後藤家の日常

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明の恐怖

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春さんが小さく呟いたのは解ったけど、何を言ったのか聞き取れなかった。
ただその声音は、どこか落胆した様に聞こえた。そのせいで私は体を体を震わせてしまう。
すでに瞳に涙は溜まってしまっているが、なんとか堪えている。

泣いちゃいけない。泣くのは卑怯だ。
既にこんな弱々しい姿を見せている時点で、彼に気遣わせるという選択肢を取らせようとしている様な物だ。大事な話に、お互いの話に、私の弱みを理由にさせちゃいけない。

私は世によくある、男性である責任、女性である強みが嫌いだ。
既成事実という物を否定する気は無い。
その行為をする事で相手を納得させるという事に、それ自体に否は無い。
けど、私はそれをしたくない。

親友の雛の事は好きだし、雛の想いも知っている。
だから彼女の彼氏に対する行為はその嫌いな行動に入らない。
彼女は、好きだという想いを常に続けているだけだから。

確かに雛は多少卑怯な手を使ってる。けどそれでも空也さんの気持ちを無視はしていない。
もし無視しているなら、もっと違う手段を使っているはずだ。
あくまで彼が好きで、彼に振り向いて欲しくて、その上での事。

自分を好きになってくれていないなら、雛はあそこまでの行動はとって無い。
今の雛は、彼が自分を好きだと解っている。だから行動が大胆過ぎるだけだ。

でも私は、雛ほどの自信がない。彼が私を好きだと思ってくれている事は解っている。
私を想って色々な事をやってくれている事は解っている。
けど、それでも、私には彼に好かれているという自信が無い。

だから踏み込めないし、彼の想いに無い事をさせたくないと思っている。
彼が好きだからこそ、彼の想いを捻じ曲げたくない。好きだからこそ、好きであって欲しい。



今になって思う。母の言っていた言葉の本当の意味を。

『自分の素顔を晒せないと、やっぱり辛い物だよ? どれだけ仲良くしてても、深い部分を見せられないと歪みが出てくるものだよ』

母が言った言葉の重さを、彼と付き合ってから痛感した。
私が彼をどれだけ好きでも、彼が私を好きだという態度を見せてくれていても、自分の隠している欲望を見せていないという事実が、本当の自分を見せて居ない上ので彼の好意が、本当に自分を見てくれているのかと思ってしまう。

雛はそこを隠していない。だからこその空也さんの好意に自信が持てる。
そんな雛を尊敬しているし、そんな雛だから私は好きだ。

なのに、私はこんなざまだ。隠して隠して、ばれてしまった事があってもまた隠して。
母の言った言葉の本当の意味を、こんな状況になってやっと理解した。

自分を正直に見せず、そのせいで相手の想いにも自信を持てず、不安だけが増えていく。
そして結果、こんな事になる。
何を言うにも、何をやるにも、嫌がられるんじゃないか、振られるんじゃないかという恐怖が付きまとう。

けどそれを表に出し過ぎるのは卑怯だ。
止めて欲しいと、嫌いにならないで欲しいと、その想いを見せてしまうのは卑怯だ。
これが逆ならまだいいかもしれない。けど彼はどれだけ可愛くても男性で、私は女だ。
そして彼は、男である事の責任を気にする人だと、知っている。

だから、私は、最低でも泣く事だけはしちゃいけない。
春さんの事が好きだから、だからこそ、彼の本当に想っている事しか言わせちゃいけない。
だから、泣くな。涙を零すな。

どれだけ怖くても、この人が大好きなら、絶対に泣くな。
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