後藤家の日常

四つ目

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店員、春

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「春くーん、注文ー」
「はぁーい、今行きまぁーす」

気安く俺の名を呼ぶおじさんに、可愛く声を変えながら返事をする。
伝票を持ってテーブルに向い、おじさんの前で片膝をつく。

「お待たせしました。ご注文は何でしょうか」
「水割り追加でお願い。あと適当につまみも追加で」
「はぁーい。承りましたー」

さらっと慣れた手つきで伝票に記入し、それをカウンターへ持って行く。
普通なら確認作業をするが、あの人は常連かつ適当な人なので問題ない。

「親父ー、追加―」
「店ではママって呼びなさい」
「はいはい、ママ、良いから追加」

親父の注意に投げやりに返事をして、伝票を投げつける。
そしてそのまま回れ右して、空いたテーブルを片付けて行く。
今日は客が多いので、中々やる事が多い。

うちはそんなに大きな店じゃないし、有名店じゃない。
全力で仕事しないといけない程客が来るのは珍しい。
この調子だと、今日は俺も客の相手させられそうだな。

「春ー」

親父が俺の名を呼ぶのが聞こえたので、すぐにカウンターに向かう。
水割りとつまみの盛り合わせを確認して、それをすぐに客のテーブルに持っていく。

「お待たせしましたぁー」
「お、ありがとうな春くん。いい子いい子」
「ありがとうございます」

頭をぐしゃぐしゃと撫でて来るおじさんに笑顔で返す。
髪セットしてんだよ。気軽に触んじゃねえよ。
と、内心では思っているが、それを表には出さない。

「では、失礼しますねぇー」
「ああ、じゃあね」

頭を下げでその場からそそくさと離れる。
そして親父に声をかけて、奥で髪をセットしなおしに行く。
ああもう、本当に適当に撫でやがって。ぐっちゃぐちゃじゃねえか。

「今日は忙しいってのに!」

だれも聞いてないので、悪態を口に出しながら髪を手早く直す。
ちゃんと後ろも直っているか確認して、ついでにリップも塗りなおす。
服も綺麗に着なおして、乱れが無いかを確認。

「うん、完璧」

満足げに頷いて、店に戻る。すると丁度新しい客が入って来るところだった。
今日は本当に客が多いな。

「いらっしゃいま・・・せぇー・・・」
「その、お邪魔します、春さん」

何故か、店の入り口から、明ちゃんが入って来た。
反射的に姉貴と親父に眼を向けるが、二人とも知らないという感じの身振りで返してくる。
そして再度彼女に眼を向けると、彼女の両隣にご両親が立っていた。

「やっほ、今日はお客多いみたいだけど、席空いてるー?」
「今日は春くんも店に出ているんだね」
「あ、は、はい、先程開けた席が有りますので、どうぞ」

とっさに営業スマイルに戻し、三人を席に誘導する。
明ちゃんはその間ずっと、俺を珍しそうに見つめていた。

「お二人のご注文は、いつものでよろしいですか?」
「うん、お願いー」
「俺もそれで」

二人は基本、いつも同じ物を頼む。
小さい店としては、常連の注文は覚えていないと話にならない。
出来る事なら、恋人のご両親が常連なのは勘弁してほしいと思わなくはないけど。

「そちらのお嬢様はどうされますか? ノンアルコールでしたら此方になります。おつまみ以外のお食事も有りますよ」

にっこりと、営業スマイルで明ちゃんに注文を問う。
彼女が店に来るのは初めてなので、メニューを開きながら説明をしておく。
明ちゃん明ちゃん、俺じゃなくてメニュー見て、お願いだから。

「明ちゃーん、とりあえず飲み物だけでも注文してあげてねー?」
「あ、うん、ごめんなさい。えっと、じゃあこれで」

咲さんに注意され、慌てて注文をする明ちゃん。
けどその視線がちらちらと俺の体に向いている。
視線が髪や首筋、胸元や腰など、何処を見ているかはっきり解る。
店で働く姿を見せるのは初めてで、なんだか凄く恥ずかしい。

「では、すぐにお持ち致しますので、少々お待ちください」

注文の確認を済ませ。そそくさと離れてカウンターに向かう。
・・・今まで店には来た事無かったのに、一体どういう風の吹き回しなんだろ。
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