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1『弱みを握られました』
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プロローグ
『「俺のことが好きだったんだな」
怪しげな笑顔を浮かべながら近づいてくる。
追い詰められて、後ずさる私はロッカーに背がついて逃げ場を失った。
係長はロッカーに手をついて顔をグッと近づけてきた。眼鏡の奥の目は私を捉えて離さない。
頭に触れた手は少し強引に私を上を向かせる。ねっとりと視線を絡め合わせると、係長の唇が私の唇に触れた。
緊張のあまり固く閉じた唇を割って入ってくる舌は、生き物のようにくねくねと動いて口内を犯していく。
静かな倉庫に濡れたキスの卑猥な音が響き、淫らだ。
――誰か来たらどうしよう。
係長の長い指がタイトスカートの裾に触れるだけで、私の身体はビクンと震えた。あの指に触れてほしいと願っていた。やっと、夢が叶うのだ。そう思うと、下腹部が急に熱を帯びてくる。
「いやっ……」
「可愛い声だ。もっと感じている声を聞かせてごらん」
耳元で囁かれるだけで、全身に鳥肌が立ち、胸の突起は硬くなりはじ……』
パソコンのキーボードを打つ手を止めた。
「んー……。あーもう、無理」
実際、囁かれるだけで胸の先っぽは、硬くなるのだろうか。
部屋着であるスウェット生地のワンピースの上から、申し訳程度に膨らんでいる、誰にも触れられたことがない胸を見る。
「ラブシーンを書くのってやっぱり苦手……」
BackSpaceを押して文章を消して、腕を伸ばしてストレッチすると、ベッドに転がる。
銀縁フレームの眼鏡を外して隣にある机に置いた。
私、天宮彩歩(あまみやあやほ)は、二十四歳の地味な雑貨販売員兼小説家だ。小説家と言っても紙書籍を出したことはない。
数年前から自分の書いたものを読んでもらいたいと思いWebに自分の小説を掲載したのをきっかけに、二年前から月一ペースで『春月さくら』というペンネームで電子書籍を発表している。
仕事を終えた夜や休みの日に執筆をしていて、紙書籍を出すのが夢で公募も挑戦中だ。
でも、小説を書いているのは誰にも言っていない秘密である。
私が書いているのは、ちょっとエッチなティーンズラブ小説だから……。
二十四歳にして男性経験ゼロのバージン女である私がラブシーンを書くのは、酷なこと。毎晩、ピンク色の妄想をして、悶々と過ごしている。
男性と付き合ってそういうことをするのは興味があるけど、いままでにチャンスが訪れなかった。
手ほどきしてくれる素敵な男性が現れないかな。リアルで面白い小説を書くためにも。
ぼうっと天井を見上げる。
――恋愛か。
本気で好きになれる人に出会えるといいのだけど、消極的な性格だし、なかなか男性に声もかけられない。
誰かにたっぷり愛されて甘やかされてみたい。女としての幸せを味わってみたい。そんな甘い妄想をしながら、意識を手放した。
『「俺のことが好きだったんだな」
怪しげな笑顔を浮かべながら近づいてくる。
追い詰められて、後ずさる私はロッカーに背がついて逃げ場を失った。
係長はロッカーに手をついて顔をグッと近づけてきた。眼鏡の奥の目は私を捉えて離さない。
頭に触れた手は少し強引に私を上を向かせる。ねっとりと視線を絡め合わせると、係長の唇が私の唇に触れた。
緊張のあまり固く閉じた唇を割って入ってくる舌は、生き物のようにくねくねと動いて口内を犯していく。
静かな倉庫に濡れたキスの卑猥な音が響き、淫らだ。
――誰か来たらどうしよう。
係長の長い指がタイトスカートの裾に触れるだけで、私の身体はビクンと震えた。あの指に触れてほしいと願っていた。やっと、夢が叶うのだ。そう思うと、下腹部が急に熱を帯びてくる。
「いやっ……」
「可愛い声だ。もっと感じている声を聞かせてごらん」
耳元で囁かれるだけで、全身に鳥肌が立ち、胸の突起は硬くなりはじ……』
パソコンのキーボードを打つ手を止めた。
「んー……。あーもう、無理」
実際、囁かれるだけで胸の先っぽは、硬くなるのだろうか。
部屋着であるスウェット生地のワンピースの上から、申し訳程度に膨らんでいる、誰にも触れられたことがない胸を見る。
「ラブシーンを書くのってやっぱり苦手……」
BackSpaceを押して文章を消して、腕を伸ばしてストレッチすると、ベッドに転がる。
銀縁フレームの眼鏡を外して隣にある机に置いた。
私、天宮彩歩(あまみやあやほ)は、二十四歳の地味な雑貨販売員兼小説家だ。小説家と言っても紙書籍を出したことはない。
数年前から自分の書いたものを読んでもらいたいと思いWebに自分の小説を掲載したのをきっかけに、二年前から月一ペースで『春月さくら』というペンネームで電子書籍を発表している。
仕事を終えた夜や休みの日に執筆をしていて、紙書籍を出すのが夢で公募も挑戦中だ。
でも、小説を書いているのは誰にも言っていない秘密である。
私が書いているのは、ちょっとエッチなティーンズラブ小説だから……。
二十四歳にして男性経験ゼロのバージン女である私がラブシーンを書くのは、酷なこと。毎晩、ピンク色の妄想をして、悶々と過ごしている。
男性と付き合ってそういうことをするのは興味があるけど、いままでにチャンスが訪れなかった。
手ほどきしてくれる素敵な男性が現れないかな。リアルで面白い小説を書くためにも。
ぼうっと天井を見上げる。
――恋愛か。
本気で好きになれる人に出会えるといいのだけど、消極的な性格だし、なかなか男性に声もかけられない。
誰かにたっぷり愛されて甘やかされてみたい。女としての幸せを味わってみたい。そんな甘い妄想をしながら、意識を手放した。
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