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89、救われる者。
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「あー、この時期が一番助かる・・・もう冬にも夏にもならねぇでくれねぇかな・・・」
先日彼女が言っていた様な事を呟きながら、ぐっと背を伸ばす男。
だがその中身の理由は彼女と違い、この季節が過ごし易いからという訳では無い。
突き詰めれば同じ意味なのかもしれないが、だとしても少しニュアンスが違う。
男は今日も今日とて畑にやってきており、楽しげな少女に付き合っている。
それが一番楽な時期だからという意味であった。
「良い若い者が情けないですなぁ。はっはっは」
「爺さん、真夏と真冬は逃げる癖に・・・」
「私はもう老人ですから。致し方ないでしょう」
「うわー、きたねぇ・・・」
今日は老爺も一緒に作業をしているが中々に元気そうだ。
とはいえ重労働は上手く避けているし、適度に休憩もしている。
少女の面倒を見つつも無理はせず、男と違って少し後ろに下がった対応だ。
勿論少女はいつも通りチマチマピコピコ畑を動き回っている。
籠が一杯になる度に男に見せに来たり、中々良い成り方をしているのを見つけたら男を呼びに来たり、かと思ったら今度は女の下へ走って行ったりと、一人で大忙しだ。
今日は女も畑に居るので、余計に少女は楽しいのだろう。
「御付き様も、最近毎日楽しそうですな」
「はっ、毎日毎日しかめっ面してやがるよ」
「他にも子供を雇ってあげればもっと喜ぶかもしれませんな」
「悪いけど俺はガキを雇う気はねぇよ。能力が有って支払う気が起きる相手じゃねえとな」
男の言葉に老爺は少しばかり寂し気な笑みを浮かべる。
今口にした言葉の意味を、男自身がどう思っているのかが解ってしまうから。
少年は友人から頼まれた子だ。だがその能力は男に不満を持たせない。
少々経験不足や引っ込み思案な点を覗けば、少年は優秀な部類に入っている。
だからこそ男は少年に対し他の使用人達と同じ様に扱う。
だが、少女は違う。少女の存在はこの屋敷にとって本来異端。
男は子供を雇う気など無く、ましてや奴隷など欲しくも無かった。
だが自分の中に在る後悔と無念、そして同情から少女を買い育てている。
結果として少女はとても素直で良い子に育ったから忘れそうになるが、本来男は余り人が好きでは無いのだ。
だからこそ余計に、誰かが休んでも回る程度の人間しか雇っていないのだから。
「まったく、旦那様も少しは遊び心が解って来たかと思ったのですが」
「何だよそれ」
「あの子を見て、あの子の働きを見て、利害だけを貴方は考えていますか?」
「・・・それは」
老爺に言われた事に男は何も返せなかった。
男だって解っている。始めて少女を迎え入れた日と、今の自分は違う感情を持っていると。
男だって別に子供は嫌いではない。余り人とかかわる気がないだけだ。
だから少女が一生懸命に生きている様子を見て可愛いと素直に思っていた。
けど、ただそれだけ。同情によるフィルターも有ったからこその慈しみの心。
少女に向ける感情はただ不憫な娘に向ける悲しい気持ち。
けど、何時からだろうか。純粋にあの娘に気をかける様になったのは。
何時からか自分はあの娘を、あの娘自身を大事に感じていなかっただろうか。
子供だからではない。同情でもない。後悔からの気持ちでもない。
あの娘があの娘としてこの屋敷に居て、その笑顔を曇らせたくないと何時思う様になったのか。
男はそんな、自分でも答えの解らない自問自答をしていた。
「・・・さてな、正直よく解んねぇ。あの子が可愛いと思うのは確かだけどな」
「そうですか・・・何時か旦那様も・・・いえ、気にしないで下さい」
「なんだよ、気になるな」
「いいえ、ただの年寄りの悪い癖です。若者の行く末を心配し過ぎているだけですよ」
「・・・そうかい。でも一応礼を言っとくよ。ありがとうな、爺さん」
男の礼の言葉に老爺は笑みで返し、少女を見つめる。
あの少女が救っている人間は女だけではない。
気が付かない内に男も救っているのだと、老爺はそう感じていた。
「・・・心残りでしたが、これでやっと何時くたばっても安心かもしれませんなぁ」
老爺は誰にも聞こえない様に、そう嬉しそうに呟いていた。
先日彼女が言っていた様な事を呟きながら、ぐっと背を伸ばす男。
だがその中身の理由は彼女と違い、この季節が過ごし易いからという訳では無い。
突き詰めれば同じ意味なのかもしれないが、だとしても少しニュアンスが違う。
男は今日も今日とて畑にやってきており、楽しげな少女に付き合っている。
それが一番楽な時期だからという意味であった。
「良い若い者が情けないですなぁ。はっはっは」
「爺さん、真夏と真冬は逃げる癖に・・・」
「私はもう老人ですから。致し方ないでしょう」
「うわー、きたねぇ・・・」
今日は老爺も一緒に作業をしているが中々に元気そうだ。
とはいえ重労働は上手く避けているし、適度に休憩もしている。
少女の面倒を見つつも無理はせず、男と違って少し後ろに下がった対応だ。
勿論少女はいつも通りチマチマピコピコ畑を動き回っている。
籠が一杯になる度に男に見せに来たり、中々良い成り方をしているのを見つけたら男を呼びに来たり、かと思ったら今度は女の下へ走って行ったりと、一人で大忙しだ。
今日は女も畑に居るので、余計に少女は楽しいのだろう。
「御付き様も、最近毎日楽しそうですな」
「はっ、毎日毎日しかめっ面してやがるよ」
「他にも子供を雇ってあげればもっと喜ぶかもしれませんな」
「悪いけど俺はガキを雇う気はねぇよ。能力が有って支払う気が起きる相手じゃねえとな」
男の言葉に老爺は少しばかり寂し気な笑みを浮かべる。
今口にした言葉の意味を、男自身がどう思っているのかが解ってしまうから。
少年は友人から頼まれた子だ。だがその能力は男に不満を持たせない。
少々経験不足や引っ込み思案な点を覗けば、少年は優秀な部類に入っている。
だからこそ男は少年に対し他の使用人達と同じ様に扱う。
だが、少女は違う。少女の存在はこの屋敷にとって本来異端。
男は子供を雇う気など無く、ましてや奴隷など欲しくも無かった。
だが自分の中に在る後悔と無念、そして同情から少女を買い育てている。
結果として少女はとても素直で良い子に育ったから忘れそうになるが、本来男は余り人が好きでは無いのだ。
だからこそ余計に、誰かが休んでも回る程度の人間しか雇っていないのだから。
「まったく、旦那様も少しは遊び心が解って来たかと思ったのですが」
「何だよそれ」
「あの子を見て、あの子の働きを見て、利害だけを貴方は考えていますか?」
「・・・それは」
老爺に言われた事に男は何も返せなかった。
男だって解っている。始めて少女を迎え入れた日と、今の自分は違う感情を持っていると。
男だって別に子供は嫌いではない。余り人とかかわる気がないだけだ。
だから少女が一生懸命に生きている様子を見て可愛いと素直に思っていた。
けど、ただそれだけ。同情によるフィルターも有ったからこその慈しみの心。
少女に向ける感情はただ不憫な娘に向ける悲しい気持ち。
けど、何時からだろうか。純粋にあの娘に気をかける様になったのは。
何時からか自分はあの娘を、あの娘自身を大事に感じていなかっただろうか。
子供だからではない。同情でもない。後悔からの気持ちでもない。
あの娘があの娘としてこの屋敷に居て、その笑顔を曇らせたくないと何時思う様になったのか。
男はそんな、自分でも答えの解らない自問自答をしていた。
「・・・さてな、正直よく解んねぇ。あの子が可愛いと思うのは確かだけどな」
「そうですか・・・何時か旦那様も・・・いえ、気にしないで下さい」
「なんだよ、気になるな」
「いいえ、ただの年寄りの悪い癖です。若者の行く末を心配し過ぎているだけですよ」
「・・・そうかい。でも一応礼を言っとくよ。ありがとうな、爺さん」
男の礼の言葉に老爺は笑みで返し、少女を見つめる。
あの少女が救っている人間は女だけではない。
気が付かない内に男も救っているのだと、老爺はそう感じていた。
「・・・心残りでしたが、これでやっと何時くたばっても安心かもしれませんなぁ」
老爺は誰にも聞こえない様に、そう嬉しそうに呟いていた。
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