後藤家の日常

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改めて恋人の

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「え、っと、春さん、落ち着きました?」
「あ、はい、落ち着きました」

普通の体勢で座る春さんを見て、おずおずと質問する私。
それに畏まった様に答える春さん。

質問してから気が付いたけど、落ち着いてなかったらどうするつもりだったんだ。
あたらめて聞かれたせいで春さんまた顔が赤くなってるじゃないか。
折角お互いまた話せる様になったのに何してるんだ。

「えーっと、その、思った事は正直に言った方が良い、だったっけ」
「え、あ、はい」

春さんはポリポリと頬をかきながら、先ほど私が言った事を問い返す。
さっきって言っても、結構時間が経っている。
実はついさっき時間を確認したのだけど、私が春さんを押し倒してからもう4時間経っていた。
私がどれだけ正気じゃなかったかよく解る。4時間って。

いや今はその事は置いておこう。その事は思考の端に追いやって、春さんの言葉に傾注する。
春さんは少し照れた感じの顔と動きで、それでも私の目を見ながら話しだす。

「俺さ、明ちゃんが初恋の相手でさ。その、女の子と付き合ったりとかもしたことが無いから、付き合うっていうのも実はよく解って無くてさ」

恥ずかしそうに春さんの口から伝えられた事は、自身も同じくしている事だった。
春さんへの想いは初めての気持ちだ。初恋だ。そして春さんと一緒に在りたいと想った。
けど、付き合うというのは何をするのかと言われると、私にもよく解らない。
一つだけ至る考えがあるけど、それを言うのは憚られる。

「私も、その、春さんが初恋なので」
「そ、そっか」

お互いに初恋同士。お互いに初めての彼氏彼女。
初心者同士で何だかよく解らない事になっている。むしろ今は意識しているせいでいつもより距離が遠い。
普段なら手を繋げるぐらいの距離でも平気なのに、今は二人の間に人が4,5人座れるほどの距離が空いている。
おそらくお互い意識し過ぎて、この距離が詰められないでいた。

けど、だけど。
この際だから少し欲望のままに行ってみようかなどと、そんな気持ちが芽生えて来る。
一度そう思うと、それが口から出ていた。

「そ、その、春さん。こ、恋人なら、その、ぎゅってしても、いいですか?」
「え、あ、えっと、うん」

今まではずっと抑えていた、春さんへの抱擁。
この可愛い人を思わず抱きしめたくなる衝動を抑えていた。
恋人とか好きな人とか、そういうのを抜きにした、この人可愛くて堪らないという感情だ。
その感情も含みでお願いしたら、簡単に許可をもらえてしまった。

いや、私はしどろもどろで聞いたし、春さんは顔が赤い。やっぱり頭は働いていないんだろう。
多分、今は彼も私も夢見心地で地に足が付いていない。でもそれでもいい。
この人を抱きしめられるんだと思うと、体はすでに動いていた。

「は、る、さん」
「わぷっ!?」

思いっきり彼を抱きしめる。
恋人にするような抱き方ではなく、子供を抱きしめる様な抱き方で。
彼の両腕を完全に固定するような独りよがりの抱きしめ方で、彼の抱き心地を堪能する。

春さんの体温だ。春さんの匂いだ。
さっきはあんまり興奮しすぎて堪能できなかった春さんだ。
いや、あれはあれでめいいっぱい堪能していたんだろうけど、興奮しすぎて良く覚えていない。

「そ、そういえば、恋人同士になったんですから、その、もう一回、キス、していいですか?」

勢いでとんでもない事を言ってしまった。心臓がバクバクなっている。
自分の言った言葉の意味を理解して指先まで熱くなっていく。
でも言ってしまった事は覆せない。
ドキドキしながら春さんの様子を伺っていると、目を少し泳がせた後にこくんと頷いてくれた。

「ただ、今度は俺からして、いいかな」

返事を聞いて既に顔を近づけようとしていた私に、春さんはそう言った。

「は、はい!」

春さんがしてくれる。そう思うとなぜか一気に頭が覚めた。
そして春さんから離れてびしっと座る。
どうしてだろう。自分からするより緊張する。

「あ、明ちゃん?」
「は、はい、何ですか春さん」
「あ、い、いや、なんでもないよ、うん」

ガッチガチになっている私を見て戸惑う春さん。
けど私は既にそれに気を遣う余裕がない。春さんが近づいて来るのをじっと待つ。
ただ春さんの身長では背筋を伸ばして座る私の唇に届かず、彼は立ち上がった。
そして立ったまま私の頬に手を添えて、私を上から見下ろす。
それがまた私をドキドキさせて、緊張が増してきたのを感じる。

そのせいか、じっと私を見下ろす春さんもこれはこれで良いな、なんておかしな事を考えていると、ゆっくりと彼の顔が近づいて来ていた。
私はそれから目を一切逸らさずに、彼の唇が私の唇に触れるのを待つ。
そして唇が触れ、彼の暖かで柔らかい唇の感触に思考が溶けていく。
そうなるとさっきまでの緊張が嘘の様に、頭がぼーっとして幸せな気分になって来た。

「んむ!?」

けどそこで、予想外の事が起きて目を見開く。
春さんが、舌を、入れて来た。
ただそれは私と違い、気使う様な、様子を伺う様な、優しげな動き。

こんな所にまで彼の優しさが見えて、私の思考は尚の事溶けていく。
優しく、優しく私を甘やかすようなキスに、彼の優しいキスに身を委ね、私の体の力が完全に抜けきったところで彼は唇を離した。

「その、どうだった、かな。気持ち、良かった?」

そうか。彼は私が舌を入れて求めた事で、それが好きだと思ったんだ。
さっきのは100%私の為に、私の為だけを想ってのキスだったのか。
この人は狡いなぁ。既にもう大好きなのに、どこまで好きにさせるつもりだろうか。

「はい、好きです、春さん」
「え、あ、う、うん?」

ボーとした私の頭は、彼の問いの答えよりも、自分の想いを告げる方が優先されていた。
それぐらい、今の私の頭の中は幸せな気分でいっぱいだった。

「春さん、その、今度はぎゅって、してくれませんか?」
「あ、うん、こ、こう?」

完全に溶け切った思考のまま、我が儘に要望だけを口にする。
春さんはそんな私の様子に戸惑いながらも、私の頭を抱きかかえる様に抱きしめてくれた。
春さんの心音が聞こえる。春さんの体温で頭を包まれている。春さんの匂いがとても安心する。
ああ、なんだか、本当に頭が、ぼーっと、してきた。
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