角持ち奴隷少女の使用人。

四つ目

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244、感情。

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最近の複眼は、日々をぼんやりと過ごしていた。
何時ものテキパキと仕事をする様子は見えず、彼女に絡まれてもどうにも覇気が無い。
普段が普段なだけに、そしてつい最近の出来事が出来事だけに、皆が少し心配している。

虎少年に恋人のふりをして貰い、それを貫いて一人の男性をふった。
それは確かに元々の予定ではあったが、もしかしたら思う所が有ったのではと。
当然虎少年も訊ねはしたが、複眼は首を横に振るだけで、その内容は口にしていない。

ただ普段は仕事が有るからか、少しぼんやりとしつつもしっかりと動いていた。
だからそのうち元気になるだろうかと少し様子を見ていたのだが、現在複眼は休みの日に一切何もせず、庭で屋敷に背を預けながら座って只々空を眺めている。

その様子は不安を更に煽るのに十分で、流石に彼女ですら真剣に心配する様子を見せていた。
何せ複眼は休日であろうと暇なら台所に居る人間なのだから。

そんな複眼の下に、小さな影が横から落ちる。

「・・・ん? ちみっこ?」

複眼が横を向くと、そこにはお菓子とお茶をお盆に乗せた少女が立っていた。
ニコリ、と笑ったつもりだろうが、少しぎこちない笑い方で。
普段の無邪気な笑顔の少女を知っているだけに、複眼は苦笑しながらお盆ごと受け取った。

「ちみっこ、ここにおいで」

複眼はお盆を横に置くと、ポンポンと自分の足の間の地面を叩く。
少女は一瞬首を傾げたが、すぐに素直に従って複眼の足の間に座って体を寄せた。
猫の様にスリスリと体を寄せながら、上目遣いで複眼の様子を窺う少女

言われるがままに素直に座った少女をの頭を優しく撫で、複眼は楽しそうにクスクスと笑った。
久しぶりに良い笑顔で笑っている複眼に嬉しくなり、えへへーと少女は笑い返している。
だがそんな光景は少しの間だけで、少女を見つめる複眼の表情は次第に沈んで行く。

「ほんと、素直で良い子だね、ちみっこは」

褒められている筈の言葉。だけどその言葉の割に声は沈んでいる。
少女は心配で元気付けたいのだが、どうしたら良いのか解らずにオロオロとしていた。
何せ元気づけようと持って来たお茶と手作りお菓子には、一切手を付けられていないのだ。

だがどうするかの結論が出る前に、複眼が少女をぎゅっと抱き締める。
ふえっと声を漏らして驚く少女を離さずに、複眼はゆっくりと口を開いた。

「私はさ、昔から反抗的な娘、だったんだと思う。親の言いなりになるのが嫌でさ。親から離れたいと思ったし、一人で生きていく力が欲しいって思って、周りが見えてなかった」

その独白は何を思ってだったのかは複眼にしか解らない。
だが誰にも、虎少年にも話してない事を、複眼は少女に対して口にしている。
少女自身はその事を自覚していないが、それでも大事な話をされていると真剣に聞いていた。

「その結果、一人の人間の人生を、大きく無駄にさせちゃった。だからってあの場で婚約者になるつもりなんて本気で無かったけど・・・それでも、あれから、ずっと申し訳なくてさ」

複眼は少女を抱き締める力を強めながら、懺悔の言葉を口にする。
それは許して欲しいから口にしている訳じゃない。許して欲しい等とは思っていない。

ただただ申し訳なくて、そしてそんな自分の有り方に少し嫌な気分になってしまって。
胸の内にどうしようもない罪悪感が日々募って苦しくて、ついそんな言葉が口に出た。
父に反抗して生きて来た自分の在り方が、あんな形で人に影響を与えるなど思わず、そしてそんな未熟な今の自分も情けなくて。

「ちみっこみたいに、素直に良い子なら、もう少し何かが違ったのかな」

複眼の瞳からは涙は出ていない。だけど少女には複眼が泣いている様に見えた。
泣いて、縋って、ただ甘えたくて、ただ傍に居て欲しくて、ただ聞いて欲しいと。
普段はとても頼りになるお姉さんが、何だかとてもか弱く幼い女の子の様に。

少女はそんな複眼を抱きしめ返し、後ろに回した手で優しく頭を撫でる。
すると複眼の腕の力が少し弱まり、その後もっと強くなった。
まるで姉に甘える妹か、母に甘える娘の様に、少女の胸に頭を埋めて。

「わっかんないんだよねぇ・・・私のどこに、惚れる様な要素が有ったのか・・・それを告げられても彼に一切心が動かなかった自分の、何処が良かったのか、全然解んない・・・!」

罪悪感が無いというのはあり得ない。もしそうならこんなに苦しんでいない。
だけど複眼は自分に告白をしてきた相手に、二度もして来た相手に心が揺らがなかった。

ドキッとする様な感覚を知らないと言うならまだ解る。
だけど複眼は、その感情を知らない訳では無いのだ。ちゃんと知っているのだ。
少なくともつい最近、虎少年にそれなりに心を動かされる程度には。

だからこそ、こんな自分に想いを告げる為に何年も頑張った彼に、何も感じなかった自分が気持ち悪かった。
一途に思ってくれた人間に、何の感慨も持てなかった自分がとても嫌だった。
想いを嬉しいと口にしながら、腹の内では殆ど無感情な自分が、心底下らない人間に感じてしまったのだ。

「ごめんね、言われても困るよね、こんな事・・・でも今だけは、ちょっとだけ、ごめんね」

少女は自分の胸の中で謝る複眼に、声を震わせながら謝る複眼にフルフルと横に首を振る。
そしてきゅっと頭を抱え込み、複眼が離れるまで優しく、優しくずっと撫で続けていた。









「はぁー・・・お茶美味しい」

暫く経った後、そこにはのんびりとお茶を飲む複眼の姿が在った。
少女はその足の間でサクサクとクッキーを食べてニコニコしている。

「・・・さっきの、内緒にしてね?」

少し照れ臭そうに複眼が言うと、少女はコクコクと元気良く頷く。
元々話すつもりは無かったし、複眼が元気になったならそれで良いのだ。
なので少女はクッキーを手に持ち、あーんと口を開けて複眼の口に持って行き、素直にぱくっと咥えた複眼を見て満足していた。

「あの・・・」

そこにおずおずといった様子でやって来た虎少年。
少女が向かったのは知っていたが、帰りが遅いので追加の応援人員である。

ただ二人の様子にきょとんとした顔をして、そんな虎少年に複眼は思わず吹き出してしまった。
そのせいで余計に状況が理解出来ず、虎少年は少女に助けを求める様に視線を向ける。
当の少女はと言うと、ニコーッと笑うだけであった。全く頼りにならない様である。

「ありがとうね。もう大丈夫だから。心配かけてごめんね」
「あ・・・はい、そうですか、なら、良かったです」

ただ複眼の普段の笑みから紡がれた言葉に、虎少年はそれ以上の事は言わなかった。
虎少年には気になる部分が当然有る。
だがそれでも本人が笑顔でもう大丈夫というのなら、きっとそれで良いのだ。

そう結論を出して笑顔で応え、その場を去ろうとする虎少年。
だがそれは複眼が腕を掴んだ事によって阻止され、ガクンと体勢を崩す。

「うわっ!?」
「よっと」

複眼に引っ張られて変な体勢でこけそうになる虎少年だったが、複眼が上手く支えて引き寄せ、ぽすんと腕の中に納まっていた。
少女はいそいそと立ち上がると虎少年の前に陣取り直し、複眼も少女ごと虎少年を抱える。
無駄に良いチームワークである。

「あ、あの・・・えーと」
「はい虎ちゃん、あーん」
「あー、あーん?」

複眼にクッキーを差し出され、少女にもお茶を出され、とりあえず素直に従う虎少年。
相変わらず状況に付いて行けていないが、二人がご機嫌なのでまあ良いかと諦めるのであった。
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