後藤家の日常

四つ目

文字の大きさ
上 下
77 / 144

本当の言葉

しおりを挟む
どれだけ時間が経っただろうか。時間間隔がマヒしてしまっている。
物凄く長くも感じるし、全く時間が経っていないようにも感じる。
それでも、彼が言葉を口にするまで待った。告白した時よりも、今の方が怖い。

この気持ちはきっと、彼が一度でも好意を持ってくれたからだ。
好きだと私に近づいて来てくれた幸せを無くすのが怖いからだ。
だからずっと言えなかった。言う事が出来なかった。

今のこの状況は、全てを恐れたツケが返って来ただけだ。
だから、彼が何を言っても、私は受け入れないといけない。

「明ちゃん、ごめんね」

はっきりと、先程と違いはっきり聞こえる声で春さんは謝って来た。
その言葉の真意が解らず、最悪の方向性が頭に浮かぶ。
彼が続ける言葉が拒絶である可能性が頭によぎる。
けど彼が続けた言葉は、私の予想とは違う物だった。

「それはきっと俺が、男である俺が先に言わなきゃいけないものだったと思う。君がそんなに震えて、怖がって、勇気を出して言う事じゃ無い。・・・ごめん」

春さんはそう言って、私に頭を下げた。
その声は固く、聞きようによっては何かに怒っている様にも聞こえた。
でも言葉の意味と、彼がどれだけ緊張しているかは今の自分でも解る。
解るからこそ、私はその返事を、ちゃんと思う所を言わなきゃいけない。
下げたまま頭を上げない彼に向けて、私は口を開いた。

「それは違います。私はそう思いません。男の責任とか女だからとか、私は好きじゃないです。私は春さんが好きです。春さんの全部が好きです。だから春さんに欲情もします。それは私の気持ちで、ちゃんと伝えておかなかった自分が悪い。そう、思ってます」

春さんが私に対して躊躇するのは当然だ。だって私は彼に全てを隠していたのだから。
彼にばれてしまうのが恥ずかしくて、ばれた後も慌て切っていた。
そんな私の様子を知っていた彼が、優しい彼が踏み込んでくるはずが無い。
彼に踏み込まない選択肢を作らせたのは私だ。

「そっか。うん、解った。君の気持は、考え方は解った上で、俺の話も聞いて貰って良いかな」

春さんは頭をあげると、少し困ったような表情を見せて、優しくそう言った。
私は彼の言葉通りに黙って聞く体勢に入る。
彼はまっすぐ私の目を見て、ゆっくりと語りだす。

「俺はさ、自分に自信が無かったんだ。明ちゃんが俺を好きだって想ってくれるのは本当だと思う。そこを疑ってなんかいない。けど、その好きっていうのが、こういう姿の俺が好きなんじゃないかなって。だから、自分の男の部分を見せるのが怖かった」

彼の言う事は凄くよく解る。彼の恐怖は方向性が違うだけで、私と同じ事だ。
貴方に嫌われるのが怖かったから、だから見せられなかった。そう言っている。

けどやっぱり、その原因は私だ。私が春さんの自信を失わせていた。
私は彼を可愛いと何度も言った覚えがある。可愛い彼の姿を何度も褒めた覚えがある。
なら彼がもし可愛くない男らしい格好をすれば、もしかしたら嫌われるんじゃないかと思っても何の不思議もない。
その考えを作り出したのは私だ。

「でもさ、結局それって言い訳だと思うんだ。怖い怖いって黙って、関係をこじらせただけだ。俺は君が好きで、君に嫌われたくなくて、自分の欲望部分を見せない様にしてた。素直に話そうって君が言っていたのに、それに頷いたのに、俺はやらなかった」

それも違う。春さんが悪いわけじゃない。
素直になりましょうと彼に言った私こそが、素直に言っていなかったのだから。
彼を悪者になんてさせちゃいけない。絶対にそれは違う。

「俺さ、その、君も知っての通り性欲とか薄かったんだ。だから君と会って、仲良くなった頃の自分ってそういう自分なんだ。けど、君を好きになって、君の趣味を知って、君と付き合って、自分がそうじゃないって知ったんだ。ただ想える対象が居なかっただけだって」

彼がそこまで言ったところで、彼が何を言いたいのか理解できた。
ただ謝ろうとしているわけじゃない、男の責任を果たそうとしているわけじゃない。
春さん自身がずっと思って、隠していた事を言おうとしてるんだと。

そこでやっと、彼をちゃんと見れた。
さっきからずっと彼の顔を見ていたはずなのに、やっと気が付いた。
声は優しいけど、酷く怖がっているのが、解った。

「俺さ、君を意識し始めた辺りから、その、性欲がさ、在るって、物凄く自覚してさ。えっと、その、君を想って、したことも、あったりして、さ。最近とか、特にそうで、その、だからさ」

彼は段々と言葉に詰まる様になっていき、私を見ている顔は赤くなっていっている。
声音自体は出来るだけ優しくしようとしているのか、変わらず優しい声だ。
こんな状態でも気遣ってくれる彼の優しさに、さっきまでの辛さを忘れる程愛おしさを感じる。
何でこの人はこんなにも優しくて素敵な人なんだ。

「その、君が男としての俺の部分も好きだと、そう想ってくれているのは素直に嬉しいんだ。
だから、えっと、あ、あはは、何か、何言おうとしてるのかよく解らなくなってきちゃったな」

彼は伝えたい事が有るのに上手く言葉が浮かばないのか、誤魔化すように笑った。
けどその表情はやはり申し訳なさそうで、どこか自分を責めているようだった。

「・・・春さん、もう一度、もう一度告白させて貰って良いですか?」

そんな彼を見たせいか、私は頭で考えるよりも先に、そんな言葉を口にしていた。
彼は私少し見つめた後にコクンと頷き、私の言葉を待つ。
緊張した面持ちで待つ彼を確認してから、私は、もう一度、彼に告白を口にする。
最初にするべきだった、ちゃんとするべきだった告白を。

「私は春さんが好きです。可愛い春さんが好きです。優しい春さんが好きです。かっこいい春さんが好きです。春さんの全てが大好きです。男性だとか、男性に見えないとか、そういうのは私にとって何の関係もありません。春さんだから、貴方だから好きなんです」

そうだ、これが、本当に言うべき言葉だった。
この人が好きなんだと、男だとか、可愛いとか、そんな事はもう今更関係ない。
春さんが好きなんだ。私は目の前にいる、この人だから好きになったんだ。

「貴方をずっと見つめて、貴方の事を想ってます。こんな事言うとまた困らせてしまうかもしれないけど、私は春さんなら女性でも男性でも良いんです。好きになった人が、ただ貴方だった」

私にとっては性別なんて、最早関係なかった。
この人だから好きになって、この人だから傍にいて欲しかった。
春さんが好きだ。大好きだ。

「私に駄目な所があったら叱って下さい。怒って下さい。そんな春さんも好きです。そんな春さんだから好きです。そしてそんな貴方に触れたい。触れて欲しい。求めたい。求めて欲しい」

いつでもどこでも優しくなんてしなくて良い。
勿論この人が優しい事は知っている。でもその優しさは、ただ優しいだけじゃない。
この人の本当の優しさを、私は知っている。知っているから惹かれたんだ。
そして貴方だから私は我が儘に求めたいと思うし、求めて欲しいと思う。

「・・・春さん、大好きです」

思いのたけを、全ての思いのたけを込めて、彼に伝える。
前とは違う、全てをさらけ出した告白。

言い切ると、自分でも不思議なぐらい落ち着いていた。
なんだか凄くすっきりした気分だった。
やっと言えたと、彼に全てを伝えられたと、その気持ちでいっぱいなのかもしれない。

あとはもう、彼が何と答えるのかを、大人しく待とう。
そして何と言われようと受け入れよう。
私はこの人が大好きなんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...