角持ち奴隷少女の使用人。

四つ目

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234、匂いに釣られ。

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「うーん・・・久々だけど、走り難いな、やっぱり」

大型二輪特有の重低音を鳴らしながら、複眼は小さく独り言を呟いていた。
とはいえ走行中なので叫びでもしない限り聞こえはしなかっただろう。
メットもバイザー付きなので余計に聞こえるはずもない。

今日の移動はサイドカーである。
となると当然だが、普通の二輪車を運転する様な真似は出来ない。
少なくとも車体を思いきり倒す、などの行為は絶対に出来るはずもない。
サイドカーに乗っている人間の事を無視するならば別の話だが。

そして乗っている少女はというと、足をパタパタとご機嫌に動かして楽し気な様子だ。
手を握っている様にと事前に言われてなければ、キャッキャッと腕も動いていたかもしれない。
後ろに乗っている虎少年はその様子をクスクスと笑って眺めていた。

因みに少女のメットであるが、前側に角や触覚が有る人用のメットをわざわざ買って来た物だ。
購入者は女であり、何時か乗せる気満々だった事が伺える。
今日は一緒に出掛けられない用事がり、女は泣く泣く複眼に託したのだった。

因みに虎少年のメットは頭の上だけを守るメットで、ゴーグルが付いている普通の物だ。
ただしゴーグルの形状が普通の二つ目の人間用なので、獣型の虎少年には合わないのだが。
とはいえ虎少年もサイドカーに乗るなど初めての経験で、少女程では無いが内心テンションが上がっている。

そんな調子で走ること暫く、街と言える光景に差し掛かった所で停車する複眼。
ビルの類は有るがオフィス街といった様相で、少女が楽しめそうな物は近くに在りそうにない。
別に複眼の独断ではなく、元々停める予定の場所ではあるのだが。

「この辺りで良いんだよね?」
「はい、すみません。ありがとうございます」

複眼が訊ねると、虎少年はサイドカーから降りてメットを複眼に渡した。
そして礼を述べて少女の頭を撫でてから、手を振ってその場を去って行く虎少年。
少女も複眼もにこやかな様子で手を振って見送った。

因みに二人とも虎少年がどこへ行くのかは詳しくは聞いていない。
虎少年は態々「少し用で、街に出かけてきます」としか言わなかったのだ。
ならば聞く必要も無いし、本人が言わない事を問い詰める気も無い。
皆の扱いが雑で忘れそうになるが、一応虎少年はお客様なので。

「んじゃ、すぐ戻って来るって話だし、余り離れない所で待ってようか」

複眼の言葉に素直にコクコクと頷く少女だったが、ふと良い匂いが鼻に届く。
周囲をきょろきょろと探すと、屋台が売り文句を口にしながら肉のサンドイッチを売っており、肉類はその場で焼いて作っている様子であった。
ソースも自家製とでかでかと書いてあり、肉とソースの良い匂いが少女の元まで届いて来る。
気が付くと少女は口を半開きにしながら、屋台をじーっと見つめていた。

「くくっ、ちみっこ、あれ食べよっか?」

余りに解り易い反応に複眼は思わず笑いながら提案し、コクコクと勢い良く頷く少女。
複眼は取り敢えず近場の駐輪場に二輪を止め、少女に手を引かれながら屋台へと戻る。
そして先程眺めていた時に聞こえて来た売り口上を口にする前に店主に三つ注文し、少女は今から焼かれる肉を凝視しながらわくわくした様子で見つめていた。

「どんな物が出来るのか、楽しみね」

何気なく口にした複眼の言葉に勢い良くコクコクと頷く少女。
それに気分を良くしたのか、店主は普段より多めの肉を投入していた。
当然二人は初めての客なのでそんな事は解らないが、店主は気分が良いので構わないのだ。
肉と野菜をパンにはさんでソースをかけた辺りで匂いが増し、少女は早く早く、と言わんばかりの様子でそわそわしていた。

そして出来上がりを渡されると、にこーっと満面の笑みを見せて受け取る少女。
店主は釣られた様に笑いつつ、残り二つを複眼に渡した。
受け取ると少女はそのまますぐにかぶりつこうと、あーんと大きく口を開ける。

「座る所・・・あ、あそこにベンチが有るからあそこに行こうか」

だが複眼にそう言われて口を開けた状態で止まり、恥ずかしそうにしながら口を離した。
複眼が顔を向ける時にはすました様子であったが、残念ながら複眼の目にはしっかりと食べようとしていた姿は映っている。
解った上でちょっと揶揄ったのだが、解り難い揶揄いに少女は気が付いていない。
複眼は笑いを堪えつつベンチに向かい、少女もその隣をポテポテと歩いてついて行く。

そうしてベンチに座ると、待ちきれないとばかりに今度こそかぶりつく少女。
すました様子など一瞬で消えており、複眼は少女に聞こえない程度に笑っている。
そんな事には一切気が付かずもっきゅもっきゅと咀嚼し、ん~っと足をパタパタさせる少女。
ソースもお肉も野菜も美味しくて大満足な様である。

「お待たせしました」

すると虎少年がいつの間にか戻って来ており、少女は頬を膨らませたまま慌てて顔を上げる。
余りに食べる事に集中していて全く気が付いていなかったらしい。
その事にも複眼は笑いつつ、サンドイッチを虎少年に差し出した。
ハムスターの様な少女に笑いを堪えきれないまま、素直に手を出す虎少年。

「ふふっ、ありがとうございます、頂きます」
「結構おいしいよ」

虎少年は礼を言って受け取り、複眼の言葉にコクコクと頷く少女に少し笑いながらかぶりつく。
少女は頬が膨らんだままであるが、それが余計に笑いを誘うのだろう。

「ん、ほんとだ。美味しい。珍しい味だ」
「ね、ちょっと作り方聞きたい味」

虎少年が少し驚きながら感想を口にすると、複眼が一口食べながら同意を口にする。
料理で仕事をしていると言っても過言ではない複眼を唸らせる一品らしい。
そんな二人の様子を見て、何故かやり切った感を出しつつ残りを食べ始める少女であった。

ムフーと最後まで鼻息荒めにもっきゅもっきゅと食べる様は、近くを歩く主婦層への良い宣伝になっていた様だが、少女には関係ない事である。










因みに街の散策は出かけたメンバーのせいか、街がそこまで街中でなかったせいか、その日のお出かけは大して散策もせずに終わってしまう。
せめて駅前であれば違ったのだろうが、駅から外れた所なのも原因の一つかもしれない。

仕事場以外の建物は大半が住宅地であり、店が有っても街のパン屋や隠れ家的なお店となる。
それらを探すのも有りは有りだろうが、この面子ではそんな思考にはならなかった。
少なくとも移動を少女に完全に任せれば別だったかもしれない。ただ―――。

「二人共、何処か行きたい所でもある?」

と、複眼が聞いてしまい、虎少年と少女は首を振ってしまった。
「取り敢えず少女の自由に」ではなく「目的が有るかどうか」というのが複眼らしい。
そんな訳で無言で佇む三人は、じゃあ帰ろうかという結論に至ってしまったのだ。

帰ってからその事を報告し、彼女に「何でそのまま駅の方に向かわなかったの」と真顔で言われ、目的の無い外出に向いてないなと自覚する複眼。
別に目的の無い外出自体が苦手な訳では無いが、自分からそれを行うのが苦手なのだ。
ただし少女と虎少年はサイドカーでのお出かけ、という時点で十分満足している様である。
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