後藤家の日常

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ベッドイン

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お湯を張ったお風呂に、ゆっくりと浸かる。
人の家のお風呂にお湯まで張るのは若干気が引けたけど、お姉さんにゆっくり入りなと用意されてしまっていた。
お湯を沸かし直さないといけないならそれでも遠慮しようと思ったのだけど、ここの湯沸かし器は一定温度を保ち続ける設定もできるらしい。
なので大人しく、好意に甘えさせて頂いている。

「ん・・・気持ちいい」

暖かいお湯の中につかりながら、伸ばせる範囲で手足を伸ばす。
私の体では公衆浴場かラブホテルにでも行かないと手足を伸ばして入るのは不可能だ。
ラブホテルなんて、行った事無いけど。

お母さんからお父さんと泊まった話を聞いて、興味が出て調べただけで実際に行った事は無い。
今なら、春さんと一緒に、行けるかな。
いや、私は一体何を考えているんだ。お風呂の為に春さんとラブホテルって色々間違い過ぎだ。
そもそも春さんとラブホテルに行こうとか考えてる時点で、既に思考がおかしい。

「でも、ありえなくはない、よね」

現時点では少し飛び過ぎな思考だけど、あり得ないとは思って無い。
むしろ健康な男女の恋人同士なら、きっともうそうなっていても変な事じゃ無い。
春さんが男の人としては珍しく、そういった事を求めないからなっていないだけだと思う。
けど冷静な思考が、もし春さんがそんな人だったら好きになって無かっただろうなと否定した。

いや、現時点では春さんが私に欲情したとしても、それはむしろ嬉しい。
でもあの人はそんな事しない。私をずっと気遣ってくれている。
むしろ襲ったのは私の方だ。がっついているのは私の方だ。

「逆だよね、普通」

世間一般を考えれば私達の感性は逆の物だと思う。
いや、ちょっと待とう。今少し引っかかるものを感じた。
私は春さんの優しさが好きで、可愛さにも惹かれて、今や春さんっていう人が好きだ。
けど、春さんは自分のどこが好きなんだろうか。

告白したとき、受けて貰えた時、好きだと言って貰えた時は舞い上がっていた。
けど、春さんが私を好きになる要素は何処に在ったんだろうか。
大女だって事も、持病の事も気にして無いとは言ってくれている。
私の趣味にも理解を示してくれているし、それが嘘ではないと解っている。

けど、それなら春さんはいったい私のどこに惹かれたんだろうか。
自分に自信が無いと言った時は慌てて慰めてくれたけど、きっとあれは好意を持ってからの話じゃないかな。

「・・・聞いてみたいけど、聞くのが少し怖いな、これ」

好きならそれで良いじゃないかという自分と、それでもせめてきっかけぐらいは聞いてみたいという両方の自分が居る。
もしその結果春さんを困らせたりしたら、それは少し怖い。
悶々としながら湯船につかっていると、そろそろ不味いと体が訴えていた。

「上がろう・・・」

ついさっきまでずっと幸せ気分だったのに、変に悩んでしまって沈んだ気分で風呂を上がる。
着替えはお姉さんの服を借りる。貫頭衣のダボついた、私でも着れる物を用意してくれた。
ただ、下着は何故か私に合うサイズの物を用意されていた。何で用意してるのかな・・・。

一応お姉さんは私のサイズを知っているので、何となく想像はつくけど。
多分何か着せたかった服があったんじゃないかな。この下着はその為の物な気がする。
それ以外で私のサイズに合うものがる理由は解らない。

「上・・・つけた方が・・・いい、かな」

普段寝るときは付けないのだけど、やっぱりノーブラはまずいよね。
そう思ってちゃんと上もつける。こっちもサイズは問題無い。
私に合うサイズなのに普通にデザインが良いな。上下セットでこのデザインって高いのでは。
とりあえず今は只感謝をしておいて、また今度お礼をしよう。

着替え終わって春さんの部屋の前に戻ってノックをするが、返事が帰ってこない。
もしかしたら寝たのかとそーっと開けると、春さんは何故か壁に向かって座っていた。
壁に手をついて、頭を下げて項垂れている様に見える。

「春さん、大丈夫ですか?」
「はっ!?」

声をかけると、春さんは私が居る事に今気が付いた様に振り向いた。
一応入る前にノックしたのだけど、全く気が付いて無かった様だ。

「どうかしたんですか、春さん」
「あ、いや、なんでもないよ、うん」

慌てた様に布団を引き寄せて足元にかける春さん。
不思議に思って首を傾げながら彼を観察するが、心なし顔が赤いように感じる。
もしかして熱がぶり返したりしたんだろうか。大丈夫かな

「明ちゃん、着替え持って来てたんだね」
「いえ、これお姉さんが用意してくれたんです」
「ああ、そうなんだ」
「はい、下着も用意して貰えたので助かります」
「あ、う、そう」

言ってから失敗したことを悟る。そこまで言う必要は無かった。
春さんが完全に戸惑ってしまっているし、私自身も恥ずかしい。
でもここで言葉を止めたら動けなくなると思い、そのまま続ける。

「それで、その、私もここで寝させて貰えたらなって、思ってるんですけど」
「へ?」
「その、お風呂にちゃんと入りましたから、汗臭くはないと思うので大丈夫です」
「え、いや、は?」

私は言いながら、春さんのベッドに腰かけ、春さんの足元にかけてる布団に自身の足を入れる。
春さんは戸惑いながら私の行動を見ていた。

自分が大胆な事をしているのは解ってる。この言葉も行為も恥ずかしくないわけじゃ無い。
けど、前回は気が付いたら寝ていた。起きた時すでに抱きしめていた。
さっき、今度はそうじゃなくて、一緒にこの人と転がりたいと、そう思ってしまった。
春さんの体温を感じながら、春さんのにおいを感じながら、一緒に寝入ってみたいと。

「だめ、ですか?」
「あ、いや、そんな事は、無いです、はい」

動かない春さんに不安になって問うと、途切れ途切れになりながら返事を返してくれる。
良かった。これでも結構恥ずかしいのを抑えて頑張った。
前と違ってそこまで脳が茹って無いから、かなり勇気を出した言葉だった。

春さんはゆっくりと転がり、私にもちゃんと掛け布団がかかる様にしてくれた。
けど、何故か春さんはこっちを向いてくれない。

「春さん?」
「いや、まだ風邪なおったわけじゃ無いと思うしさ。その、そっち向かない方が良いかなって」
「・・・そうですか。解りました」

私は春さんの言葉にとりあえず納得して、背中を向ける春さんを後ろから抱きしめる。
春さんの体温が体で全部感じられるように、春さんを包むように。
勢いでやってみたものの、思ったより恥ずかしい。けど今更引けない。

「あ、明ちゃん?」
「これくらいなら、いいですよね?」
「あ、う、うん」

体を押し付けているから、私の心臓の鼓動が早いのも気が付かれているだろうか。
でも手をまわした先にある彼の鼓動も、少し早いように感じる。

緊張感も恥ずかしさもあるけど、胸の中に居るのが春さんだという事が心地いい。
春さんが傍にいるという事実が、他の何よりも気持ちを和らげてくれている。
布団からも春さんの匂いがするし、春さんに包まれている様な錯覚を感じる。
私は幸せな気持ちのまま、ゆっくりと意識を落としていった。
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