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寂しい親
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「寂しい」
「咲ちゃん・・・」
旦那様にべったりくっつきながら、思った事を口にする。
最初の頃こそたーくんの方が寂しそうだったけど、日が経つにつれ私の方がこうやって口にする事が多くなった。
だーってさー。あの子ってば、夕食の準備とかはちゃんとしてくんだぜー。
やる事やって出かけられたりなんかしたら、母親の立つ瀬がないじゃん。
「さーみしいーさーみーしーいー」
旦那様のお腹に顔をぐりぐり押し付けながら、娘が居ない寂しさを紛らわす。
苦笑しながら抱きしめてくれるたーくんに全力で甘えている私。
「明が結婚したりしたら、これが日常になるんだろうね」
「あーうー」
たーくんの言葉に、心底嫌だという感じで唸って答える。
ついでに彼のお腹を齧る。がぶがぶ。固い。
この人そこまで動いてない筈なのに、本当に筋肉質だよなー。
「解ってたけど、解ってたつもりだったけど、やっぱりやだなぁ」
「あはは、俺を説得した人の言葉とは思えないね」
少し体の位置を動かして、彼の胸に顔を乗せる。
彼は変わらず優しく抱きしめ、頭を撫でてくれる。
本当にこの人は、昔から変わらずとても優しい。
「あの子の幸せを祈ってるのは本当なんだけどね」
「解っているさ。大事な一人娘だからね」
「やっとの事で生まれた、一人娘、だからね」
あの子は本当に、本当にやっと生まれた子。
子供を望んでいた私達に、中々授からなかった私達に授かった娘。
だからこそ余計にあの子が大切で愛おしいし、幸せを心から望んでいる。
いや、きっとそうでなくても、私は娘を溺愛しただろう。
「母親、ちゃんとやれたのかな、私」
「ああ、君はちゃんとお母さんやっているさ。これからもずっとあの子の母だよ」
「そうだと、良いんだけどね」
私の記憶にある最後の母の姿は、頭がら血を流して倒れる姿。
灰皿で頭を殴られ、倒れ伏したあの姿が、最後に見た姿。
あれ以降、母と会った覚えはない。会う気はないし、会いたくもない。
それに私は、あれを母なんぞとは思っていない。
血縁があるだけの、ただの他人だ。母と娘の愛情なんて、あの女との間には存在しない。
もしそんな物が有るのならば、物心つく前から娘に売りなんてさせるものか。
だから私は家族に憧れた。暖かい家庭という物に憧れた。優しい親子関係に憧れた。
今はこうやって、幸運にも素敵な旦那様と愛娘のおかげで、その憧れが現実になった。
だからこそ不安になる時が有る。私はこの幸せを、ちゃんと返せているのかと。
「二人目、作ってあげたかったな。たーくんの為にも、明ちゃんの為にも」
「そればっかりはしょうがないよ。君の体がもたない」
自分の体が恨めしい。子供を産むにはあまりに適していないこの体が。
一人目すら、本当は危険だった。この体格に加えて、高齢出産だ。
何とか生んであげられたけど、二人目はもう無理だと、医師にそう言われてしまった。
「・・・ねえ、咲ちゃん。君から見て、俺はちゃんと父親出来ていたかい?」
「当たり前じゃない。明ちゃんがどれだけファザコンだと思ってんの」
たーくんが優しい声で聞いて来た事に、当たり前だと答える。
そんな事、普段の明ちゃんを見ていればよく解る。あの子はかなりのお父さんっ子だ。
下手したら中学ぐらいまで、本気でお父さんのお嫁さんになるとか言い出しかねない程だった。
「そうかい? 俺には君の方が、明は甘えているといつも思っていたよ」
「私がじゃなくて、明ちゃんが? いつも怒られてばかりだよ、私」
「だからさ。全部何もかもさらけ出す君だから、そうしてちゃんと関係を築こうとした君だから、明はいつだって普段の自分で君の前に居られた。あれは君に甘えているだけだよ」
「そうなの、かな。だったら、凄く嬉しいな」
娘が一人立ちする年齢になって、初めて互いに親としてどう見えたかを真剣に話した気がする。
いや、私が避けていただけかもしれない。
あの子が子供の頃はあまり余裕は無かったし、手がかからなくなってきてからは更にだ。
明ちゃんを構いたくて、構って欲しくて、世話したくて、して欲しくて・・・。
「うー、やっぱり、あの子手放すの嫌だよー」
「俺だってそうさ、でも、ね」
「でも、見送ってあげないと、だよね」
どれだけ寂しくても、どれだけ離れて欲しくなくても、愛娘の幸せが一番だ。
そう思うなら、親として邪魔は絶対にしちゃいけない。
「うん。やっぱり君は強いね。俺は君が居ないとそうは思えなかったよ」
「・・・私だって、てめーが傍に一生居てくれるって思って無きゃこんな風に思えねーよ。私は強くなんかねぇ。強がってるだけだよ」
「はは、懐かしいね。結婚した頃はまだそういう話し方だったね」
「旦那様に迷惑かかるかなと思って変えたからね。今はもうこっちが普通になっちゃったけど」
新婚の頃は学生の時と同じ様な喋り方だったけど、外聞を気にして引っ越した際に変えた。
そしてそのまま長い時間が流れ、娘が出来て、今の私が普段の私になった。
この人と娘が、私を育ててくれた。妻に、母親にしてくれた。
「大好きだよ、拓也」
「俺も愛してるよ、咲ちゃん」
お互いを見つめながら、昔と変わらぬ好意を告げる。
けどそれでも、今はもう変わってしまった物がある。
だから私は、それを口にする。愛しているこの人だからこそ、正直に。
「「娘の次に」」
二人して同じ言葉を紡ぐ。今の私達が一番愛しているのは娘だと。
だからこそ私達は寂しくて、それでも娘が離れていく事は仕方ないと思える。
「お互い変わらないね、たーくん」
「君程じゃないよ、咲ちゃん」
そして寂しいもの同士、存在を確かめ合う様に抱き合う。
いずれ来る本当の寂しさに備える様に、少しずつ覚悟を決める為に。
結婚式とか、きっと泣いちゃうんだろうなぁ。
「咲ちゃん・・・」
旦那様にべったりくっつきながら、思った事を口にする。
最初の頃こそたーくんの方が寂しそうだったけど、日が経つにつれ私の方がこうやって口にする事が多くなった。
だーってさー。あの子ってば、夕食の準備とかはちゃんとしてくんだぜー。
やる事やって出かけられたりなんかしたら、母親の立つ瀬がないじゃん。
「さーみしいーさーみーしーいー」
旦那様のお腹に顔をぐりぐり押し付けながら、娘が居ない寂しさを紛らわす。
苦笑しながら抱きしめてくれるたーくんに全力で甘えている私。
「明が結婚したりしたら、これが日常になるんだろうね」
「あーうー」
たーくんの言葉に、心底嫌だという感じで唸って答える。
ついでに彼のお腹を齧る。がぶがぶ。固い。
この人そこまで動いてない筈なのに、本当に筋肉質だよなー。
「解ってたけど、解ってたつもりだったけど、やっぱりやだなぁ」
「あはは、俺を説得した人の言葉とは思えないね」
少し体の位置を動かして、彼の胸に顔を乗せる。
彼は変わらず優しく抱きしめ、頭を撫でてくれる。
本当にこの人は、昔から変わらずとても優しい。
「あの子の幸せを祈ってるのは本当なんだけどね」
「解っているさ。大事な一人娘だからね」
「やっとの事で生まれた、一人娘、だからね」
あの子は本当に、本当にやっと生まれた子。
子供を望んでいた私達に、中々授からなかった私達に授かった娘。
だからこそ余計にあの子が大切で愛おしいし、幸せを心から望んでいる。
いや、きっとそうでなくても、私は娘を溺愛しただろう。
「母親、ちゃんとやれたのかな、私」
「ああ、君はちゃんとお母さんやっているさ。これからもずっとあの子の母だよ」
「そうだと、良いんだけどね」
私の記憶にある最後の母の姿は、頭がら血を流して倒れる姿。
灰皿で頭を殴られ、倒れ伏したあの姿が、最後に見た姿。
あれ以降、母と会った覚えはない。会う気はないし、会いたくもない。
それに私は、あれを母なんぞとは思っていない。
血縁があるだけの、ただの他人だ。母と娘の愛情なんて、あの女との間には存在しない。
もしそんな物が有るのならば、物心つく前から娘に売りなんてさせるものか。
だから私は家族に憧れた。暖かい家庭という物に憧れた。優しい親子関係に憧れた。
今はこうやって、幸運にも素敵な旦那様と愛娘のおかげで、その憧れが現実になった。
だからこそ不安になる時が有る。私はこの幸せを、ちゃんと返せているのかと。
「二人目、作ってあげたかったな。たーくんの為にも、明ちゃんの為にも」
「そればっかりはしょうがないよ。君の体がもたない」
自分の体が恨めしい。子供を産むにはあまりに適していないこの体が。
一人目すら、本当は危険だった。この体格に加えて、高齢出産だ。
何とか生んであげられたけど、二人目はもう無理だと、医師にそう言われてしまった。
「・・・ねえ、咲ちゃん。君から見て、俺はちゃんと父親出来ていたかい?」
「当たり前じゃない。明ちゃんがどれだけファザコンだと思ってんの」
たーくんが優しい声で聞いて来た事に、当たり前だと答える。
そんな事、普段の明ちゃんを見ていればよく解る。あの子はかなりのお父さんっ子だ。
下手したら中学ぐらいまで、本気でお父さんのお嫁さんになるとか言い出しかねない程だった。
「そうかい? 俺には君の方が、明は甘えているといつも思っていたよ」
「私がじゃなくて、明ちゃんが? いつも怒られてばかりだよ、私」
「だからさ。全部何もかもさらけ出す君だから、そうしてちゃんと関係を築こうとした君だから、明はいつだって普段の自分で君の前に居られた。あれは君に甘えているだけだよ」
「そうなの、かな。だったら、凄く嬉しいな」
娘が一人立ちする年齢になって、初めて互いに親としてどう見えたかを真剣に話した気がする。
いや、私が避けていただけかもしれない。
あの子が子供の頃はあまり余裕は無かったし、手がかからなくなってきてからは更にだ。
明ちゃんを構いたくて、構って欲しくて、世話したくて、して欲しくて・・・。
「うー、やっぱり、あの子手放すの嫌だよー」
「俺だってそうさ、でも、ね」
「でも、見送ってあげないと、だよね」
どれだけ寂しくても、どれだけ離れて欲しくなくても、愛娘の幸せが一番だ。
そう思うなら、親として邪魔は絶対にしちゃいけない。
「うん。やっぱり君は強いね。俺は君が居ないとそうは思えなかったよ」
「・・・私だって、てめーが傍に一生居てくれるって思って無きゃこんな風に思えねーよ。私は強くなんかねぇ。強がってるだけだよ」
「はは、懐かしいね。結婚した頃はまだそういう話し方だったね」
「旦那様に迷惑かかるかなと思って変えたからね。今はもうこっちが普通になっちゃったけど」
新婚の頃は学生の時と同じ様な喋り方だったけど、外聞を気にして引っ越した際に変えた。
そしてそのまま長い時間が流れ、娘が出来て、今の私が普段の私になった。
この人と娘が、私を育ててくれた。妻に、母親にしてくれた。
「大好きだよ、拓也」
「俺も愛してるよ、咲ちゃん」
お互いを見つめながら、昔と変わらぬ好意を告げる。
けどそれでも、今はもう変わってしまった物がある。
だから私は、それを口にする。愛しているこの人だからこそ、正直に。
「「娘の次に」」
二人して同じ言葉を紡ぐ。今の私達が一番愛しているのは娘だと。
だからこそ私達は寂しくて、それでも娘が離れていく事は仕方ないと思える。
「お互い変わらないね、たーくん」
「君程じゃないよ、咲ちゃん」
そして寂しいもの同士、存在を確かめ合う様に抱き合う。
いずれ来る本当の寂しさに備える様に、少しずつ覚悟を決める為に。
結婚式とか、きっと泣いちゃうんだろうなぁ。
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