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229、全滅。
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それは、見るも無残という表現がぴったりだろう。
整備された土壁は崩れ、その中にある耕した土も流れ、当然そこに在った作物も流れている。
水圧や土砂の重みで崩れた物も有れば、純粋に大量の水によって駄目になった物もある。
実がなっていた物は割れて散乱しており、つい昨日までは形を保っていた段々畑も無残に崩れ落ちていた。
先日の長雨による被害は、畑の全滅という結果をもたらしてしまったのだ。
少女はその光景に、呆然と立ち尽くしていた。
やっと晴れた朝に喜んで畑に向かい、そして視界に入ってきた状況を理解出来ていない。
だって、多少崩れていたとはいえ、昨日までそこに畑が有ったんだから。
山自体は屋敷から多少離れた位置だった為、家屋が土砂災害に見舞われる事は無かった。
ただ裏の畑とビニールハウスにも、その被害は届いてしまっている。
不幸中の幸いは、危険と判断した老爺が蜂の避難をさせたので、蜂達は助かった事だろうか。
少女の瞳から、つっと雫が頬を伝う。
声を出さずに、嗚咽を我慢しながら、それでも涙は我慢できなかった。
スカートをギュッと掴み、目の前の光景を理解し、だけど受け入れたくなくて。
ぼたぼたと、涙の量が増えていく。
一生懸命頑張って作った畑。大好きな人の為に作った畑。
皆に喜んで貰おうと、頑張って頑張って作った畑が、無くなってしまった。
旦那様が喜んでくれた。褒めてくれた。笑ってくれた。休んでくれた。
そんな大事な物が、一瞬で、消えてしまったのだ。
記憶の限りでは初めての経験に、少女は自分で良く解らない程に悲しくて堪らなくなっている。
泣いたって畑が帰ってくる訳じゃない。災害事故なんだからしょうがない。
そんな事は少女でも解っている。それでも、悲しくて、涙が止まらない。
だけど皆を起こしてはいけないと、心配させてはいけないと必死に声を堪えている。
自分の悲しい気持ちを頑張って抑えようと、嗚咽を殺して悲しみを耐えようとしていた。
「馬鹿者。声を殺して泣く奴が有るか。悲しいなら思いっきり泣け。その方がすっきりする」
背後から聞こえた声に、涙で濡れた顔を後ろに向ける少女。
そこには何時も通りの女が立っており、スタスタと少女に近づいて来ていた。
「泣け。早朝だという事など気にするな。思いっきり泣いてしまえ。私が許す」
女は少女を抱き抱えると、優しく頭と背中を撫でた。
たったそれだけの事。だけどそれだけの事が、少女の我慢の糸を切るに至る。
女の腰に抱きついて顔を埋め、呻く様に泣く少女。
大声では泣かないが、それでも涙も嗚咽も我慢せずに女に縋りつく。
強く、とても強い力で女の服を握り、抱き締め、甘える様に。
だけどそれでも、声だけは大きくしない様に我慢して。
「・・・馬鹿だな、思いきり声を上げれば良いのに」
少女の頭を優しく、とても優しく撫でる女。
女は少女が畑に向かう前から、畑の惨状を知っていた。
何せ夜中に崩れ始めたのを見ており、いざという時は角を使ってでも押し返すつもりだった。
そして雨がやみ、夜が明け、屋敷の無事と共に畑の惨状も確認してから少女を起こしたのだ。
きっとついて行けば、傍に誰かが居れば、少女は涙を我慢すると思った。
辛いという事を吐き出さない可能性が有ると思った。
だからショックを受けるのは解っていて、一人で先に畑に行かせたのだ。
少女が悲しいという事を我慢しないで良い様に。ちゃんと、泣ける様に。
「今は泣け。泣いて、泣いて、落ち着いてから次の事を考えれば良い」
女の声はとても優しく、少女は涙が自然に止むまで、縋りついて泣き続けた。
泣き止んだ少女はふんすと気合を入れて山に踏み出そうとし、当然女に止められる。
「馬鹿者。崩れて翌日だぞ。下手に足を踏み入れるな。暫くは近づくなよ」
雨が止んだのは昨日であり、土は水を大量に含んでいる。
当たり前だが、一度崩れたという事は、再度崩れてもおかしくない。
せめて水気が多少抜け、地面のぬかるみが取れてからでなければ危険だろう。
「屋敷傍だけなら良いが、崩れた土の近くには近づくなよ。良いな?」
そう女に言われ、しょぼんとしながら屋敷近くの小さな区画だけ手を付ける少女。
この惨状で心が折れず、また頑張ろうとする少女に、女は優しい笑みを向けていた。
その強さを、誰から見習おうと思ったのかは自覚せずに。
整備された土壁は崩れ、その中にある耕した土も流れ、当然そこに在った作物も流れている。
水圧や土砂の重みで崩れた物も有れば、純粋に大量の水によって駄目になった物もある。
実がなっていた物は割れて散乱しており、つい昨日までは形を保っていた段々畑も無残に崩れ落ちていた。
先日の長雨による被害は、畑の全滅という結果をもたらしてしまったのだ。
少女はその光景に、呆然と立ち尽くしていた。
やっと晴れた朝に喜んで畑に向かい、そして視界に入ってきた状況を理解出来ていない。
だって、多少崩れていたとはいえ、昨日までそこに畑が有ったんだから。
山自体は屋敷から多少離れた位置だった為、家屋が土砂災害に見舞われる事は無かった。
ただ裏の畑とビニールハウスにも、その被害は届いてしまっている。
不幸中の幸いは、危険と判断した老爺が蜂の避難をさせたので、蜂達は助かった事だろうか。
少女の瞳から、つっと雫が頬を伝う。
声を出さずに、嗚咽を我慢しながら、それでも涙は我慢できなかった。
スカートをギュッと掴み、目の前の光景を理解し、だけど受け入れたくなくて。
ぼたぼたと、涙の量が増えていく。
一生懸命頑張って作った畑。大好きな人の為に作った畑。
皆に喜んで貰おうと、頑張って頑張って作った畑が、無くなってしまった。
旦那様が喜んでくれた。褒めてくれた。笑ってくれた。休んでくれた。
そんな大事な物が、一瞬で、消えてしまったのだ。
記憶の限りでは初めての経験に、少女は自分で良く解らない程に悲しくて堪らなくなっている。
泣いたって畑が帰ってくる訳じゃない。災害事故なんだからしょうがない。
そんな事は少女でも解っている。それでも、悲しくて、涙が止まらない。
だけど皆を起こしてはいけないと、心配させてはいけないと必死に声を堪えている。
自分の悲しい気持ちを頑張って抑えようと、嗚咽を殺して悲しみを耐えようとしていた。
「馬鹿者。声を殺して泣く奴が有るか。悲しいなら思いっきり泣け。その方がすっきりする」
背後から聞こえた声に、涙で濡れた顔を後ろに向ける少女。
そこには何時も通りの女が立っており、スタスタと少女に近づいて来ていた。
「泣け。早朝だという事など気にするな。思いっきり泣いてしまえ。私が許す」
女は少女を抱き抱えると、優しく頭と背中を撫でた。
たったそれだけの事。だけどそれだけの事が、少女の我慢の糸を切るに至る。
女の腰に抱きついて顔を埋め、呻く様に泣く少女。
大声では泣かないが、それでも涙も嗚咽も我慢せずに女に縋りつく。
強く、とても強い力で女の服を握り、抱き締め、甘える様に。
だけどそれでも、声だけは大きくしない様に我慢して。
「・・・馬鹿だな、思いきり声を上げれば良いのに」
少女の頭を優しく、とても優しく撫でる女。
女は少女が畑に向かう前から、畑の惨状を知っていた。
何せ夜中に崩れ始めたのを見ており、いざという時は角を使ってでも押し返すつもりだった。
そして雨がやみ、夜が明け、屋敷の無事と共に畑の惨状も確認してから少女を起こしたのだ。
きっとついて行けば、傍に誰かが居れば、少女は涙を我慢すると思った。
辛いという事を吐き出さない可能性が有ると思った。
だからショックを受けるのは解っていて、一人で先に畑に行かせたのだ。
少女が悲しいという事を我慢しないで良い様に。ちゃんと、泣ける様に。
「今は泣け。泣いて、泣いて、落ち着いてから次の事を考えれば良い」
女の声はとても優しく、少女は涙が自然に止むまで、縋りついて泣き続けた。
泣き止んだ少女はふんすと気合を入れて山に踏み出そうとし、当然女に止められる。
「馬鹿者。崩れて翌日だぞ。下手に足を踏み入れるな。暫くは近づくなよ」
雨が止んだのは昨日であり、土は水を大量に含んでいる。
当たり前だが、一度崩れたという事は、再度崩れてもおかしくない。
せめて水気が多少抜け、地面のぬかるみが取れてからでなければ危険だろう。
「屋敷傍だけなら良いが、崩れた土の近くには近づくなよ。良いな?」
そう女に言われ、しょぼんとしながら屋敷近くの小さな区画だけ手を付ける少女。
この惨状で心が折れず、また頑張ろうとする少女に、女は優しい笑みを向けていた。
その強さを、誰から見習おうと思ったのかは自覚せずに。
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