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9『俺に訪れた春:千場side』
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頭が痛い。やる気が出ない。
北海道へ出張するために飛行機に乗っている俺は、ぼんやりと彩歩のことを考えていた。
「もう、交換条件で縛り付けるのはやめる」
なんて、言わなきゃよかった。やっと、手に入れることができたのに。
もう、触れられないなんて、俺……生きていけるだろうか。
想って想ってあそこまで持って行くことができたのに。
自分の行動をここまで悔やんだことはない。
彩歩が入社する前に、突然、社長が俺のところへやって来た。
3月で桜が綺麗に咲いている頃で、店舗も桜の装飾をしている時だった。朝早い時間にひとりで掃除をしていると、いきなり背後から話しかけられて驚いた。
『天宮彩歩さんは、千場君の店に配属になったんだね』
『社長、おはようございます。はい。明日から天宮さんという方が配属になります』
うんと深く頷いて『頼んだよ。くれぐれも、頼んだよ』と言って店を出て行った。
なんだ。
コネで入った子なのか。努力もしないで、そういうのって嫌いだ。
初めの頃は、そんなふうに思っていた。
実際、彩歩は内気な子だった。
なぜこんな暗くて地味な子を採用したのか。それは、コネだからだろうと思いイライラしていた。
じゃあ俺の力で一流のスタッフにしてやろうじゃないか。
俺は、自分の店の一員として教育に熱を入れた。
売上がよかった俺の店で、大事なお客様に失礼な対応をされては困る。しつこくしつこく、お辞儀の練習をさせた。
『天宮。なんで何回も同じこと言わせるの?』
『申し訳ありません……』
社長のコネだから、きっといいところのお嬢さんなんだろうと勝手に思っていた。
少々厳しかった俺だが、入社して10ヶ月が過ぎた日。
彩歩が陰で努力する子だと知る。
バックヤードで鏡をじっと見ている彩歩は、一生懸命笑顔を作っていた。
散々『笑顔が下手だね、キミは』と言って怒っていたからだろうか。
あの時は、申し訳ないと密かに反省していた。
それから、俺は彩歩を観察するようになる。
誰よりも丁寧に商品を掃除していて、時には商品と会話しているようにも見えた。
優しい眼差しで柔らかそうな指で商品を包み込んでいる横顔が美しい。
地味で暗い子だと思っていたが、柔らかくほほ笑む姿は誰よりも魅力的だった。
自慢じゃないけど俺は、女からは好かれるタイプで黙っていても寄ってくる。しかし、彩歩は俺に見向きもしない。
厳しくしたからだろうか。
入社して1年が過ぎた頃。再び社長がきて喫茶店に連れて行かれた。
『天宮さんは順調に育ったようだね。やっぱり、千場君に任せてよかったよ』
『はい……。接客もちゃんとできますし、しっかりした社員です』
『実はね、僕には10歳離れた姉がいるんだが、天宮さんは、姉の友人のお孫さんなんだ。天宮さんと僕は接点がないけどね。天宮さんが入社する1ヶ月前に姉の友人……ようするに、天宮さんのお婆さんは亡くなられていてね』
話を一度切って続ける。
俺は真剣に耳を傾けていた。
『天宮さんは小さい頃からお婆さんに育てられたらしい。内気な子で面接は何社も落ちていたようでね。たまたまうちの求人を見つけてた天宮さんは『ここに入りたい』って珍しく頬を染めて言ってたそうで。もちろん、姉と我社が繋がっていると天宮さんは知らなかった。天宮さんのお婆さんが、心を痛めて、姉にお願いをして、姉から僕に頼まれたんだ』
衝撃的な事実を知って、俺は胸が痛んだ。
『コネみたいなのは嫌だったが、姉のお願いだった上、複雑な環境で育っていた子だったから採用を決めたんだ。でも、安心したよ。ちゃんとやっているようで』
社長は安心したようにほほ笑んで、コーヒーを啜っていた。
自分の先入観で判断してはいけないと、深く反省しつつ、俺はどんどん彩歩を好きになっていた。
彩歩を思い出すと呼吸が苦しくなることが多くなり、恋だと悟った。
学生時代に経験した苦い恋、以来だった。
なかなか人を好きになれない俺に訪れた春であった。
好きになってしまえば手に入れたい。
ちょっとずつ彩歩に話しかけるが、彩歩はクールでなかなか振り向いてくれずにいた。
どうにか、手に入れたい――。
こんな気持ちになるなんて、自分でも信じられなかった。
そんなある日だ。
仕事を終えた俺は、メモリースティックを拾った。
誰の物なのかチェックしようとパソコンで確認すると、女性向けの恋愛小説だった。
(うちの店の子が書いているのだろうか……)
休憩時間に彩歩がノートパソコンを持ってきているのは見たことがあるが、もしかして、彩歩が書いたとか?
黒い期待が胸に膨らんで悪いことを考えてしまう。
彼女の秘密かもしれないぞ。妙な興奮を覚えていた。
そんな風に思っていると、ドアが開いた。
「お、お疲れ様です……」
俺の大好きな子の声に、ぞくぞくと喜びが沸き上がってくる。慌ててなにかを探している彩歩の気配を楽しみつつ、俺は小説を読み続ける。
若干の性描写が書かれてあった。
へぇ、あんな大人しい性格をして頭の中ではこんな妄想をしてるんだ。余計に興味が湧く。
どうしても、もっと近づきたくなった俺は「交換条件」で彩歩を束縛することにした。
初めは、ちょっとエッチな小説を書いているくらいだから、男性と交際したことがあるのだろうなと思っていたが、バージンだと知った。
ファーストキスすらしたことなくて、毎回、震えながら俺を受け入れてくれる。知れば知るほど、彩歩は純粋でピュアな女だった。
しかし、交換条件だからであって、俺を本当に受け入れてくれたんじゃない。
イヤイヤだ。
我慢しているに違いない。
それに……彩歩は、郷田みたいな男がタイプなのは知っていた。
小説を見れば一目瞭然だ。
真面目な硬いタイプの人物はキラキラ輝いているんだもの。
俺と真逆の人……。
「この飛行機はあと10分程度で着陸態勢に入ります」
目を閉じて彩歩のことを考えていると、機内アナウンスが聞こえてきた。
俺は恋愛に関しては、不器用な男なのかもしれない。
彩歩の初めてを全ていただくことはできたが、心だけはもらえなかった。
ハッキリとチャラいと言われて拒否をされて。
俺は大失恋をしたのだ。大の男が情けなっ。
交換条件をやめると言ったのは、賭けだった。
もしかしたら、彩歩の心に恋が芽生えていないだろうか?
俺に惚れてないかなって。見事に玉砕してしまった。
札幌に着いてスマホをチェックするが、やっぱり彩歩からのメールはない。小さくため息をついて、札幌の店舗へ向かう。
駅中にある店に行くと、店長が接客をしているところだった。
観察しつつ、店舗を見ている。
季節を考えて配置しているのだろうか。
今回の目的は、業績がいい店舗の長が、売り上げの悪い店舗の長へアドバイスをすること。
何度かこのような仕事はしたが、年上の店長だっていっぱいいる。
正直なところあいつは生意気だって思う人もいるかもしれないが、俺は徹底して仕事には取り組むつもりでいた。
「お疲れ様です」
接客が終わった女性店長に話しかけると、顔が強張る。
キツイことを言われると思っているのだろう。
……が、俺は上から頭ごなしに言うのは嫌いだから、まずは人間関係を作っていく。
「ランチ、一緒に行きません?」
「は、はい。あと10分くらいで行けます」
「ぜひ。美味しい店を教えてください。ご馳走します」
俺と同じくらいの年齢の女性店長なのだが、この店は場所もよく集客も悪くないのに売上が比例してこない。
まずは、店長ヒアリングをするとしよう。
ランチは落ち着いた雰囲気の寿司屋だった。
カジュアルな店でコーヒーでも飲めそうな雰囲気だ。
北海道の寿司は美味しい。
彩歩にも、食べさせてあげたい。きっと、頬を染めて喜んでくれるだろうな。
「俺の好きな子も連れてきたいですよ。あぁ、片思いなんですけどね」
「好きな人……?」
仕事の話をするのかと思っていたらしい店長は、きょとんとしている。
肩の力を抜いてほしいのと、俺は容姿がいいからふたりきりになると勘違いされてしまうため、あなたは恋愛対象外ですとのアピールなのだ。
「片思いなんですか?」
「まあねぇ。内緒にしてくださいね。店長は仕事をする上での楽しみってなんですか?」
「楽しみ……」
んーっと、考えている。
この答えをスッと出してくる人は、仕事にやりがいを感じている人で売上がよかったりするのだ。
「んー」
「難しく考えないでください。好きな人とのデート資金のためでもいいし、趣味のためでもいい。なにか楽しいことを達成するための仕事だと思うんです。その為に、僕らはお客様に商品をご購入していただく。もちろん、お客様が気に入って喜んでもらえるようにアピール、セールスをする。それが、僕らの仕事なんです。そのためには、商品の見せ方も大事ですし、お客様の話を聞いておすすめするのも大事なんですね。喜ぶ笑顔をいただいて、お金をいただいて、自分の喜びになる。誰かに火を灯してあげれば、自分の前も明るくなりますよね。そんな原理なんですよ」
店長はなるほど、なるほど、と聞いてくれる。
真剣な眼差しを見れば、この店は売上がもっと上がるのだと確信した。だからこそ、厳しいことも伝えるのだ。
「季節を考えて配置していますか?お客様に感謝していますか?」
「……いいえ。配慮が足りなかったと思いました」
「大丈夫です。店長なら、できます。いい報告待ってますから」
パッと咲いた笑顔を見届けて、会計を済ませる。
俺はここの店長の2倍は給与をもらっているから、こうしてあげるのは当たり前だ。
こうして札幌の店舗を数店舗回り、店長ヒアリングをして過ごした。
人に会っている時は、笑顔で過ごしていたけれど夜になりひとりになると、テンションが一気に下がってしまうのだ。
彩歩に会いたくて、息が苦しくなる……。
スマホばかり握っていたが、メールは一度も来なかった。本当に、ほんのすこしも、俺のこと……好きじゃないわけ?
彩歩、冷たい。
誰にも当たれない感情を押し殺しつつ、ベッドに横になった。
明日は東京へ戻って夜は暑気払いか。
彩歩に、どんな態度を取るといいのだろう。
北海道へ出張するために飛行機に乗っている俺は、ぼんやりと彩歩のことを考えていた。
「もう、交換条件で縛り付けるのはやめる」
なんて、言わなきゃよかった。やっと、手に入れることができたのに。
もう、触れられないなんて、俺……生きていけるだろうか。
想って想ってあそこまで持って行くことができたのに。
自分の行動をここまで悔やんだことはない。
彩歩が入社する前に、突然、社長が俺のところへやって来た。
3月で桜が綺麗に咲いている頃で、店舗も桜の装飾をしている時だった。朝早い時間にひとりで掃除をしていると、いきなり背後から話しかけられて驚いた。
『天宮彩歩さんは、千場君の店に配属になったんだね』
『社長、おはようございます。はい。明日から天宮さんという方が配属になります』
うんと深く頷いて『頼んだよ。くれぐれも、頼んだよ』と言って店を出て行った。
なんだ。
コネで入った子なのか。努力もしないで、そういうのって嫌いだ。
初めの頃は、そんなふうに思っていた。
実際、彩歩は内気な子だった。
なぜこんな暗くて地味な子を採用したのか。それは、コネだからだろうと思いイライラしていた。
じゃあ俺の力で一流のスタッフにしてやろうじゃないか。
俺は、自分の店の一員として教育に熱を入れた。
売上がよかった俺の店で、大事なお客様に失礼な対応をされては困る。しつこくしつこく、お辞儀の練習をさせた。
『天宮。なんで何回も同じこと言わせるの?』
『申し訳ありません……』
社長のコネだから、きっといいところのお嬢さんなんだろうと勝手に思っていた。
少々厳しかった俺だが、入社して10ヶ月が過ぎた日。
彩歩が陰で努力する子だと知る。
バックヤードで鏡をじっと見ている彩歩は、一生懸命笑顔を作っていた。
散々『笑顔が下手だね、キミは』と言って怒っていたからだろうか。
あの時は、申し訳ないと密かに反省していた。
それから、俺は彩歩を観察するようになる。
誰よりも丁寧に商品を掃除していて、時には商品と会話しているようにも見えた。
優しい眼差しで柔らかそうな指で商品を包み込んでいる横顔が美しい。
地味で暗い子だと思っていたが、柔らかくほほ笑む姿は誰よりも魅力的だった。
自慢じゃないけど俺は、女からは好かれるタイプで黙っていても寄ってくる。しかし、彩歩は俺に見向きもしない。
厳しくしたからだろうか。
入社して1年が過ぎた頃。再び社長がきて喫茶店に連れて行かれた。
『天宮さんは順調に育ったようだね。やっぱり、千場君に任せてよかったよ』
『はい……。接客もちゃんとできますし、しっかりした社員です』
『実はね、僕には10歳離れた姉がいるんだが、天宮さんは、姉の友人のお孫さんなんだ。天宮さんと僕は接点がないけどね。天宮さんが入社する1ヶ月前に姉の友人……ようするに、天宮さんのお婆さんは亡くなられていてね』
話を一度切って続ける。
俺は真剣に耳を傾けていた。
『天宮さんは小さい頃からお婆さんに育てられたらしい。内気な子で面接は何社も落ちていたようでね。たまたまうちの求人を見つけてた天宮さんは『ここに入りたい』って珍しく頬を染めて言ってたそうで。もちろん、姉と我社が繋がっていると天宮さんは知らなかった。天宮さんのお婆さんが、心を痛めて、姉にお願いをして、姉から僕に頼まれたんだ』
衝撃的な事実を知って、俺は胸が痛んだ。
『コネみたいなのは嫌だったが、姉のお願いだった上、複雑な環境で育っていた子だったから採用を決めたんだ。でも、安心したよ。ちゃんとやっているようで』
社長は安心したようにほほ笑んで、コーヒーを啜っていた。
自分の先入観で判断してはいけないと、深く反省しつつ、俺はどんどん彩歩を好きになっていた。
彩歩を思い出すと呼吸が苦しくなることが多くなり、恋だと悟った。
学生時代に経験した苦い恋、以来だった。
なかなか人を好きになれない俺に訪れた春であった。
好きになってしまえば手に入れたい。
ちょっとずつ彩歩に話しかけるが、彩歩はクールでなかなか振り向いてくれずにいた。
どうにか、手に入れたい――。
こんな気持ちになるなんて、自分でも信じられなかった。
そんなある日だ。
仕事を終えた俺は、メモリースティックを拾った。
誰の物なのかチェックしようとパソコンで確認すると、女性向けの恋愛小説だった。
(うちの店の子が書いているのだろうか……)
休憩時間に彩歩がノートパソコンを持ってきているのは見たことがあるが、もしかして、彩歩が書いたとか?
黒い期待が胸に膨らんで悪いことを考えてしまう。
彼女の秘密かもしれないぞ。妙な興奮を覚えていた。
そんな風に思っていると、ドアが開いた。
「お、お疲れ様です……」
俺の大好きな子の声に、ぞくぞくと喜びが沸き上がってくる。慌ててなにかを探している彩歩の気配を楽しみつつ、俺は小説を読み続ける。
若干の性描写が書かれてあった。
へぇ、あんな大人しい性格をして頭の中ではこんな妄想をしてるんだ。余計に興味が湧く。
どうしても、もっと近づきたくなった俺は「交換条件」で彩歩を束縛することにした。
初めは、ちょっとエッチな小説を書いているくらいだから、男性と交際したことがあるのだろうなと思っていたが、バージンだと知った。
ファーストキスすらしたことなくて、毎回、震えながら俺を受け入れてくれる。知れば知るほど、彩歩は純粋でピュアな女だった。
しかし、交換条件だからであって、俺を本当に受け入れてくれたんじゃない。
イヤイヤだ。
我慢しているに違いない。
それに……彩歩は、郷田みたいな男がタイプなのは知っていた。
小説を見れば一目瞭然だ。
真面目な硬いタイプの人物はキラキラ輝いているんだもの。
俺と真逆の人……。
「この飛行機はあと10分程度で着陸態勢に入ります」
目を閉じて彩歩のことを考えていると、機内アナウンスが聞こえてきた。
俺は恋愛に関しては、不器用な男なのかもしれない。
彩歩の初めてを全ていただくことはできたが、心だけはもらえなかった。
ハッキリとチャラいと言われて拒否をされて。
俺は大失恋をしたのだ。大の男が情けなっ。
交換条件をやめると言ったのは、賭けだった。
もしかしたら、彩歩の心に恋が芽生えていないだろうか?
俺に惚れてないかなって。見事に玉砕してしまった。
札幌に着いてスマホをチェックするが、やっぱり彩歩からのメールはない。小さくため息をついて、札幌の店舗へ向かう。
駅中にある店に行くと、店長が接客をしているところだった。
観察しつつ、店舗を見ている。
季節を考えて配置しているのだろうか。
今回の目的は、業績がいい店舗の長が、売り上げの悪い店舗の長へアドバイスをすること。
何度かこのような仕事はしたが、年上の店長だっていっぱいいる。
正直なところあいつは生意気だって思う人もいるかもしれないが、俺は徹底して仕事には取り組むつもりでいた。
「お疲れ様です」
接客が終わった女性店長に話しかけると、顔が強張る。
キツイことを言われると思っているのだろう。
……が、俺は上から頭ごなしに言うのは嫌いだから、まずは人間関係を作っていく。
「ランチ、一緒に行きません?」
「は、はい。あと10分くらいで行けます」
「ぜひ。美味しい店を教えてください。ご馳走します」
俺と同じくらいの年齢の女性店長なのだが、この店は場所もよく集客も悪くないのに売上が比例してこない。
まずは、店長ヒアリングをするとしよう。
ランチは落ち着いた雰囲気の寿司屋だった。
カジュアルな店でコーヒーでも飲めそうな雰囲気だ。
北海道の寿司は美味しい。
彩歩にも、食べさせてあげたい。きっと、頬を染めて喜んでくれるだろうな。
「俺の好きな子も連れてきたいですよ。あぁ、片思いなんですけどね」
「好きな人……?」
仕事の話をするのかと思っていたらしい店長は、きょとんとしている。
肩の力を抜いてほしいのと、俺は容姿がいいからふたりきりになると勘違いされてしまうため、あなたは恋愛対象外ですとのアピールなのだ。
「片思いなんですか?」
「まあねぇ。内緒にしてくださいね。店長は仕事をする上での楽しみってなんですか?」
「楽しみ……」
んーっと、考えている。
この答えをスッと出してくる人は、仕事にやりがいを感じている人で売上がよかったりするのだ。
「んー」
「難しく考えないでください。好きな人とのデート資金のためでもいいし、趣味のためでもいい。なにか楽しいことを達成するための仕事だと思うんです。その為に、僕らはお客様に商品をご購入していただく。もちろん、お客様が気に入って喜んでもらえるようにアピール、セールスをする。それが、僕らの仕事なんです。そのためには、商品の見せ方も大事ですし、お客様の話を聞いておすすめするのも大事なんですね。喜ぶ笑顔をいただいて、お金をいただいて、自分の喜びになる。誰かに火を灯してあげれば、自分の前も明るくなりますよね。そんな原理なんですよ」
店長はなるほど、なるほど、と聞いてくれる。
真剣な眼差しを見れば、この店は売上がもっと上がるのだと確信した。だからこそ、厳しいことも伝えるのだ。
「季節を考えて配置していますか?お客様に感謝していますか?」
「……いいえ。配慮が足りなかったと思いました」
「大丈夫です。店長なら、できます。いい報告待ってますから」
パッと咲いた笑顔を見届けて、会計を済ませる。
俺はここの店長の2倍は給与をもらっているから、こうしてあげるのは当たり前だ。
こうして札幌の店舗を数店舗回り、店長ヒアリングをして過ごした。
人に会っている時は、笑顔で過ごしていたけれど夜になりひとりになると、テンションが一気に下がってしまうのだ。
彩歩に会いたくて、息が苦しくなる……。
スマホばかり握っていたが、メールは一度も来なかった。本当に、ほんのすこしも、俺のこと……好きじゃないわけ?
彩歩、冷たい。
誰にも当たれない感情を押し殺しつつ、ベッドに横になった。
明日は東京へ戻って夜は暑気払いか。
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