角持ち奴隷少女の使用人。

四つ目

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134、暖かい物。

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猫は今、とても幸せだと思っている。
と言っても猫自身が明確に「自分は幸せだ」と思っている訳では無い。
だけど今自分が居る場所は寒く無くて、雨にも当たらずに済んで、ご飯も食べさせて貰える。
それが猫にとってはとても嬉しいと思う事だった。

猫は女が言った通り、少し体が不自由だ。
それは生まれつきであり、そのせいで色々と不便な想いをして来た。

生まれてすぐの頃はまだ良かった。猫の兄弟達もよちよちと上手く動けていなかったから。
とはいえ生まれたばかりの頃も猫は他の兄弟よりも更に動きが悪く、母猫の乳を飲む際には兄弟達に押し退けられ、離れた所で悲し気に鳴くしか出来なかった。
それでも兄弟達が皆満足したところで母猫が傍まで寄って来てくれたので何とかなってはいた。

だから猫は体が上手く動かない事に困る事は、その時は余り無かった。
なにせ母猫の乳を自分一匹だけでゆっくり飲めるのだから。


けど、そんな状況も長くは続かなかった。
暫くして兄弟達が上手く動けるようになり始め、猫は完全にその輪には入れなくなっていた。
乳を飲むときは当然の様に転がされ、後回しにさせられる。

それでも母猫が寄って来てくれるからと我慢出来たが、ある日から母猫が寄って来なくなった。
まるでここまで来れないなら飲ませないと言わんばかりの様子で。
猫は母猫を呼ぶ為に鳴いたが母猫は全く来てくれない。
その事を理解した猫は、動かぬ体を必死に動かして母猫の下に辿り着く。

そうして何とか乳にありついていた猫だったが、そんな時間もまた変化していった。
母猫が待ってくれる時間がどんどん短くなっていったのだ。
猫が満足しきる前に母猫は動き出し、当然猫は物足りなくてもっとと鳴く。
だがどれだけ鳴いても母猫は乳を飲ませてくれず、猫は毎日物足りない空腹を抱える事になる。

けれど全く飲ませてくれない、という日は流石に無かったので、空腹ながらも生き延びられた。
兄弟に転がされても、母猫に満足に乳を飲ませて貰えなくても、頑張って足掻いていた猫。
そうして猫は必死に生きようと足掻いて足掻いて――――ある日、母猫も兄弟も居なくなった。

余りにも突然に、猫だけを置いて消えた。
どれだけ呼んでも返事は無く、兄弟達の匂いもしない。
むしろ今自分がいる場所が、今迄過ごしていた場所とまるで違うという事に気が付いてしまう。
猫は母猫に捨てられたのだ。満足に育たない生き物だと、邪魔な生き物だと判断されたのだ。

寂しくて、心細くて、何よりも空腹で幾度も鳴いた。
元々潰れた不細工な鳴き声がもっと擦れる迄、ずっとずっと鳴き続けた。
それでも、母猫は現れず、猫は呼んでも来てくれないんだと思うしかなくなってしまう。

猫はそれから数日彷徨い続けた。
乳を飲むのに一苦労だった猫が何を取れるはずもなく、空腹のまま歩き続けた。
大雨は降らなかったとはいえ、まだ春を迎える前の冷たい雨にも打たれ、辛くて苦しかった。
幸い水だけは偶々何とかなっていたが、食料が無ければ結局どうにもならない。

空腹のまま歩き続けて、途中何か不思議な、暖かい気配を感じる猫。
猫自身はそれが何なのか良く解らないまま、その方向に向かおうと歩き出す。
ただそちらに向かえば、何だか暖かい気がすると、ただそれだけで歩いていた。

そこに向かったからと言って助かる確証なんか無い。
けど猫は何故かそこに向かうべきだと感じる。

そうして、猫は出会った。暖かい何かを発する存在に。
呼べば寄って来てくれる、優しく撫でてくれる少女に出会った。
それがとても嬉しくて、安心して、ずっとずっとそこに居て欲しいと舐め続けた。
けどそんな暖かい物も、急にどこかに行ってしまう。

また寂しくて冷たくて悲しくなってしまう。そんなのは嫌だ。
勿論そこまでしっかりとした意思があった訳では無い。
それでも猫はそんな風に思い、暖かい物が消えた扉の前で待ち続けた。

猫は何時までも待つつもりでじっとしていると、ふと暖かい物が近づいて来るのを感じる。
それがやって来ると扉の前で期待して待っていたら、本当にまた来てくれたのだ。
でもさっきと様子が違い、体に触ってくれない、撫でてくれない。
それどころか急にどこかに行ってしまった。

猫は慌てて追いかけるが追い付けるはずもなく、けれど暖かい物はすぐに戻って来た。
そして何だか良く解らない物を目の前に置いて、バリバリと音をたてながら食べている。
だからきっと食べて良いんだと思って猫はそれを口にした。
もう何日ぶりか解らない、何時から口にしていないか解らない食料を。

美味しくて、嬉しくて、暖かくて、猫はそれを伝える様に鳴きながら食べた。
けど今度は急に怖い物に捕まり、煩い怖い物の上に乗せられ、怖い者達に痛い事をされてしまう。
お尻に何かを入れられたりして、凄く凄く嫌だと、猫は震えていた。
それは女が猫と少女の為に獣医に見せに行ったからなのだが、猫がそんな事を解るはずもない。

その後もずっと辛くて怖くて震えていると、ふと暖かい物の手に乗っている事に気が付く猫。
震えている内に猫は屋敷に戻って来ていたのだ。
優しくて暖かい、少女の下へ。




今迄の大変さはきっと今の幸せの為に有ったのだろう、何て事は考えてはいないだろう。
けど今までの辛さを思い出すよりも、今の幸せを享受する猫。
そうして猫は屋敷に住人として、犬の背中に乗りながら楽しい日々を過ごすに至るのであった。
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