後藤家の日常

四つ目

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告白

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春さんの唇から私の唇を離す。本当はまだその暖かな口内を堪能していたいと思いながらも、微かに残る理性が彼から離れろと体に指示を出す。
彼と私の唇を繋ぐ糸がきらりと光り、彼の唇に垂れていく。
上気してこちらを呆然と見つめる彼の顔が、また私を興奮させる。

だが彼の可愛らしい、今まで見た事のない程に崩れた顔をみて、段々と正気が戻って来た。
息を荒くし、潤んだ瞳を私に向ける彼を見て、自分がとんでもない事をした事実に気が付く。
一気に頭が冷静に戻り、真っ青になった。
私は一体何を、何をしているのか。ただ自分の想いを伝えるだけのつもりだったはずなのに。

「あ、や、え、は、春さん、ちが、ちがうんです、わた、わたし、ちが」

バッと彼から体を離し、大慌てで一切言葉になって無い言葉を口にする。
かろうじてきちんと言葉になったのは「違う」という言い訳のみ。
その言葉も、何が違うのか自分ですら解らないほど、何を言いたいのかが解らない。

彼への想いを今日は伝えようと、今までの様に途中で引かずに伝えようと思って、それで彼にもう一度好きと、伝わるまで好きと言おうとした。
最初はきっとそういう風に考えていたはず。
けど実際は彼の唇を求め、彼を押し倒し、彼の体から力が抜けるまで彼を堪能していた。

私の記憶が確かなら、春さんは最初抵抗していた気がする。
けどそれでも私は止めずに、むしろもっと彼を求めた。
私の方が春さんより体格は良いし力も強い。押さえつけたら抵抗出来ないだろう。
優しい春さんが私を殴ってでも逃げるなんてする筈も無い。

その上彼の抵抗がなくなった後、もっと彼を求めた。
少しでも長く、この時間を続けたいと求め続けた。
どれだけの時間こうしていたのか解らない程、彼も私もお互いのよだれで唇がふやけている。

一方的に想いを告げて、無理やり春さんの唇を奪って、欲望のままに彼の口内を蹂躙した。
最悪だ。

私は性的な事に興味がある。有るからこそこんな趣味なんだ。
けどこの人は違う。そういった事に興味がない。
そんな人の唇を無理やり奪ってしまった。

今回ばかりは完全に言い訳がきかない。流石に挽回しようもない
確実に嫌われる。

うっすらと涙が瞳に浮かぶのを感じる。
ついさっき嬉しくて泣いていたはずなのに、今度は辛くて涙が出てきた。

駄目だ、今の私に泣く権利はない。泣くなら彼が帰ってからだ。
きっと泣きたいのは春さんの方だ。私なんかに襲われた彼の方だ。
抑えのきかなかった馬鹿な女に襲われた春さんの方が、よっぽど辛いはずだ。

自分がやった事は自業自得で、それで嫌われた辛さを見せるべきではない。悪いのは私だ。
そう思い、涙を堪える。

春さんはそんな私を暫くぼーっと見つめた後、正気が戻ったらしい瞳を向けてきた。
うるんだ瞳はそのままだけど、しっかりと目が私を捉えている。

私は思わず春さんの目から顔を逸らして俯いてしまった。
彼の顔を見つめ続ける事が出来ない。見ていると泣きそうになる。
そこで私は、彼の上にまたがりっぱなしなことにも気が付いた。

「す、すみません、春さん、すぐどきます」

慌てて春さんから離れようとすると、彼に腕を掴まれた。
反射的に彼の顔を見ると、その目はしっかりと私を見つめている。
とても力の籠った眼で私を見ているが、その目に宿る意思は私には解らない。

解らないけど、きっとこれから私は辛い事を言われるのだろうと思う。
それは私のせいで彼のせいじゃない。そう思っても体が震える。
今にも涙が溢れ、嗚咽が出そうになる。嫌だ、聞きたくない。
そう願っていても、彼の口は開かれる。

「明ちゃん」

名前を呼ばれ、びくっと震える。
つづける言葉が怖くて耳を塞ぎたくなる。
それでも聞かなきゃいけない。言われなければいけない。
私はそれだけの事をした。

「えっと、その、先に謝っておきたい、んだ」

構えていた事と全く違う言葉が、彼の口から出てきた。
その彼の声音はこの上ない緊張を含んでいる。
何故春さんが謝る必要が有るのだろうか。彼が謝る事なんて何もない。
そう思って、その言葉を口にしようとして、その一言すら出せない自分に気が付く。

今一言でも声を発せば、そのまま泣き崩れそうな自分に気が付いた。
故に私は、彼の次の言葉をただ待つしか出来ない。
そんな私の事を理解してなのかどうなのか、彼は続ける。

「明ちゃんの気持ち、ちゃんと伝えてくれてたのに、解って無くてごめん」

ああ、そういう事か。この人は本当にどこまでも優しい人だな。
襲われた女に謝る必要なんか無いのに。
今はその優しさがとても辛い。向けられるべきじゃないと自分で思うからこそ悲しい。

「そこを謝った上で、ちゃんと俺の気持ちを伝えたい」
「――――――っ」

声にならない悲鳴のような嗚咽が漏れたのを感じる。
泣きたくて泣きたくて堪らないのをどうにか堪えたせいだ。
今から私は振られる。それも、こんなバカげた自業自得な行為で。

春さんは軽く深呼吸をして、私の目を見つめて口を開いた。

「好きだ、明ちゃん。君に、女の子に勇気を出させる様な真似させてごめん」

そして、意味の解らない事を言われた。
何を言われたのかが解らなくて、頭の中が真っ白になった。
この人は一体何を言っているのだろうか。私は振られるのではないのだろうか。
なぜ、私の大好きな人は、私の目をしっかりと見て、好きだと言っているのだろうか。

おかしい。何かがおかしい。
何がおかしいのか自分でもよく解らないけど、今のこの状況がおかしいというのは解る。

余りに辛くて幻聴が聞こえたのだろうか。それなら納得できる。
春さんが私を好きなんて言うはずが無いのだから。
春さんが、私を好きなんて。好き、なんて。

―――――――――――――春さんが、私を、好き。

「は、あ、うぐっ」

やっと言われた意味を理解すると、言葉にならない声が口から洩れ、堰を切ったかのように涙があふれた。
おそらく今の私の顔は、過去最高に酷い顔だろう。
けど止まらない。そして顔も逸らせない。彼が私を見つめているから。

「ごめん、怖かったよね。勇気がいったよね。それを君にやらせてごめん。好きだよ明ちゃん」

彼はそう言って、涙が止まらずただ嗚咽を垂れ流すだけの私の唇に口づけをした。
私がしたものとは違う、とても優しい口づけ。それがとても嬉しくて、涙がさらに溢れた。
彼はその唇を離して、もう一度私に好きだと告げ、泣き止まない私を抱きしめてくれた。

「気が済むまで泣いて良いよ。ごめんね。ありがとう。そこまで想ってくれて」

優しく頭を撫でる彼の暖かさを感じながら、彼の胸で私は泣き続けた。
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