後藤家の日常

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恋人の昼食

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授業が終わり、何時もの様に昼休みのお弁当と春さんと食べようと立ち上がる。
すると珍しく私に話しかけて来る女子がいた。
その子はおずおずと私の前に来ると、上目遣いでちらちらこちらを見ながら口を開く。
動作が可愛らしくて羨ましい、なんて見当違いな事を想いながら彼女の言葉を聞いていた。

「あ、あの、後藤さん、ちょっと良いですか?」
「・・・なに?」

彼女の言葉に首を傾げながら問い返す。
何故同級生なのに敬語なのだろうか。距離感を物凄く感じる。
まあ普段怖がられているし、下手な事を言ったらまずいと思われているんだろう。

それにしても何か用なら早く言って欲しい。
声をかけておきながら、聞き返しても中々内容を話さない。
私は早く春さんの所に行きたいのに。
今日は春さんの弁当の日なんだ。待たせたくない。

「あの、朝、見たんですけど、草野先輩とは、もしかして、付き合ってるん、ですか?」
「うん」

彼女の言葉に頷くと、教室内が静かにざわめく。
そうか、この中に春さんのファンがいる可能性も在るのか。
そういう人達にとっては私が彼の傍にいるのは気に食わないだろうな。
だとしても、そんな事は私にはどうでも良いけど。

「話は、それだけ?」
「は、はい、ご、ごめんなさい!!」

なるべく優しく問い返したつもりだったのだけど、その子は跳ねあがる様に驚いて謝り、慌てて逃げていった。
まるでこれ以上話していたら、私が取って食うと思われているかのような反応だ。
なんだかちょっと、流石に悲しかった。

・・・気を取り直して春さんに会いに行こう。
少し落ち込んだ気分を道中で振り払いながら、何時もの場所へ向かう。
春さんはいつも通りそこに居るけど、付き合ってから少し変わった事がある。
彼はいつも、私が来るまで弁当箱を開けずに待つ様になった。だからこそ早く来たかった。

「すみません、お待たせしました」
「いいや全然」

謝って春さんの傍に座ると、春さんは笑顔でお弁当を私に渡す。
お弁当を交代で作るのは、あれからずっと続いている。
時々どちらかの都合が悪いと変わる時もあるけど、基本的にはずっと続いている。

春さんは最近作るのが楽しくなってきたらしく、毎日俺に任せてくれても構わないよ、なんてことも言って来るぐらいだ。
それじゃ私の作ったお弁当を渡せないので却下させて貰った。
彼が作ってくれるのは嬉しいけど、私が作ったのも食べて欲しい。
そう素直に言った時、春さんに照れながらありがとうと言われ、私も照れてしまったな。

そうだ、受験の事を聞こうとしていたんだった。
もうそろそろ色々手続だったり相談だったりしないと駄目な時期なはず。
そもそも春さんは大学に行くつもりなんだろうか。

「春さん、その、春さんって大学に行くんですか?」
「ん、あ、そっかごめん、言って無かったっけ。一応行くつもりだよ。てっか、姉貴が行けってうるさくてさ。金は出すから行ってこいって言われてて」
「うちの母と似た様な感じですね」
「あはは、確かに咲さんなら同じ事言いそう」

お姉さんとお母さんの言動って結構近しい所があるから、その辺りも似るのかな。
でもお姉さんの方が大人って感じがする。
うちのお母さんはなんていうか、あんまり自由奔放だから・・・。

「んでまあ、成績も悪くないし、あの乱闘騒ぎがあったものの俺は一応被害者扱いだし、教師と話してる感じ推薦で行けそうなんだよね」
「そういえば私、春さんの成績とか聞いたことありませんでしたね」

私は一体学校で春さんに何を聞いているんだ。
学業関連は課題が終わったかどうかぐらいしか話した覚えがないぞ。

「そだね。態々言うと自慢ぽい気分がして、あんまり言わないようにしているからね・・・」
「もしかして春さん、物凄く上の方ですか?」

推薦が貰えるという以上、成績が良いのは間違いない。
私は正直そんなに高くない。悪くはないがそこまで飛びぬけてよくもない。
一応上位陣に居るには居るけど、上位陣の下の方だ。

「あー、その、大体二位なんだよね、俺」

春さんは少し気まずそうな感じで、小さくそう言った。
二位って学年二位って事だろうか。

「凄いです。自慢して良い成績じゃないですか」
「いや、まあ、そうなのかもしれないけど、なんかそういうのあんまり好きじゃなくて」

大体二位という事は、基本的に成績発表の時は二位にいる事が多いという事だろう。
それは本当に凄い事だと思うのだけど、春さんにとっては違う様だ。
でもそれなら、私が変に心配する必要はないのかな。
むしろ私が勉強を教えて貰った方が良いかもしれない。

「それなら、私が困った時は春さんにお願いできますね」
「あはは、そうだね。俺が助けられる所なら助けるよ」

勿論そこまで本気で言ったわけじゃないけど、頼りになる人なのは確かだ。
私の言葉に笑う春さんを見ていて、唇にソースが付いている事に気が付く。

「春さん、唇にソースが残ってます」
「ん」

春さんは短く答え、可愛い舌で唇をなめる。
ちろっと舌をだして舐めるのがまた可愛くて見えて、写真を撮りたくなるのをぐっと堪える。
付き合い始めてからこっち、私は何かと春さんを写真に収めている。
あんまりやり過ぎて引かれても不味いなと、最近は少し自重している。

「どうかな?」

ああでも、春さん可愛いな。
まだ唇に残っている状態で首を傾げるのが、余計に可愛くて堪らない。
何なんだろうこの人、私を悶え殺すつもりなんだろうか。

「まだついてますよ」
「え、どこ?」
「・・・ここに」
「ふぇ!?」

あんまり春さんが可愛いから少しだけいたずら心が湧いて、彼の唇に着いたソースを舐めとる。
舐めとる時に出た春さんの変な声がとても可愛かった。
春さんは顔を真っ赤にしていて、やった自分も少し顔が熱い。

でも春さんの唇は柔らかくて本当に気持ちいいな。もっと触れていたくなる。
流石に学校ではちょっと、これ以上は出来ないけど。

「取れましたよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

春さんは顔を真っ赤にしながら礼を言い、食事を続ける。
私も春さんの手作りお弁当を美味しくいただいて、幸せなお昼休みを堪能していた。
自分が照れているのはしれっと隠しながら。我ながら少し狡いかなとは思う。

付き合う前から彼との時間は心地よかったけど、今は心地いいというより本当に幸せな気分だ。
願わくば、ずっとこんな時間が続いて欲しいと思う。
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