後藤家の日常

四つ目

文字の大きさ
上 下
120 / 144

怖い母

しおりを挟む
「明ちゃん、ちょっと真面目なお話が有ります」

ある日、夕食を作っていたらお母さんが真面目な顔で話しかけて来た。
真面目な話なのは別に構わないんだけど、もう少しタイミングを考えて欲しい。
今は手が離せない。

「解ったからこれ終わってからね」
「良いよ、やりながらで」
「真面目な話なんでしょ?」
「別にここで話せない事でもないからね」

どうしたんだろうか、お母さんの態度が本当に真面目だ。
いつものハイテンションが一切見えない。
物凄く静かで少し怖さを感じる。かなり珍しく、本当に真剣な様だ。

「大学どうすんの。そろそろある程度は決めないと不味いでしょ」

本当に真面目な話で少し驚いた。何かふざけるかなと身構えていただけに余計に。
そして何よりも困るのは、私自身が何も決まっていない事だ。
流石に正直に答えるしかないし、謝らないといけない。

「・・・ごめん、何も決まって無い」

私は台所に向かって作業をしているので、背後に居るお母さんの表情は伺えない。
返事をした後の沈黙が辛い。
例え振り向ける状況だったとしても、振り向けなかったかもしれない。

「ふぅ」

お母さんの溜め息が聞こえ、思わずびくっと体を震わせる。その溜め息の真意は解らない。
けど少なくとも、私の答えに満足していない事だけは解っている。
がっかりされてしまっただろうか。

「明ちゃん、正直に言いな。お母さん怒るよ」

お母さんの声がいつになく固く、本当に怒気を孕んでいた。
息が詰まる。久々に聞く種類のお母さんの声に、体に力が入る。
もう完全に手が止まってしまっているのに、振り向く事が出来ない。
久々に、本当に怖い。

けど、正直に言えと言われても困ってしまう。
私は本当に何も決まっていなくて、決まっていないからこそ悩んでいる。
だからこそお母さんには言えず、そのままズルズルと引き延ばしていた。

「正直に、言ったよ。何も、決まってないよ」

だから私には、そう答えるしか出来ない。
けどそんな私にの言葉に答えは無く、お母さんの近づく足音が耳に入る。
そして私の真後ろで足を止めた。

「嘘つき。本当はやりたい事有るくせに。気を遣ってんじゃないっての」
「いつっ!」

そして力強く私のお尻を叩いて、不満そうにお母さんはそう言った。
叩かれた事でお母さんの方を振り向いてしまい、その顔を見ると、声音通りの不満顔だった。
そして久々に見る真剣な表情。私の心を見透かそうとしているかのような目。
お母さんのその目に怯みながらも、何とか口を開いた。

「やりたい事、無いから、困ってるんだけど」
「お母さんがそんな嘘解らないって本気で思ってんの?」
「う、嘘じゃ、ないよ」
「いーや、嘘だ」

あくまで私の言葉を嘘だと言って譲らないお母さん。
そこで流石に、私もむっとして少しだけ声を固くして返す。
お母さんの怒りに怯えない様に、虚勢を張る様にして。

「じゃあ、私に何があるっていうの」
「・・・春くんと同じとこ行きたいんでしょ」
「―――っ!」

射抜くような眼が、私を貫く様な言葉が、私に次の言葉を口にする事を許さなかった。
だってそれは、誤魔化しようのない本当の事。
確かにそうあれば楽しいだろうなと思ってしまっていた事。

何も言えなくなった私を見て、お母さんは深く、深く溜め息を吐いた。
そして少し呆れた様に口を開く。困った子だねという表情で。

「ほら、お母さんに何かいう事は?」
「ごめんなさい」
「それもだけど、違うでしょ」
「・・・うん、春さんと一緒に、行きたい」

勿論春さんと同じ所に行っても、何時も春さんと一緒に居られるわけじゃ無い。
春さんが卒業したら、私はその分一人で通う事も解っている。
それでも、だとしても、少しでも彼の傍に居られるなら。そう、思ってしまった。
正直にその事を話した私を見て、お母さんはやっと怒りの様子を消した。

「良いよ、行っといで」
「・・・良いの?」
「あったりまえでしょーが」

優しく私に応えるお母さんだけど、それは私に甘すぎないだろうか。
大学なんてお金がかかる。やりたい事が無ければ行くだけ勿体ない。
だからこそ、私はそんな我が儘な事は言えないと思っていたのに。

「お母さん、ちょっと甘すぎると思うよ」
「可愛い娘に甘くて何が悪いのよ」
「・・・・・・ありがとう」
「はーい、どーいたしまっして!」

どうしても拭う事は出来ない後ろめたさを感じながら、お母さんに礼を言う。
するとお母さんは本当に嬉しそうに応え、足取り軽く居間に戻って行った。
どうやら満足したらしい。

・・・しかし、久々に怖った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...