり、仕事関係しか思いつかなかった。
バックヤードで商品在庫表をチェックしていた彩歩に近づく。
「お疲れ」
「わ」
びっくりして振り向いた。
「ごめん。驚かせたな」
「なんでしょうか?」
「営業部の人間が色々話を聞きたいようなんだ。天宮……協力してくれないかな?」
「はい。わかりました」
上司としての命令だと、聞いてくれるみたいだ。
「三浦も一緒に、夜……どうかな?」
「夜ですか?」
警戒した顔をされると、また傷ついてしまう。
そんな顔しないでほしい。
でも、上司として笑顔で対応した。
「日中だと色々と忙しいし。ああ、小説で忙しいか?」
「いいですよ。三浦さんにも伝えておきます」
心良くとはいかなかったが、こんな感じで了承してくれた。
*
四人で行った創作居酒屋は個室だった。
女性と男性が隣同士に座って、向かい合う。
とりあえず乾杯すると、さすがは、大和田だ。営業部の人間だけあってトークがピカイチで、場を和ませてくれる。
三浦も大和田をしっかり見て話を聞いているし、フォローする必要もなくて楽だった。
その分、彩歩を観察できるからいい。
しばらくすると、彩歩がトイレに立ったから俺も吸い付くように一緒に出て行く。
あ、イケない……。
こういうことをするから、嫌われるのだった。
と、思いつつも急いでトイレを済ませて彩歩を待ち伏せしてしまう。
トイレから出てきた彩歩は、俺を見つけると怪訝そうな顔をして、横を通りすぎようとする。
慌てて手を掴んだ。
「ご、ごめん」
手をそっと離すと、彩歩は俺を見つめる。
「仕事の話だって言ったじゃないですか」
「あぁ、だよね。仕事の話、ほとんどしてないよね……あはは」
やばい。怒らせてしまった。どうしよう。
「実はさ、大和田が三浦を気に入っているみたいで。接点がないから協力してあげたいんだ。三浦にはまだなにも言わないでほしい」
「そういうことだったんですね」
ポツリと呟いた。
「私だって大人です。嘘はつかないでください」
「ごめん。悪かった」
ピシャリと言われるとついつい謝ってしまう。
でも、ふたりきりで話せるだけで、幸せだと感じるのだ。
もっといっぱい話がしたい。
「ちょっとだけ空気を吸いに行かないか。もう少しふたりきりにしてやりたいし」
「わかりました」
黙って俺の後ろをついて来てくれる。
ふたりで外に出ると生ぬるい空気が吹いていた。
居酒屋のビルの前においてあったベンチに並んで腰をかける。
「彩歩……あのさ。いままで、交換条件とか言って色々してごめんな」
このタイミングはどうなのかと思ったが、ちゃんと謝って、今度は向き合いたいと思った。
いままでのことを精算してスタートに戻ることはできないのだろうか。
「いいえ、大人ですから。私も経験させてもらえて感謝しています。編集の担当さんにもリアルでいいと褒められましたし」
俺はちょっと、悲しくなる。
あのセックスに『愛』は1ミリもなかったのかなって。
「また、する?」
こんな風におどけたようにしか、聞けないなんて俺は全然成長していないな。
「俺たち相性いいと思わない?」
「……そろそろ、部屋に戻りましょうか」
彩歩は、立ち上がった。
拒否、しなかったよな?
またチャンスがあれば、俺は彩歩を抱いてもいいのだろうか?
スタスタ歩いていく彩歩の後ろについて行きながら考えていると、立ち止まって振り返る。
「もしも……千場店長に好きな女の子がいるなら大事にしてから、抱いてあげてください。千場店長は表現が激しすぎます」
「え?」
「ちゃんとデートしたり、記念日を過ごしてください。抱き合うのが中心じゃなくて、キスしたり手を繋いだり、思いやりを持って接してあげると、彼女さんは喜ぶと思いますよ」
言い切った彩歩は、顔を赤くして進行方向に向いて歩いていく。
彼女?
俺に、彼女がいると思ってるんだろうか?
部屋に入ると、大和田と三浦はアルコールも入っているからか、盛り上がっていた。
「彩歩ちゃんって、誕生日いつなの?」
「え?」
「誕生日占いやってたんだ」
三浦さんは少し前まで盛り上がっていた話題を、彩歩に振ったようだ。
「7月24日です」
「まじでー?もうすぐじゃない?お祝いしようよ!」
「ああ……ありがとうございます」
「じゃあ、その週の土日で四人で温泉に泊まってお祝いしない?」
大和田はなんという、ナイスアイデアを出す男なのだろう。
感心する。
「え、四人で……ですか?」
困惑している彩歩。
「賛成!行こうよ!」
バッグから紙を出して、シフトを確認する三浦さん。
「やった!この週の土日皆休み!」
三浦さんもどうやら大和田を気に入ったらしい。
彩歩は、勢いに押されて困った顔をしながら、渋々了承してくれた。
彩歩とお泊りできるなんて、夢のようだ。
どうしよう、幸せすぎる。誕生日プレゼントは気合いを入れて買わなきゃな。
なにがいいだろう。
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