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26、幸せと不幸。
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少女は今も体操を続けている。ただしそれは女に教えられた武道の型の通しではあるが。
だとしても女が自ら教えてくれた事が嬉しくて、毎日復習している少女であった。
とはいえその成果が出ているかといえば、余り出ていないのが現状である。
「相変わらず変な動き」
少女の様子を少し離れた所で男は眺め、そう感想を口にした。
実際どこぞの辺境部族の雨乞いか何かと言われた方が理解できる動きなので、男の言葉は致し方ないだろう。いつ見ても少女の動きは精神が削られそうな動きなのだ。
女もそれなりに監督してはいるのだが、一向に動きが改善される気配はない。
なお、組手などはしていない。あくまで型の流しだけである。
少女のこれは健康の為の体操なので、そういった事をするつもりは無い。
そもそも相手が居ない。男はもとより、女も少女に手を上げたいとは思うわけがないのだから。
大体珍妙な動きが一切直らない少女にそんな事が出来るとは誰も思っていない。
男もリズム感は皆無ではあるが、長年の女との殴り合いという経験があるからこそだ。
ただそれも、そのリズム感の無さからの敗北を重ねているのだが。
「お、少年が巻き添え食ってる」
偶々少女の体操を見かけた少年が挨拶をしたのだが、体操に誘われてしまった様だ。
少女に手を引かれ、少し顔を赤くしている様を微笑ましいと思いながら男は口にしていた。
少々戸惑いつつも少年は頷き、少女に教えられながら真似を始める。
ただそれは少女の珍妙な動きの真似なので、雨乞いが二名に増えただけになっていた。
勿論少女は真剣にやっているつもりで、少年も真剣に真似をしているつもりだ。
そのせいでお互いの認識が食い違ってしまっている様だが、本人達には何故なのかが解らない。
少女は少年の動きに首を傾げ、少年はそんな少女の様子に首を傾げる。
「くくっ、か、噛み合ってねぇ・・・!」
少女は何故女と動きが違うのだろうと思い、少年は何が違うんだろうと思っている様だ。
無論原因は少女の動きがおかし過ぎる事なのだが、それを指摘する人間はその場に居なかった。
いや、居るには居るのだが、様子を眺めている男は笑うだけで口を出す気がない。
結果として、珍妙な動きを庭で繰り広げる少年と少女の姿がそこに在った。
暫くそのまま男が眺めていると、少女はまあ良いかといった様子で体操を続ける。
女と違って自分は教えるのが上手では無いのだろうと結論を出し、とにかく体を動かす事を優先したらしい。
あくまで目的は健康の為の体操。細かい事は気にしていないのだ。
少年も少女が楽しそうにしているので、どうやら考えるのを放棄したらしい。
「仲いいねぇー」
少年少女の様子を眺め、男は昔を思い出していた。
それは自分と姉の事。とはいっても男の場合は少年と少女の様に微笑ましい物では無い。
事ある毎に口喧嘩をし、毎日の様に殴り合っていた。
けして目の前にある様なほのぼのとしたものではなかったはずなのだが、それでも男は懐かしいものを感じている。
そしてそんな気分になったからかもしれないが、男は一つ胸に浮かぶ想いがあった。
「あの子は、幸せになって欲しい、な」
姉と重ねている事は解っている。
代わりに幸せになって欲しいという思考だという事も解っている。
それでも男は、そう思ってしまった。
「あの子はって何ですか。不幸な人でもいましたか?」
「うわびっくりした!」
いつの間にか現れた女は男の耳元で囁き、男はそれに驚いて飛びのいた。
心底驚いた顔を女に向ける男だが、女は意に介さずに口を開く。
「書類が届きました。ご確認を」
「あ、ああ」
女が差し出した書類を受け取り、男はそれに目を通す。
その間に女は男が眺めていた光景を見つめていた。
「これで、問題ないか。あと―――」
「気にするな、とは言わないが、私は別に不幸になったつもりは無いぞ」
男は仕事に関して指示を出そうとしたが、女は少女達を見ながら男にそう言った。
それは使用人としての言葉ではなく、姉としての素直な言葉。
女は言葉の通り、今の自分の生活を悪いなどとは思っていない。
むしろ幸せだとすら思っている。だがそれでも、男の表情は曇ったままだった
「私はこの屋敷の使用人としての暮らしは、それなりに満足していますよ、旦那様」
そんな男に女はあえて普段の調子でそう言った。
男は気を遣われた事に気が付き、女に苦笑を返す。
「何勘違いしてるのか解らないが、俺は年増さんが歳とって不幸だなって思っただけだぞ」
「ほう、ならば旦那様が素人童貞をこじらせている事の方がよっぽど不幸では」
「「・・・あ゛?」」
二人はお互いに笑顔で罵倒し合い、いつもの様に睨み合いを始める。
そこには先程まで流れていた空気など一切無く、いつも通りの男と女の姿が在った。
そして男が倒れ伏す姿もいつも通りであった。
だとしても女が自ら教えてくれた事が嬉しくて、毎日復習している少女であった。
とはいえその成果が出ているかといえば、余り出ていないのが現状である。
「相変わらず変な動き」
少女の様子を少し離れた所で男は眺め、そう感想を口にした。
実際どこぞの辺境部族の雨乞いか何かと言われた方が理解できる動きなので、男の言葉は致し方ないだろう。いつ見ても少女の動きは精神が削られそうな動きなのだ。
女もそれなりに監督してはいるのだが、一向に動きが改善される気配はない。
なお、組手などはしていない。あくまで型の流しだけである。
少女のこれは健康の為の体操なので、そういった事をするつもりは無い。
そもそも相手が居ない。男はもとより、女も少女に手を上げたいとは思うわけがないのだから。
大体珍妙な動きが一切直らない少女にそんな事が出来るとは誰も思っていない。
男もリズム感は皆無ではあるが、長年の女との殴り合いという経験があるからこそだ。
ただそれも、そのリズム感の無さからの敗北を重ねているのだが。
「お、少年が巻き添え食ってる」
偶々少女の体操を見かけた少年が挨拶をしたのだが、体操に誘われてしまった様だ。
少女に手を引かれ、少し顔を赤くしている様を微笑ましいと思いながら男は口にしていた。
少々戸惑いつつも少年は頷き、少女に教えられながら真似を始める。
ただそれは少女の珍妙な動きの真似なので、雨乞いが二名に増えただけになっていた。
勿論少女は真剣にやっているつもりで、少年も真剣に真似をしているつもりだ。
そのせいでお互いの認識が食い違ってしまっている様だが、本人達には何故なのかが解らない。
少女は少年の動きに首を傾げ、少年はそんな少女の様子に首を傾げる。
「くくっ、か、噛み合ってねぇ・・・!」
少女は何故女と動きが違うのだろうと思い、少年は何が違うんだろうと思っている様だ。
無論原因は少女の動きがおかし過ぎる事なのだが、それを指摘する人間はその場に居なかった。
いや、居るには居るのだが、様子を眺めている男は笑うだけで口を出す気がない。
結果として、珍妙な動きを庭で繰り広げる少年と少女の姿がそこに在った。
暫くそのまま男が眺めていると、少女はまあ良いかといった様子で体操を続ける。
女と違って自分は教えるのが上手では無いのだろうと結論を出し、とにかく体を動かす事を優先したらしい。
あくまで目的は健康の為の体操。細かい事は気にしていないのだ。
少年も少女が楽しそうにしているので、どうやら考えるのを放棄したらしい。
「仲いいねぇー」
少年少女の様子を眺め、男は昔を思い出していた。
それは自分と姉の事。とはいっても男の場合は少年と少女の様に微笑ましい物では無い。
事ある毎に口喧嘩をし、毎日の様に殴り合っていた。
けして目の前にある様なほのぼのとしたものではなかったはずなのだが、それでも男は懐かしいものを感じている。
そしてそんな気分になったからかもしれないが、男は一つ胸に浮かぶ想いがあった。
「あの子は、幸せになって欲しい、な」
姉と重ねている事は解っている。
代わりに幸せになって欲しいという思考だという事も解っている。
それでも男は、そう思ってしまった。
「あの子はって何ですか。不幸な人でもいましたか?」
「うわびっくりした!」
いつの間にか現れた女は男の耳元で囁き、男はそれに驚いて飛びのいた。
心底驚いた顔を女に向ける男だが、女は意に介さずに口を開く。
「書類が届きました。ご確認を」
「あ、ああ」
女が差し出した書類を受け取り、男はそれに目を通す。
その間に女は男が眺めていた光景を見つめていた。
「これで、問題ないか。あと―――」
「気にするな、とは言わないが、私は別に不幸になったつもりは無いぞ」
男は仕事に関して指示を出そうとしたが、女は少女達を見ながら男にそう言った。
それは使用人としての言葉ではなく、姉としての素直な言葉。
女は言葉の通り、今の自分の生活を悪いなどとは思っていない。
むしろ幸せだとすら思っている。だがそれでも、男の表情は曇ったままだった
「私はこの屋敷の使用人としての暮らしは、それなりに満足していますよ、旦那様」
そんな男に女はあえて普段の調子でそう言った。
男は気を遣われた事に気が付き、女に苦笑を返す。
「何勘違いしてるのか解らないが、俺は年増さんが歳とって不幸だなって思っただけだぞ」
「ほう、ならば旦那様が素人童貞をこじらせている事の方がよっぽど不幸では」
「「・・・あ゛?」」
二人はお互いに笑顔で罵倒し合い、いつもの様に睨み合いを始める。
そこには先程まで流れていた空気など一切無く、いつも通りの男と女の姿が在った。
そして男が倒れ伏す姿もいつも通りであった。
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